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環境経営で、経済成長に代わる豊かな社会の実現へ(秋山直一氏、伊藤大輔氏、高橋広夫氏、竹ケ原啓介氏、藤崎有美氏、井上成氏)

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1. 環境経営を貫く「長期的視点」とは

kankei_saloon_01.jpg2011年7月~12年1月、エコッツェリア協会の主催によって7回にわたる「環境経営サロン」が開催された。サロンでは先駆的な環境経営を行っている12の企業が、それぞれの取り組みについてのプレゼンテーションを行った。さらに、各プレゼンを受けて参加者たちが、その動機や運用の工夫、乗り越えるべき課題、発見したこと、疑問点などをめぐって自由闊達な議論を交わした。
「環境経営サロン」の議論を振り返りつつ、「環境経営」の意義とは何か、どうすれば広く社会に浸透していくのか、今後サロンが取り組むべき課題とは何か等について6名の参加者が対話した。

1. 環境経営を貫く「長期的視点」とは

井上: 「環境」というテーマに関しては、企業の内外に「会議」「ワーキンググループ」「サロン」といったさまざまな枠組みや組織が生まれてきています。ところが、本当に意味のある取り組みを進めていくためには、そうした「仕組み」をつくるだけでは不十分で、どうやって「魂」を入れていくのかが問われると思います。仕組みをドライブさせていく力とは何なのか。トップの強いリーダーシップなのか、それとも各企業の社風や企業文化・DNAか。それ以外にどんな要素があれば環境の取り組みが推進されていくのか。そんなことを突き詰めてみたいという思いが「環境経営サロン」をスタートするにあたって私たちの念頭にありました。

昨年から今年にかけて7回開催した「環境経営サロン」では、12社の企業の皆さんが環境への取り組みについてプレゼンを行い、それを受けて参加者たちが本音で議論を交わしました。サロンの成果として、「環境経営」についてより深い理解を得ることができましたし、「環境経営 5つの要素」として以下の項目を整理することができました。今日は参加企業の皆さんに、サロンで印象に残った事例や発見した課題、活動についての提案などを自由に語っていただければと思います。

「環境経営」5つの要素
  1. 1. 環境を経営戦略に織り込む −事業戦略・事業展開の中で、正面から取り組む
    a) 環境経営によって、商品力をアップする
    b) 環境経営を支える社会システム・インフラを構築する
  2. 2. 成長阻害リスクを軽減する−社会的費用の顕在化等、企業の持続性に対するリスクを減らす
  3. 3. 成長の源泉となる付加価値を創出する−製品・サービスの環境性能向上とともに、他の価値の向上をかけ合わせる
  4. 4. トップのリーダーシップと企業理念、企業ガバナンス−環境向上に企業内を向かせる力と企業内に好循環を生む「拠り所」をつくる
  5. 5. ステークホルダーと共鳴する共進化−消費者、地域社会、バリューチェーン等と継続的に対話し、 一体的進化を追求する。
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藤崎: 私は三井住友銀行の法人部門でお客さまにご融資をする際に、お客さまの環境への取り組みを評価し、評価結果等を還元することでお客さまの環境取り組み拡大のお手伝いをさせていただくという仕事などをしています。「環境経営サロン」の議論の中から「5つの要素」のような指標が整理されたことは、私たち自身の理解が深まると同時に社会にとっても意義があることだと思います。指標があることにより、それを尺度にして自社の立ち位置や特色が見えてくるからです。 もちろん「5つの要素」を一律に強化すべきということではなく、各企業でそれぞれ力の入れ方は異なるでしょうし、個性もありますよね。たとえば、トップの指示一つで組織が動く会社。それは強みであるけれど、一方でトップが代わってしまえば取り組みにも変化が生まれるかもしれません。あるいは、環境について何かやりたいという声がボトムから自然発生的に生まれてプロジェクトになり、最終的に社内で一つの組織となる企業もあります。「環境経営」の中にもそれぞれの企業の特色や個性があるはずです。

