丸の内地球環境倶楽部

第23回地球大学アドバンス  「日本の『食』をどうするか?―― 『地球食』のデザイン、日本食の可能性」


日時:2009年10月19日 (月) 18:30~21:00 

ゲスト:
島村菜津氏(ノンフィクション作家)
戎谷徹也氏(NGO大地を守る会理事/株式会社大地を守る会 農産グループ長)

モデレーター:
竹村真一氏(Earth Literacy Program 代表・エコッツェリア・コンテンツプロデューサー)

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モデレータよりコメント

わずか半世紀前には80%近くあった日本の食糧自給率は、東京オリンピック以降の高度成長に反比例して急降下。なかでも小麦・大豆・トウモロコシなどコメ以外の主要作物は1割以下の自給率で、エネルギー同様、私たちは暮らしの根幹に大きな脆弱性を抱えています。

石油や化学肥料に過度に依存した現代農業そのものの構造的な危うさも、無視できないリスクでしょう。食の安全保障は量的な次元のみならず、「質」の面においても脅かされています。食の安全神話は、毒入り餃子などのあからさまな問題だけでなく、食生活全体のファストフード化や「種」「菌」レベルでの工業的な画一化など、もっと見えにくい次元においても脅かされています。

そもそも人を良くすると書く「食」が、人の心身の健康を蝕み、人間のサステナビリティを脅かす要因となっている現代――。私たちは何をどこでどのように育て、どのように食べるのか?といった「食」のプロセス全体を再構築する必要に迫られています。

そして、これらはもとより地球全体の問題でもあります。20世紀の人口爆発を何とか支えてきた「緑の革命」も頭打ちになる一方で、気候変動や水不足などのリスク要因も高まり、世界的な食糧危機が現実味を帯びてきています。そうした変動への耐性を担保するはずの「生物・文化多様性」も、ファストフードや遺伝子組換え作物の急増などにより世界中で衰退の一途をたどっています。

いま私たちは宇宙船地球号の食と農をどうリデザインするか?環境と人間のサステナビリティをどう担保しうるのか?という大きな課題に直面しており、そのなかで「日本食」をはじめ世界の伝統食・伝統文化も新たな視点で見直されはじめています。今回はイタリア・スローフード運動の研究者であり、最近では特に「日本のスローフード」の可能性に眼を向けておられる島村菜津さん、そして日本の有機農業の牽引者「大地を守る会」のオピニオンリーダーとして日本の農村の現状にも詳しい戎谷徹也さんをゲストに迎え、こうした問題を縦横に語ってみたいと思います。

トピックス

● 宇宙船地球号の食と農~地球の担保と不可視のリスク
●「スローフード運動」の本当の意味
● 日本のスローフード再発見
● 日本の農業の再生、自給率向上に向けて今なにが必要か?
● 地産地消と新たな都市――農村連携の可能性


モデレータープロフィール


竹村真一(たけむら・しんいち)竹村真一(たけむら・しんいち)
Earth Literacy Program 代表
エコッツェリア・コンテンツプロデューサー

京都造形芸術大学教授。Earth Literacy Program代表。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。地球時代の人間学を考究しつつ、ITを活用した独自な地球環境問題への取組みを進める。

Sensorium(97年アルス・エレクトロ二カ・グランプリ受賞)、デジタル地球儀「触れる地球」(05年グッドデザイン賞・金賞)や「100万人のキャンドルナイト」「aqua scape」など、さまざまなプロジェクトを推進。環境セミナー「地球大学」主宰。07年「water」展ではコンセプト・スーパーバイザーとして企画制作に携わる。08年7月の北海道・洞爺湖サミットでは、 国際メディアセンター(IMC)内の環境ショーケースにおける「地球茶室」の総合企画・プロデュースを担当。

新著「地球の目線」(PHP新書)など著書多数。2009年4月26日よりラジオ「GLOBAL SENSOR」がJ-WAVE 81.3にて(偶数月の第4日曜25時?)放送開始。

竹村真一プロジェクトサイト: http://www.elp.or.jp/


イベントレポート


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◆どうする宇宙船地球号の食~日本の食と農の再生に向けて

冒頭、竹村モデレータが、「宇宙船地球号の食をどうしていくのか、その中で日本はどうしていくのか」という問いを投げかけ、日本の自給率の低さ、コンビニ弁当1つで地球4周分のフードマイレージ、牛丼1杯2千リットルのバーチャルウォーター[*1]などの例をあげ、「私たちは毎日地球を食べ地球を飲んでいる」とやわらかな警告を発する。

