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【丸善松丸本舗BookNavi】3月号「新入社員に贈る本」 ―岡本太郎『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』など

booknavi1103_top.jpgブックショップエディター櫛田さんの本は、セイゴオ式に赤ペンでいっぱい!

松岡正剛氏が大胆にプロデュースし、書店のあり方の可能性を広げたとして、各種メディアから注目を集める丸善本店 松丸本舗と、サステナビリティを考えるまちメディア・丸の内地球環境新聞がコラボレーション。その季節にピッタリの本をナビします。

3月は旅立ちの季節。そして次の旅への準備を整える季節。この時期にオススメの本を、特に新入社員に向けて紹介していただきました。教養?処世術?人生の先輩からは、どんなメッセージが贈られるのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、この方々。
・松丸本舗ブックショップ・エディター 櫛田 理さん(以下 櫛田
・松丸本舗スタッフ 宮野 源太郎さん(以下 宮野

このシリーズは、丸の内地球環境新聞デスクの「アクビ」こと永野(以下 アクビ)がお届けします!

○ 3月のオススメ本

  • 『フルタイムライフ』 柴崎 友香(著)/河出文庫
  • 『戦略の原点』 清水 勝彦(著)/日経BP社
  • 『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』 岡本 太郎(著)/光文社文庫
  • 『かくれた次元』 エドワード・ホール(著)/みすず書房
  • 『不揃いの木を組む』 小川 三夫 (著)/草思社
  • 『建築家なしの建築』 B・ルドフスキー (著)/SD選書
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アクビ: 今回のテーマは「新入社員に贈る本」です。ちなみに、ブックショップ・エディターの櫛田さんは、松丸本舗の店頭にデビューしたばかり。BookNaviにも初登場ということで、この場ではまさに"新人さん"です。社会人になられてからは、どれくらいですか?

櫛田: 4~5年というところでしょうか。大学時代を海外で送って、そのあと松岡正剛の編集工学研究所に入ったのが最初の社会人経験ですね

アクビ: 社会人になって苦労したことってありますか?

櫛田: 今、苦労しています(笑)

アクビ: そのあたりの話も聞きながら進めていきたいと思います(笑)。まずは、丸善 松丸本舗宮野さんのオススメ本を聞いてみましょう

"もやもや"解消法

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宮野: 一冊目は柴崎 友香さんの『フルタイムライフ』で始めたいと思います。これは完全に女の子仕様ですね

アクビ: お!マイルドですね。今日マチ子さんの挿絵の雰囲気がいいです

宮野: 柴崎友香さんは好きな作家さんなんです。これは、美大を卒業して普通のOLさんになった女の子の話です。入社してからの5月から2月までの月名が章になっていて、すごい事件が起こるとかすごい恋愛物語があるとかが......、一切ないです

アクビ: ないんですか!(笑)

宮野: ないんです(笑)。主人公の女の子の日常がとうとうと描かれているだけなんです。作者の柴崎さんは、ちょっとした日常の言葉や動作から、登場人物の心を描き出すのがすごくうまいんですよね

主人公は、「こんなところで仕事をしていていいのかな」という気持ちを少し持っている。美大出身なのでサラリーマンとかOLになっている友達がいないという設定なんですね。友達から「なんでそんなことやっとんねん」なんて言われたりして。全編を通して関西弁なところもいいですね

アクビ: 私も新入社員のころに、そういう「これでいいのかな」というもやもやした気持ちを抱えていたのを思い出します。悩みというほどでもないけどなんだか釈然としなくて、自信が持てない感じ。この物語は、本とおしゃべりをしていたら、いつのまにかそういうもやもやが解きほぐされて解消できてしまうかも

宮野: 男性が読んでも「こんな子いるよなぁ」って共感できると思います

知っておきたい"経営の九九"

アクビ: 宮野さんは、以前は丸善本店1階のビジネス書のフロアを担当されていたそうですが、新入社員にオススメのビジネス書ってありますか?