それと同時に、サロンの議論を通じて「環境経営」を貫く大切なテーマも見えてきたように思います。その一つが「長期的な視点をいかに持つか」ということではないでしょうか。最近は、企業に対して四半期ごとという短期での業績が求められる傾向がますます強まっていますね。そうした短期的な評価の流れは、長いスパンでものを考えることを阻害する要因となってしまったり、数字でその効果をすぐ説明できないことはやめておこうという消極的な雰囲気が生まれてしまう場合もあります。ところが、環境経営についてはご存じのように、目先の利益や数字だけではなくて長期的な視点を持てるかどうかが重要になると思います。

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旭化成ホームズの「ロングライフ住宅実現」への取り組み

伊藤: たしかに環境のテーマにおいて長期的な視点は大切ですね。私自身は旭化成ホームズで設計の仕事を担当していますが、弊社の環境への取り組みには三つの軸があります。一つ目は長期的視野による「ロングライフ住宅」づくり。60年住むことができる家によって環境に配慮した暮らしをつくるということです。二つ目は「家」というモノづくり、三つ目に環境意識の高い人づくりを掲げています。

弊社がロングライフ住宅宣言をしたのは1998年でした。当時の日本の住宅の寿命は、30年と言われていましたが、これからの時代と地球環境を思えば、住宅の寿命を延ばすことは急務だと考えた。建てては壊すという「使い捨て」の社会から、世代を超えて住み、「社会的資産」とも言える価値を持たせることをモットーにして、「ロングライフ住宅宣言」を提唱したわけです。単に物理的な耐久性だけでなく、間取りの「可変性」という意味からも長く住むことができる家というものを追求してきました。
ロングライフ住宅の実現

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竹ケ原: 私も藤崎さんと同じく銀行業ですが、大半はオフィスワークなので仕事そのものは環境負荷をさほど出すわけではありません。でも、銀行はお金の流れを決めるので、間接的には環境に対して強い影響力を持っています。三井住友銀行さんの取り組みとも通じる部分がありますが、日本政策投資銀行では今、環境に配慮した経営をする企業に対して金融市場から"ご褒美"がもたらされるような仕組みづくりを進めています。伊藤さんからロングライフ住宅のお話がありましたが、旭化成ホームズという企業は「フロー経営からストックを重視する経営に切り替えた」という見方もできるのではないでしょうか。そうした環境に配慮した経営やサステナブルな視点を持つ企業の価値を、金融市場として同定できれば、企業の株価は上がるはずです。企業価値までは難しくても、たとえば、環境経営に取り組んでいる企業はデフォルト率が低いといった価値を数字で示すことができるかもしれない。そうした価値を測る方法を模索している最中です。しかし残念ながら、今の金融市場は短期的な評価に目が行きがちなのはご指摘のとおりです。それに、モノをつくったら短期間で壊すほうが売上げも利益も良いように見えてしまうということもあります。

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旭硝子「2020年のありたい姿」

高橋: 経済的に厳しい状況の中で「環境経営をやりましょう」と旗を振り推進していくには、短期的にも目に見えるメリットがやはりほしい。それを示せなければ社内でのコンセンサスは得にくいし、取り組みを推進していくことも難しいですよね。旭硝子はリーマンショック時には世界経済が落ち込みましたが、液晶ガラスやエネルギー効率の高い自動車購入を奨励するという政策が各国で採られたこともあって、ガラスメーカーにはむしろ追い風が吹いた面もありました。しかし、今回のユーロソブリン危機から始まった不況の波はとても厳しい。需要も伸びず、落ち込みも激しいんです。そんな中で、環境に良い取り組みをしているからコストアップするということが果たして許されるのか。逆風の経営下でどうやって環境経営を進めていくのか実に悩ましいところです。

