過去のレポート大丸有 エコまちづくり解体新書

緑化に「環境革命」の思想を埋め込む

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1. 品格、風格、活力の入り混る街 ―大丸有の魅力と可能性

1. 品格、風格、活力の入り混る街 ―大丸有の魅力と可能性

―「品格」の丸の内、「風格」の大手町、「活力」の有楽町......。大丸有地区に注目してきた涌井氏は、3つの町の印象を興味深い言葉で表現した。

report_k090915_01.JPG3つの町が特徴を出しながら串団子のようにつながっている。それが不思議な魅力を出しています。皇居に隣接して日本の「顔」の意味を持つ丸の内には「品格」が必要です。大手町は大企業の本社が並ぶ日本経済の中心で、人目を引く「風格」に満ちた印象を受けます。有楽町は庶民的な店が多く、活気・活力があります。バリバリと大手町で働くビジネスマンが有楽町で元気をもらい、丸の内で「品」に触れて背筋が伸びる。こんな感じですね。

そして街の中に「意外感」の多いことが面白いです。最先端のビルである「新丸ビル」のテナントに有楽町のガード下にある屋台みたいな店もあります。大規模な都市開発は表情を整理して平均化しまいがちですが、それではつまらない街になります。意外感や驚き、「わくわく感」という刺激は、不規則で伸縮する街の構造、そして無駄や違いから生まれます。この地区では、そうした姿により、さまざまな感性が刺激されるのです。

―涌井氏は、大丸有地区のユニークな立地にも注目している。東京、そして日本の中心と言える皇居に隣接している点だ。

造園家には、「コア」(核)、「バッファー」(外縁部)、「コリドー」(回廊)を分けて庭を作る手法があります。コアには思想が埋め込まれ、それが空間の中心となります。バッファーは外の世界とコアを遮断したり、つなげたりする空間です。コリドーはコアとバッフアー、そして外の世界を結び、人や自然が移動する空間です。

この地区は、バッファーとして「日本のコア」である皇居に隣接しています。皇居は巨大な空(くう)とも言えるサンクチュアリ(聖域)で、政治や文化などさまざまな価値の源になっています。そして、そこにある森林は隣の日比谷公園とともに、東京にさまざまなメリットを提供しています。

鳥、植物、虫などがいて、[[生物多様性]]の源として、生態系サービスを供給しています。また皇居には丸の内の仲通りなど、周辺の街の街路がコリドーとなって、風を呼び込んでいます。皇居は空気を浄化する「都市の肺」の役割に加え、夏場は[[ヒートアイランド現象]]を緩和しています。この街が担う、そうしたバッファーとしての意味を深く考えて適切な機能を与えると、コアと全体の価値が非常に高まります。

大丸有地区は、東京、そして日本の価値を高めるほどの大きな可能性を持っている街なのです。このような場所は他にありませんから、常に注目をしています。

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2. 都市の緑は「つなぎ手」になる ―役割ごとに緑を使い分ける

2. 都市の緑は「つなぎ手」になる ―役割ごとに緑を使い分ける

―都市緑化が以前にも増して注目されている。街の美化など、その効用に期待をするためだ。造園家 涌井氏が考える、都市緑化の意味とは。

建築家やデザイナーが街作りを主導すると、緑を「お化粧道具」のように美化装置として使う傾向があります。それは効用の一面にすぎません。都市の緑は、大きくまとめれば、「調整」「供給」「文化・精神」という3つのサービスを人間に提供します。

「調整」とは、植物が水や空気を浄化し、蓄えるなどの役割です。「供給」とは、水と酸素を提供することです。植物の持つ保水能力と光合成によるものです。さらに、「文化・精神」の面では、人間は緑に触れてそれを愛でることで、精神的な癒しを得ます。人類はかつて樹上生活をしていましたから、緑が安らぎを与えるのも当然です。高度・高密化した近代都市は、一方で刺激的であると同時に、片方で多大なストレスを生み、情動を不安定にしがちです。文明的な人間以前の生物的人間の側面がおかしくなります。

街作りでは、「文化・精神面」のサービスが活用できます。「緑はつなぎ手」と私は主張しています。自然と人間がつながる、人がつながる、世代と世代がつながるというように、緑の存在はコミュニケーションを多様化する実に有効な手段となるのです。

