
第47回地球大学アドバンス [ コミュニティ・セキュリティの再構築] シリーズ 7 東北の食と農―21世紀型の生命地域産業の創生にむけて
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日時:2011年12月19日 (月) 18:30-21:00
ゲスト:
基調講演:藤田和芳氏(「大地を守る会」会長)
パネリスト:楠本修二郎氏(カフェ・カンパニー㈱代表)/ 古田秘馬氏(六本木農園代表)
モデレーター:竹村真一氏(Earth Literacy Program 代表・エコッツェリア・コンテンツプロデューサー)
モデレータよりコメント
2011年は日本、特に東北の食と農の価値を再発見する年となりました。東日本大震災および原発事故による放射能汚染の影響は決して小さくはない。長引く風評被害も、日本の食が世界的なブランド価値を持ち始め、高付加価値の輸出産業としての展望が開けつつあった段階での大きな打撃でしょう。しかしそれ故に3/11は、逆説的に東北の食と農の価値を見える化し、その再生を"日本新生"にむけた国民的課題として私たちが意識化し直すきっかけともなりました。
戦後の復興と経済高度成長のなかで「労働力」と「電力」と「食糧」を首都圏に提供し続けるという非対称なシャドウワーク――こうした20世紀的な文脈を超えた新たな地平で、東北の食と農をどう再生しうるか?"森は海の恋人"(畠山重篤氏)に象徴されるように、農/林/水産業の縦割りを超えて地域の真の富を再生産してゆくような生命地域産業のデザインを、新たな東北と日本の創生の基盤となしうるか?また、そうした地域自立型・環境創生型の東北復興に、首都圏の私たちはどのような形で参加・協働しうるのか?
今回は自らも東北出身であり、「大地を守る会」代表として首都圏数万人の消費者と東北の生産者をつなげつつ復興支援してきた藤田和芳会長に、東北再生への思いを存分に語って頂きます。また復興直後から「食」の交流・交歓を通じて、首都圏と東北の生産者を結ぶ独自な支援活動を展開してきた食のプロデューサーお二人に、これまでの8カ月の経験と今後の展望をお話いただきます。
11月の地球大学「食糧争奪の現在」でも触れたように、世界の食と農をめぐる状況が急速に逼迫しつつあります。日本の食糧安全保障の観点からも、またTPPも含めたグローバル経済のなかでの日本の農林水産業の再構築という観点からも避けては通れない、「東北の食と農の再生」という重要課題を皆さんと考えてみたいと思います。
プロフィール
竹村真一(たけむら・しんいち)
京都造形芸術大学教授。
Earth Literacy Program 代表
エコッツェリア・コンテンツプロデューサー
東京大学大学院文化人類学博士課程修了。20代には世界約70カ国を踏破。地球時代の新たな「人間学」を提起しつつ、ITを駆使した地球環境問題への独自な取組みを進める。
1996年に制作したウェブ作品Sensoriumは電子アートの登竜門アルス・エレクトロ二カでグランプリを受賞。その後、「触れる地球」(2005年グッドデザイン賞・金賞)や「100万人のキャンドルナイト」、ユビキタス携帯ナビ「どこでも博物館」(2005年国連情報社会サミット日本最優秀賞)、洞爺湖サミットIMC「地球茶室」(2008年)、六本木・21_21デザインサイト「Water」展(2007年)などをプロデュース。2006年4月から、環境セミナー「地球大学」を丸の内で主宰。J-WAVEのナビゲーターもつとめ、現在は「Jam the World」内の"Global Sensor"(月曜~金曜、毎日夜9時45分~50分放送)で地球環境への新たな視点を提示している。政府の東日本大震災「復興構想会議」検討部会委員も務める。
著書に「地球の目線」(PHP新書)、「Water」(ワールドフォトプレス)、「宇宙樹」「22世紀のグランドデザイン」(慶応大学出版会)など。
竹村真一プロジェクトサイト: http://www.elp.or.jp/
イベントレポート
□「東北の食と農―21世紀型の生命地域産業の創生に向けて」イントロダクション
■食と農についてコミュニティ・セキュリティの再構築を
3・11を契機として、自給率の極めて低い東京が、豊かな食料庫である東北から食料、労働力、エネルギーを一方的に提供されていた関係が浮き彫りにされました。これはコメ以外の主要な穀物(小麦、大豆、トウモロコシ)がすべて一割以下の自給率である日本と世界のいびつな関係の縮図でもあります。