秋山: 長期的な視点ということでは、弊社は創業1916年で、あと5年で100年を迎えますが、創業時につくったダムが現在も使われています。100年という時を超えて使い続けていただくためには何が大切なのかということを、日々建設業として考えなければなりません。それが企業理念にもつながっていくのではないかと思います。2009年、弊社の社長が小原好一に交代したのを機に「環境経営ナンバーワン企業を目指そう」という大きな旗印を掲げました。皆さんご指摘のとおり、最近は何かと短期的な評価が問われまして、企業の中にもギスギス感が漂っていますよね。だからこそ社員の家族も含めて「環境」というテーマでコミュニケーションを広げようじゃないかと、社をあげて取り組んでいるところです。

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竹ケ原: この先も高い経済成長率を期待するのは難しいですし、廃棄物の問題もますます大きくなってくるでしょう。短期的な成長モデルの限界が見えてきたからこそ、旭化成ホームズさんはロングライフ住宅という形で、ストックを重視した経営に切りかえることができたのではないでしょうか。そうした視点を各企業が持てるかどうかがポイントだと思います。旭化成ホームズさんの取り組みは、今でこそ環境の視点から評価されていますが、十数年前にロングライフ住宅宣言をされた当初は、おそらく金融機関の評価は逆で、マイナス評価を下した可能性もありますね。

伊藤: 以前に比べると、少しずつ社会の理解も進んできているように思います。時代が変わってきていることを地主さんとお話して実感しています。弊社は「へーベルハウス」という戸建て住宅に加えて、「ヘーベルメゾン」という賃貸住宅もつくっています。「ヘーベルメゾン」のオーナーさんに話を聞くと「少し費用が高くなっても、地域のことを考えればきちんとした建物をつくりたい」「入居者に"安心・安全""快適な暮らし"を提供したい」という、いわば地主としての社会的な責任意識が高まってきているようです。それが結果として、賃貸住宅の長期安定経営につながるということも認識されてきているようです。

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2. 環境的に優れたリサイクルを評価するには

2. 環境的に優れたリサイクルを評価するには

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「優良さんぱいナビ」のトップページ

井上: 廃棄物処理の問題については、最近新しい取り組みが始まりました。3月に環境省の「活かそう資源プロジェクト」が立ち上がり、事業者と産廃業者との関係を密にするコンソーシアムができ、また適正な処理をしている業者を選ぶウエブサイト「優良さんぱいナビ」もスタートしました。環境省のねらいは循環資源を国外に出さす、国内で再利用を完結していくことのようです。では、それに対する各企業の反応はどうかと言うと、私ども三菱地所の例で言えば、もちろん廃棄物は適正に処理していますが、「国内で廃棄処理を完結する」ことまではポリシーに入っていないわけです。今後、多少コスト高になっても、趣旨に賛同してこれに取り組む企業が出てくるにはどうしたら良いか。トップが決断を下すためにはどんな動機づけが必要でしょうか。たとえば、そうした取り組みを外部から評価してもらえる認証制度等があれば推進するのかもしれません。

竹ケ原: 廃棄物の適正処理を超えて、さらに優れた環境への取り組みを行っている、あるいは国内循環ができている企業だということを証明する認証づくりは、たしかに一つの方法です。そして先々、その認証を取得した企業には金融市場からご褒美がもらえることなれば状況は変わっていくでしょうね。

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「SMBCサステナブル ビルディング評価融資」制度のスキーム

藤崎: 弊行では、環境に配慮したビルに対して、ご融資の際に環境配慮やリスク管理の度合いを評価させていただく「SMBCサステイナブル ビルディング評価融資」という商品があります。これはアメリカの建物の環境性能評価システムであるLEED(リード)や日本のCASBEE(キャスビー)などをベースに当行独自の評価スキームを構築したものです。LEEDにはオーナーの「廃棄物管理ポリシー」や「清掃ポリシー」というような項目があるんですね。日本ではビルの廃棄物管理や掃除はしていても、ゴミの分別や清掃に関して「ポリシー」を制定して運用をしているビルオーナーはまだ少ないのではないかと思います。明確なポリシーをもって運用すれば自ずと適正な処理や優良業者が選ばれることになるでしょうし、このような制度を参考に、取り組みを広げていくことも、適正な廃棄物処理や優良業者の拡大に資する一つの方策ではないでしょうか。
SMBCサステイナブルビルディング評価融資

