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ビジネスを通じて1次産業を支える ― 生産や流通を変える新たな挑戦(マルハニチロ水産、希望の烽火プロジェクト)

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1. 水産業は環境と資源持続性が企業経営に直結

都市における生活と産業は、バックヤードとなっている地域の産業に支えられて成り立っている。特に私たちが安全・安心な食材を手にすることができるのは、農業や漁業などの1次産業がそれらを安定的に供給してくれるおかげだ。しかし、近年、自然の恵みを生かして生産する1次産業、加工などを行う2次産業、流通・販売・サービスなどの3次産業という枠組みが崩れ、それらがクロスオーバーした新たな取り組みが始まっている。クロマグロの完全養殖への挑戦、農業起業支援、異業種参入など、そのかたちはさまざまだ。持続可能な農場運営による企業ブランドの向上や、国による「6次産業化」の動きも見逃せない。また、震災でいったんは崩壊した被災地の漁業を甦らせるために奮闘する人たちもいる。今回の解体新書では、ビジネスを通じて水産業や農業を支える企業の取り組みを紹介する。

1. 水産業は環境と資源持続性が企業経営に直結

■ 海を汚さない養殖マグロ用の配合飼料を開発

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世界で生産されるマグロの約4分の1が、日本で消費されている(写真はマグロの競りの様子。提供:マルハニチロHD)

寿司や刺身のネタとして不動の人気を誇るマグロ。最近はサーモンなどにやや押され気味だが、それでも魚を食べる民族である私たち日本人にとって別格の魚だ。世界で生産されるマグロの約4分の1が日本で消費されていることからもそれはわかる。なかでも最高級のクロマグロは「本マグロ」と呼ばれ、天然物はいまや貴重品。世界中で需要を供給が完全に上回っている。こうしたなか、天然資源に頼らずにクロマグロを養殖する動きが盛んになりつつある。クロマグロの養殖場は2011年末の時点で全国に130ヵ所以上あるが、サバなどの生餌は人間にとっても貴重な食料資源であり、養殖用配合飼料の開発が長年の課題とされてきた。

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クロマグロの人工種苗。生け簀発の受精卵から稚魚を育て、再び生け簀で成魚にする「完全養殖」の実現は目前だ(写真提供:マルハニチロHD)

その突破口を開いたのが、マルハニチログループの中核企業であるマルハニチロ水産だ。ハム・ソーセージなど食品や飼料の製造販売を手がける兄弟会社の林兼産業と共同で、マグロ専用の配合飼料「ツナフード」を開発し、2006年に特許を取得した。「『ツナフード』は、非可食の魚粉や魚油を飼料として利用できるのに加えて、コーティングされているので海中で溶け出すことがなく海を汚しません。また、生餌が冷凍であるのに対して常温で輸送・保管ができるため、省エネ・省コストである点も特長です」(マルハニチロホールディングス広報IR部談)。

クロマグロの養殖については、現在主流である天然稚魚を捕獲して育てる方法に代えて、生け簀の成魚から受精卵を採卵して人工的に育てた稚魚である「人工種苗」を、再び生け簀で飼育して成魚にする「完全養殖」に向けた研究を進めている。早ければ2013年にも出荷を始める予定で、実現すれば枯渇が心配されている天然資源に対する負荷を軽減できる。

■ 「漁業」は大事な資源調達手段

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1次産業である漁業と、2次産業である水産加工業とは切っても切れない関係にある(写真提供:マルハニチロHD)

マルハニチログループが環境保全や資源の持続性の確保に力を入れるのは、それらが企業の持続性に直結するからだ。同グループは、いずれも創業100年を超える老舗の水産加工業であるマルハとニチロが、2007年に経営統合して生まれた。水産物の輸出入から加工、販売までを一貫して行い、取り扱う水産物の量は世界トップシェアの80万tに上る。グループの中核企業であるマルハニチロ水産は、海外販売輸出入と現地生産、加工などで世界70ヵ国から水産資源を調達。卸会社や加工業者、回転寿司店や量販店などを通じて、世界中の海の幸をさまざまな姿に加工して、私たちの食卓へ届けている。

水産業は、1次産業である漁業と2次産業である水産加工業の総称であり、それらを切り離して語ることはできない。同グループは漁業を重要な資源調達手段の一つとしてとらえており、遠洋漁業に加えて、大企業が参入しにくいとされてきた近海漁業や養殖も手がける。今後は、世界における食料需要の拡大を視野に入れて海外市場への展開を強化するとともに、魚由来の医薬品やサプリメントなど、水産物がもつ健康のイメージを引き出した商品開発に取り組む考えだ。