―大丸有地区では、[[屋上緑化]]や庭園整備*1 など、緑を街中に増やすさまざまな取り組みを行っている。運営・管理のために、涌井氏はアイデアを提供した。

人間が緑と実際に触れ合う程度によって、向き合い方を変えてはどうでしょうか。活用の意味だけではなく、「あるだけ」の緑があってもいいと思います。生態系サービスを提供する、いわば「都市の里山」があるといいですね。その典型が皇居の巨大な緑の塊ですよ。

緑化に「環境革命」の思想を埋め込む02

三菱一号館と手前の英国式庭園

屋上など人があまり入らないところは、管理は粗放でいいでしょう。生物はしたたかですから、しばらくすると自律的に競争関係から共存の関係を作り出します。鎮守の森を空から見るとどれも丸い球体になっています。あれもそれぞれの植物が光の配分と、林内への風の吹込みを防ぐ為に、相互に自己調整をし、形が整えられた姿です。

人と直接触れ合う緑は「ハード」と「ソフト」の利用に分けて考えるべきです。ハードな利用とは、都市問題の解決に積極的に緑を活用するものです。ヒートアイランドや騒音の緩和に貢献できるでしょう。ソフトな利用とは広場や歩道など、人々が触れ合う空間に、季節感や楽しさに溢れた緑を演出するものです。コミュニケーションを媒介し、緑に触れる人々が自ら作り出す多くの「物語」が埋め込まれていくでしょう。ここでは快適さ、美しさという修景を重視して、精一杯手を加えた緑とします。幸い、[[街路樹]]や街路の快適なデザインなど、大丸有地区のソフトな取り組みは充実しています。これをさらに広げてほしいと思います。

*1 大丸有地区での屋上緑化、庭園開設の取り組み

大丸有地区では大丸有協議会と、この地域に多くのビルを所有する三菱地所を中心に、屋上緑化の取り組みを進めている。同協議会は建築、施設会社に呼び掛けて、「屋上緑化アイデア提案競技」を開催。その大賞を獲得したアイデアを基に、08年度に新東京ビル(丸の内)、新有楽町ビルの2つのビルで緑化を行った。さらに同協議会は、07年度からは環境省による「クールシティ中枢街区パイロット事業」に参加している。

また三菱地所は2010年に[[三菱一号館美術館]]を開設する。そこに隣接した丸の内パークビルの敷地に、都市緑化の場として英国式庭園を作った。多種多様な草花、木を配置して池を作った。さらに[[ドライミスト]]設備などを設けることで、夏場の快適性にも配慮した。またパークビルでは、[[壁面緑化]]も行っている。美術館と庭園の一体化した空間を作り、訪れる人の心をなごませている。

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3. 環境革命の表れとしての緑化 ―街の価値を保つ効用に注目

3. 環境革命の表れとしての緑化 ―街の価値を保つ効用に注目

―都市に緑を取り入れる。この営みの根本にある流れは歴史の大きな流れにつながっていると、涌井氏は強調した。

17世紀の哲学者であるデカルトは「『自然と人間』という発想ではなく、『自然か人間か』という議論に移るべきだ」と呼びかけました。ここには人間が自然に優越し、自然を徹底的に利用しようという思想があります。これがその後に始まる産業革命につながって、今も影響を残しています。ところが自然を破壊することで、人類は自らの種の存続さえ危ぶまれる状況に陥ってしまいました。その危うさに気づき、「環境革命」ともいえる時代の転換が、今進行中です。


緑化に「環境革命」の思想を埋め込む 03

消費者の行動も変わりました。これまでは機能と品質と価格で、消費者はモノやサービスを選択していました。ところが21世紀になってから、この姿が明らかに変わっています。選択に際して、「感性」の占める割合が大きくなっているのです。並木と石畳のある丸の内の「仲通り」には、かつてはビジネス一色だったのに、ブランドやレストランが並んで繁盛しているでしょう。これはここを散歩して、気持ちよさを求める人が集まるからです。「感性価値」が、人の行動に影響を与えるようになりました。都市緑化は、こうした「パラダイムシフト」(座標軸の転換)の中で考えるべきなのです。

―環境革命が進行しているのに、制度がそれに追いついていない面がある。

制度は産業革命以来の工業化社会のままです。緑の価値、またそこから生まれる「感性価値」を、評価する手段がありません。街作りでは収益性のみに関心を向ける「数字で語る人々」がいます。その発想は今までの延長の中で考えれば当然のことです。

CASBEE(キャスビー:建築環境総合性能評価システム)やSEGES(シージェス:社会・環境貢献緑地評価システム)などの単体の建物で緑を評価する試みがあります。ですが緑が街作りに貢献する姿を評価する基準を作ることは喫緊の課題です。