秋山: 東京都では産業廃棄物処理業者に一定の基準に沿って評価・認定する優良性基準適合認定制度があり、客観的な評価を公開しています。優良業者を一目でわかるようになっています。それを見て、私たち排出事業者は適した業者を選択できるように情報が開示されています。廃棄物については、法律で基本的なルールは決まっていますが、詳細なやり方まで全国一律でやっていくのは難しい側面がありますよね。地方行政ごとに条例等が制定されており、たとえば身近なところでは一般廃棄物の分別方法も違います。それぞれの現場で各自治体のやり方にあわせていくしかありません。

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旭硝子の環境貢献製品群

竹ケ原: 家電リサイクルについては、廃棄処理費用を消費者が払っていますよね。みんなで鉛ガラスとフロンの処理コストを負担しようということです。しかし自動車についてはどうでしょうか。リサイクルコストを社会的に分担しているのは、シュレッダーダスト、フロン類、エアバッグ類の3種類。もし、クルマのフロントガラスをリサイクルしようとすれば、それは企業側の負担になってしまう。

高橋: そうなんです。しかし、私たちはメーカー負担になってもリサイクルをすべきだと考えています。たとえば、ガラスの生産工程では必ず余りが出ます。建物に使うガラスを定寸にする過程で出る余りとかクルマのフロントガラスを形成後の残り端や断片などですね。ガラスメーカーではそれをクラッシュして「カレット」にして、生産工程に戻しています。

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クルマのフロントガラスは中間層にフィルムがサンドイッチされていたり、バックガラスはさまざまなコーティングがなされていたりして、リサイクルしにくい。そこで、生産時にあらかじめ剥離しやすいコーティングをするなどの工夫をしています。従来はコーティングが「剥がれない」ことが価値だったのですが、現在では「回収時にリバースしやすい」ことが価値になってきました。つまり、リサイクルまで考慮したオリジナルデザインが求められている。まっとうな原材料を使っている製品はある程度価格が高くて当然という社会全体の合意を広めていくことも必要ですね。

竹ケ原: 旭硝子さんはその必要性を考えて自発的に取り組まれている。そこがすばらしい。本来はリサイクルコストを社会で負担して、メーカーに対して「リバースしやすい形で生産してください」と、お願いするのが筋ですよね。旭硝子さんは自らの技術の比較優位性に紐づける形でエコプロダクツを体系化し育てている。先見性を持っている証だと思います。部材を一から製造しているメーカーだからこそ情報を一番お持ちだし、技術開発が可能なんですよね。「環境経営」とはサステナビリティと重なり合うんだと思います。

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3. 経済成長に代わる、新たな豊かさの基準

3. 経済成長に代わる、新たな豊かさの基準

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秋山: 振り返れば、日本は明治維新から当時の西洋列強国に追いつき追い越せでやってきました。さらに、敗戦後も経済成長に猛進し、焼け野原の状態からここまで来ました。奇跡的な成長とおっしゃる方もいらっしゃいます。ところが今、日本がかつて目標としていた国、アメリカはすでにものづくりから弱体してしまい、金融資本主義にシフトしました。ものづくり日本は、いったいどこを目指せば良いのか、後ろからは韓国や中国が猛烈な勢いで迫ってきています。行き先を見失っている状態ではないかと感じています。

高橋: 日本は昨年GDPで中国に抜かれましたね。でも、もう一度中国を抜いて世界2位をとり戻そうと考える人は少ないのではないでしょうか。では、一人あたりのGDPを高めるのか。そうでもないはずです。少子高齢社会で日本人は、これから自分たちなりの新しい豊かさの基準をつくり直さなければならない。もはや強烈なリーダーシップによって物事を達成する時代はすぎつつあると思います。カリスマ的リーダーが不在の中で、「危機感の共有化と見える化」をし、厳しい現実を直視してどうすれば生き延びていけるのかを考えなければ。そんな時代ですから、サステナビリティを実現できない企業は生き残れないことをまず認識すべきだと思います。