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2. 東北漁業の前途を照らす「希望の烽火(のろし)」

2. 東北漁業の前途を照らす「希望の烽火(のろし)」

■ コンテナや車両などの資機材を提供

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津波により甚大な被害を受けた宮城県仙台市の仙台海岸(政府資料より)

一方、日本の水産業を取り巻く環境は大きく変化している。なかでも2011年3月に起こった東日本大震災は、東北地方の漁業に大きな打撃を与えた。沿岸部を襲った巨大な津波は、漁船や漁具はもとより、漁港や市場、養殖場、冷蔵・冷凍・製氷庫、車輌など、水産業の継続に欠かせない場所と資機材の多くを奪っていった。海にかかわる1次・2次・3次の全産業が、壊滅的な状況に陥った。先に紹介したマルハニチログループも、石巻、仙台、塩釜や八戸等の拠点が被害を受けている。

苦境に立つ東北の漁業関係者に助け舟を出したのが、「希望の烽火(のろし)」プロジェクトだ。元外交官で外交評論家の岡本行夫氏が呼びかけ、三菱商事、キヤノン、住友商事、三井物産、アサヒビール、東芝、日本郵船など大手企業の協賛を得て「希望の烽火基金」を設立。岩手・宮城・福島の漁港の再生を目指して、コンテナや車両、オフィス機器などさまざまな資機材の提供を行っている。

「東北の漁港は、地元だけでなく他県に籍を置く漁船が入港して水揚げすることで繁栄してきました。魚市場の機能回復が漁期に間に合わなければ他県の船団は他の港へ行ってしまい、戻ってこない可能性もあります。また、このように見通しのない状況が続けば、家族を抱える30~40代の働き盛りの漁師たちの中から廃業者がかなり出ることが予想されます。それだけに、漁港機能を部分的にせよ早期に回復することが、漁業再開の『烽火』となって東北全域に希望を与えることにつながると考えて、基金を立ち上げました」(「希望の烽火」プロジェクト事務局)。

■ 漁期を逃さない「スピードある支援」が信条

この理念に基づき、「希望の烽火」プロジェクトでは宮城県の石巻市、気仙沼市、女川町、南三陸町、岩手県の大船渡市、宮古市、福島県の相馬市など16市町村に対して、漁業再開に必要な資機材の供与を行った。その内容は、中古の冷凍コンテナや凍結用の改造コンテナ、活魚用タンク、トラックやフォークリフトなどの車両類、机や椅子、パソコン、ファックス、プリンターをはじめとするオフィス機器など多岐にわたる。

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「希望の烽火」プロジェクトのホームページでは、支援実績などを公開している

心がけたのは、漁期を逃さない「スピードある支援」だ。この迅速な動きが功を奏し、各地の漁業関係者から「サンマ、サケ、カツオの漁期に間に合った」と喜びの声が寄せられたという。供与先の利用状況を視察するため、岩手・宮城両県にある12カ所の市町村と漁港を訪れた岡本さんは、利用者が冷凍・凍結用改造コンテナを自ら創意工夫して使用していることが印象的だったと話す。

「石巻の水産加工業者は、冷凍コンテナ内部に独自の可動式ラックを設置して、冷気を均等に回すとともに奥の魚を取り出しやすいように工夫していました。国による補正予算などで水産業の復興にかなりの金額が充てられ、ようやく各漁港が資機材の補助申請を行えるようになりましたが、『汎用性が高い』とか『消耗品ではないか』などという理由で補助の対象から外されてしまう資機材も多くあります。当基金は、このように国の補助が届きにくい漁業や水産加工業復活の必需品を、できる範囲で供与していきたいと思います」(岡本さん)。

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3. 環境保全型の農業はもはや常識、マッチングビジネスも

3. 環境保全型の農業はもはや常識、マッチングビジネスも

■ 「環境保全・持続型・循環型」の農場運営を徹底

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「環境保全・持続型・循環型」の農場運営を徹底している小岩井農場

次に、代表的な1次産業である農業の分野を見てみよう。小岩井農牧は、1891(明治24)年の創業以来、岩手県岩手郡雫石町の「小岩井農場」を起点として、酪農、山林運営、緑化造園、観光、生産・加工・販売など広範な事業を行っている。120年以上にわたり、農林畜産業ひとすじに取り組んできた。その基本にあるのは、「環境保全・持続型・循環型」の農場運営だ。同社では子会社を含めたすべての活動において、従業員への環境保全・持続型・循環型の事業運営を徹底しており、納入業者などにも協力してもらっている。

