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日本の活力の源となるまちへ(和泉洋人氏)

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1. 「新成長戦略」がまちづくりを変える

未来を見据えて地域活性化のグランドデザインを描く内閣官房幹部の和泉洋人局長。その思いや戦略、大丸有地区に寄せる期待とは――。

和泉洋人

1. 「新成長戦略」がまちづくりを変える

今やしっかりとした都市戦略がなければ、東京や大阪といった大都市であっても競争力を失ってしまう時代です。今般政府が発表した新成長戦略を「都市」「国際競争力」「環境」のキーワードでひもとくと、適合する施策は次の3つです。第1は「大都市圏の成長戦略の策定」です。都市再生基本方針において定性的な記述にとどまっていた「コンパクトシティ」や「新しい都市機能の導入」を具体化することを目論んでいます。

第2は「総合特区」の導入です。規制緩和、権限委譲、税財政上の支援といったことを総合的な政策パッケージとして提供し、特定エリアの活性化を後押しします。これまであった「構造改革特区」をさらに発展させるものです。国が想定する特区の形は2つあります。一つは「国際的戦略特区」です。これは日本に数ヵ所、国際レベルで競争優位を持ちうる限定的な地域を作る狙いがあります。もう一つは「地域活性化総合特区」です。地域の特長、個性、資源、人材を活用して、特色ある産業の育成や地域の課題の解決に向けて、活性化を図ります。交通やエネルギー利用の工夫で低炭素化を実現する「環境未来都市」構想が各地で唱えられていますが、これも特区の取り組みと結びつくでしょう。低炭素化だけではなく、そこで取り組まれる環境技術を産業化し、輸出することで競争力をつけ、成長につなげる、という発想とも結びつきます。

第3は「環境未来都市」構想による「[[新3K(環境、健康、交流)]]」分野への集中投資です。これらの3分野は相互に関連付けることが可能です。建物を例に取ると、断熱性を高めれば、突然の温度の変化で「ヒートショック」と呼ばれる高齢者の方の健康事故を減らすことができるでしょう。都市レベルでは歩いて楽しいまちづくりを進めることで市民の健康を向上させる、観光客の増加、そして環境負荷の少ないまちを実現することもできるはずです。

新成長戦略には、昨年末に発表された「基本方針」があります。これは今の菅直人総理大臣と仙石由人官房長官が、国家戦略担当大臣であったときに策定したものです。そこでは「環境・エネルギー」「健康(医療・介護)」「観光・地域活性化」「アジア」「雇用・人材」の6つが、日本の成長分野として国が支援する方向が打ち出されました。どれも都市戦略に密接に関わるものです。

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「環境モデル都市」千代田区

新しい政策は、これまでの政府の取り組みの延長にあります。2008年に「環境モデル都市」として、日本で13の自治体が選ばれました。これは低炭素なまちづくりへの取り組みを行う自治体を支援するもので、大丸有のある東京都千代田区も含まれています。国土交通省が昨年末に打ち出した「成長戦略」では、住宅・都市分野で「国際都市間競争に打ち勝つ」ことを目標に掲げています。日本の代表的なまちである大丸有地区は、こうした競争で優位性を持つべきまちでしょう。 これまでの政策が、政府の新成長戦略と結びつきながら具体化するために、日本のまちの姿は大きく変わるでしょう。これからは各地域の人々が、国の応援を利用しながら、まちづくりを推進することが容易に、まちづくりに頑張る努力が報われやすくなるのです。

大丸有地区ではこれまでも変革が進んでいますが、国や自治体と協力することで、それが一段と促進されるでしょう。大丸有のまちづくりに関わる皆さんは、ぜひこの状況を活用していただきたいと思います。

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2. 都市、大丸有での「新しい公共」に注目

2. 都市、大丸有での「新しい公共」に注目

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かつて私たち日本人は物質的豊かさを「幸せ」としてきました。ところが人口の減少や高齢化社会を迎えて、経済成長を追求するだけでは「麗しい未来」など望むべくもありません。経済成長だけでは世界からも尊敬されません。つまり多様な価値観を受容する社会に生まれ変わる必要があります。