伊藤: そうした危機感はとても大切ですが、一方で、楽しさとか希望的な取り組みも大事だと思うんです。たとえば、快適な住空間をつくる意味とは何なのか。これまではたくさんのエネルギーを使って快適な住空間を実現させてきたわけです。しかし、これからはそうではない、新しい方法を見つけていくことが求められています。自然の恵みを上手に活用し、風を入れたり、季節感を住まいにとり込むというようなこと。未来を考える時、むしろ過去、江戸時代の暮らしの中にも見直すべき価値があるのではないかと思います。「もったいない」といった価値観、人と人とのつながり方、美しい自然や四季のある風土から快適性を得ていく方法を見い出すことが大切な時代ではないでしょうか。

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「前田建設ファンタジー営業部」のトップページ

秋山: 環境の取り組みとは直接関係ないのですが、「楽しい」取り組みというお話が出たので、当社の「ファンタジー営業部」について少し紹介させていただきます。この部署はアニメやマンガ、ゲームといった空想世界にあるものを当社が受注し建設するとどうなるのか、CGで制作しています。工期・工費も見積ります。世間でも話題になり書籍化もされました。なぜ、そんな遊び心のある営業部が建設会社に生まれたのかと不思議に思われるかもしれません。若い社員のアイデアを吸い上げ、社内に絶えず新風を吹き込むことを目的とした『前田塾』で、塾のメンバーに企画を提案させた。いい企画には予算をつけて現実化するということをやったんですね。その中から「火災現場を映像化して過去を疑似体験する。」という企画が生まれました。同じメンバーが、さらに空想の現場を疑似体験するという企画、つまり「マジンガーZ」の基地や「銀河鉄道999」の発射台を実際につくったらいくらになるのと。見積りを出し、つくり上げるまでをCG化してみようとなったんです。最近では月面にピザハットの店舗をつくるプロジェクトがメディアでとり上げられました。「ファンタジー営業部」は約10年ほど前、有志5人でスタートしたのですが、当初は新しい顧客を掘り起こすといった立派な目標ではなく、とにかく「夢のある楽しいことをやろう」という動機からでした。結果としては、建設業に興味のない方々にも楽しくわかりやすく建設会社の仕事をご理解いただける、「見える化」の一例になりました。
前田建設ファンタジー営業部

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4. コミュニティが課題を解決する時代

4. コミュニティが課題を解決する時代

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「環境未来都市」構想の基本コンセプト

井上: 日本の未来を考えると、経済成長とは別の豊かな社会像を模索しなければならない時期に入っていると思います。国家戦略プロジェクトの一つに「環境未来都市」構想がありますが、そのコンセプトは「環境・超高齢化対応等に向けた人間中心の新たな価値を創造する都市」を実現することだそうです。また、元文部科学副大臣の鈴木寛さんは、従来の「ガバメント・ソリューション」(政府による問題解決)や「マーケット・ソリューション」(市場による問題解決)に代わって、これからは「コミュニティ・ソリューション」、つまりコミュニティがさまざまな課題を解決していく時代が到来しているという主張をされています。この大丸有地区でも「コミュニティ・ソリューション」として、何ができるのか考えていきたいと思います。

竹ケ原: 私自身も「環境未来都市」の評価・調査検討会の委員として、議論に参加しているところです。「環境未来都市」構想において対象都市・地域の選定作業をしていますが、都市というものは50年という時間をかけて変わっていく。つまり長期的スパンでないと、なかなか評価を下すことが難しいんですよね。「環境未来都市」に選ばれている都市であっても、たとえば、寝たきり老人の比率が高い地域があったりします。そういう都市は、単年度の損益計算書でみた利益率は優良でも、バランスシートを見ると問題を抱えている、すなわちフローとストックの評価がぜんぜん違うわけです。ストックの評価をしなければならないのですが、フローの努力が結実するのが50年後となると、都市をどう評価していくのかが課題の一つですね。