宮野: この『戦略の原点』という本は、いつもオススメしていますね。著者の清水勝彦さんはテキサス大学のMBAコースで戦略論を教えている教授で、多くの本を出してらっしゃいます。『経営意思決定の原点』『その前提が間違いです。』といったタイトルの、経営の常識を問い直すような本をたくさん出している人です

"経営の九九"を考える本なんですよ。これまで数々のビジネス本を見てきましたが、経営戦略の基本を易しい言葉で、なおかつレベルを落とさずにこれだけ語られる方って、他にいるだろうかと思います。新入社員の方々は、いろんな人にいろんな本を薦められると思うんですが、まずはここから経営に親しんでほしいですね

経営学の本って、意外とあれもこれもありなんですよ。「マネジメント論としてはこれ」「マーケティング論はこれ」「意思決定論はこう」と、何部立てにもなっていて、全編を通して読んでもなかなかひとつの筋が見えないということがよくあるんですが、この本は"顧客の創造"という筋がドーンと通っています

アクビ: どんなビジネスにも"相手"つまり"顧客"があると思うと、"顧客の創造"というテーマは職種などに関わらず役に立ちそうですね

宮野: 「そもそも"顧客"って何なんですか」と問いかけていたりする。"顧客"という言葉を使うことに満足をしてしまって、結局はメーカーの論理で組み立てられているものは多いです。売れて欲しい本ですね

それって"常識"?

アクビ: さすがビジネス書のプロ!とても役に立ちそうです。次もビジネス書のご紹介かと思いきや、次に控えているのは岡本太郎さんの本!?

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宮野: 別に生誕100周年だからだっていうわけじゃないんですけどね。この『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』は、新入社員にというテーマをいただいたときにすぐに思い浮かんだ本なんです

ビジネス書は今でもチェックしているんですが、最近のビジネス書はいろんな言葉をいろんな風に使うから、だんだん言葉がチープになってきていると感じます。"フレームワーク"も聞き飽きたし、"戦略" も聞き飽きたし。最近腸が煮えくり返るのが、"イノベーション"という言葉ですね

アクビ: 腸が煮えくり返るほど!

宮野: よく引き合いに出される話ですけど、ソニーのウォークマンはLPと比べて小さいというだけでイノベーションたりえたわけではないんですよね。自分の部屋やファンのみが集まるコンサートホールといったプライベートな空間で聴くものだった音楽を、まちや電車の中などのオフィシャルなところに持っていったところ、音楽を聴くというライフスタイルを変えっちゃったところが大きい

そういうものが"イノベーション"なんですけど、いまや「テレビが飛び出して見えるから"イノベーション"だ」なんて、チープな言葉になっています。新しいものをつくるということ自体がすごく小さなパッケージされた行為になってしまっている。そういうところにも時代の閉塞感や元気のなさを感じるんですよ

そこで、それなら"イノベーション"ではなく"アバンギャルド"はどうだと。前衛だと。『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』の中に、富士山の話が出てくるんです。みんな富士山を有難がりますよね。でも、富士山は本当に有難いものなのか、と。芸術も同じでみんなまず有難がる。「ゴッホだから素晴らしい」、でも、それは本当の意味で素晴らしいのか、と。本当に自分が心を動かされたものをどれだけ見つけられるか、どれだけ自分でつくり出せるかが問題だと、岡本さんは言っていると思うんですよね

"アバンギャルド"についてはこのように言っています。「独自に先端的な課題をつくり上げ、前進していく芸術家は"アバンギャルド"。これに対して、それを上手にこなして、より容易な形で喜ばれるのが"モダニズム"」言い換えると、後者が"イノベーション"ですね

アクビ: 今の"イノベーション"は、上手で容易で万人受けするものなってしまっている、と

宮野: 容易な形なのですぐに飽きられてしまうし、そこから何か新しいものが出てくるわけでもない。今は新しいモノやコトが求められている時代なので、もう若い人がやらなきゃダメですよ!おじさんたちに任せていたらダメ!(笑) 若い人たちに"アバンギャルド"な気持ちを持ってもらいたいなぁ