また、こうした量的なリスクに加え、野菜の促成栽培や数週間で卵から肉に生産されるチキンなどのファーストフード、遺伝子組み替え、F1種[*2]など、種や菌のレベルでの多様性の喪失、窒素の輸入超過による国土や水環境への負荷、どっぷり油漬けの農業など、食の安全性として問題にされる毒入り餃子やBSEよりもっと見えにくい質的リスクに言及。

一方で、シンガポールや上海、ハバナなど都市農業[*3]の可能性についての明るい話題を提供しつつ、「ピークオイルの問題や気候変動の問題と相まって、単なる数字的な自給率向上や、農地法ではなく、トータルな食と農をデザインし、この5年くらいで大きく転換していかなければならない。日本の自給率向上、地産地消化は、日本の安全保障の道であると同時に、実は、地球の食と水の安全保障、地球全体の水ストレスを低減にもつながる」と日本のポジティヴな役割を強調、30年前から、有機農業、そして地産地消の先陣を切ってきた「大地を守る会」[*4]の戎谷氏につないだ。


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≪ 戎谷徹也氏 NGO大地を守る会理事/株式会社大地を守る会 農産グループ長 ≫

◆なぜ地球と人間は疎外する関係になったのか?

いま、竹村さんから「私たちは地球を食べ、地球を飲んでいる」とありました。その地球がどんどん病んでいっている。なぜ自分や子供たちの健康を維持するためにとり入れていく食べ物の原点である地球をおかしくさせていっているのか? 

食品の偽装や、汚染、不正、様々な形で起きた不祥事に対して、マスコミはこぞって「モラルハザード」という言葉を使いました。その結果、様々な規制が強化し、表示のミス、賞味期限の打ち間違いなど、食べ物自体には問題がないにも関わらず、どんどん食品がゴミと化していっている。根本的には、つくる人と食べる人のコミュニケーションがまったく失われてしまっていることが原因だと思います。

日本の食品企業は、どんどん海外に行き、安い賃金でつくって持ってくる。その方が低コストを維持できるからです。国際分業と言われる食のグローバリゼーションの中で、食を支えるべき人たちの暮らし、あるいは考え方、思想が退化していっている。それを支えてしまっているのが私たち消費者ではなかろうか、という問題意識を持っています。
かたや、食料と一緒にいろいろな虫や菌が入ってきます。また、温暖化で、今まで冬を越せなかった害虫が冬を越し始めている。私たちの見えないところで、生態系のバランスがどんどんおかしくなっていっています。

全般的には、フードセキュリティの低下、水資源の減少、森林破壊、人口増加、耕地の減少、土壌の劣化、砂漠化・・・。土の崩壊が文明の崩壊になっているのは歴史が証明しています。いま、500万~600万ヘクタールが砂漠化し、熱帯林は年に1400万ヘクタール、日本の半分近くの森林、地球の肺が失われていっている。さらに、12億人が安全な水にアクセス出来ない。また、表土が流出している。こういう事態がいま世界で進んでいるわけです。


◆自給率回復のからくり

自給率について簡単に触れておきます。自給率で語られるのはだいたい供給熱量での自給率です。以下自給率の推移です。

1960年(昭和35年)79%
1965年(昭和40年)73%
以後下降が続き39%まで落ちる
2007年(平成19年)40%
2008年(平成20年)41%

一見、自給率は回復してきているように見えますが、実は自給率とは、分母と分子の関係でしかありません。この1年、自給率は41%に上昇しましたが、国産の供給熱量カロリーは1012キロカロリーで減っております。しかし、分母がもっと減ったわけです。供給熱量の全体が2473キロカロリー、分母の減少が自給率を上げたわけです。極端な例を言えば、輸入を全部ストップして、皆さんが飢餓に陥った時、自給率は100%になります。ですから、数字の議論ではなく、自分たちがどこまで自分たちの範囲で、食べ物を支えられる基盤を持っているかという指標を持った方がいいと思います。

一方、捨てられている食料が約2000万トン。日本の米の生産量は約800万トン。自給率約41%と言いながら、2000万トンの食料がゴミと化している。これらは食料と言っても窒素源です。これを埋め立てる、あるいは焼却するとなると環境にも負荷が掛かります。しかもこれは輸出国の表土の栄養分でもあるわけです。それを奪ってきては捨て、奪ってきては捨てている。そして輸入されるバーチャルウォーター。年表で自給率が約80%から40%に落ちたのは、決定的に私たちの食生活が肉と油をとるようになったからです。つまり、肉のエサ、油もほとんど輸入ということです。