高橋: 都市について、環境的な対策を考えると、たとえばエネルギー効率が悪い住宅をどうするのか。高齢者の独り暮らしに対してこうすればCO2が激減するという具体的な方法はすでにあります。でも、建て替え資金がなかったり、生きている間にリターンがないから建て替えたくないといった、技術とは別の障壁がある。それに対して、たとえばリバースモーゲージのようなアイディアを組み合わせ、都市をつくり直していくことができないでしょうか。あるいは古いマンションの建て替えについても、居住者の3/4の同意が壁になっていますよね。もっと「環境」という視点から、既存部分の住宅や古くからある都市を改造していく方法を考えていければ、CO2削減の効果も上がるのではないかと思うのですが。

竹ケ原: ご指摘のように、日本の住宅ストックの質を上げていくことは大切です。阪神淡路大地震時の死亡率を調査している研究者に聞いた話ですが、死亡率が高かったのは高齢者とともに10代。若者の死亡率が突出していたといいます。なぜかと言えば、若者はお金がないから古い木造アパートしか借りられないんですね。日本は地震大国ですし、今後ことを考えれば住宅ストックの質の向上は大きな課題だと思います。

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井上: 今のお話でユニークな住宅対策の事例を思い出しました。パリも高齢化率が非常に高い都市ですが、独り住まいの高齢者と学生とをカップリングさせる施策をとったそうです。高齢者の家に若者が住む。5日間お年寄りと一緒に食事をすれば家賃はタダにする。1日も食べなければ賃料を払う。そういう仕組みだそうです。若者にとっては優雅な家に暮らせ経済的にも助かるし、高齢者は料理をつくったり、若者と一緒に食べることで生きる張り合いが出て体調も良くなる。消費も増えるというわけです。住宅ストックの活用と高齢者の生活の質の向上、予防的措置など複数の課題が同時に解決できるアイディアで面白いですね。

また、アメリカでは高齢者の寝たきり率を下げるため、生涯学習や文化的な場所で学び続けるという取り組みが進んでいます。かくしゃくとした元気な高齢者が、学習の場にたくさんいる。そのような多世代が交流したり、豊かな時間をすごすコミュニィ空間が日本にはもっと必要ではないでしょうか。

高橋: アメリカのコミュニティカレッジは面白いですよね。授業で取得した単位が他の州立大学などで正式に認められるそうです。若者からすれば、良い成績をとることは人生の可能性につながるので、コミュニティカレッジでも真剣に学ぶわけです。若者と高齢者、いろいろな人がコミュニティカレッジで一緒に真剣に学ぶ姿が見られます。しかし、日本で生涯学習講座と言うと、たいてい高齢者ばかりが集まる。若者は参加しない。日本には多様な人が一緒に学ぶ場がまだ少ないのが現状でしょう。もっと大学教育が地域に開かれていけば高齢者にとっても良い刺激になるはずですよね。

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Me-pon(MAEDAエコポイント制度)のしくみ

秋山: アメリカのコミュニティカレッジはキリスト教がバックボーンにあるので、いろいろな人が集まりやすいんでしょうね。日本では宗教というバックボーンになるものがそれほど強くありませんから、コミュニティの形成には何を拠りどころとするのか難しいところがあります。弊社では「会社」をコミュニティの一つと位置づけて、社員と家族を巻き込む環境への取り組みとして、Me-pon(MAEDAエコポイント制度)という社員向けのサービスを2010年度から運用しています。
MAEDAエコポイント制度

竹ケ原: アメリカのキリスト教に代わるものが、日本においては「会社文化」と言えるのかもしれませんね。忠実なサラリーマン生活を何十年も送ってきた人が、退職で「はい、さよなら」と言われてしまうのはもったいないですよ。そうした人が活躍できる場がほしい。異業種交流にしても在職中よりリタイア後のほうが活発に参加できるかもしれないですし。さらに現役世代も加われば面白い場になるのではないでしょうか。

