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【地球大学アドバンス速報】第48回「地球大学アドバンス〔コミュニティ・セキュリティの再構築シリーズ 第8回〕感染症と文明―共生への道」(山本太郎氏ほか)

2011年度の地球大学アドバンスのテーマは「コミュニティ・セキュリティの再構築シリーズ」。その第8回は、「感染症と文明―共生への道」と題し、長崎大学医学部・熱帯医学研究所教授の山本太郎氏をお迎えして1月23日に開催しました。

今回はまず、慈恵医大で小児科医を務める目澤秀俊氏からインフルエンザのパンデミックについてお話いただき、続いて本題である「感染症と文明」について山本氏にお話いただきました。

■ウィルスと"共生"するとは?~竹村氏

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以前、ジャレッド・ダイアモンド氏と対談する機会があり、ヨーロッパ人が世界を支配することができた理由の1つとして病原菌というものをあげていました。牧畜文化が発達したヨーロッパでは動物を介して病原菌やウィルスとの共生関係を作っており、それが新大陸を支配する武器になったのだと。

山本先生は感染症と人類が動共生関係を作り、文明を作ってきたのかを研究する専門家です。その先生のお話から数千年の歴史を見なおして、今後ウィルスとどういう関係を作っていけばいいのか、撃退するばかりではなく共生するという選択肢もあるのではないか、ということを考え、人間とウィルスとの関係というのは実は文明的な問いであるということを展開していきたいと考えています。

その前にまずは、現場のウィルス対策の話を慈恵医大の目澤さんにして頂きます。

■インフルエンザ対策で重要なのは「知恵のワクチン」~目澤氏

パンデミックインフルエンザについてですが、まず日本の死亡率は非常に低いです。その理由は48時間以内と特効薬の投与と学級閉鎖などの水際作戦、そして手洗いやマスクという国民の健康意識によるものだと思います。2009年の4月に神戸でインフルエンザが発生した時も学校閉鎖やイベントの中止によって滋賀から姫路までの範囲で流行はとどまりその後収束しました。経済的な損失はありますが、拡散を防止する方法として有効だということはわかりました。

個人で大切なのは、手洗いやマスク、発熱した場合にまず相談センターに相談することなどの他にインフルエンザについてもっと知ることだと思います。感染の仕方や死滅までの時間、無力化の方法といった「知恵のワクチン」によって感染を防ぐことが出来るのです。とはいえ、専門家でも全てがわかっているわけではありません。その限界を知った上で、限定的な情報を生かしていくためには「共生」も含めてどのような対策を練ればいいのか、それを地域や企業が考えていくことも重要なのです。

■感染症の爆発的な流行の意味~山本氏

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私は感染症と社会の関係について研究していますが、従来の研究で農耕以前の人類は麻疹の流行を恒常的に維持できない一方で、結核は風土的に根付いていたということがわかっています。麻疹の恒常的流行には25万人以上の人口が必要で、それが実現したのは農耕によって人口が増加した後のことで、さらに野生動物の家畜化によって動物が持つ病原体が人社会に持ち込まれると、その病原体が人社会に定着するようになるのです。

そして、その中から爆発的に流行する感染症が出てきます。社会に大きなインパクトを与えた感染症として代表的なものには、1918年のスペイン風邪、中世ヨーロッパのペスト、コロンブス以降の新大陸のものが上げられます。

まずスペイン風邪はインフルエンザの一種です。1918年に発生し400万人から1億人が死亡したと言われます。スペイン風邪の起源は実はアメリカで、第一次世界大戦に参戦した米軍によってヨーロッパにもたらされ、スペインで流行した時点で情報が広がったためスペイン風邪と呼ばれるようになりました。

インフルエンザにはA、B、Cの3つの型があり、流行を起こすのはA型で、その中に144種の亜種が存在します。インフルエンザは一度流行ると毎年小さな変異(ドリフト)をくり返し、しばらくして大きな変化(シフト)を起こします。シフトは1781年、1830年、1889年、1918年、1957年、1968年に起き、1918年がスペイン風邪(H1N1)、1957年がアジア型(H2N2)、1968年が香港型(H3N2)です。シフトの間隔を見ると最後のシフトから40年以上が経ち、いつ次のシフトが起きてもおかしくないと言われるものの、人と水鳥や豚との距離が広がっているためにシフトが起きにくくなっているとも言われます。

中世ヨーロッパのペストはモンゴル帝国がヨーロッパに勢力を伸ばしたことにより、ヒマラヤの風土病であったペストがユーラシア大陸全体に広がり、発生したもの。ヨーロッパの人口の4分の1~3分の1が死亡したと言われます。この影響で労働力が減少して賃金が上昇、荘園制の崩壊が加速、無力だった教会の権威が失墜して国民意識が高揚するなど、封建的身分制度の実質的な解体をもたらしました。

■疾病文明圏と疾病の均質化~山本氏

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この現象は「疾病文明圏」における疾病の交換と均質化の過程だと考えられます。マクニールは文明を感性症を貯蔵する装置と位置づけ、異なる疾病文明圏間の戦争や交易によって疾病交換が行われ、徐々に均質化してくといいます。ペストの流行はユーラシア大陸全体での疾病の均質化だったわけです。そして、コロンブス以降、新大陸と旧大陸の間でも同じことが起き、しかもユーラシア大陸で4000年かけた交換を一気にやってしまったために、新大陸では人口の90%が死亡するという事態が起きてしまいました。