◆日本の農業政策~近代化によって失われた耕地、増えた農薬

なぜ日本の食と農はこうなったのか? 日本の農業政策を見て行きましょう。

1945年(昭和20年)第二次世界大戦終結
1961年(昭和36年)農業基本法制定。
戦後の食料増産の時代から約15年、ここから日本は高度成長に入る。
1999年(平成11年)食糧・農業・農村基本法(新食糧法)
    国が食料自給率の向上を訴え、環境保全型農業謳い始める。
    この時、実質的に国が有機農業の存在を認めまたことになる。
2006年(平成18年)有機農業推進法
    初めて国が「有機農業を推進する必要がある」と認める。

「農業基本法」はいわゆる「近代化」の推進です。田んぼや畑を真四角にして機械が入るようにし、農薬と化学肥料によって生産性を上げ、それによって浮いた労働力を都市の工業にまわす。

本来、国では、農地を集積し効率を上げさせる予定でした。如何せん、日本の農民は農地を手放さない。今でも、農地の集積化、規模拡大、合理化を経済学者は叫びますが、一枚の田んぼが何ヘクタール[*5]という大潟村くらいの農地に集約しないと、機械化による効率はそう簡単に上がらない。むしろ、今の日本の土地状況を活かし、たくさんの人たちがたくさんの種類の食べ物をつくる方が持続可能性は高いと思います。

近年の新食糧法のポイントは、企業の農地参入に舵をきったことです。ここ数十年で、明治時代から高度成長まで減らなかった農家戸数は、550万から285万、農地面積は600万から469万に減りました。自給率議論ナンセンスという恐るべき数字がある。
さらに、埼玉県の面積に匹敵する、荒れた耕作放棄地があります。すでに宅地や工業用地に転用された面積まで合わせると、私たちは明治維新以降に開墾した農地をすべて失った感じです。

一方、農業生産額は2倍になったのですが、生産性を上げるために投入した農薬は13倍、化学肥料も2.7倍に増えています。農業の近代化を謳いながら、農薬化学肥料によるコストアップが現実です。しかもそのコストに見合うだけの生産量は、実は近代農業では実現されていない。
しかし、近代的な食料生産技術はもうすでに破たんしつつあります。化学肥料の原料である窒素、リン酸、カリウム、その中のリン酸の原料、リン鉱石はもう枯渇しつつあるわけです。


◆大地に根ざす生存権~守るべき生物多様性

いま、有機農業による稲作技術が獲得しつつある世界は、「総合的生物多様性管理」と言われています。ひとことで言えば、稲を食べる害虫を食べる天敵がいて、田んぼの中の生物多様性を豊かにすることによって農薬化学肥料が不要になる世界をつくる。その世界においては害虫はもはや害虫ではなく、益虫を存在させるために必須の生き物になるわけです。生物多様性は一回切ってしまうと、元に戻すのが大変です。それを切ろうとしているのが、ややこしい遺伝子組み換えだと思います。

日本における「多様性の宝庫」は里山です。そこがどんどん荒れ、生物相が貧しくなっている。その大本になるのは土です。大地、土壌というものを、健全な形で残さないと未来はない。そのくらい緊張感を持って有機農業に転換を図らなければならないと思っています。

一世紀も前に、アルバート・ハワード[*6]というイギリスの研究者は、化学肥料、農薬が主流になっていく時に、いち早く有機農業の大切さについて語っています。「国民が健康であるということは平凡な業績ではない。民主主義の真の恩賞は肥沃な土壌、そこでの新鮮な生産物こそ民族の生得権(生存権)がある」。この課題に私たちはずっと挑戦しています。


◆有機農法の課題

長い間、有機農業だけでは世界の人口を養えないと学問的世界では言われてきました。しかし、2007年5月、FAO[*7]の会議で、有機農業で世界中の胃袋は支えられるというデータが出てきました。ただしその場合には、耕作地を減らさないこと、また様々な環境条件を整えなおす必要があります。

遺伝子組み換え推進派は遺伝子組み替え作物で世界の食料危機を防ぐとおっしゃっていますが、実は途上国を有機農業に転換することにより生産力を上げることができる。余計なお金を掛けることなく、あるいは外貨を稼ぐ為につくるのではなく、その地域で自給的な農業をやった方がトータルに総計すると世界の人口は賄えるということです。

有機農業の技術は、極めて複雑怪奇で、腐食が分解されていくなかで栄養分がどう作物に吸収されていくかというのは数式のようにはいかない。その技術を早く確立させる必要があります。