井上: 大丸有でもそういう場ができたらと思います。丸の内朝大学の参加者は働いている現役世代が多いのですが、会社の枠を超えて参加者のコミュニティが生まれています。時間と空間を共有すると、そこをさらに良くしていきたいという気持ちが生まれてくる。地域を良くしたいという意欲が高まっていく。コミュニティスクールにはさまざまな可能性を感じます。これからは商品企画にしてもまちの開発にしても、コミュニティから生まれるのかもしれません。土地をよく知っている人が新しいモノを創り出したり、解決策を提案する、そんな時代がくるのではないでしょうか。「環境経営サロン」も、地域を良くしていこうという共通の目標を持つことで、さらに内容が充実し活性化するのではないかと期待しています。

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5. 「環境経営サロン」はどんな可能性を拓くか

5. 「環境経営サロン」はどんな可能性を拓くか

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高橋: 「環境経営サロン」のプレゼンの中で、農事組合法人和郷園のお話に刺激を受けました。日本の農業は守られていて市場競争力が弱い。グローバル化の時代、農家の二代目、三代目はその弱みを自覚し危機意識を持っている。そして、自然循環型農業を理念として有機栽培や野菜屑・食品残渣などのリサイクルセンターをはじめ新たな取り組みを積極的に展開している事例でした。また、和郷園では農事組合法人と株式会社を設立して、その二つを役割分担させていました。そのあたりも環境経営のポイントだと思います。そうした優れた事例を見たり聞いたりしてインスパイアされ、また次の種が蒔かれていくといった連鎖が「環境経営サロン」から生まれると面白いのではないでしょうか。まったく別の業種の人、たとえばファイナンス系やコンサル系の人と農業系の人とが出会って、力を合わせることで新たな展開が広がっていく可能性もありますよね。日本の農業が生き残る仕組みを学べる場になればと思います。
農事組合法人 和郷園の「自然循環型農業」

藤崎: 和郷園の代表・木内博一さんと似たような想いを持つ人が他の地域にもいるはずです。そこをつなげて、私たち金融機関も含めて上手に応援していく仕組みができたら良いなと思います。また、今後は「環境経営サロン」の中で議論をするだけでなく、たとえば各企業の取り組み現場をみんなで見に行くといったアクションも面白いと思います。

もう一つ、今後の課題として外部への発信がありますよね。弊行では、お客さまの環境配慮状況を評価し、それに応じた条件設定で融資をさせていただいていますが、ご利用いただいた企業様のロゴを並べた新聞広告を打ちました。すると、それを見た同業他社さんが「うちもやりたい」と融資をご活用くださり、広がっていくという効果がありました。「あの企業がやっているならうちもがんばろう」という意欲が引き出されてくるのではないでしょうか。ですから、情報を積極的に発信していくとこはとても大切だと思います。たとえば「環境経営 5つの要素」の各要素について、突出した優れた取り組みをしている企業をピックアップして、「環境経営サロン」で評価・公表するとか。同業他社に刺激を与えることもできるかもしれません。また、環境系の月刊誌にサロンの参加企業が一社ずつ持ち回りで記事を書くなど、外の人に広く気づいてもらう働きかけが大切ではないでしょうか。

高橋: 「環境経営の5つの要素」の5番目「ステークホルダーとの共進化」についてですが、「環境経営サロン」にいろいろなステークホルダーに参加してもらって、外から見た時、自社の環境の取り組みがどのように見えているのかを知ることも興味深いと思います。企業側と外側の人たちとの交流の場をつくるということです。

秋山: たしかに「ステークホルダー」の範囲は非常に広いですよね。ステークホルダーとは誰なのか、お客さまなのか、株主なのか、社員の家族なのか、取引先なのか、事業所がある地域なのか。地球なのか。それによってアウトプットは違ってきます。焦点をしっかりと見定めることによって見えてくることがあるはずですね。

