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いま求められる“ヘルスリテラシー”の活用

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1. 医療費漸増と高齢化に向けたソリューション

サステイナブルな社会を目指すうえで、欠かせないもの。それは社会を支える人間のサステイナビリティ、つまり「健康」。しかし日本の社会医療費は36.6兆円(平成22年度)に達して過去最高を示し、さらに今後の増大が予見されている。逼迫する財政危機を前に、まさにその抑制が喫緊の国家的課題となっているのは周知のこと。そこで注目されるのが、世界の健康政策の中心となっている「ヘルスリテラシー」健康を決める力──。この新しい概念が人、そして企業にどのような効果をもたらすのだろうか? 持続可能な活用法とともに考えていく。

1. 医療費漸増と高齢化に向けたソリューション

増え続ける医療費、そして高齢化社会──。長寿がもたらす二つの難問、その答えとされるのが予防医学だ。医療先進国のアメリカは健康に関する国家プロジェクトを立ち上げ、まず肥満大国として生活習慣病を軸に健康づくりに本腰を入れた。それに歩調を合せるように日本でも厚生労働省が「健康日本21」と銘打った予防のためのプロジェクトをスタートさせたが、10年を経て第2期に入ろうとする現在まで、めざましい効果は得られていないのが実情だ。

アメリカの国民健康指針である「ヘルシーピープル」では、第2期の「ヘルシーピープル2010」からすでに、国民の「ヘルスリテラシー」向上が目標に含まれている。この「ヘルスリテラシー」とは何か? 耳新しい言葉だが、いわばITリテラシーの健康版とでもいうべきもので、健康に関する自己管理能力を指す。しかし、それがなぜ新しいのか。早くからその有効性に注目している、順天堂大学医学部総合診療科准教授・福田洋さんに解説していただいた。

ヘルシーピープル

「ヘルスリテラシーとは、米国国立衛生研究所の定義では、健康面での適切な意思決定に必要な基本的情報やサービスを調べ、取得し、理解して効果的に利用する個人的能力とされています。一見、従来から個人や企業などが目標として来た健康への努力とあまり変りないように見えます。しかし、アメリカでは多くの疾病についてヘルスリテラシーとの関連が実証されているのです」。例えば婦人科検診の受診頻度、入院リスク、糖尿病のコントロール状況や合併症罹患率、全般的健康状態など、ヘルスリテラシーの低い群が顕著に悪い数値を示すという。

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順天堂大学医学部総合診療科准教授・福田洋さん。専門は予防医学だ。

「とくに教育格差の大きいアメリカでは識字率や読解力、パソコン操作にも劣る層があり、総人口の約半数はヘルスリテラシーが低いという調査もあります。彼らはパンフレットが読めなかったり、意味が理解できなかったりという理由で、例えば病院でインスリン注射の打ち方がわからないという問題が起きます。日本ではそんなことはないと思われるでしょうが、とくに高齢者などでは用語が理解できなかったり、医師との疎通に難があったりという状況が生じています。リテラシーが高い人であれば、予防医学でいう一次予防、つまり病気になる前の段階で、何かあればすぐに病気というリスクを予知して対処し、医師とともに対策を講じることが可能となります」。つまり健康異常に対して、いかに的確な情報を選別、理解し適切な処置を受けられるかの能力といえるようだ。

現在ではインターネットの普及で、いながらにして高度な専門情報の入手が可能で、リテラシーの高い人は先手を打って病気を未然に防げることになる。「とくに近年、取り沙汰されるメタボなど生活習慣病については、リテラシーの高低が顕著に見える例です。そしてリテラシーには健康への意識の高さも含まれます。予防や健診の重要性はわかっていても、決定的になるまで行動しない人はまだまだ多い。学歴が高いはずの一流企業の社員さんでも、健診結果の血糖値200mg/dlに対してニコニコしている。ITリテラシーやフィナンシャルリテラシーは高くても、健康についてはどうでしょう。車の故障で言えば、エンストしたらJAFを呼べばいいくらいにしか考えていないのかも知れません。やはり普段からの車検や相談できる修理工場などが必要です。ヘルスリテラシーとはその意識度でもあるのです」。

さらに福田さんはヘルスリテラシーには、もう一つの側面があると付け加える。「米国より欧州でその傾向が強いですが、ヘルスリテラシーにはもっと大きなアセットとしての効能があると言われています。リテラシーの高い人の存在が、一種の社会資産のような役割となる可能性です。まず高いリテラシーを活用して、より健康になる人が集団の中で増えれば地域や組織、会社をより健康にして行き、個々人のリテラシーの高まりはひいては国家まで健康にする期待もあるわけです。例えば国家的な禁煙の推進などはその実例の一つです」。