同時に、有機農業を実践することによってどれだけの経済効果があるのか? あるいはコストダウンが図られるのか? 健康との因果関係はあるのか? ということをということをきちんとデータ化していきたいと思います。


◆食べることで守れるもの

最後に、「大地を守る会」ではこの秋、「食べて守ろう!生物多様性」略して"たべまも"というキャンペーンを始めました。単純なことです。「ご飯をちゃんと食べましょうよ」ということです。それによって、美しい棚田や水田が守られます。棚田は土砂災害を防ぎ、水を豊富に蓄える装置でもあります。この田んぼで農家が米をつくっていけるだけの値段で私たちが食べれば全てが守れるわけです。

もうひとつ、当たり前に食べることで、山合いに張り巡らされた水路も維持することが出来ます。驚くなかれ、日本中に張り巡らされた水路は地球十周分あります。私たちの先祖は、日本列島に降り注ぐ大量の水を受け止め、張り巡らせて水を温ませ、米をつくってきた。棚田も水路があるから守られる。「自然遺産」とも言うべき「生物の要塞」は、将来に向けての保険原理であると思います。

ある料理家が、日本の料理は水の料理文化だと語っています。この地球の生命資源や水と調和した暮らし、イコールご飯を楽しく食べる食生活。それが私たちの地球貢献への道ではないか。

農業というのは、太陽エネルギーを食物エネルギーに変える仕事です。学術会議では農業は5兆8258億円の資産価値があるとしています。農水省では6兆8788円。農地が失われると、これを私たちが税金で賄い、かつ食料を買わなければならいない。当たり前に農業があって農民が普通に暮らしていければ、この金額を消費者は負担しなくてもよいとも読み取れます。それを安かろうでみんな群がっていくと、結局は別の形で税金を払わなければならない。この社会資産は「食べることで守るしかない」というのが私の結論です。

この後、戎谷氏と竹村モデレータのディスカッションが交わされ、その後島村氏プレゼンテーションもフリートーク形式の展開となった。質疑応答も含め、会場で交換された意見をかいつまんで報告する。


◆トータルに農を考える~様々な参加のあり方

<竹村>
食べて守る。農業は、「生命産業」と再提起しなければならないですね。そう考えると、農業の現場は、トータルな命を養う場、医療や教育、病院、学校の代わりになる場でもあると思うのですが?

<戎谷>
おっしゃる通りだと思います。有機農業でも虫にやられる時はあります。農家はでんと構えて、「これが自然と向き合っていることなんだよ、人間が考えているようにはいかないんだよ」と言います。それでもやはり可能な限り科学しつつ、最終的には全てを受け入れる優しさのようなものは絶対に必要だろうと思います。農と食を守るのは農林水産予算でしょうか? 環境省も国土交通省もみんなでトータルに考えなきゃいけないのではないかと思います。

<竹村>
そうですね。さて、農家戸数は258万戸に減ったと言われましたが、実質、その中の1割くらいしか農業をしていないのではないか、という試算もあるようですが、その辺の状況はいかがですか?

<戎谷>
数字は分かりませんが、当たらずしも遠からずという気がします。『農林業センサス』によれば、2005年の専業農業労働者の3分の2は65歳以上でした。しかし、我々のような50歳あたりの世代や若者たちで、地域の農業政策を新たにつくりだすチャンスにしないといけないと思います。

<竹村>
二つあると思うのですが、一つは、いろんな人が様々な形で参加できる間口を広げていく。二つ目は、生産的な農地として使ってない場合にはペナルティが課されるなど、農地としての所有権が脅かされるような制度改革の必要があるのではないかと思うのですが?

<戎谷>
基本的に農地というのは公共財、社会資産なんですよね。ですから自治体も政策として、有機農業をやりたい若者に就農のチャンスを与える。できた農産物は地域の中でまずは消費する。そこに商工業団体なども手を貸していく。という風にして、地域の田畑を守ることが、環境問題にも繋がるというところに上手く転換させなければならないと思います。


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◆生物多様性~在来作物を守れ

<竹村>
さて、島村さんは、『スローフードな人生!』でイタリアのスローフードを紹介し、最近は日本のスローフードに目を向けて、宝を掘り起こされていると思うのですが、いま戎谷さんのお話を聞かれて、いろいろ思われたことがあると思いますが?