私も緑と街の関係を財的に評価することを、行政や業界団体に呼び掛けています。現実には緑がもたらす美しく快適な感性価値は不動産価格に投影されているのに、客観的評価の体系ができあがっていないのです。

建物・不動産は今後、「価値の持続性」を重視するべきでしょう。建物は時間の経過とともに必ず劣化するし、機能の面では新しい建物に負けます。建築物単体での価値の低下は宿命的なものですが、街や周辺環境の価値を高めることで価値は補えるのです。緑の配置と量は大きな役割を果たします。

例えば、東京の表参道にはファッション系の企業が集まっていますが、この街の美しいケヤキの街路樹がその大きな理由です。また皇居の緑は大丸有地区に大きな価値を提供しています。こうした緑の価値創造効果を、今後の街作りでは考えるべきなのです。

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4. 都市間競争で生きる伝統の知恵 ―注目される「共生」の思想

4. 都市間競争で生きる伝統の知恵 ―注目される「共生」の思想

―緑と都市の関係を強める動きは世界規模で広がっている。民間の自発的な参加で、街作りが行われてきた大丸有地区も、民間と行政が手を結んで「[[緑のネットワーク]]」*2 という街作りのコンセプトを打ち出している。

シンガポールの国家公園公団の総裁と3年前に話して興味深いことを聞きました。この国はこれまで「ガーデンシティ」(庭園都市)とのスローガンを掲げて街作りを行ってきましたが、「シティー・イン・ザ・ガーデン」(庭の中の街)とその方向を変えたそうです。緑を劇場的演出として「利用する」という発想から、緑と国創りの「共生」という方向に切り替えたのです。都市間競争が世界規模で行われる中で、敏感な同国政府が緑の意味に一段と注目したのでしょう。

日本国内、そして東京の中でも街の競争は起こっています。経営者が「どこにオフィスを設けるか」と選ぶ場合、当然街を見て、選択をするのではないでしょうか。

大丸有地区にはユニークな点があります。エリアの地権者やビルオーナー、民間企業が行政と連携しながら街作りを行っている点です。建物を建てたり、一街区だけを開発したりする企業はありますが、街の整備は行政に任せるところが多いのです。この地区は働く人の意思を街に反映して、まちを創り上げ、その価値を上げようとしています。都市の緑はそこで過ごす人と密接にかかわる存在なのですから、そうした人々の意見を集め、関係を深めることで、新しい利用方法が生み出されていくはずです。

―民活の利用、自然との共生は日本人が伝統的に行ってきたことであると、涌井氏は振り返った。

西洋は城壁によって都市と自然を区分しました。城壁の内側には文明の装置を入れ、自然を城壁の外に置きました。「ガーデン」という英単語の語源は、楽園(エデン)を囲う(ガル)というヘブライ語です。つまり自然は人が管理するものでした。ところが日本の都市に城壁はありません。これを私は「入れ子の構図」と呼んでいます。「入れ子」とは外箱の中に、何層も同じ形の箱が入るものです。これと同じように都市と自然が何層にも混然となっているのです。

例えば、江戸は最盛期、町人地でヘクタール当たりの居住人口が約850人でした。現代の東京は100人程度ですから、大変な過密都市です。これが可能になったのは、都市に緑があったからです。大名庭園や寺社の緑、さらに農地や「野辺」と呼ばれる空き地があって、市街の緑地は60%以上でした。この緑が人々を精神的に救ったのでしょう。都市住民の排泄物やゴミが、市内や周辺の農地の肥料となってリサイクルされる仕組みがあり、循環型社会ができていました。

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欧米の都市は近代までペストやコレラなどの10万人以上が死ぬ疫病の流行を何度も経験しています。ところが江戸で10万人以上の死者が出た災害は「振袖火事」(明暦の大火・1657年)以外にはありません。緑が担う疾病予防機能と排泄物の循環利用が、有効に働いたのでしょう。「公」が緑を担保せずとも、「民」が緑を自発的に提供していたのです。

先人の英知の中に、これからの都市緑化のさまざまなヒントが隠れています。私は21世紀の街作りでは、「生態環境都市」を目指すべきと私は考えています。都市は宿命的に自然と対立してしまう存在です。しかし積極的に都市緑化を行えば、都市と自然の共生を図り、やがては生態系サービスが恒常的に存在する都市になっていくのです。

