料理とまちづくりには、共通点がある――。世界のトップシェフの一人でありがなら、料理の枠を超え、食育や食文化の浸透、さらには食を通じた地域活性を目指す三國清三が思い描く、未来の大丸有の姿とは。

都市の地産地消は健康とサステナブルの入り口
丸の内との関わりは、1999年に丸の内仲通りにオープンした「ミクニズカフェ・マルノウチ」以来、11年になります。今は丸ビルや新丸ビル等の再開発により多くの人でにぎわうエリアになりましたが、当時は夜や週末には人出もなく閑散としていました。
そんなエリアへの出店ですから、どうすればお客様に来ていただけるのか、スタッフ一同で知恵を絞りました。丸の内に勤める人々だけでなく、丸の内に人出をつくるため、朝昼晩に加え、早朝、バータイムも加えた5ミールズの提供を行うなど、試行錯誤が続きました。
その努力もあってか人出も増え、現在では丸の内エリアの飲食店はおよそ350店を数えるまでになっています。今度は「mikuni MARUNOUCHI」(丸の内ブリックスクエア)として再登場した店を350店の中からどうやって選んでいただくかという課題が出てきたわけです。しかし、料理に関するアイディアは大丸有地区だけでなく全国で出尽くしていて、差別化は非常に難しい。そんなときに見つけたのが「東京の地産地消」という視点でした。そこで、以前雑誌の連載で取材した「江戸東京野菜」に注目したのです。
東京では、農地があっても周りには住宅や学校等がありますから農薬使用もハードルが非常に高い。その結果、安全な野菜が採れ、安心につながっています。そして地産地消ですから旬で新鮮、フードマイレージも削減できる。生産農家の支援や東京の食糧自給率向上にもつながる。美味しさに注目をいただき、人気を博して差別化につながっていますが、あわせて安全・安心、かつ輸送の環境負荷が低い江戸東京野菜は、まさにサステナブルな食材といえるでしょう。
いま、大丸有では「食育丸の内」プロジェクトで、マルシェ開催や、国産自給率の向上、食文化の継承等をテーマにした活動が進んでいます。「東京の食材活用プロジェクト」等、『持続可能な都市の食』を目指して、生産者、流通業者、飲食店、社員食堂等の連携を深める活動も進んでいますね。「mikuni MARUNOUCHI」での江戸東京野菜を主役としたコンセプトは、大丸有の取り組みにぴったり重なっていると感じています。これらの活動が、丸の内に集う人々が、楽しくかつ健康でいられる社会づくりのために貢献することを期待しています。
大切なものを守るために変わり続ける
私は大丸有のほか、香川県高松市、富山県氷見市などでも、レストランと食材利用を通じて地域活性やまちづくりのお手伝いをしています。その体験でいつも感じるのは、まちなみの違い。日本と、パリ、ロンドンなど海外の都市との違いを、いつも強く感じます。日本の都市は好き勝手にどんどん変わりがちな印象ですが、海外の都市は、中核となるエリアの景観は基本的に変わりません。
たとえばフランス人は自由への思いが強いですが、守るべきものは守る。自由を享受するために、コミュニティで支えていくべき歴史は絶対に変えません。さらに、その時代時代の適切な理念や技術を取り入れることで、変えないものを守っています。1000年続くには、1000年変わらないだけでなく、1000年変わり続ける努力も必要です。守るべきものは何かという価値観の共有と、変わり続ける工夫を重ねていくことが重要です。日本は新しいものを導入する機会には従前のものを壊してしまうし、建物の形も色も思い思いに表現してきました。ヨーロッパでは、人目に触れる「外」は、パブリックなものという意識が浸透しています。日本は「内」の魅力を最大化する努力に注力し、「外」への配慮が少ないため、まちの景観を観光価値につなげられていないですね。
そんな中、大丸有地区には、ヨーロッパと共通する美意識、価値観が感じられます。しかしこれまでは、デベロッパーや行政が中心となってまちづくりを引っ張ってきました。「1000年続くまち」に向かうには、このエリアに拠点を置く企業やそこで働く人々、ショッピングや食事に訪れる人たち、大学の知恵や大丸有を支える地域をどう巻き込んでいくかが、非常に大切だと思います。
その第一歩は、上質な個々が" 上質な何か" を始めることではないでしょうか。このエリアに集う個々が独自性を発揮すれば、水に石を落としたときの波紋のような効果を、周りに及ぼすことができるはずです。丸の内の一角にレストランをつくり、何かを始めた。するとそこに人が集まり、風景が変わった。このような連鎖を生み出す" 交差点" は、つくり手側の視点だけでなく消費者・生活者の目線が加わって出来上がりました。この仕組みの中でエリアに対する誇りや郷土愛を醸成していくことができれば、まちに関わるお客様も含めた新しい連携を深めていくことができると思います。

感動と価値観の共有で「1000年続くまち」に
私は日本各地のイベントやフェアで、地元のシェフのみなさんと料理をつくる機会があります。そこで感じるのは、「料理の向こう側」を想像する力がもっとほしい、という思いです。彼らは優れた技術をもち、美味しい料理をつくり出せるのですが、料理しかつくれていないのです。お客様は料理を通じて、感動を体験しに来ているのです。親が子を愛おしむようにシェフが食材を慈しみ、自分の魂を料理に移す、という思いがあってこそ、皿の上の料理を通じてその魂が、お客様の心を揺り動かすはずです。
建物やまちも同じではないでしょうか。まずはつくり手が思いや愛をもってつくる。そうすればお客様や来街者の人々はつくり手の魂に触れ、感動します。そしてこの体験を通じてみんなが美意識や価値観を共有するようになれば、人々に誇りや郷土愛が生まれます。そして自ら、その思いを実現する行動を起こし、周囲や次の世代に伝えていきます。これが京都のように1000年でも続いていける大事なコンセプトではないでしょうか。
四ッ谷にオテル・ドゥ・ミクニをオープンして25年、親子3代で通っていただいているお客様も少なくありません。まちも同じ。みんなに誇れるまちが親子代々、脈々と受け継がれていき、1000年つながる。大丸有はそういうまちであってほしいと願っています。
ポイント
○ 東京の食材活用で「持続可能な都市の食」を実現する
○ 企業、従業員、来訪者等との連携により、効果を波及させる
○ まちづくりに思いを込めて、感動と価値観を共有する
三國清三(みくに・きよみ)
1954年生まれ。オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ。15歳で料理人を志し、札幌グランドホテルにて修業を始める。その後、帝国ホテルに移り、修業を続ける。帝国ホテル村上料理長の推薦により、弱冠20歳で駐スイス日本大使館の料理長に就任。4年間の大使館勤務のかたわら、現代フランス料理界の天才料理人フレディ・ジラルデ氏に師事。1985年四ッ谷にオテル・ドゥ・ミクニを開店。フランス共和国農事功労章シュヴァリエの受勲をはじめ各国からの受勲・受章多数




