また産業医として企業におけるヘルスリテラシーを考えて来た立場として、福田さんはその企業内でのメリットにも言及する。「意外と見過ごされているのは、企業内部のヘルスリテラシーです。企業は利益を上げる集団ですから高い生産性が求められます。そのためには社員の健康維持が不可欠です。つまり社員の健康やメンタルに細心の注意と制度の工夫をする社が、競争力のある生産性の高い会社だと考えられるのです。プレゼンティーイズムという考え方があり、欠勤はしないが体調が悪い社員の生産性の低下の総和は、欠勤者のもたらす生産減少よりも多いといいます。個々人のヘルスリテラシーが高まれば、より早い体調不良への対応や疾病の予防行動につながり、結果的に生産性の向上や医療費の抑制にもつながるのではと考えているのです」。

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2. 「ヘルスリテラシー」をサポートする環境と最新アイテム

2. 「ヘルスリテラシー」をサポートする環境と最新アイテム

健康に関する情報を、いかに自分で使えるか――それがヘルスリテラシーの度合いといえるが、それには三つの要件がある。まず、さまざまな情報を峻別、理解する能力。そしてそれを行動につなげる意識。さらにその実行を容易にする環境だ。

「教育水準が高い日本人の場合、一定の識別能力があると思われます。つぎに意識の問題ですが、昔から健康を心がけ、身体にいいことを実践する人はいて、要は個々人の心掛けの問題ともいえます。しかし、意識も環境に左右されるものです。ですから日本のなすべきは環境づくりではないでしょうか。仲間や地域や、職場での空気、そのための機会の創出と役立つアイテムでヘルスリテラシーの向上を図ることが大切です」。

「多くの企業でCSR活動といえば、植樹やCO2削減など環境への取り組みが多かったと思います。しかし今では、社員の健康管理や健康支援にいかに力を入れているかをアピールするようになって来ています。健康に関する自己管理能力の高い社員を育てることが、人材育成でも重要な課題になりつつあります。健康診断や外部講師による講演などの特別なイベントだけでなく、毎日食べる社員食堂での取り組み等に、ヘルスリテラシーを高める工夫がされています。その結果、栄養バランスに留意する社員が増え、メタボ予防につながるなど効果も見え始めています。」

こうした職場環境の企業はまだ稀だが、VDT症候群やメタボ対策の一環で、職場に手軽なストレッチを行なうトレーナーをデリバリーする企業の事例もある。昔、職場で行なわれたラジオ体操の現代版と言える。実は、社員のコミュニケーションを向上させ、メンタル疾患を予防し、生産性を上げることが本来の目的だ。高まったヘルスリテラシーは、一つの生活習慣だけでなく、複合的な成果を生む。職場に運動環境があることがきっかけで、運動好きの人が増えることも期待される。実際、ジムへ通ったり、皇居周辺をランニングしたりする人も年々増加し、カロリー計算を実践する人も少なくない。それも個々人の意識、意欲の問題だが、よりハードルの低いリテラシー・ツールもさまざま開発されている。

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「からだカルテ」のトップページ

その一つが、健康計測機器メーカーのタニタが展開する携帯やPCを使った有料健康管理サイト「からだカルテ」だ。「サイトのコンセプトがメタボ対策のため、2007年にスタートした時は、男性が割合的に多かったですが、いまはITスキルを持つ女性も増え、健康意識の高まりもあって男女比は6:4ほどになりました」と語るタニタヘルスリンクの大野純子さんによれば、ダイエットへの関心も高いが、健康管理に利用する層も増えてきたという。

そのシステムは使用機器により違いはあるが、「からだカルテ」と連動する体組成計に身体を乗せるだけで、グラフ化されたデータがサイト上に表示される。そこでは体重はもちろん体脂肪率、内臓脂肪レベル、筋肉量、推定骨量、体内年齢、基礎代謝量など計測された数値を見ることができる。さらに同様の歩数計、血圧計も別途用意され、そのデータもサイト上に保存される。各数値が簡単に記録でき推移が長期にわたりグラフで管理できるのが特徴。そのデータをもとにした「からだサポート倶楽部」という各専門家が個別指導をするマンツーマンの健康指導プログラムもオプション(別途費用)で用意されている。

タニタの健康応援ネット「からだカルテ」

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タニタヘルスリンクの大野純子さん

「ご家族でのご利用も多くなっています。また最近では法人の会員も増えています。社員に歩数計を配って歩数イベントをなさったり、社員の健康管理に役立てていただいています。それも医療費削減の一環だと思います」。