感染症がそもそもやってくるのは野生動物からです。最近のものも、エボラ出血熱やSARSはコウモリから、エイズはアフリカミドリザルから感染したと考えられています。このような感染症が人社会にもたらされたのは、そのような野生動物との距離が近づいたからであり、それは人類がまだ環境変化への適応の途上にあるのかもしれないということを意味します。環境変化は疾病的均衡の撹乱を生み、それが疾病の交換と均質化を招き、その結果新たな平衡が模索されますが、新しい感染症の流行とはこの平行の模索の過程にほかならないのです。

ではわれわれはその感染症とどう付き合えばいいのでしょうか?ここで戦うのではなく共生するという考え方が出てきます。HIVを例にとると、HIVは何もしなければ10年ほどでエイズを発症しますが、仮に潜伏期間が100年になったとしたらHIVは公衆衛生の問題ではなくなります。そして、逆に私たちはHIVに感謝することになるはずです。

なぜなら、動物から人へと感染し最終的に人に過剰に適応してしまったウィルスはもはや公衆衛生の問題ではなくなると同時に、別の新たなウィルスの感染を防いでくれるかもしれないからです。新たな未知のウィルスよりも既知のコントロールできるウィルスのほうが対策を取りやすいということです。これが「共生」ということであり、そのことを念頭においた感染症対策がいま課題となっているのだと思います。しかし、HIVの潜伏期間を100年にできたとしても中には10年で発症してしまう人もいるかも知れません。これは集団の利益のために個人の利益が損なわれるということで、言い換えれば「共生のコスト」といえますが、これをどう考えるかという問題は残ります。

昨年の東日本大震災でさらにそのことを考えさせられました。感染症は制圧できるという考え方と自然は制圧できるという考え方は似たものです。その中で共生のコストをどう考えるか、あの震災の被害が自然との共生のコストだとしたら、そのコストはあまりに大きなものです。共生とは理想的な適用なのでしょうか、それとも心地よいとは言えない妥協の産物なのでしょうか?

■感染症との共生と自然との共生~山本氏、竹村氏

このあと、銀座ミツバチの田中さん、東京農大の中島さん、植物の専門家である倉島さんにそれぞれの立場からのコメントをいただき、それを受けて、山本氏はこうつづけます。

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「個の利益と集団の利益の最大化が一致しないために、どちらを選ぶかという二択しか出ていないが、それを越える考え方が今後必要なのではないでしょうか。HIVに感謝するかもしれないことが示唆するのは、強い敵とは戦うが、自分より弱い敵は集団や組織に抱えて多様性を抱えて復元性を担保する必要があるということかもしれません。ただ、そのようにずっと考えてきたものが、東日本大震災で揺らぎました。これが自然との共生の結果だと考えるにはあまりにもひどい現実があり、これをどう考えるかというのは今も私にとって課題なのです」

竹村氏はこれに対し「タイでも本来は洪水と共生する知識を持っていたのが、都市化や森林破壊によって被害が大きくなったのではないかと言われます。われわれは何千年かけて培ってきた共生OSを何十年で破壊しているのではないでしょうか。もともと日本でもある程度洪水を許容するという考え方があったのに、近代治水は下流の被害を甚大なものにしてしまいました」と「自然災害との共生」という考え方を提示します。

そして、「感染症に話を戻すと、HIVを例として言われたのは、ウィルスは人類にとっても財産だし、人類と地球環境の間のバランサーであるということだと思います。では、新型インフルエンザとどのようなバランス関係で共生して行けばいいのか?高密都市というのは大変なリスクだと思いますが、その中でバランスの可能性はあるのでしょうか?」と質問を投げかけます。

山本氏は「外出禁止などの感染症対策は何をしているかというと感染のピークを和らげ、期間は長くすること。そうすると総数としては変わらないかもしれないが、共生というプロセスに近くなります。ただ長引くということは、心地よくないあり方かもしれないので、そうするにはコンセンサスが必要になります。今の時点で新型インフルエンザとの共生がこうあるべきだという答えはもち得ませんが、新しいパラダイムや新しいテクノロジーを作っていくためにも他者と共生するという明確な目標が必要なのではないかと思います」と答えました。

竹村氏は「風邪もウィルスによるものだけれど、風邪をひくと生活を小さくリセットすることができます。それもひとつの共生の形といえるんじゃないでしょうか。そういう感じでインフルエンザとも"いい加減"の共生関係を築く、そういう医療が見えてきたのではないでしょうか。共生ということでもう一つ言えば、発酵文化は微生物との共生のいいデザインではないでしょうか。食品作りのノウハウとしてだけでなく、いい共生関係を作る地球デザインのエンジニアリングの基本として発酵というOSをブロードバンドな視点で見直してみるというあり方はないでしょうか?2012年の地球大学は"食"を扇の要としてやっていこうかと考えているので、今日のお話はそこにも繋がっていくものになったのではないかと思います」と締めくくりました。