丸の内地球環境倶楽部

第15回地球大学アドバンス「都会の食と生物多様性 ー 銀座ミツバチプロジェクトに学ぶ」

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日時:
2009年2月23日 (月) 18:30〜20:30

ゲスト:
田中淳夫氏(銀座ミツバチプロジェクト副理事長)

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モデレータよりコメント

銀座のど真ん中のビルの屋上でミツバチが生活。生物多様性にあふれた都市デザインの実験であるとともに、彼らが集めた蜂蜜を使って銀座名物のお菓子も作られる、という究極の地産地消がこの「銀座ミツバチ・プロジェクト」。しかも、そこで収穫されるのは蜜だけではないようです。

たとえば他のビルでも「ミツバチが来るなら」と屋上庭園を作ったり、このプロジェクトが縁で普段出会うことがなかった地元の人同士の関係が築かれるなど、ミツバチの"受粉"で新たな地域コミュニティーが結実するという予想外の効果も。

もともと人間が暮らす都市や地域を、人間の都合だけでデザインしても上手くいくはずはない。人間世界で自己完結した"Internet"から、植物や昆虫など多様な生物世界にも接点をもつ"Inter-species net"へと、私たちの関係をブロードバンド化してゆく発想がいま必要ではないでしょうか?今回はこうした視点で、いま東京の中心で進行しつつある貴重なムーブメントをご紹介します。

プロフィール

田中淳夫(たなか・あつお)田中淳夫(たなか・あつお)

(株)紙パルプ会館 常務取締役。特定非営利活動法人銀座ミツバチプロジェクト副理事長。1957年東京生まれ。1979年(株)紙パルプ会館に入社。2003年取締役に就任。2007年常務取締役に就任。現在に至る。

2006年3月、「銀座ミツバチプロジェクト」を高安和夫氏と共同で立ち上げる。銀座のビルの屋上45Mの場所でミツバチを飼うことになる。プロジェクトを通じて、消費するだけの銀座の街が、蜂蜜の産地となる。当初は蜂蜜を採る事が目的でスタートしたが、ミツバチが飛ぶことで樹木は受粉し実をつけ、その実を鳥が食べに来る命の循環も見えてきた。街が自然と共生する新たな取り組みに注目があつまっている。

2007年、NPO法人銀座ミツバチプロジェクトとして特定非営利活動法人の認証を受ける。副理事長に就任。 2008年5月、ファーム・エイド銀座2008開催。


竹村真一(たけむら・しんいち)竹村真一(たけむら・しんいち)
Earth Literacy Program 代表
エコッツェリア・コンテンツプロデューサー

京都造形芸術大学教授。Earth Literacy Program代表。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。地球時代の人間学を考究しつつ、ITを活用した独自な地球環境問題への取組みを進める。

Sensorium(97年アルス・エレクトロ二カ・グランプリ受賞)、デジタル地球儀「触れる地球」(05年グッドデザイン賞・金賞)や「100万人のキャンドルナイト」「aqua scape」など、さまざまなプロジェクトを推進。環境セミナー「地球大学」主宰。07年「water」展ではコンセプト・スーパーバイザーとして企画制作に携わる。08年7月の北海道・洞爺湖サミットでは、 国際メディアセンター(IMC)内の環境ショーケースにおける「地球茶室」の総合企画・プロデュースを担当。

新著「地球の目線」(PHP新書)など著書多数。2009年4月26日よりラジオ「GLOBAL SENSOR」がJ-WAVE 81.3にて(偶数月の第4日曜25時〜)放送開始。

竹村真一プロジェクトサイト: http://www.elp.or.jp/

イベントレポート


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銀座ミツバチ・プロジェクトの起こり

#竹村さん
来年度COP10(生物多様性条約第10回目締約国会議)が開かれることもあり、「生物多様性」という言葉が一般的になってきている。私自身は、伝子レベルでも、個体レベルでも多様性があるからこそ変化に対応することができると見ているが、理論的にはそうだとして、実感としてよく分からない、というのが正直なところではないかと思う。田中さんが進めている「銀座ミツバチ・プロジェクト」は、大都会東京の中でミツバチが媒介する植物と人間との豊かな関係を作っていて、なかなか実感の持てない「生物多様性」に、リアルな光を当てくれていると思う。ミツバチを媒介に、人間が生態系との関わり合いを持つことで、人間がどれほどのお土産を受けているか、ということも見えてくる。ミツバチは、もしかすると人間関係までも受粉してくれているのかもしれない。

