第41回地球大学アドバンス [ コミュニティ・セキュリティの再構築]シリーズ 1 2011年度基調講演 "3.11から未来へ"

日時:
2011年6月30日 (木) 18:30〜20:30 ※終了しました

企画・講演:
竹村真一氏(Earth Literacy Program 代表・エコッツェリア・コンテンツプロデューサー)

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モデレータよりコメント

3.11大震災が露わにしたもの――それは現代社会がもつ潜在的な「脆弱さ」である。原発事故のみならず、途絶したライフライン、沿岸部の冠水リスク、大量の帰宅困難者の問題まで、日本が誇る「安全神話」が震災で大きく揺さぶられた。

とはいえ、それは震災前から「地球大学」が警告し続けてきた問題でもあった。なかでも大規模ライフラインの危うさ、首都圏や大阪平野など日本の人口の50%、資産の75%が集中する沿岸低地の大都市の水害リスクは、今後の首都直下型・東南海地震の発生や気候変動などを考えれば、決して過去の災害として片づけるわけにはいかない「未然形」のリスク・マネジメント課題である。

その意味で、今回の震災は日本社会、特に東京首都圏の私たちにとって、貴重な学習と自己変革のチャンスであり、防災・減災とともに今後の気候変動や資源制約への適応力も備えた"変動に強い"都市と国家を再構築する好機として、是非ともこの機会を生かしたいと思う。

そこで今年度の地球大学アドバンスは、テーマを「コミュニティ・セキュリティ」の再構築と設定し、特に首都圏と都心部のコミュニティ・セキュリティ・デザインをめぐって、さまざまな視点から集中討議を行いたい。

取り上げるトピックスは、首都圏の防災・減災ビジョン、帰宅・通勤困難者問題、都心部の防災タウンマネジメントと「コミュニティ・セキュリティ・センター計画」、都市モビリティの多元化、エネルギー安全保障など多岐にわたる。減災情報システム、防災行動や意識といった「人間」の側のファクター(今回の3.11震災でも避難行動や意識の差が生死を分けた)にも焦点を当てていきたい。

震災後、政府の復興構想会議・検討部会委員として、東日本大震災の復興ビジョンづくりに携わってきた。だが、本当の仕事はこれからである。"災害でやられたら直す"という「災害先行・復旧型」の国家から、災害リスクを未然に低減させる「予防・減災型」の国家への脱皮の時である。

新しい日本と東京首都圏をデザインする思考実験として、今年の地球大学に参加いただきたい。

プロフィール

竹村真一(たけむら・しんいち)竹村真一(たけむら・しんいち)
Earth Literacy Program 代表
エコッツェリア・コンテンツプロデューサー

京都造形芸術大学教授。Earth Literacy Program代表。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。20代には世界約70カ国を踏破。地球時代の新たな「人間学」を提起しつつ、ITを駆使した地球環境問題への独自な取組みを進める。

1996年に制作したウェブ作品Sensoriumは電子アートの登竜門アルス・エレクトロ二カでグランプリを受賞。その後、「触れる地球」(2005年グッドデザイン賞・金賞)や「100万人のキャンドルナイト」、ユビキタス携帯ナビ「どこでも博物館」(2005年国連情報社会サミット日本最優秀賞)、洞爺湖サミットIMC「地球茶室」(2008年)、六本木・21_21デザインサイト「Water」展(2007年)などをプロデュース。2006年4月から、環境セミナー「地球大学」を丸の内で主宰。J-WAVEのナビゲーターもつとめ、現在は「Jam the World」内の"Global Sensor"(月曜~金曜、毎日夜9時45分~50分放送)で地球環境への新たな視点を提示している。政府の東日本大震災「復興構想会議」検討部会委員も務める。