*2 「緑のネットワーク」構想

東京都、千代田区、JR東日本、大丸有協議会は2000年に「まちづくりガイドライン」を公表し、08年までに2回改訂した。その中で「緑のネットワーク」という構想を打ち出した。大手町、丸の内、有楽町地区の各通り沿いの街路樹、公開空地を整備して、連続的、一体的にこの地区の緑を増やすことを、エリアの地権者が努めることを決めた。そうした緑地を、皇居や日比谷公園と連携させ、街全体に緑の広がりを持たせる構想だ。

また大丸有協議会は07年に『未来へつなぐ まちづくり 大丸有[[環境ビジョン]]』を発表した。そこでは1000年たっても続く街を目指し「自然とのつながりを大切にし、緑や生きものでにぎわうまち」「世界へ、いい波紋を広げるまち」との目標を掲げた。こうした都市緑化の拡大によって、ヒートアイランドの緩和、人々の心地よさなど、緑によるさまざまなメリットが大丸有地区に提供されている。

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5. 都市問題を解決する緑の意味? 大丸有の未来に期待
 

5. 都市問題を解決する緑の意味 ?大丸有の未来に期待

緑化に「環境革命」の思想を埋め込む05

―それでは、都市の緑化に強く求められるテーマとは何だろうか。

都市の緑化は「環境革命の表象」という大きな意味を持つものです。その考えに立って、緑化を「街の価値を作りだす営み」と、戦略的な意味づけをしてもらいたいのです。

街作りにかかわる時に、「トリレンマE」(三重苦のE)という問題が生じます。頭文字にEを持つ、経済性(Economy)、環境(Ecology)、エネルギー(Energy)の3つの要素で、どれか1つに注目して対策を打つと、残りの2つで問題が生じてしまう状況を表しています。このトリレンマを解決する方法として、緑化を挙げることができます。緑は「感性価値」を高めて街の経済価値を高めます。エネルギーの面でも、ヒートアイランドを緩和して空調などのエネルギー消費を抑えることができ、また車を使わない都市として遊歩道を整備する際にも緑が使えます。

自然との共生に配慮しながら、トリレンマを乗り越える道を探すことが、今後どの都市緑化でも問われるテーマになるのでしょう。きっちり理論武装をしなければ、経済性の側面を重視する「工業化社会の論理」が優先して、緑が切り捨てられる可能性も残っているのです。

―環境革命が進む中で、「日本の顔」ともいえる大丸有地区に涌井氏は期待する。

私は「景観十年、風景百年、風土千年」と唱えています。土地の姿を表面的に変えることはできます。それが「風景」「風土」と呼べるまでになるには、長い年月と、住む人の考えや環境が影響します。

今の技術では、建物は100年ぐらい残ります。街作りにかかわる皆さんは、息の長い取り組み、そしてさまざまなことに配慮をしていただきたい。環境革命という時代の転換点を意識しながら、都市緑化に向き合ってもらいたいのです。

大丸有地区には多くの魅力があり、そこで過ごす人々の参加があります。日本の近代化が始まったときから街を作り上げてきた歴史もあります。多くのユニークさと強みがある街なのです。

緑化に「環境革命」の思想を埋め込む06

そしてここは東京の、そして日本の「顔」でもあります。ここでの取り組みが、日本全体の都市計画や緑化に影響を与え、もしかしたら世界を動かすかもしれません。環境革命の先頭に立っていただきたい。もしこの街が失敗すれば、日本全体の失敗として受け止められてしまう。だから期待したいのですよ。

「顔」という例えを使えば、「お化粧美人」ではなく、「健康美人」になってほしいですね。街の表面を一時的にきれいにする方法はたくさんあります。しかし見る人が見れば、表面的な「化粧」はすぐに分かってしまう。内面からにじみでた健康的な美しさを持つ人は、男性でも女性でもいるではないですか。そうした美しさを持つ街になってほしい。今もそうであるし、これからもっと磨かれる可能性がこの街にはあります。

ISHII's EYE 今回の取材を終えて、編集記者からのヒトコト

涌井さんのお話は、古今東西のさまざまな事柄を引用する知的刺激に富むものでした。同時にその言葉は実務体験に裏打ちされた重みを感じるものでした。その温かい人柄と重なって、インタビューはとても心に残るものでした。「緑を使うことで大丸有は魅力と可能性をさらに高められる」。涌井さんから励ましのメッセージをいただきました。この言葉を胸に刻んで、この街の未来を考えたいと思います。「大丸有・解体新書」では、第一線の識者の皆さんの知恵をお借りしながら、環境、街作り、そして大丸有の未来を読者の皆さんと一緒に考えたいと思います。ぜひご協力ください。

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