大丸有で働いて所得を増やそうとすることに励むもよし、地方で豊かな自然を活かして観光に携わる、林業や農業に従事するもよし。情報化の進展で今では地方の取組みが直接海外につながったりするので、やりがいもあります。たとえば地方の特色を活かしつつ、長期滞在向けには食事の提供などで「世話を焼きすぎない」といった工夫で、海外客の反応は変わります。地道な改善の積み重ねで、海外の観光客を呼び込む余地は大いにあります。

今回の成長戦略のなかでは「新しい公共」という概念が打ち出されました。企業の経済活動でも、政府の行政活動でも解決できない社会問題を、市民が参加して取り組む動きです。実現するには、従来とは違った価値観をもつ人や組織の存在が不可欠です。それは町内会から大丸有のような任意団体、NPO(非営利組織)、BID(Business Improvement District:ビジネス地域で資産所有者・事業者が、地域の発展を目指し事業を行う組織)など、多様なまとまりが、まちづくりにかかわることが想定されます。そうした取り組みの中では、経済性よりは社会性、公共的視点が求められます。イギリスのマンチェスターでは、国の関係機関と地元が協同で地域再生会社を設立するなど、官民双方の視点が組み入れられた組織が機能しています。

高齢化社会を迎え、社会保障ではカバーしきれない社会ニーズが数多くでてきた時に、従来の"官民二分法"では対応しきれない部分を、「新しい公共」的な組織が下支えする機会が増えるでしょう。それに伴って、社会の構造が変わっていくでしょう。財政的に社会保障等の国費でカバーできない領域を、CSR企業の社会貢献)活動や個人のボランティアが埋めていく。税制改正により個人の寄付を制度的に支援する仕組みも検討しますが、やはり「新しい公共」を支えるために従来とは異なる価値観をもった人材の育成が不可欠になるのです。

三菱一号館美術館

一方で、グローバルな視点から日本を牽引する力を生み出すまちも、日本には不可欠です。東京そして大丸有は経済の中心として、牽引力を発揮する都市であり続けてほしい。さいわいにも最近の大丸有は、環境、観光面で魅力が増しています。昔は休日ともなると人通りがなく閑散としていましたが、今では仲通り沿いにブランドショップが並び、歩行者空間も整備され、歩いて楽しいまちになっています。明治時代のビルを復元した[[三菱一号館美術館]]の完成も非常にタイムリーでした。

世界に向けて存在感を継続的に示すためには、世界に共通して競争できるもの、例えばアート、音楽、景観等について質や量の向上を期待したいです。そのためには、まちづくりの関係者による、未来像の共有をこれまで以上に推進する活動も進めてほしいと考えています。それが観光などの面での大丸有地区の強みとなるでしょう。

critiba.jpgクリチバのまち
Wikipedia commons, photo taken by Morio.

また車との関係も見直すべきではないでしょうか。海外では市長のリーダーシップにより中心部から半ば強引に車を締め出したクリチバ(ブラジル)の例が有名ですが、当初は強硬に反対した地元店舗組織も歩行者専用道に溢れる人の流れを体感し、今では納得しているようです。歩いて楽しいまちは健康増進にもなり、同時に観光名所にもなるので、仲通りのような象徴的な場所で検討してみてはどうでしょうか。

このまちの運営方法にも注目しています。ビル所有者などのステークホルダーが集まり、民間から知恵を出しあってまちづくりを担う「大丸有協議会」が長年活動しています。世界のまちづくりでは、競争力を強化するため、公共の制約を設ける例が増えています。大丸有の姿は日本での「新しい公共」をイメージできる一つの形と言えます。次世代まちづくりの「成功例」をぜひ見せていただきたいです。

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3. 繁栄の源であり、つながりを生むまちへ

3. 繁栄の源であり、つながりを生むまちへ

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東京の強みの中で注目しているのは、発達した公共交通です。電車・地下鉄網が張り巡らされ、しかも電子マネーが連動して利便性が非常に高いのです。郊外から中心を通ってまた郊外に抜ける路線が10以上もある都市は世界でも他に類例がありません。そして大丸有は東京駅に隣接しており、いわば「日本の玄関口」に位置した地の利があります。現に地方の物産アンテナショップや観光案内所、自治体事務所や大学の東京オフィスが、東京駅周辺に集中しているのも、このためでしょう。