著書に「地球の目線」(PHP新書)、「Water」(ワールドフォトプレス)、「宇宙樹」「22世紀のグランドデザイン」(慶応大学出版会)など。

竹村真一プロジェクトサイト: http://www.elp.or.jp/

イベントレポート

■「ブレンナー峠」を通り過ぎたことに気づかされた3.11

3.11以降、「サステナビリティ=持続可能性」という概念そのものが大きく変わりました。それまでは気候変動や温暖化に対して、早くても数十年のスパンの話でやっていこうという姿勢だったのが、ライフラインやエネルギーの安全保障、あるいはエネルギーそのものの供給可能性に関しても持続可能性が問われ始め、持続可能性という概念そのものの緊急度がガラッと変わったように思います。

しかし実は、災害に対する東京の潜在的な脆弱性が問われだしたのは、そんなに新しいことではありません。経営論者、文明論者であるピーター・ドラッカーは、『新しい現実』という本の書き出しで、たいへん面白い比喩を使っています。北ヨーロッパからイタリアに行くときに必ず越えなくてはならないアルプスの峠に「ブレンナー峠」という場所があるのですが、それはいつの間に通ったのか気付かないようななだらかな峠です。しかし、実際は文化や歴史の分水嶺となる、非常に大きな意味を持つ峠なのですね。「文明や人類の歴史の分水嶺も、そういうものかも知れない。気付かないうちにいつの間にか通り過ぎて、後から振り返って初めて、何年か前に通り過ぎたあそこが分水嶺だったとわかる」と。

今回、3・11で露呈したいろいろな問題を、僕らは正面から引き受けて考えていかなければいけないのですが、それらの問題は、実は3.11で突然現れた問題ではないかもしれない。つまり、数年前にそういう時代の転換期、あるいは文明の分水嶺を過ぎつつあったかもしれないことに遅ればせながら気付くきっかけを、3.11で与えていただいたのかなという感じがしています。

■リスポンシビリティその1「地球からの問いかけにどう答えていくか」

今、私たちには3つの応答責任、リスポンシビリティがあると、私は思っています。
まず一つは、生きている地球からの問いかけへの応答です。地震そのものは普通に起こる地球の健康な呼吸、コンスタントな現象です。それを災害にしてしまうのは、人間側の問題です。まずそういう認識を持つところから出発しなければいけないんじゃないかと思います。「こういう地球に僕らは生きている、僕らはこういう日本列島にいる」という認識を、まず感性のインフラにしていく。

今まで「地球環境」という概念で思い浮かぶもの、考慮されるものは、森とか水とかCO2偏重の大気、つまり表層のものだけでした。政治的なイデオロギーとして語られる地球環境の概念の中に、それらを育む地球内部のダイナミズムを入れてこなかった。僕らはそういう大地のダイナミズムを内包した地球環境という概念を世界に向けて提示できなかっただけでなく、地震帯と原発が重なっているのは日本だけだという非常識な状況をずっと放置してきたわけです。

そういう意味では、今回はほんとうに地球内部から垂直軸で問われたというふうに思っております。そういうわれわれの地球環境概念の薄っぺらさを反省し、日本みたいなところに生きるわれわれが、地球環境をどうイメージするか。それが一つめの応答責任ではないかと思うわけです。

日本発の新しい地球観、あるいは生きた地球とどう共生していくかという解答は、この、世界からの未曾有の共感に責任をもって応答していく一つのやり方だと思うのです。現在のところは、世界に対して背を向けた内向きの復興になってしまっている気がしますが、こういった意味で、世界の中での日本のあり方も問われていると思います。


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■リスク・マネージメントが生む新世界

沿岸の低い土地に住むことのリスクが今回の津波被害で「見える化」されましたが、実は東京の東半分はゼロメーター地帯です。あるいは大阪の「うめだ」、梅田と書きますがもともとは「埋めた田んぼ」から来た名前で、ここも低湿地帯です。日本の人口の半分が東京、大阪、名古屋、福岡など、河川より低い10パーセントの土地に暮らし、ビルや工場などの資産の75パーセントが集中している、これが今の日本です。

3・11以前からインキュベートされつつあった新しい文明ビジョンがこれからどういうふうに進んでいくのか、東京や日本がどう変わっていくのか。今年1年のテーマに「セキュリティ」という言葉を使っていますが、これは「リスクがあるよ、怖いよ、身構えましょう」という話ではなく、リスク・マネージメントを引き受けることで非常にクリエイティブにいろいろなものをつくっていくことができる、わくわくするような道行きが始まっていくように思うんですね。