一方で視野を広げて見ると、アメリカで農業が壊滅するのではないかと大問題になっている。旱魃とか水不足とか、あるいは石油漬け農業の危機とか、表土流出の問題もあるけれども、その一つとして、ミツバチがいなくなっているということがある。ミツバチや昆虫に目を向けるということは、生態系全体のつながりを考える上でも重要だ。

#田中さん
東京でミツバチを飼う場所を探している人の話を聞いたのが初めだった。社民党のビルの屋上でも養蜂をされている養蜂家の藤原誠太さんのことだ。話を聞くと安全性に問題はなさそうだし、「銀座でおいしい蜂蜜が取れるのであれば、場所くらい貸してもいいですよ」、と言ったら藤原さんがやってきた。そうしたら、「生き物を飼うんだからしっかり学びなさいね」と言われた。こちらは場所を貸すだけなのに何で学ばなければならないんだ、と話は一度流れたが、その後、養蜂が危機に瀕している実情を色んなところで聞いた。奥山は杉やヒノキで花蜜が出ないし、米どころではほとんど農薬を使うからハチが育たない。国産自給率は 5%でほとんどが外国産ということだ。

一方で、銀座の中でも課題があった。松坂屋が90メートルくらいの高層ビルを建てようという話が出たときに、銀座の街として、変えなければならないものと残さなければならないものは何か、という議論が、私も参加している「銀座の街研究会」の中であった。結果として、銀座の中では56メートル以上の建物は建てないということを決めたが、高さを制限したら、開発を規制したように受け止められる懸念があった。そこで、銀座にミツバチが飛ぶようになって、蜂蜜が採れるようになれば、自然と共生する街の姿を伝えられるのではないかと思うようになった。

私は、紙パルプ会館という会社の役員をしていて、会社は銀座三丁目に自社ビルを持っていて貸会議室という、いわば場を提供する事業に取り組んでいるが、こうした流れで、ミツバチにも場所を貸すことにな
った。

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屋上養蜂の実情

自社ビルは11階建て、地上45メートルの高さで、その屋上にミツバチを飼う場所を設置することになった。社員からもテナントからも反対されたが、社員の手は煩わせない、テナントには何かあったら駆けつける、ということで了承してもらった。近隣の方々にも説明したが、新しいことを受け止めてくれるのが銀座の面白いところ。「ミツバチが人を襲うようなことはないから大丈夫だよ」と街の皆さんが温かく受け止めてくれた。

ビル風からハチを守るフェンスを作ったり、人工芝を敷き詰めたりして環境作りに取り掛かった。ラングストロース法という方式が確立されて、近代養蜂が可能になった。巣箱から巣枠を取り出して、はけでハチを取り払い、遠心分離機にかけることで蜜を採取する方式だ。いたって原始的だけれども、そういうことをシャネルとかブルガリのビルがある横でやっているというのが面白い。消費するばかりだった銀座の街が、蜂蜜の産地になった。採蜜には次第に銀座のパティシエやバーテンダーも参加するようになったし、文明堂の社長も屋上に来て蜂蜜を採りにきた。メディアの取材で芸能人もきたし、回を重ねるごとにどんどん数が増えていった。

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銀座とミツバチの関係

銀座の周りはビルばかりだけれど、1.2kmで浜離宮、1.5Kmのところに皇居がある。ミツバチのスピードで大体5分。採蜜に10分かかるとして、往復で30分くらい。よく働くハチで1日20往復くらい。他にも様々な街路樹がある。皇居の花蜜を吸っているから、銀座で採れる蜂蜜はロイヤルハニーと言っているが、皇居の花は在来種を守るために農薬を撒いていないそうだ。中央区でもアレルギーの人が増えていることから農薬を撒かないようになっていて、ミツバチにとって銀座は住みやすい場所だったのかもしれない。