井上: 5つの要素の中の「成長の源泉となる付加価値を創出する」「ステークホルダーと共鳴する共進化」という課題は、いずれも一企業だけでできることではないはずです。業種業態を超えた場づくり、第三者からの評価指標なども一社だけでは完結できないですよね。今後「環境経営サロン」がさらに創発しあう場となって、豊かなコミュニティをつくる原動力になっていくことができればと思います。

秋山直一

秋山直一(あきやま・なおいち)

前田建設工業株式会社 CSR・環境部マネージャー。1989年に前田建設工業株式会社入社、シールド工事、トンネル工事などを経験し、全天候型自動ビル建設などの特殊工法部門、新規事業部門、技術開発部門を経て、2009年より現職。2008年に多摩大学ルネッサンスセンター40歳代CEO育成講座(現 不識塾)修了。
http://www.maeda.co.jp/

伊藤大輔

伊藤大輔(いとう・だいすけ)

旭化成ホームズ株式会社 設計推進本部長。1983年に旭化成工業株式会社入社。住宅技術開発部門にて、3階建住宅システムの開発を担当。1991年より集合住宅事業部門にて設計・監理およびマーケティング・商品開発部門等を経て、2011年より現職。
http://www.asahi-kasei.co.jp/j-koho/index.html/

高橋広夫

高橋広夫(たかはし・ひろお)

旭硝子株式会社 社長室経営企画グループ統括主幹。1981年に旭硝子株式会社入社、総務部門・国際部門・企画部門を経験。2005年より2008年まで欧州の子会社勤務。2008年8月より現職。2009年1月から加盟団体であるWBCSD(World Business Council for Sustainable Development)のLD(Liaison Delegate)兼務。
http://www.agc.com/index2.html

竹ケ原啓介

竹ケ原啓介(たけがはら・けいすけ)

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部長。1989年に日本開発銀行(現株式会社日本政策投資銀行)に入行、「DBJ環境格付融資制度(04年)」など環境金融に係る調査・企画業務に従事し、05年から同行フランクフルト首席駐在員として2度目のドイツ勤務。2011年より現職。内閣官房「環境未来都市評価・調査検討会」委員など公職多数。
http://www.dbj.jp/

藤崎有美

藤崎有美(ふじさき・ゆうみ)

株式会社三井住友銀行 法人企業統括部開発グループ部長代理。2000年、東京農工大学大学院修士課程農学研究科修了後、環境・農業・食品・品質関連のコンサルティングに従事。その後、ISO14001環境マネジメントシステム主任審査員、ISO9001品質マネジメントシステム審査員、CSRリポート検証、温室効果ガス算定業務等各種審査業務を経て、2007年より現職。銀行における環境・農業・事業継続関連の施策立案、商品開発や、各種セミナー講師等を行う。
http://www.smbc.co.jp/aboutus/index.html

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井上成(いのうえ・しげる)

エコッツェリア協会事務局長・三菱地所(株)都市事業室副室長。1987年に三菱地所(株)入社、商業ビルの企画開発部門、経営企画部門を経て、99年よりOECDパリ事務局に出向、地域開発政策部門のエコノミストとして勤務。2003年より現職。「大手町カフェ」(06年グッドデザイン賞金賞)、「エコッツェリア」(07年グッドデザイン賞)のプロデューサー。
http://www.ecozzeria.jp/

編集部から

「環境経営サロン」の役割は、表向きの話だけでなく、本音を語り合える場をつくることだと感じました。実はこれが悩みなんだという本音を直接聞くことができ、その苦い思いも楽しい気分もわかち合う。想いを共有することでエネルギーが沸いてくる。環境に関する課題を理知だけでなく感情によっても共感・共有することで、前進する力もまた生まれてくるのではないかと思います。これからますます「環境経営サロン」が「共進化」の場になっていけばと期待します。

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