■リスポンシビリティその2「これからの国のデザイン」

何が問われたかの2つ目は、日本の国家デザイン、国のありようです。

中央集権型のパラダイムでいろんなものが構成されていて、大きな発電プラントでつくった電気を大きな電力会社がみなさんに提供し、安全、安心、いくら使っても大丈夫ですよというかたちで来たけれど、電気だけでなく水道、電話など、ライフラインのあり方そのものが大きく問われました。

同時に、首都一極集中というのか、中央対周縁という構造も考える必要がありますね。20世紀の経済は工業を中心にして農林水産業を周縁化してきたわけですが、今の首都と東北の関係を見直すことで、帰宅困難者の問題を含めた首都一極集中のリスクも含め、今の国土がどうなっているのかという問題にまでつながってくる。エネルギー、食糧、資源の安全保障も含めた国家デザインを考え直さないと先には進めない、そういうことがはっきりしたと思います。

■マネージメントすべきリスクを顕在化する

今回、ほとんど被害がなかったにもかかわらず、東北の内陸部の畜産業は大打撃を受けました。これは、100パーセント近く輸入していた餌、つまり飼料が、石巻や気仙沼などの三陸沿岸の大きな港から入らなくなったからなんです。これは自給率が低い場合のリスクが露呈した例です。飼料に限らず、小麦、トウモロコシ、大豆など、主だったものの日本の食糧自給率は全部1割もない。

石油なんて最たるもので、石油、石炭を含めた化石燃料の輸入額が、12年ほど前はわずか5兆円だったものが2008年には23兆円になっています。
これをどのようにしていくか、第3の応答責任である原子力、放射能の問題とも密接にかかわるのですが、原子力に関しては回を改めてちゃんと議論していく予定です。


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■災害先行型の国から予防減災型の世界モデルへ

僕の尊敬する河田惠昭先生という京大の防災研の所長をされた防災の大家が、「壊されたら直すっていう災害先行型の国だったけど、そろそろ壊れる前にちゃんとやるっていう国になりたいよね」って、非常にいい言い方をされました。僕はそれを予防減災型の国というふうにいっておきたい。壊されたら直す、壊されるたびに「二度とこんなことがないように」と10メーターを越える化け物みたいな防潮堤や防波堤をつくり直すようなパターンからはそろそろ脱却したい。

人口70億の地球全体で、このところ毎年2億7000万人~3億人が自然災害で家や家族や仕事を失っていて、その被害額も例えば揚子江での一つの洪水だけで3兆円、今回の東日本大震災だって原発事故や風評被害を含まないで20兆円といわれています。簡単にいえば、毎年のGDP、経済成長分ぐらいは自然災害で吹っ飛んでしまっている計算です。5年おきぐらいのスパンで見ても、20年前の2倍ぐらいの被災者数が出ています。
この災害のリスクをどうマネージし、人的、経済的損失を最小限にしながら、何が起こっても何とかやっていける柔らかく逞しい人類社会に地球をデザインし直すことが、大きな文明的テーマになってきている。

そういうテーマに、技術を含めたフロンティアとして答える資格を持っているのがこの日本です。だから東北の復興は東北だけで閉じちゃいけないものだと思っています。
同時並行で、3000万人が暮らす首都圏のマネージメントを課題としていく。日本や東京のためだけじゃなく、災害に強いエネルギー・システムを構築していくことが最大の世界への貢献、地球へのギフトになる時代なんです。


■自然エネルギーによる発電容量が原発を超える

太平洋プレートは年8センチも動くようなダイナミズムの大きなプレートです。それを含めた4つのプレートの交差点にあるのが、関東平野であり、東京首都圏です。箱根がなぜ「天下の険」になっているかというと、伊豆半島がフィリピン海プレートに乗ってぶつかってきて、その勢いでヒマラヤみたいに地面を押し上げて、それであの地域が「天下の険」になっている。