当初3万匹だったハチが2か月ですぐに15万匹くらいに増えた。1日1,000匹くらい死ぬけれど、女王蜂が1日に2,000個くらい卵を産むから一気に増えた。周りの生態系の恵みのおかげだ。ミツバチの命は非常に短い。産んでから20日くらいで羽化する。羽化すると産毛が付いているミツバチが出てきて巣の掃除をする。人間と同じで新人は掃除が仕事。4日目くらいから蜂蜜と花粉をこねて蜂パンを作って子供たちに与える育児の仕事をする。門番をしたり女王蜂の世話をしたり、20日間くらいは人事・総務の内勤をした後で、飛ぶ練習をして営業になる。ミツバチは巣箱をはじめ、周りの状況を正確に記憶する。ミツバチの1日は営業企画が飛んで行って、どこに花が咲いているかを確認するところから始まるが、その情報を仲間に8の字ダンスで伝えている。

初年度2006年は3か月で50Kgも採れたらと思っていたら150Kgも採れた。養蜂シーズン始まりの3月の後半から4月にかけてはソメイヨシノの蜜が採れる。その時期は浜離宮庭園に菜の花も咲いているが、菜の花200個よりも、ソメイヨシノ50個の方が蜜の量が採れて圧倒的に効率がいい。ハチは短い命で、営業として生きられるのは10日〜2週間くらい。だから効率を求める。ちなみに、一匹のミツバチが一生の間に人間に与えてくれるハチミツの量は小さじ一杯程度。つまり、一舐めの蜂蜜はミツバチの命をいただいていることになる。

ソメイヨシノの次は菜の花。蜜が脂っぽくなるから分かる。続くトチノキは霞が関辺りに多くある。銀座にマロニエ通りというのがあるけれども、マロニエの蜜は赤い花粉が入ってくる。ユリノキは皇居の外周にあって、一本の木から一斗缶採れるくらいのすごい量の花蜜を出す。藤原さんは、東京に出てきたときにユリノキが多くあるのを見て、これで養蜂をやればいい、と屋上養蜂を始めた。ユリノキは小型車1台分の年間CO2排出量を固定化し、酸性雨をアルカリ質に変えるようなすごい力を持った木。銀座の通りにもこの木を植えたいと考えている。5月の後半になるとミカンが入ってくる。恐らく皇居の中にミカンとか金柑とか、柑橘系の花が咲いているのではないか。それから、モチノキ、クローバーと来て、だんだん百花蜜になってきて、ラベンダーとかミントとかシソ系の蜜が入ってくる。

次年度の2007年は290Kg、日本ミツバチの蜂蜜20Kgを含めて290Kg採った。一作年偽装蜂蜜が喧伝されたが、そのときの国内生産量が2800 トン前後と言われた。ということは、銀座で0.1%の生産者になったということになる。去年2008年は台風もなかったし梅雨もなかったから400Kgを超えて440Kgになった。国内生産量の0.15%だ。

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銀座の蜂蜜から生まれたもの

銀座はもともと職人の街で、採れた蜂蜜は様々な商品にしてもらっている。銀座教会の燭火礼拝の際に蜜蝋の寄付も行っている。キリスト教の修道院でハチを飼っていたのは、蜜を取るためではなく蝋を取るためだったとも言われている。教会の牧師さんからも、こうした生命のめぐりを続けてほしい、とお説教していただいた。パリのオペラ座で養蜂していることも知っていたし、これをオペラにしようかと言っていたら実現したのが『銀ぱち物語』。5月5日は子供たちに養蜂体験をしてもらっているし、柳祭りにも毎年参加している。

最初は蜂蜜が目的だった。それが今は、銀座界隈、浜離宮を歩くと、沢山のミツバチがいることに気付く。後ろ足に花粉を付けて蜜を吸う姿をたくさん見ることが出来る。さくらんぼやソメイヨシノに、鳥が木の実や毛虫を食べにくる。こうして、見えなかった命の営みが見えるようになってきた。