とくに好評なのは、簡単に記録できる点と推移がグラフ化されて見えるという点にあるようだ。健康状態が可視化されて数値として把握しやすいので継続につながるのではと大野氏は言う。また同社では無料サイトで20万人のユーザーを持つ「ヘルスプラネット」もあり、それでも各数値データを入力すれば半永久的に保存されるという。

無料健康管理サイト「ヘルスプラネット」

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3. 太る宿命のサラリーマンにも、ソリューションはある

3. 太る宿命のサラリーマンにも、ソリューションはある

運動不足とカロリー過剰摂取、野菜不足など誰もが食生活への不安を抱える中、メタボが諸悪の根源とばかり、厚生労働省は腹囲を含む特定健診・特定保健指導を推進しているが、多くの課題が指摘されている。依然、メタボは増加の一途を辿っているのだ。「内臓脂肪が出すアディボサイトカインという物質が動脈硬化や糖尿病の原因となるとされ、医療費増大の一因となる可能性が指摘されています。私達の約1万人の調査でも、中性脂肪が高い人は、メタボ関連の外来医療費が2倍、高血圧の人は3倍、糖尿病の人は4倍となっています。また、働き盛りのドック受診者を対象とした調査では、早く食べる人、腹八分以上食べる人、外食の多い人、睡眠不足の人などにメタボが多いことが示されました。また20代、30代など若い世代ほど運動不足になりがちで、まさに忙しいサラリーマンは太る宿命と言えます」と語る福田さんは、企業にて保健師や管理栄養士とともに社員食堂の改善を行い、効果を上げている。「一汁三菜650kcalの昼食や選択メニューでのカロリー表示などで、栄養バランスについて考える社員が4割から7割に増加しました。1日240kcal減らせば月1㎏の減量になると、食べながら実感できるのです」。

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タニタNS事業部の南修二さん

すでに社員食堂に各献立のカロリーが表示されている会社も増えているが、その代表のような存在だったタニタの社員食堂が一般客向けとして丸の内・国際ビルにオープン、想像を超える反響で話題をさらっている。「1990年にオープンした一般向けの減量施設で提供していたレシピを社員食堂のレシピとして受け継ぎ、テレビ番組で社員食堂の紹介をしたところ、その番組を見ていた出版社から書籍化したいというお話をいただき、現在は2冊累計で発行部数472万部という大きな結果となりました。もちろん、今回の食堂オープンもその流れを受けたものですが、すべてに想像をはるかに超えた盛況に正直驚いています」とタニタNS事業部の南修二部長は語る。なかでも一番の驚きは、大きな鞄を下げた遠方からの客の多さだという。

丸の内タニタ食堂

およそ4割がそうした来訪者で、ターゲットは丸の内界隈のビジネスパーソン、という始めの想定は大誤算となった。集計はまだだが、その客層の意外性は健康志向ブームを物語るものだ。「女性客が多少多いのですが、意外にもほっそりした方が多く、意識の高い方がさらに上を見ている感じで、主婦など40代、50代の方も多い。いまのところメタボ対策といった太めの男性は案外少ないのですが、常連の方も増えつつあります。そういう方が定着して結果を出してくださることが狙いなので、徐々にその方向に落着けばと考えています。何より無理のないダイエットが可能ですから」。

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丸の内タニタ食堂に併設されているカウンセリングルーム

あくまで健康計測機器メーカーとしてタニタの眼目は、健康だ。しかし、大の大人が1食500kcal前後で足りるのか? 南氏によれば、カロリーと満腹感とは関係なく、食べる時間と噛む回数で補えるという。そのため白飯は目盛付きの茶碗で客自らが盛る仕掛けで、またテーブルの上には時間をはかるタイマーが置かれ、最低20分をかけるよう呼びかけているという。そのほかに野菜は硬めにゆでたり、塩分を控えて美味しくするよう、スパイスや出汁を効かせるなど、人気を裏打ちする努力には余念がない。

「もう一つの特色はカウンセリングルームを併設していて、そちらも1時間待ちという大盛況。業務用体組成計MC-980Aを置き、その上で食生活のアドバイスをさせていただいています。私どもとしてはブームに乗っているようですが、健康は一過性のものではなく正しい方向へ導くお手伝いと考え、今後も今春からはお弁当を、経過を見た上でのチェーン展開なども視野に入れています」。