僕は極端な論者ではないのでいきなり全部の原発を止めろといったことは一度もありませんが、浜岡を運転したまま次の世紀に行けるのかという問題提起は、2008年に『地球の目線』という本の中で書きました。

この10年で、自然エネルギーによる発電という代案が非常に伸びてきているのはご存じのとおりです。昨年ついに、世界の自然エネルギーの総発電容量が、世界中の原発400基あまりの総発電容量約4億キロワットを上回りました。風力だけで、その半分ぐらいです。「風車回して太陽光パネル付けて、全部合わせて1パーセントいくかどうかでしょ」っていう評価だったのが、ハッと気が付いたらブレンナー峠を越えていた。

もちろん、原発の施設稼働率はマックス85パーセント、定期点検などいろいろ考えて70パーセントぐらいとすると、風力は24、5パーセントですから今は3分の1と考えなければいけませんが、あと5年くらいで、世界の原発を全部止めても自然エネルギーで代替できる発電容量になります。今、太陽熱集光型発電という効率的な発電を、あのフランスやスペインが着々と技術開発しています。アメリカも、世界一の石油消費国、炭素排出国ではありますが、同時に世界一の風力発電国でもあるという二面性をもっています。
原発に反対か賛成かは別として、首都圏3000万人が一夜にして壊滅する可能性のある浜岡だけは止めませんかと2年前から申し上げていましたが、菅さんがこれをやった。リスクを見ずに国を運営するなら、それは国家運営といえません。


■日本のリスク・マネージメントの甘さを問う

2004年に中央防災会議が発表した「首都直下型地震で死者が1万3000人」というのは、関東大震災や阪神大震災をベースにした被害想定かと思われますが、どう考えても過小評価ではないかと思います。「災害に強い街をつくることこそが本当の関東大震災の鎮魂である」と考えた後藤新平がやろうとした首都圏の大改造計画はこれまで一部しか実行されず、救急車も消防車も入れず、区画整理もされていない、災害に弱い都心部の街区がまだまだたくさんあります。60年ほど前に実際にあったカスリーン台風では、利根川が決壊して埼玉県から葛飾区、墨田区、江東区が全部冠水しました。今後、津波に海面上昇が少し加われば、ゼロメーター地帯が1・5倍に広がってしまいます。

地震や津波が来なくても、洪水のリスクは常にあります。丸の内や大手町にある銀行系のサーバーは全部地下にあるそうですが、このあたりのリスク・マネージメントも現場の担当者から聞きたいなと思っております。


■治水の過去から治災の未来へ

日本の数百年の歴史をたどると、中流から下流、下流から埋め立てた浅瀬へ、陸地を海のほうへ延長していく歴史でした。治水技術がなかったこともありますが、平城京も平安京も中流の盆地にありました。室町末期から江戸にかけて治水技術も発達し、"川の扉"と書く「江戸」の町は、日本史上初の河口に設置された首都です。

家康が利根川を銚子方面につけかえる以前、もともと川の流域は東京方面でした。いわゆる湿地帯でしたが、そこに暮らす者の知恵がありまして、普通の家から10メーターぐらい高いところに、シェルターとしての蔵を設けているんです。この蔵を「水の塚」と書いて「みづか」というのですが、そこにちゃんと舟がある。そこまで水が来たら、今度は舟に乗って逃げましょうということです。水塚パラダイムというデザイン思想で、冠水を前提とした町をつくり、そういうマインドを持つ人間を育てるのがポイントです。

一人ひとりが「災害想像力」をブロードバンド化して被災訓練をしていくことが大事になってくるのかなという感じがしています。

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■災害を前提とした都市計画を新しい国家パラダイムに

防災の河田先生は「被災したあとの新しい都市計画を、最初から青写真として描いておくことを自治体に薦める」なんておっしゃっていますが、私は災害を前提とした都市設計を災害文化OSの再構築と呼びたいです。そうすると、復興も速いですよね。