<島村>
はい。明らかに言えるのは、「戦後」ということですね。やはり戦争に勝った国のものが流れ込んでくるのは歴史の必然で、日本の場合は、これを境に、車やハイテクを売ることで農業を差し出したという側面が明らかにある。

原産地であることを強いられているインドやアフリカ、南米に行った時、かなりショックな話を聞きました。例えば、600年も700年も、インドの人たちがつくってきた、「バスマティライス」という香りのいいお米があるのですが、遺伝子組み換えのアメリカ企業が特許を申請したことによって危うく乗っ取られ、このバスマティライスの文化を風土と一緒につくってきた人がつくれない、使えないということになりかけたんですね。

ヴァンダナ・シヴァ[*8](Vandana Shiva, 1952-)が言っていました。「緑の革命」[*9]によって、インドの畦に生えていた薬草が、雑草の名のもとになぎ倒され、それによって年間4000人の子が失明していますと。イギリスの、甘やかされた食生活の子供たちは、リンゴひとつでビタミンがとれる。だからビタミンに特化した米などつくらなくていい。そういうものをつくるためにインドの子供を年間4000人失明させていいんですか!と。

<竹村>
インドのハブラシになるニーム(Neem Tree)もそうですよね。あれほど生活に密着したものですら、欧米の会社が特許をとったために、現地がそれを自由に使えなくなる。とてつもなくバカなことがいっぱいあります。
食べることで守っているのは文化の多様性でもあると思うのですが、例えば取材されたイタリアのスローフードの「味の箱舟」[*10]は、その辺はいかがですか?

<島村>
「味の方舟」も生物多様性がキーワードです。例えば"パッキーノ"というシチリアの有名なトマトがあります。これF1なんです。ミラノなどではブランド商品です。ところが、それが入ったことによって、イタリアの本当に美味い在来のトマトはどんどん作られなくなった。食文化というのは、地域のアイデンティティを最も心に刻む文化です。農家の人たちが、最低でも100年かかってつくってきた、その風土に合う作物や乱獲しない伝統漁法、本物の加工食品を守ろうというのが、イタリアで始まった「味の箱舟」プロジェクトです。

<竹村>
方舟というのは「ノアの方舟」ですね。「方舟」という喩えはちょっと悲しいですよね・・・

<島村>
まっこう臭いですよね。ここだけの話、やはりアジアをサブカルチャーとして見ていますね。アジアの生物多様性、そしてものすごい食文化、これは決して西洋人にひけ目を感じるようなものではない!そろそろ強気で表現したいですね。

<竹村>
イタリア人の持っている食文化の財産も、トマトは新大陸だし、スパゲティは中国から来ているし、地球というのは、貸し借りの関係の中でお互い編集し合って豊かになっているわけですから、元を辿れば、アジアが豊かだったことは分からないはずがないんですよね。

<島村>
私も足元にあるものを、ここまで知らなかったかと思うと自分で愕然としています。日本でも少しずつ「味の箱舟」プロジェクトのようなことを始めたいと活動しています。


◆地方と都市が繋がって守れるもの

<竹村>
よく言われるのは、米の生産額は約2兆円、農産物を全部入れても8兆円ぐらいですよね? けれども食べ方まで含めれば100兆円産業だと。同時に健康や教育まで含めると、単に食べるだけで終わらない、すごい産業になり得ますよね、これは。

<島村>
いま、子供の小児ガンが増えています。先ほどの「地球を食べてる」という喩えで言うと、私たちは「子供たちを殺している」ようなものです。南半球の原産地から買いたたき、添加物を多用して、広告力で売るという今の産業のやり方は。ですからどう考えても方向転換しなきゃいけない。

この10月「日本で最も美しい村」連合という団体の会議が山形県の大蔵村でありました。高知県の馬路村(うまじむら)や岐阜県白川郷、北海道の美瑛町や長崎の小値賀町(おぢかまち)などなかなかすごい地域が生まれつつあります。いま、子育てはもっと自然に恵まれたところでという若者が増えていて、そういう人は半農半X(エックス)ならばみんな有機農業をやりたいんですね。

また、大型農業の極みのような美瑛町の農協の青年が、いま一番関心があるのが、畝ごとに違う有機農業なんですよ。彼が言うには、今の農業はマーケティングからあまりにも遠のいているので、そこに新しい可能性があると。
山村や離島は地元に住んでいる人だけの力ではなかなか再生が不可能なところまで来ています。そこにおもしろい発想の人や、都会からやってきた若者が入ってりしてああでもない、こうでもないと知恵をしぼるところに、ものすごくビジネスの可能性がある。
都市の人間は東京なんて自給率1%位ですから、やはり私は礼儀だと思うんですね。基本的には圧倒的に美味しいもの、安心安全なものに関して国内の農業の人たちに依存してるわけですから、お返しの意味を込めて、農村や漁村とのいい繋がりが出来るといいなと思います。
ですから、大型農業が増えることで自給率は増えると言いいますが、私は決して、それだけじゃないと疑ってるんですね。