「小岩井農場は、不毛の原野から緑の環境を創造してきた先達による努力の上に成り立っています。『環境保全・持続型・循環型』の運営に力を入れることにより、生産農場としての事業を充実させるとともに、それらをベースとして発展させた緑化や観光事業まで含めた総合的な事業運営を続け、社会に貢献していきたいと考えているのです」(同社経営開発室)。持続可能な農場運営を行うことで、企業価値を向上させて「小岩井農場」のブランド力を高める戦略といえよう。

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小岩井農場では、畜産バイオマス発電により、農場で使用する電力の約2割をまかなっている

こうした考え方のもと、小岩井農場ではさまざまな環境活動に取り組んでいる。廃棄物のリサイクルでは、2006年から農場敷地内でバイオマス利活用施設を稼動し、飼養している牛や鶏などの家畜から排出される糞尿や周辺地域から集めた食品残渣からメタンガスを取り出して、液肥や堆肥として利用している。また、同施設で生み出されるグリーン電力を購入するなどした結果、2010年のCO2総排出量を2005年比で12.1%削減することに成功した。このほかにも、太陽の動きを追尾する太陽光発電システムやペレットストーブを設置するなどして、再生可能エネルギーの普及・啓蒙に努めている。

さらに、緑豊かな大自然に恵まれた環境を生かした、広大な牧草地を見学したり樹齢100年のスギ林林道を歩いたりする「エコファーミングスクール ガイド付きツアー 小岩井農場物語」などの自然体験プログラムも人気だ。参加者からは、「ガイドさんの話がわかりやすく、小岩井農場の魅力を再発見できた」「植林の方法や環境への配慮などを目で見て理解できた」といった声が寄せられている。

■ 本格的な就農や農業分野での起業を後押し

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「パソナチャレンジファーム」は、就農や農業分野での起業を考える人材向けの農業ベンチャー支援制度だ(写真提供:パソナグループ)

小岩井農牧のような例を除けば、企業による農業参入は、農地法などによる規制もあって一部の商社などによるものなどを除いて少なかった。それが近年の食や農への社会的な関心の高まりを受けて、ワタミやイトーヨーカ堂など、主に3次産業に属する企業が農業に取り組み始めている。

しかし、農業分野で働きたい、起業したいという人が増える一方で、農業に就く人の数は減少傾向にあり、農業者の平均年齢は65.8歳と高齢化の一途をたどる。そこに目を付けたのが、総合人材サービス業のパソナグループだ。農業分野での雇用創出を目指して、他産業から農業分野へ人材を流動化させる「農業インターンプロジェクト」などの新しい仕組みを、2003年から構築してきた。2008年には、農業をしたい人と就農者不足に苦しむ農村とをマッチングする「パソナチャレンジファーム」を立ち上げた。耕作放棄地を活用した新規就農者の育成プログラムで、現在、兵庫県淡路島と栃木県芳賀町で実施している。

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参加者の前職は、カメラマン、営業、個人事業主などさまざま(写真提供:パソナグループ)

「『パソナチャレンジファーム』は、本格的に就農や農業分野での起業を考えている人材を後押しする、農業ベンチャー支援制度です。栽培技術はもとより、実際の農業経営を学ぶことができ、就農希望者一人ひとりの得意分野を生かした独立就農者の育成と農業関連会社の立ち上げを支援します」(パソナ広報室)。実際に「パソナチャレンジファームin淡路」には、カメラマンやアパレル関係の営業、個人事業主など、多種多様な職歴の持ち主が参加している。

参加者の声も、「一人では土地の取得もままならなかった」「独立するまでの準備期間としていろいろな事業にチャレンジできる」「メンバーとともにチームとしての就農も視野に入れている」など前向きなものばかり。手ごたえを感じた同グループは、2011年12月にパソナ農援隊を設立し、より多くの農業人材を育成し、継続的に支援する体制を整えた。今後、農業経営に関する人材育成やコンサルティング、農産物の生産や加工品の企画開発、販路開拓支援などの事業を行う方針だ。

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4. 新たな仕組みづくりや第六次産業化の動きが活発に

4. 新たな仕組みづくりや第6次産業化の動きが活発に

■ 大手商社と全農がコメビジネスで提携

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わが国におけるコメの需要量は年間で約800万t。一方で潜在的な生産能力は約1400万tあると言われている(写真はイメージ)

農業ビジネスに関する新たな動きとして注目されるのが、大手商社の丸紅と全国農業協同組合連合会(全農)による、コメの集荷、加工、販売事業に関する提携だ。丸紅は年間の穀物取扱量が2000万tを超え、総合商社の中で圧倒的な販売力を誇る。また、世界的なCSR調査・格付会社のSAM社から持続可能性に優れた企業として認定されるなど、環境や社会的な活動にも熱心だ。一方の全農は、農業協同組合(JA)グループで組合員の農家が生産した農畜産物を消費者へ届けるほか、組合員の経営基盤強化など幅広い事業を手がける。日本のコメの約3割を取り扱う、JAにおける経済活動の担い手だ。