復興構想会議で出された河田教授のプランに、10メーターぐらいの高台の人工地盤で高床式にして、洪水が下を通るようなやり方がありました。僕のほうは九州大学と組んでそれをバージョンアップさせる提案をしました。その高床式の杭を鋼管やスーパー・カーボンファイバーでつくり、杭の中に圧縮空気を詰めるような方式にするのです。ソーラーパネルで発電した昼間の電気をコンプレッサーで圧縮空気にし、夜間などの発電できない時間に、圧縮空気でタービンを回して再発電すると、80パーセントぐらいの高効率で電力が安定供給できるっていうシステムがつくれる。

加えて鹿島灘全部で洋上風力発電をすれば、東京電力管内の電気を全部賄える試算もあります。イギリスは2020年には電力の3分の1を風車で賄う計画を進めています。北海が浅いから風車が建てられる、日本は日本海溝に向けて海底が急に深くなっているから無理かと思ったのですが、浮かべればいいという発想で、今年から九州大学で実証実験に入ります。

使うのは風レンズ風車というのですが、普通の1.5倍の発電効率のある風車で、60メーターぐらいの亀の子ユニットからはじめています。表面ではソーラー発電もできるし、浮体式になっている下の海が漁礁になって養殖などにも使えます。沿岸漁業にも有効だし三陸沖の産業復興にも使える。変動と折り合っていく伝統的な知恵を、現代的なテクノロジーを使って生かそうと、今提案しているわけです。

先ほどの水塚などの高床式の建築方式もそうですが、こういう浮体式もアジアの知恵です。東南アジアの洪水地域では、雨季には冠水します。それが前提だから、そこに暮らす人類は、変動する地球の呼吸と折り合っていく文明をつくってきたんですね。


■埋蔵電力は日本の全原発からの発電量に勝る?!

先ほど、ライフラインは自立分散型が必要と申し上げましたが、実は電力に関しては、すでにかなりの数の企業が自家発電装置を持っています。日本の54基ある原発を全部合わせて5000万キロワットぐらいの発電能力があるといわれていますが、新日鉄やJRなどの企業が持っている自家発電の発電容量を全部合わせると、6000万キロワットぐらいになるそうです。今回、一番活躍した自家発電装置として有名になったのは森ビルでした。六本木ヒルズではテナントに電力の安定供給をし、なおかつ余った電力を東電に売って、ずいぶん株価が上がったそうです。

JRとか、新日鉄とか、大阪ガスとか、多くは石油や天然ガスなどの化石燃料を燃やしての火力発電、タービンですが、全部稼動させれば原発の総発電容量を超える。なぜそういうものがこれまで使われなかったかというと、現状では東電から電気をキロワットアワーあたり20円ぐらいで買ったほうが安いからということだったらしいのですが、とにかく埋蔵金ならぬ、埋蔵エネルギーがあったということが今回わかりました。


■発電を蓄電し、さらに流通させ、節電しながら使う

もうひとつ加えたいのは蓄電機能の話です。家庭でも高額な蓄電装置、蓄電池を買う動きはありますが、先ほど出てきた鋼管杭は、都市の構造体ですから、地盤や建物をつくるインフラである構造体そのものが蓄電装置になるわけです。都市の構造物が、標準的に安価な蓄電装置になれば、都市のあり方はガラッと変わります。

少なくとも今の電力網にはこれ以上外部から入れられません。政策的な問題もありますが、野放図にいろんなタイプの電源からの発電が既存の電力網に流入していいようにはできません。自立発電場所でそれぞれ蓄電できるようにし、足りないときに使ったり、地産地消でその地域内で融通しあったりするシステムを考えていかないと、トータルなエネルギー社会は設計できないと考えています。


■節水技術で「水不足の世紀」も乗り切れる

エネルギーだけじゃなく水も、利根川の何100キロも先の水源から、何回も使い回しながら持って来る、「遠い水」だけに依存している東京のあり方は脆弱じゃないのっていう話を、ずいぶん「地球大学」でもやってまいりました。自立電源とともに自立水源を持っていくことも考えたほうがいいでしょう。ちなみに六本木ヒルズも井戸を持っていますし、墨田区はすでに数1000トンクラスの巨大な雨水タンクを持っているうえに、スカイツリーが世界最大のスカイウォーターを集める木、雨水貯留装置になる予定です。これは水田の発想です。あっという間に降って流れ去ってしまう雨水をスローに貯めていく、伝統的な知恵です。都市を水田にしていくこの発想によって、洪水のリスクも防げるし自立水源も確保できるし、非常時の供給にも応用できていくわけです。