◆都市農業の可能性

<竹村>
いや、実はね、そこを今から語りたかったんですよ。大型化した効率農業は、種とりから限りなく離れて行かざるを得ないでしょう。種を採るには、収穫をあきらめなければならない。種とりをして、固有種多様性を担保していくのは、プロから言わせれば「趣味じゃん!」と言われるような生活農業者がどれだけ増えるかにかかっていると思うのですね。それは例えば、都市のマンションのベランダの菜園でも出来るだろうし、しかし、そういう小さな試みがジグソーパズルされて、地球大の多様性のバンクをつくっていくのだと思うのですね。このあたりはいかがですか?その中間にいらっしゃる戎谷さん。

<戎谷>
簡単に「そうですね」とは農家は言えないと思います。「地産地消」という言葉がありますが、いま、地方で活性化しているのが「直売所」です。それがベースになってくると、いまの竹村さんの答えになると思います。東京にも農家はたくさんいます。東京の農業のすごいところは、農薬を撒けないんですよ、人がいっぱいいるから。ですから都市近郊の農家はかなりの減農薬です。視点を変えつつ東京農業を応援していただけるツールというか、道具をいろいろと用意しているところです。

<竹村>
最初の議論に戻りますが、都市農業は、イギリスのガーデニングセラピーのように、トータルに医療、教育、農業と横断的な新しい分野になると思います。そう考えていくと、ピークオイルの問題、高齢者問題、気候変動、ヒートアイランドをどう抑えるか、この三重苦みたいな状況に、一気にソリューションを出して行くのが都市の再編化なのかもしませんね。そこはイタリアのスローフードとは違う新しい公共型のスローフードがありうるのかなと思います。
さて、今日は美味しい懇親会が待ってますので、ご質問を若干受けて、意見交換はその後も続けてください。では、ご意見、ご質問どうぞ。


◆有機農業は流通にのれるのか?

▼質問者
日本では結局、大手のチェーンスーパーが有機の食材を扱っていく流通のシステムはやはり難しいのでしょうか?

<戎谷>
量販店さんは「規模」「価格」「安定性」を求めますから、その次の作戦を農家と一緒に立てられるかどうかですね。例えば、単純にジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンといった棚を埋めたいのか、それとも、会津の何とかさんはこの時期は何がとれるというように、その人たちの野菜、届いたものを売るのか。それは何とかグループでも、何とか村のコーナーでもいいわけです。直売所は街でもつくれる。そういうところを面白がって次の手を打てるかどうかです。

▼質問者
日本の食のあり方というものが、これから世界の基準と比較した上でどのように変化していけるのかを教えていただきたい。

<島村>
皆さん、まず、自分の家の単位で、自給率はどのくらいかという風に計算してみるところから始めてください。自分の家の自給率を7割位までまず持っていくと。ご飯一杯たった75円です。ポッキー数本です。携帯やブランドバックやスイーツにはすごくお金を使うのに、マスコミもお米が高い、高いと言い過ぎなんですよね。あの癖をみんなでやめさせましょう。


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◆企業にできること

▼質問者
種も含めて、家庭菜園で工夫ができるという話がありましたが、企業の広場や緑地なども工夫の余地があると思うのですが、そういう事例がありましたら教えていただきたいと思います。

<島村>
例えば企業の社員食堂を100%オーガニック、あるいは調味料もみんな国産にしたら私がすぐ取材に行きます。ぜひ教えてください。というような話題づくりをどんどんしていくことが、大きな変化になっていくと思います。

<竹村>
「企業に何が出来るか」については、この地球大学でも「銀座ミツバチ」や、蝶の食草をバランス良く植える活動を紹介しました。成功例はいくつもあると思うのですが、人間以外の要素を入れるというのは結構大事なんじゃないですかね? しかもコントロールしきれない要素を入れるというのが。


◆総合学問としての農業

▼質問者
もし先生方が農業の学校に来るとしたらどんな学校をつくりますか?