また、被災地で電気や水道、サプライチェーンが途絶えた状況は、"遠い"水や食料、エネルギーに依存している20世紀後半の日本のリスクを象徴的に垣間見せてもくれました。
今日は、今までいわれてきた地産地消や自立分散の重要性を、閉じた完結ではなく、ゆるやかに支え合う関係の再構築として捉えなおすこと、そして食の背景にみえる人や環境、地域資源、あるいは地域の文化資源という総合的なソーシャル・キャピタルをどう守り、育てていくのか、このふたつのテーマを掘り下げ、地球的な文脈の中での日本の食と農の可能性まで議論できればと思います。
□藤田和芳氏プレゼンテーション
■時代は変化し「一周遅れのトップランナー」に
大地の会は、農薬や化学肥料を使わない農産物を農家の人たちにつくってもらい、それを都市の消費者に食べてもらう事業と運動を36年ほどしてまいりました。
生産者が全国に2500人ほど、関東圏を中心とした消費者の実質登録会員数は約9万2000人、ネットで買ってくださる方を含めたユーザーは11万5000人ぐらいです。
私の実家は、奥州市という岩手県のちょうど真ん中あたりの稲作農家です。次男坊として生まれた頃は胆沢町という名前で、かつての町長・千田明さんが『日本一の田舎宣言』(ダイヤモンド社)で「西を見れば高々とした奥羽山脈、東には北上山系、景色は抜群、水も空気も食べ物もうまい。住んでいる人がみんな優しく、助けあって生きている。これが田舎だというなら、ここはまさに日本一の田舎だ、文句あるか」と書いたほどのところです。
醤油も味噌も納豆も、自分の家でつくっておりまして、子どもの頃は、買った味噌や醤油を食べたい、自分ちでつくるなんて時代遅れだと思っていました。しかし今は味噌づくりセットが売れるなど自家製がもてはやされ、一周遅れのトップランナーみたいな気分で、時代は面白いように変化していると思います。

■世界一の文化
大地震で被災したときの津波の映像が、世界中に流れました。そして生き残った人たちの間では略奪も起こらず、支え合い、助け合って生きようとする姿もみんな、テレビで映し出されました。帰宅難民も、渋滞で止まっている車も、誰も落ち着いてルールを守っており、世界中から賞賛を浴びました。
幕末から明治にかけて日本に滞在した外国人の日本論をまとめた『逝きし世の面影』(渡辺京二著・平凡社)に「みんな貧しいが、人々は笑って、老人も子どもも助け合って生き、お金を盗る者もいない。リサイクルシステムもほぼ完備している東洋のパラダイス」なんて書かれていましたが、欧米人が驚いた日本人のあり方が、私が育った昭和30年代の東北地方にも、現代にも残っていたわけです。
■安全な食べ物を考えるとき、原発はいらない
大地を守る会は、有機農産物の生産、流通、消費だけでなく、学校給食をよくする運動や地球温暖化防止、遺伝子組換え食品反対運動、原子力発電反対運動も続けてきました。
大地を守る会が原発問題に感心を持ったのは、1986年のチェルノブイリ原発事故のときでした。設立から10年、堆肥をつくり、草を手で取り、安全な食べ物をつくる努力をしてきたのをあざ笑うように、ある日突然、チェルノブイリから8000キロも離れた日本の空に放射能が降ってまいりました。シイタケからも、静岡県のお茶からもセシウムが検出されました。
生産者と消費者を交えて真剣な議論をし、有機農業の本質的な考え方と放射能をまき散らす恐れのある原子力発電は相容れない、有機農業をする人たちは原発に反対しようと、以来25年も運動してきたのですが、力不足で今回のようなことになってしまいました。
■農業の近代化が高度経済成長を生んだ
1961(昭和36)年にできた農業基本法以降、選択的拡大により、大豆、小麦、トウモロコシのような競争力のない品目を農家は捨てました。コメを中心に施設園芸と近代畜産という道を進み、農薬と化学肥料と機械化で単作化と規模拡大が始まり、この地域はキャベツだけ、あるいはリンゴだけという主産地形成がなされていきました。
"近代化"がなされたことで、人海戦術から人手を必要としない農業に変わりました。次男坊、三男坊も不要になり、中学校を卒業しただけの600万人を超える子どもたちが、集団就職列車で次々と農村から都市に移動しました。
この安い労働力が日本の高度経済成長を支え、現代日本の輸出産業を支える自動車、家電などが競争力をつけて成長していった。見事な構図ですね。しかしその裏側で農村の崩壊が起こり、環境が破壊され、グローバリズムなど様々な問題が出てきます。
■生産、流通、消費の三つの段階