そもそも水に関しては、かなり無駄なソーシャル・デザインになっていました。トイレでは15リッターぐらい1回に流していました。今、イナックスのトイレは一回の洗浄でわずか4リッターです。お風呂に関しても、最近ミラノサローネで発表され泡吹き風呂だと、使用水量が従来の20分の1になるそうです。水が足りなくなる世紀だから、水を巡って争う世紀にするのではなく、節水型の都市をつくればリスクは低減できる。日本が地球基準のデザインとして節水技術を出していくなら、自立水源の安全保障を増やしていくことにもつながります。


■キーワードはつながり

こういう視点で見てみると、すべての屋根が、太陽エネルギーを捕獲するソーラーのインターフェースになったり、雨水をスローに蓄えるインターフェースになれば、都市も、森や水田と同じような自然の一機関になれるじゃないかと。こういうビジョンを被災地や東京で実現し、日本から世界に広げていく。中国、インド経済がブームしていくときにこういう技術をベースにできれば、何とかソフトランディングしていけるような地球がリアルに思い描けると思うんですね。

先日、五百籏頭真議長に石巻や福島の飯館での東北復興ソリューション・サミット提案したところ、「それは最高だ。すぐやろう」となりました。今話したような新しいエネルギーやモビリティ、技術シーズが集められ、ファーマーズマーケットならぬ"技術市"のような感じで、「うちの町にはこれが向いてる」「うちは小さな漁村だから、こっちのほうが合う」「そっちとこう組み合わせれば最高だね」というコーディネートが生まれていく場です。

僕は復興構想会議の最初からずっと、キーワードは「つながり」だと言ってきました。イノベーション概念を発明したシュンペーターによると、「イノベーション」の元の意味は「技術革新」じゃなく「古い結合の破壊、あるいは崩壊と、新しい結合の創造」だそうです。今回、東北ではいろいろなつながりが絶たれたわけですが、その分、人間関係もコミュニティも、今までなかった新しい結合が生まれています。


■都市農業の普及が救うもの

この「地球大学」でも何度も触れた都市農業、地産地消も、「食」を考えるうえで大きなテーマになってきます。今、地球人口の10人に1人、7億人が都市農業をやっています。キューバはその代表的な例です。ソ連というパトロンが崩壊した時、石油も来なくなって、農産物を都市部に運べなくなってしまった。仕方なく、都市のコンクリートを剥がして農業をやるしかなくなったのですが、それが地産地消の有機農業になって、今、200万人都市であるハバナでは、9割程度自給できています。そういう大都市農業革命をキューバはやったのですが、巨大都市バンコクでも、野菜や魚の3分の1は都市近郊で自給していますし、ニューヨークでは、都市菜園が治安をよくしたとも言われています。

石油が高騰して物流が高くつくようになって、20世紀の水平分業を前提とした考え方が安全保障とは程遠いことがわかったわけです。


■森の再生も防災に役立つ

それから、都市の緑化も真剣に考えなくてはいけないと思っています。ヒートアイランド対策とか、CO2とか、食糧源とか、生物多様性とか、いろんな意味がありますが、森林には防災性もあるのです。関東大震災では「火災旋風」と呼ばれる竜巻のような火災で、避難所として指定されていた広場に逃げた人たちが巻き込まれて、何万人も亡くなっています。森があれば延焼を防ぎ、地震にも、火災にも、もちろん津波にも耐性をもってくる。防災性の、文字通り根幹になるのが森です。

このエコッツェリアも5年を経て成熟し、いよいよそういう行動するサロンになれる段階が来ました。地震や津波が来ても何とかやっていける首都圏になったら、われわれの世代がこの時代に生きた意味があると思います。

(終)

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