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4. 持続するヘルスリテラシーには参加する楽しみが大切

4. 持続するヘルスリテラシーには参加する楽しみが大切

人はリスクに直面しないかぎり、なかなかケアしないもの。車でもオイルの減りが早いとしても後回しにして、エンストしてようやく大騒ぎしたりする。何より大切な健康にしても同様だ、なぜならケアすること自体は楽しくないからだ。福田さんは言う。「まさにヘルスリテラシーの難点もそこにあります。いわば節制したり、嫌なことを強制されるのは誰でも嫌いなのです。実は私も普段は運動不足です。昨年夏に渡米し、現地の学生とバスケをする機会がありました。本場の20代の学生とのゲームは体力的にはキツかったですが、やはり楽しく、その上2週間で6㎏の減量に成功しました。あらためて運動の効能と、楽しく実行する大切さを実感しました」。

福田さんは帰国後、その思いでバスケの同好会を創設、幹事となって後戻りできない立場をつくったことで、いまも継続しているという。「良いことであっても義務感から来る行動は長続きしません。ヘルスリテラシーを高めることも、新しい知識が得られる喜びや、素晴らしい体験を共有できる人とのつながりなど、楽しみがあることが持続の秘訣かも知れません」。

丸の内などでフィットネスクラブや関連WEBサイトを運営するティップネスは、昨年、「家庭の医学」で知られる出版社、保健同人社と提携しWEB上での健康相談を始めた。「サービスの充実を図る中で、健康への関心が高まるのを受けてコンテンツに加えることにしましたが、もともと健康の意識の高い層が多いこともあり、運動以外の健康にかかわる相談度数の多さを実感しました。例えば医療よりの知識を深めることで、不安を解消できる場合もあるかと考えています」(ティップネス 企画部)。

これまで腰痛など不定愁訴解消にも利用されて来たフィットネスだが、運動不足や加齢、生活習慣などによる健康不安や維持にも、今後は対応する構えのようだ。「ティップネス丸の内スタイルでは、FMS(ファンクショナル・ム―ブメント・スクリーン)という評価ツールで"動きのクセ"をアセスメントし、「行動・食事・運動・休息」のあらゆる角度から、きめ細やかに日常コンディションニングアドバイスし、"不定愁訴"の緩和・改善やパフォーマンスアップした日常生活を送るための支援サービスを継続的に提案させていただきます」(ティップネス 企画部)。

ティップネス丸の内スタイル

一方、保健同人社も提携した背景を次のように語る。「これまで投稿される多くが病気や症状などの内容で、それは変わりませんが、サイト運営の中でどうしても参加型の部分の必要性を感じ、カテゴリの幅を広げました。当然、その中にはダイエットや筋トレ、運動といった要素が入って来ますので、従来の弊社の専門スタッフだけでは対応しかねると考え提携させていただくことにしたのです」(保健同人社 IT事業部)。

保健同人社

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「iPhoneアプリ 家庭の医学」の画面

タイアップで得た好感触を受けて、今後の展開を聞いてみた。「月刊誌『暮しと健康』、『笑顔』やウェブコンテンツ、健康セミナーなどのポピュレーションアプローチと、24時間365日電話相談「笑顔でヘルシーダイヤル」や事業所で行う検診事後指導面談などのハイリスクアプローチの両面からサービス展開していきたいと考えています。とくに個人さまに対しては、自身が健康的な生活を送る意思決定をするために必要な『正しい情報』と『正しい知識』とそれを自分に『応用する力』を備えて頂けるように、一つひとつのコンテンツを学習の視点で教育として学べる環境を作っていけるようなサービスをデバイスに捉われずに展開してまいります」(保健同人社 広報)。 

保健同人社の個人向けサービス

食と運動、そしてメンタルも含めた医療、それらの総和を得てはじめて高いヘルスリテラシーを手にすることができるのかもしれない。しかし、確実にそうした環境へと近づきつつあるのが予感される。インタビューの最後に福田さんは、こう語った。「日本の医療は確かに高度ですが、これまでその治療や予防施策は、医師や行政からの一方通行であったのかも知れません。その意味でヘルスリテラシーへの高まりによって予防も含めた医療への参加者を増やし、互いに高めて行くことができるのではないかと期待しているのです」。

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編集部から

耳慣れない言葉に尻込みしたが、ワイシャツの首回りが苦しくなったり、ベルトがきつくなったりしたときに「大きいサイズを買おう」ではなく「少し痩せよう」と行動することも立派な「ヘルスリテラシー」だと伺い、その言葉が持つ奥深さを実感。大丸有のオフィスワーカーには健康への意識が高い人が多い。今後、個人、企業、地域社会、そして国をも変える可能性を持つ「ヘルスリテラシー」は、このエリアから広がっていけそうだ。

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