大地を守る会が有機農業運動と事業を始めるとき、三つの段階を考えました。
生産の現場を変えることは、古い農業に帰ることではありません。化学肥料を使わず土に栄養分を与える堆肥をつくる技術、虫や病気を排除するための輪作待機や拮抗作物の組み合わせ、あるいは天敵を活用する技術。政府も大学の農学部も教えてくれない新しい農業の生産技術を、自分たちの力で獲得しました。
その結果、曲がったキュウリや虫食いのキャベツができてしまったら農協も市場も買ってくれないので、新しい流通をつくる必要があり、それをつくっても、消費の段階で食べ物の安全性に対する新しい価値観が理解されていないと、一歩も前に進まない。生産、流通、消費の三つの段階を考える必要があったのです。

■豊かさが地域の種(たね)と種(しゅ)を守り、それが豊かさを生む構造
北イタリアのスローフードを唱える農家の人達と話したことがあるのですが、彼らの運動のきっかけは、マクドナルドの出店計画でした。
「この地域の農業を守りたい、この地域に伝わっている伝統的なブドウの種や、ブタやウシの種を守る、これが地域を守ることだ」といいます。しかし地域の伝統的な加工業者とつながらない限り、農民だけでは農業も種も守れない。地域特有の伝統的なブドウの種が地域のワイナリーとつながってワインになり、ピエモンテ州のブタやウシの種が伝統的な加工業者によってハムやソーセージに変わって、さらにそれらがこの地域の伝統的な食文化とつながって消費に結びつかなければ、農業も加工業者も守れない。地域の農業を愛し、加工業者とつながり、消費者が伝統的なハム、ソーセージ、ワインを支え続けるという関係がない限り、地域の豊かさは守れない、だからマクドナルドは反対なんだ。
そのときにはじめて、私は地域というものは、そういうふうに成り立っているのだというふうに思いました。
■本当の東北復興は、日本の地域力の復興である
日本の地方の商店や地域の農業が崩壊している構図をみると、生産の現場と加工業者、伝統的な商店がつながっていない。農家は作物が農協を通じて大都市に大量に安く出ていけばいい、そこで勝ち抜きたいと思っている。地方の消費者も、郊外の巨大スーパーで買い物をして、日本の地方を加速度的に崩壊に導いている。
貧しく質素で、人々が支え合い、助け合っているという物的なことではない、本質的に私たちが持っていた文明のかたちをもう一度学ぶべきではないでしょうか。農林水産省や経済産業省が推進している農商工連携、つまり農業、商業、工業を地域で連携させて地域をつくり変えることが必要です。
本当の意味での東北の復興は、外から巨大な資本が入って農産物の輸出を目指すことではない、地域の自給、自立を中心とした新しい社会をつくることではないかと思うわけです。
竹村氏
発酵食品も含め、人間と動植物と微生物が1つの共生系をなして、それがその地域のソーシャル・キャピタルをなしているところに「地球の財産」としての価値がある。そこに目を向けさせたのが、イタリアのスローフード運動でした。地域の多様性、固有性という価値だけではなく、本当の意味で、美味しい。懐かしい未来といいますか、21世紀の生命地域産業はこういうふうに構築されなきゃいけないですよね。
□楠本修二郎氏プレゼンテーション
■生あるものを産む者と活かす者のコミュニティ
カフェ・カンパニーという会社は、10年前につくりました。その前から飲食店のプロデュースをしていましたが、多店舗展開する会社が賞賛されることに違和感があり、地域ごとの土地の歴史や記憶、その場所らしさをつくっていくような仕事をしたいと思うようになりました。今53店舗の直営店がありますが、地域ごとに当然ブランドもコンセプトも違います。日本を強いコミュニティ型社会にしたい、これが最終的な目標設定です。
ちなみに僕は「消して費やす者=消費者」という言葉が嫌いで、「生あるものを活かす者=生活者」でいいと思っていて、「生あるものを産む者=生産者」とのコミュニティをつくろうと考えています。

■クリエイティビティの原点は里山
こう考えるようになったきかっけは、20年前に三洋電気の井植祐郎前会長からお聞きした言葉でした。日本の高度成長を支えたのは、地方から出てこられた農家さんだった、日本の改善運動は、里山のある農村風景から出てきたクリエイティビティだった、というようなことをおっしゃった。
それをもっとリスペクトできるような日本になったとき、日本のライフスタイルやコミュニティは世界からもう一度評価を受けるんじゃないかと感じて、それが事業のエネルギーの源泉になっている感じです。