岡本さんの本は、言葉を集めたものなどもたくさん出版されていますが、できれば岡本さん自身が書いている本をぜひ読んでもらいたいし、それをビジネス書として読んでもらいたいと思います

この本は簡単なところもいいですしね。そういう意味では『戦略の原点』も同じ。簡単です。でも、深い。簡単に書かれているけれども、言葉を選んで選んで選び抜いている。芸術作品をつくることと言葉を通して伝えることとは変わらない、とおっしゃる方ですから手抜きはない。ぜひ日本の若い人たちが携わるビジネスから"アバンギャルド"になって欲しいと思います

アクビ: 松丸本舗はまさに"アバンギャルド"な本屋だと思うのですが、それを手がける松岡正剛さんの編集工学研究所の内部も"アバンギャルド"なんでしょうか?櫛田さんは冒頭で、社会人として「今、苦労しています」とおっしゃっていましたが

櫛田: それは冗談ですが(笑)、私はもともと松岡正剛に弟子入りしたので、一般的な新人社会人としての感覚はなかったんです。「掃除から調べ物から何でもやります」という勢いでした。それで、入社初日に松岡から言われたのがたった一言、「高をくくるな」という言葉でした。

仕事に慣れてくると「まあ、こんなものかな」とやり過ごせちゃう。そっちのほうが、身も心も楽だから。それを見越して、"先に自分の中で答え出すな"っていうメッセージだったんだ、と思います。より困難な方へ進めと・・・

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アクビ: 常識から疑ってみるという点で、とても岡本太郎さんの話に通じますね

櫛田: そういう意味では、この『かくれた次元』という本も面白いかもしれません。学生時代の授業のテキストだった本で、すごく面白かったのでいまだに読み返す本です。"かくれた次元"とは、目に見えない関係や"間"のことです。今、私たちはこの距離にいるじゃないですか。でも話し始めたころはもっと距離があったはずなんですよ。でも話しているうちにだんだん近くなった。そういうことを研究している文化人類学の本です

アクビ: 心の距離と物理的距離の関係ですか

櫛田: 文化によっても距離は変わります。アメリカ人って全然知らない人同士でも握手やハグをしたりするじゃないですか。でも日本人はなかなかそうはいかない。そういう作法って文化的にかたどられたものにすぎないんですよね。そう分かることで、ストレスを感じないようになるんじゃないかなと

女性と手が触れて「この人僕に気があるんじゃないか」と思ったら勘違いだった、なんてよくありますよね。そういうのも楽しめるようになるといいですね

アクビ: 櫛田さんもそういう勘違いを・・・

宮野: 勘違いだったんだ・・・

櫛田: いや、そこじゃなくて(笑)

アクビ: 「手が触れる=気がある」という公式をふくめて、「それって本当に当たり前なんだっけ」と、自分の常識を疑ってみることは重要だと、よくわかりました(笑)。こういう本で知識を得ることで目の前の事柄を相対化してコントロールできるようになるといいですよね。人間関係で振り回されちゃうケースはけっこう多いですから

櫛田: はたから見たら勘違いってこと、よくありますもんね

宮野: やっぱり勘違いなんだ!(笑)

アクビ: 勘違いから始まることもありますからね(笑)

宮野: 慰めている(笑)

"組織"と建築

櫛田: "勘"がきくのは大事ですよね!...と、話をそらしつつ、次に紹介する『不揃いの木を組む』という本は、あえていうと"組織論"です。鵤工舎という宮大工の若い組織をつくった小川 三夫さんの本です。まず目次がいいんですよ。「不揃いのものを組み上げる」「職人にカリキュラムはない」「ゆっくり時間をかけることの弊害」とかね。新人になる方にとってはヒントになる言葉ばっかりじゃないかな。「集団はやはり不揃いがいい」なんて、ある域に達した人にしか言えない言葉ですよね