西洋ミツバチと日本ミツバチ

近代養蜂と西洋ミツバチが入ってきたのは明治時代で、それまでは日本ミツバチが主流だった。日本ミツバチは巣が硬くならず、秋や冬に巣ごとつぶして蜜を採っていた。需要はあるけれども持続性がなく、産業としての養蜂がなかなか広がらなかった。藤原さんが「日本ミツバチの会」の会長をしているが、平成になってから広まった巣箱で飼う技術を伝授してもらい、銀座でも日本ミツバチを飼っている。

西洋ミツバチは様々な問題を抱えている。アメリカでは一面アーモンドやオレンジの畑の受粉に使われる。まず農薬を撒いて虫を殺して、その後にミツバチを放す。ミツバチは受粉するけれどもアーモンドやオレンジの花粉しかない状況になっている。花粉は幼虫にとって貴重な栄養源だが、人間がマクドナルドだけ食べさせて子育てするような状況だ。ハチが弱くなって様々な病気も蔓延して、いわゆるCCD(蜂群崩壊症候群)の問題が起きている。

銀パチの巣箱でもダニが出る。ダニが出たときにアピスタンという薬を入れるけれどもダニに耐性ができて、薬が効かなくなってきている。海外の養蜂家も指摘しているように、西洋ミツバチの養蜂が危機的状況に瀕している。一方で、日本ミツバチはダニが出ても猿の蚤取りのようにお互いで取り合う。ただ、すぐに逃げたり、小型なので収量が少なかったりという欠点があり、養蜂家によっては「ごみばち」などという言い方をする人もいる。私たちは在来種の日本ミツバチを屋上で飼っているが、欧米の養蜂家も日本ミツバチに関心を寄せている。


銀座という街について

徳川家康は銀座には職人を住まわせた。弓町、槍町、紺屋町といった武士の備えをするような職人だ。金春や観世という通りの名前があるように、役者や狩野派の絵師も銀座に住んでいた。銀座は水運の街で、重たいものを揚げて様々に加工する職人がいた。その中でも、銀の鋳造をする職人がいたから銀座という名前が残ったと言われている。職人がいたから粋やいなせの文化があり、五丁目、六丁目には船宿が出来て美味しいものが食べられるようになり、歌舞伎小屋が広がっていった。歌舞伎座や、星をいくつももらうようなレストランが突然出現した訳ではない。もともと銀座には楽しむ文化があったことに気が付いた。消費するだけだった銀座の街に、作ることを思い出させてくれたのがミツバチだった。パティシエやバーテンダーが一緒に採蜜をして、これで何を作ろうかと、彼らの作る意欲を刺激した。その結果、銀座で採れた蜂蜜で銀座にいる職人が新しいもの作っていく、というストーリーが街中に広がった。


農を介した都会と地方のつながり

2年目にファームエイドという地方の生産者を応援する取り組みを始めた。私たちが蜂蜜の生産者になったから、地方の生産者とつながろうと。日本くまもり協会は森の再生に取り組んでいる。奥山が杉やヒノキになってドングリがなくなってしまったが、森に光を入れて、実が付くようにしていくことが森の生態系の復活につなげようという動きだ。めだかの学校は、里山で田んぼに水を張って、様々な生き物が生きられる生態系を復活しようと取り組んでいる。2001年から佐渡に入って、有機無農薬農法で、収量が足りないときは買い支えたりしながら、去年トキの放鳥に成功した。虫が帰って来て、多様な生き物がいるからトキが生きられる、そういう田んぼを作った。2008年、そこのお米をトキヒカリという名前で売って、食品コンクールで金賞を取った。私たちも、藤原さんの養蜂所の隣に無農薬でミツバチ元気米というのを作って、トキヒカリの隣に並べるようにしている。こうした連携でファームエイドを動かしている。都会のミツバチ、里山のめだか、奥山のクマ、都市・里山・奥山がサステナブルな連携をしようということで銀座から発信をしている。そこから里山や奥山に目を向けてもらうような仕掛けづくりをしている。