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全農はJAグループにおける経済活動の担い手であり、日本のコメの約3割を取り扱っている

丸紅が注目したのは、全農が全国に抱える産地と、玄米供給や精米など機能面での優秀さだ。この豊かな生産基盤と加工技術に、丸紅が持つ小売・中食・外食などのチャンネルを利用した販売機能を組み合わせれば、精米販売力を強化することができ、流通コストの圧縮(削減)が図れる。また、米や米加工品の産地情報を、消費者に伝達することを事業者に義務付ける「米トレーサビリティ法」が2011年7月に施行されるなど、生産・加工に対する消費者の目は年々厳しくなっている。提携により、トレーサビリティシステムの充実を図ることも可能になるという。

両者はすでに提携実行委員会を合同で立ち上げており、産地で精米した商品を直接消費地に届ける「精米流通」など、消費者や顧客のニーズに応える商品供給の実現に向けた話し合いを続けている。丸紅と全農の提携は、農業における2次産業と3次産業を一体として展開することで、3次産業と食卓とをつなぐ新たな仕組みづくりを目指す試みといえる。

■ 1+2+3=「6次産業化」?

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この30年ほどで、1次・2次産業の就業者数が減り、3次産業で働く人の数が急増した(出典:経済産業省資料)

これまで見てきたように、水産や農業など多くの分野で従来の1次・2次・3次という産業の枠組みを超えた挑戦が始まっている。その理由の一つに、1次産業と2次産業の就業者数が減る一方で、3次産業の就業者数が増えていることもあるだろう。総務省の調査によると、この30年ほどの間にサービス業など3次産業で働く人の数が急増し、その数は約4,400万人に達する。

そもそも1次・2次・3次という産業の分け方は、イギリスの経済学者であるコーリン・クラークが、1940年に発表した「経済進歩の諸条件」という本の中で示したものだ。クラークは、世界の産業を3分類してその構成を分析した上で、経済の発展に伴い就業者の比重が1次から2次、2次から3次へと移行していくことを実証した。しかし、クラークの説が認められてから70年以上経った21世紀の産業構造は、より複雑で多様なものとなっている。3次産業の約3割を占めるサービス業に属する企業が1次・2次産業に取り組むのは、「安全・安心」な農作物を自らつくり、加工して消費者へ届けることを、企業価値を高めるとともに、移り気な顧客をつなぎとめる有効な手法として認識しているためではないだろうか。

時代の変化を受けて、国も動き始めた。2010年12月に成立した通称「6次産業化法」に基づく施策を、積極的に展開しているのだ。6次産業化とは、農林漁業などの1次産業と、加工などを行う2次産業、そして流通や販売などの3次産業を融合して、地域資源を活用した新たなビジネスの創出を促す取り組みのこと。1と2と3を足すと6になることから、6次産業と名付けられた。

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農林水産省が2011年にまとめた「6次産業化先進事例集」の1ページ。取り組みの内容や経緯、成功のポイントなどがよくわかる

具体的には、農林水産物やバイオマスの生産・加工・販売を一体的に行う事業計画を農林水産大臣が認定して、財政面や流通面での支援を行う。地域の農林水産物を率先して利用する地産地消を促す施策もある。すでに全国の農政局に地方ブロックが置かれ、先進的な取り組みをまとめた事例集も公表されている。また、環太平洋連携協定(TPP)への参加を視野に入れて、農林漁業者が6次産業化により加工や販売などの新たな業態へ進出することを支援する官民ファンドも設立される予定だ。

とはいえ、新しい法律や枠組みをつくっただけで産業の育成が図れるわけではない。6次産業は従来の考え方を延長したものに過ぎず、むしろ新たな価値観の醸成が必要であると指摘する専門家もいる。一方、3次産業の就業者が多くなれば、都市で働く人や流入する人の数が増えるだけに、産業構造の変化は都市問題とも直結する。農業や漁業など食をめぐる産業のかたちが大きく変化しつつある今、生産地と消費地、そして食卓とのつながりのあり方を見つめ直すことが求められている。

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編集部から

1次・2次・3次という20世紀型の産業構造が、時代の中で大きく変化している状況が見えてきた。しかし、人が自然からの恵みを得て、手を加え、運び、食するという一連の流れに変わりはない。日本で最大の消費地である東京の中心にある大丸有で生きる私たちは、自分たちが食べているものの生産地や加工・流通などについて知り、それぞれの担い手と自然への感謝を忘れてはならない。

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