<戎谷>
農学は、昆虫学者も必要だし環境学者も必要だし、総合学問にならなければならないと思います。先生には必ず農家が必要です。もっとフィールドに出ろと。いろんな農家、いろんな農地で、いろんな農業技術を学ぶ仕掛けが必要だと思います。

<島村>
私が補足するとすれば、やはりそこで美味しいものを食べる技術もセットになっているといいと思いますね。もう、山村などが丸ごと現場になっていくといいのかな。詩人や理科の先生、農家にまたぎ商店街のおやじさんなども、みんな先生であると思います。

<竹村>
イタリアのスローフードの震源地であるブラは、銘醸ワイン、バローロの産地でもあります。あそこはワインづくりの人達がドンとお金をつぎ込んで食の大学をやっている。そのスタッフは、哲学者もいれば歴史学者もいれば生理学者もいれば医学者もいる。ガストロノミー(gastronomy)、つまり食の学というのは総合学ですから、トータルなものにならざるを得ない。食というのはすべての学を総合する結節点であると思います。

<島村>
もうひとつ付け加えれば、2004年に景観法ができましたが、日本はまだ未熟です。ヨーロッパの場合、牛を飼って放牧してる景色も景観の中に組み込まれるので、美しさがうまさと確実につながっているんですよ。日本もそこを繋げたいですね。


◆海・山・川~循環の中で捉える

▼質問者
生物多様性のネットワークを調べていけばいくほど、海洋の大事さに行き当たるのですが、何か耳寄りな情報はありますか?

<戎谷>
私たちがいま取り組んでいる事例を紹介させてください。三番瀬に溢れてくるアオサ(石蓴)は陸から流れてくる栄養エネルギーです。それが窒素リンを吸収して過繁藻している。そのまま放っておくと腐って、窒素リンを放出して青潮の原因になります。それを自分たちで回収して埼玉の畜産農家に持っていく活動をしています。ビタミン、ミネラルが豊富なので草の代わりのエサになるんですね。そういう資源循環の環をつくっていくことをやっています。


◆有機農業に舵を向けるには?

▼質問者
遺伝子組み換えの学問の流れを少しでも生物多様性や有機農業に向けるには、具体的にはどんな方法があるかとお考えでしょうか?

<島村>
日本の一番の問題は、国会で一回も誰も話題にしないですよね? 「大地を守る会」みたいな人たちが国会の人たちの勉強会を開いて教えてあげることだと思います。
もうひとつは、やはり山形大学の江頭宏昌[*11]さんや平 智さんという野菜や果実の在来種の研究者学者のように、学問の目的を50年後100年後という長い目で見ている人がもっと表に出ることですね。私たちやマスコミの役目はだと思います。

<戎谷>
先ほど、有機農業の課題をいくつかあげましたが、有機農業推進法が出来て、研究費が降りるようになって、全国自治体の農業試験場の研究者たちはこぞって有機農業の研究に入っています。根本的に全体的な収支があるのはどっちなのかということを可視化しながら、人が健康に、豊かに、お金は無いけど食べ物は大切にして、楽しく生きて、美しい景観を残す。これに勝る説得力はないだろうという風に思ってます。

<島村>
化学肥料初めに世に送り出したリービッヒ[*12]が死ぬ前に懺悔しているんですって。「私は神がつくった不完全な自然というものを人間の科学の力によって完全なものにできると思いあがっていた。私は駆除されるべき虫けらのような人間だ」というすごい懺悔の言葉を残して死んでいるというのですが、文献がどこにあるか、教えてください(笑)。今後ぜひ引用したいと思います。

<竹村>
いいまとめをいただきました。何にしても、全体的な知性を持たない学問にどんな意味があるんだということを、声高に言えるような社会にしたいと思います。また、食のインターフェースというのは、何よりも我々の口であり、鼻であり、五感であり、肉体です。この回路を使って「味わう」というプロセスを大事にしないで、地球の未来もないわけです。食べるプロセスを大事にするというのが一番の根本だと思います。


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◆「食」をもって「食」を制す

セミナーの後は、「喋る口を食べる口に転換して参りましょう!」という竹村モデレーターの合図で懇親会が開催された。山形県や岩手県から取り寄せた安心・安全・新鮮な食材を使った郷土料理や創作料理、珍しい在来作物など彩とりどりに並べられ、地酒やワインも振る舞われた。
「食」を囲んで談笑する人々、和やかな雰囲気に包まれたエコッツェリアで、誰もが「食」が果たす役割の大切さを改めて味わっている様子だった。

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*脚注

*1【バーチャルウォーター】この概念は、ロンドン大学東洋アフリカ学科名誉教授のアンソニー・アラン(J. Anthony Allan)氏が、中東などの水ストレスが高い国において、自国の水を使わず他国から食料を輸入することで、水ストレスを低減し得るという、どちらかというとポジティブな概念として提言された。逆に水資源の豊かな日本の場合は、アメリカやオーストラリア、中国など、世界の水ストレスを高めてしまったという負のバーチャルウォーターの側面を持っている。