この利点を活かせば、大丸有地区は地方や他都市と「つながり」を生むまちにすることも可能なはずです。地方から得られた情報を東京、首都圏、日本全体そして世界に発信することも可能でしょう。またこの地区で働く人材を地方と結びつけることで、地方の活性化に役立てることも可能です。

青森県や北海道の再生可能エネルギーを直接調達する[[生グリーン電力]]の取り組みを大丸有地区は行っています。これはエネルギーを介した都市と地方の連携の新しい試みで、とても意義深いものです。この関係だけではなく、地方の環境産業育成や雇用創出へつなげるために、食文化や観光のPRを展開する取り組みを広げてはどうでしょうか。大丸有地区は、その起点となるのにふさわしい場所でしょう。

shinmaru.jpgサステナブル建築賞を受賞した新丸ビル

2050年の日本は、多様な価値観を認め合い、それぞれの人が幸せを追求できる社会であってほしいと思います。それを支える社会のインフラづくりには、新しい発想も求められます。都市機能を小さな場所に集約させた「コンパクトシティ」というコンセプトがまちづくりで注目されています。活力を生み出しながら環境面でも寄与するため、日本の都市はコンパクトで効率的な形態に進化することに向けて、着実に歩みを進めなければなりません。エネルギー使用の抑制が、国の大きな課題となっているためです。そのためには、まちにかかわるさまざまな人々が自らまちづくりに参加し、活動を担い、また制約も受け入れることが必要になります。都市における「新しい公共」という観点では、韓国や英国等でみられるような、まちづくりに関わるサービスがワンストップで受けられるプラットフォームも必要でしょう。

「CASBEE(建築物総合環境性能評価システム)」という指標で、まちづくり向けのものができるなど、環境に配慮した評価ツールも整備されるようになりました。「環境モデル都市」も具体化が進んでいます。こうした動きを使いながら、日本のまちが、環境都市として内容を整備していかなければなりません。

同時に、まちの姿が多様となっても、日本経済を牽引して、世界の中で注目されるまちは必要です。大丸有はそうした成長と繁栄の拠点になるべきですし、なる力のあるまちです。2050年に向けて、ぜひ成長していただきたいと思います。大丸有の未来に、私は期待しています。

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4. 子どもや孫に跡を継いでもらいたいと思えるまちに

4. 子どもや孫に跡を継いでもらいたいと思えるまちに

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私は、「まち=人間」と考えています。まちづくりは人づくり。ですから、地域活性化とは、そこで暮らし働く人々のモチベーションを高めることが大切だと確信しています。そんな私が理想とするまちとは、住民のみなさんが安心して暮らすことができ、地域に愛着をもって自分の子ども、孫にも、この地域に住まい、跡を継いでもらいたいと思えるようなまちです。

3月に長野県平谷村という人口500人の村に行きました。ここは愛知と長野の県境にあり、とうもろこし栽培と加工品の販売に加えて、いちごづくりなどで世帯所得を上げる工夫をして、みなさんいきいきと働いています。大都市で高い収入を稼ぐのも一つの生き方ですが、このような地域で子ども、孫に誇れる仕事に就いて、元気に暮らせるようなまちにも魅力を感じます。この村には消防車や救急車が配備されていますので、人口500人の小さな村にもかかわらず、電話1本で4分以内に消防車も救急車も来る。救急の場合、平谷村からは飯田市か名古屋市のどちらにも30分以内に病院へ搬送が可能と聞いています。東京など首都圏では救急搬送でも1時間以内に病院に入れないというケースもあります。こうした暮らしの「安心・安全」も、まちには重要な要素ですね。

魅力ある地域の価値を再発見し、それを客観評価するために、知恵の集まる都心で発信、議論し、成果を地域が共有していく。これからも、そのようなまちづくりに少しでもお役に立てればと考えています。

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