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宮野: ああ、これは組織論になるねぇ!
ものをつくるひとの言葉って、いいですよね。岡本太郎さんもそうですけど、"手でつくりあげた"とさえ言いたいくらいの言葉で。私は本田宗一郎さんも好きなんです。あの人も"引用"がないんです。自分の言葉で語る。ものをつくる人の言葉って、いいですよね

櫛田: そうなんですよね。含みのあるいい言葉なんです。
木って、もともと太さも長さも不揃いなはずじゃないですか。それを、簡単に組み上げられるように規格で揃えている。規格通りの部材を使うなら、それを統率するのは一人でいい。それは効率的なんですけど、小山さんはあえて不揃いな部材を使うことをすすめているんです。不揃いな部材を使うためには、適所に全体をわかっている人が必要なんですよね。それが組織にとってすごくいいと言っているんです

この人は、先ほどの岡本太郎さんの話とも通じるんですが「要領よくなんてならなくていい、器用なんてダメ」というようなことも言っています。「勉強的な知識を持って修行にくる子ほど伸びない。できれば不器用で何も知らない子がいい」だとか

この本は、新しく会社に入られる方が、"どうやって自分を育てるか"という、ある意味上からも自分からも観られる視点を身につけるためにいいんじゃないかなと思います。「不揃いであれ」「平均的になるな」というメッセージも込めて

アクビ: なるほど......

櫛田: 次の本はバーナード・ルドフスキーという人の『建築家なしの建築』という80年代に書かれた本です。世界中の、いわゆる建築家が建てたわけではない、土地に独特のかたちとか、色合いとか、素材でつくられた建築を集めています。すごく好きな本です。なんだかほっとするんですよね。「ここだけじゃないんだな、世界は」と

アクビ: これを新入社員の方々に向けて、というのは?

櫛田: これって、ルールの本ともいえるんです。ルールって組織には必要不可欠ですよね。その土地にはその土地のルールがある。自然とか風とか土とか温度に影響されたルール。それはとても豊かなものです。自分たちの生活の足元に、これだけ豊かな文化がある、と

今、"グローバリズム"は、とてもフラットになってしまっています。実際にそんなにインターナショナルな人間なんていやしないし、世界にはローカルな人間たちがいて、それぞれにニーズがあって、その人たちがビジネスの顧客なんですよね

"グローバリズム"という考え方は、フラットであるということではなくて多様性・多重性を認めることだという視点に立つべきだと思います。日本について言えば、これからは中国やインドからたくさんの人が働きに来るはずです。そう思うと、多様性を認め合うことや、逆にそれを利用してそこから新たに発想をしていくことは大事だと思います

自分が属する組織やプロジェクトの文化と、起こるイベントごとに出会う人の文化と両方を大事にして、その場でしかできないことをやってほしいですね

宮野: 宮大工さんも、その場でしか採れない不揃いな部材を集めて、その場にしか建てられないお寺を建てていますよね

アクビ: 人は組織によってつくられるし、組織は人によってつくられます。そうして形成された組織の文化は、価値を生みますね

櫛田: あと、最近、私は"贈る"をキーワードにギフトパッケージの企画をしているんですが、"贈る"という気持ちって新入社員にとって大事なんじゃないかな。お金や何かの見返りがあるわけでないけど必死にやることって、後に繋がるんだろうなと思います。やりたいことじゃなくても、やってみる。「贈るが勝ち」というのはアリかもしれませんよ

アクビ: 「誰かのために」という気持ちは、モチベーションを高めますよね。環境問題も、オゾン層の破壊だ気温上昇だという大きな話ではなく、身近な人を危険からまもるためと考えた方がアクションを起こしやすかったりもしますね

今回ご紹介いただいた本は、新入社員だけじゃなく、既存社員や上司になる人たちにとってもためになりそうです。"経営戦略""仕事への姿勢""人間関係""組織"......、松丸本舗のひねりがきいた本たちを片手に、みなさんも4月に向けて自分なりのテーマを設定して取り組んでみては?

☆ツイッターでみなさんの「新入社員に贈る本」 を募集してみた☆

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