*2【F1種】一代雑種を意味する交配種のことである。これは人為的に開発されたもので、従来品種よりも多収性や均一性で勝っているが、種ができなかったり、できたとしても親とは違う性質になるなど、品種として一定しない。こうしたF1種子は、ハイブリッド種とも呼ばれ、「交配」、「F1」などと表示され売られている。一方、在来品種や伝統品種と呼ばれる種子は、長い年月をかけ環境に適応しながら、種として生き延びてきた。それらは、親から子へ品種として一定の特徴が受け渡され安定している。そこでこうした昔ながらの種子を、固定種と呼ぶこともある。

*3【ハバナ都市農業】経済封鎖前のキューバは、輸出用の砂糖を主に生産していたが、1991年の冷戦終結後、アメリカが輸出禁止を強化し、都市部では自分たちの食べるものがない状況となった。市民は「都市で農業をしよう」と行動を起し、二五〇万人のハバナ市で野菜の自給をはじめた。農薬・肥料の輸入禁止も伴い、ミミズや家畜のふんを活用した有機農業が主力。

*4【大地を守る会】1975年に設立。食べる人を広げ、生産と消費を繋げることで無農薬、無化学肥料の生産基盤は守るという理念のもと、当初より、つくる人と食べる人を繋ぐというコンセプトで活動。現在、首都圏を中心に9万3千世帯位の会員を持ち、全国の農家、畜産農家、酪農家、漁民、及び加工食品メーカー合わせて約3千名の生産者をネットワークしている。

*5【ha=ヘクタール】田んぼの単位。1haは約1町。1町=10000㎡=3000坪。通常、田んぼは1反を単位にしているところが多く、1反は約0.1ヘクタール=50m×20m=1000㎡=300坪。大潟村の農地は、1区画が縦140m×横90m。農家1戸あたりの農地面積は、12区画で約15ha(ヘクタール)で、日本の農家の平均農地面積の約11倍。

*6【アルバート・ハワード】(Albert Howard-1873~1947)世界の有機農法の創始者。著書に『An Agricultural Testament (「農業聖典」)』『The Soil and Health(邦訳「ハワードの有機農業」)』などがある。

*7【FAO】(Food and Agriculture Organization:国連食糧農業機関)

*8【ヴァンダナ・シヴァ】 (Vandana Shiva, 1952-)インドの科学者・環境活動家。首都ニュー・デリーを拠点に、科学・技術とエコロジー研究財団、生物多様性保護のため種の保存を説き、ナヴダーニャ、などの活動を展開。300を超える論文を、専門誌に発表している。1993年、「もう一つのノーベル賞」、ライト・ライブリーフッド賞を受賞。オルターグローバリゼーション、エコフェミニズムの代表的論客としても知られる。

*9【緑の革命】1940年代から1960年代にかけて高収量品種の導入や化学肥料の大量投入などにより穀物の生産性が向上し、穀物の大量増産を達成したこと。ロックフェラー財団は、1944年結成のボーローグらの研究グループ[* 1](1963年に国際トウモロコシ・コムギ改良センターに改組)と1960年設立の国際稲研究所に資金を提供し、緑の革命を主導した。

*10【味の箱舟】1997年より、イタリアで始まり、世界に広がったスローフード運動のプロジェクトのひとつ。各地方の在来品種、農畜産物、伝統漁法、加工食品などの食材を世界共通のガイドラインで選定し、プロモーション活動などの支援策によって、その生産や消費を守り、地域における食の多様性を守ろうというもの。「味の箱舟」(アルカ:Ark)は、旧約聖書に描かれたノアの箱舟伝説からきている。大量生産・大量流通による「食の均質化」という名の大洪水から、未来の子供たちに残したい生産物を「味の箱舟」に乗せて守ろう、と例えたもの。


*11【江頭宏昌】島村さんに言わせるところの山形大学の熱血スロー学者。山形県鶴岡市のアルケッチャーノというイタリア料理店の奥田正行シェフと、在来種を育てている農家を一軒一軒回り、江頭氏が在来作物を解説し、シェフが料理するという記事を一年間に渡り地元の地方紙で連載した。彼らは少しはみ出した、ほろ苦さやえぐみなど、在来作物の味わいとともに山形県の底力を世に知らしめた。

*12【リービッヒ】(Justus Freiherr von Liebig/ユストゥス・フォン・リービッヒ男爵[1803~1873])

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