都市養蜂の広がり

中延商店街が中延ミツバチ・プロジェクトを始めた。多摩センターミツバチプロジェクトも動き出している。多摩美術大学にミツバチを置いて、ミツバチはアートだ、ということで進めている。自由が丘も始めたいということで相談を受けている。それ以外にも、様々な地域からミツバチを飼いたいという声が届いている。3年前には考えられない。


銀座で農ごっこ

銀座が農業で面白い。農業というよりも農ごっこだが、ミツバチのために屋上を緑化しよう、どうせ緑化するのなら食べられるものを育てよう、ということで「Edible Landscape(食べられる風景)」というコンセプトで街が動いている。2007年に当社も屋上緑化したが、先日草刈りをしていたら、どこからやってきたのか、コオロギやバッタやトカゲといった虫が出てきた。松屋の屋上での銀座グリーンプロジェクトや、マロニエゲートも屋上は芝生だったのが、芝生は管理費がかかるということで花や野菜を植えるようになったし、白鶴酒造では屋上でお米を植えている。酒米を植えて50Kgくらい採れた。銀座の屋上で脱穀機を使ったり、試験醸造免許をとって、銀座産のお酒も作る動きもある。また、銀座ブロッサムの屋上でBee Gardenの管理をしているが、福祉作業所の子たちが不景気で仕事がない。そういう人に時給600円くらいで手伝ってもらって、農ごっこかもしれないけれど、農をテーマに支え合うメッセージを発信したい。先日もCNNが取材に来て、過去に帰るのではなくこれが新しい都会のメッセージだ、ということを伝えたら、世界に向けて発信してくれた。

小さな生き物の視点で見てみると、銀座の全く違った姿が見えてきた。今年で4年目に突入して、安全にはいっそう気をつけながら今年も取り組んでいきたい。

#竹村
CNNの取材や海外の養蜂家が見学に訪れた話があったが、世界の都市で屋上養蜂をやっているのは珍しいのか?

#田中
どう見ても変わり者。銀座は面白いところで、そういう新しいものを受け入れてくれる。

#竹村
ヨーロッパと日本では蜂蜜の使い方が違う。それも銀座にとってはチャンス。

#田中
戦後は砂糖の代替として蜂蜜が使われていたが、砂糖が自由化されて蜂蜜の需要が減った。今は、蜂蜜の需要が変わってくる黎明期ではないかと思っている。

#竹村
人の感受性を高めるセンスウェアというものがあると思っている。たとえば風鈴は感性の蓋を開けてくれる装置。ミツバチは僕らの感性を磨かせてくれるセンスウェアだと思うけれど、昔から田中さんは生き物に興味はあったのか?

#田中
昔は全く興味がなかった。ビル屋だから建坪いくらでということしか考えていなかった。最近は樹木を見てもミツバチの視点で見ている。

#竹村
街をミツバチ視点で見るのがまさに複眼的思考。アメリカの単一農法でミツバチが機能しなくなってきているが、日本ミツバチはそうしたものの復元力になりうるか?

#田中
なると思っている。西洋ミツバチは、人間が改良を重ねて家畜としてきた。中国では抗生物質を食べさせたりして、弱くなっている。日本ミツバチは飛ぶ距離が3Kmと西洋ミツバチより狭いが、より地域の色を表すようになる。

#竹村
日本ミツバチはごみ蜂と呼ばれていたという話があったが...

#田中
自分たちのテリトリーを荒らしていると思う養蜂家はそう呼んだ。京都で信号機に取り付いているのを駆除したニュースがあったが、ハチ=危ないではなく、次の行き場所を探しているだけだ、ということを伝えていく必要もある。

#竹村
蜂蜜を選ぶときに気をつけることは?

#田中
よそのことはよく分からない。銀座の中で商品に変えて価値を高めて販売してもらう方針は変わらない。

#竹村
養蜂家の中での日本ミツバチへの見直しは?

#田中
難しいと思う。効率的な生産に偏っている。伝染病があると巣を丸ごと焼いてしまうし、農薬が撒かれてハチがダメージを受けると、帰巣本能があるから帰ってくるが、門番は危険が分かっているから決して中には入れない。そうすると、農薬を浴びたハチは巣を前にして死んでいく。だが、近隣の農家に対して農薬を蒔くなと言えない実情もある。

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