もうひとつのきっかけは、食のハーバードと呼ばれているカリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカというフード・ビジネス・スクールでの日本食カンファレンスでした。そこで毎年やっているワールド・オブ・フレーバーという世界料理会議での日本食イベントで、10分ぐらい拍手が鳴り止まないスタンディングオベーションを受けたことです。

■クールジャパンをチーム戦で推進する
僕は今、経産省が農水省と一緒に進めているクールジャパン・プロジェクトのクリエイティブ・プロデューサーとして、どのように海外展開するかの議論をやっています。
そこで二つの問題を提言したのですが、まず、海外にある日本食のお店5万軒のうち、日本人がやっているのは10%以下で、日本はクリエイティビティに溢れている国なのにそれをビジネスにできていない、国内に還元できていないという問題。
それから、サプライチェーンの中間が多すぎるので、生産から生活者までのコミュニティをどうつくり直すかという構造の転換です。
7人8脚作戦といって、農家さん、CMのクリエーター、流通の専門家、海外に詳しい人、ビジネス勤務ができる人といった異業種が、食というテーマでチームを組んでいくことが非常に重要な時代になってきたと感じています。
■がんじがらめの東北をなんとかしたい
自社のためだけではなく、地域のために身を粉にしているたくさんの東北のヒーローたちのストーリーを紡ぎ、経済としてブランディングに結びつけて発信していく経済効果をうむために、仲間と東の食の会をつくりました。
JR東日本の新井良亮副社長や、高速道路の金子剛一さん、吉野家の安部修仁さんにも参加していただき、企業とのマッチングイベントやチャリティフェス、仙台での食の産業サミットも開催し、インフラ、安心・安全、生産・加工、販売、そして輸出という5つのテーマでディスカッションもしました。
宮城県の水産加工業は壊滅的です。水産品は鮮度が重要なのに、建築制限の撤廃を図れないために、いまだに加工工場をつくることができない。生産者と企業のマッチングで企業トップが乗り気でも、販売の現場責任者レベルで、ロットや金額の問題にすり替わっちゃう。企業側の覚悟として、生産者側に合わせるように意思決定していく、掛け合わせの知恵を生産現場に近いところに貯めていくことが重要だと思っています。
□古田秘馬氏プレゼンテーション
■農家のライブハウスからコミュニケーションストアへ
私はもともと食べることが大好きで、全国の地域活性をやってきました。農業は不思議な業界で、生産側は農業というけれど、エンドユーザーのところで外食産業などの違う業界に変わってしまう。東京にいながらどうやったら販路や生産者につながっていけるのか、農家のライブハウスをつくろうと三年前に始めたのが六本木農園でした。
まず週2回、生産者に来てもらってお客さんの前で自分の思いを語っていただくことを始め、次にトラベルレストランといってこちらから各地域の生産者に会いに行くようになりました。品種、生産地、農法、生産者のキャラクターなどと実際につながって、生活者にジャッジメントしてもらうわけです。冬は田んぼに鶴や野鴨が降り、農薬を使っていないことがひと目でわかるので、グリーンツーリズムにもなります。
2011年7月、鎌倉に七里浜商店という"つまめる食材屋"もオープンさせました。コメや味噌の量り売りをして、コンビニエンスストアならぬコミュニケーションストアということで生産者にも店に来ていただいています。
■地域間を立体的に俯瞰してつないでいく
農業は農業、観光は観光という分け方から、3・11以降、ポジティブな意味で融合させていくチーム、あるいはそのチームを横軸にしていく地域間プレーヤーが求められていると思います。東京を中心に地域が放射線状にあるという観念から離れれば、東京から仙台まで物資が運べなくても、新潟から会津を経由すれば運べる。生産者の情報も同じで、ただの流通ではなく、人や地域間のつながりを増やさないと、農業は伸びません。
東アジア全体でみたとき、イデオロギー的には政治が超えられない食や医療の問題も、アジア農協をつくれば解決できるかもしれない。六本木農園には、農家だけでなく、いろんな人が関わってくれています。今まで出会わなかった人とつながると新しいアイデアが出る、そういう場になっていけばと考えています。
■のっぺらぼうではない作物の魅力を開拓する
消費者を生産者が選ぶ構図も、これからあっていいと思います。たとえば種子島でサーファーがつくったお米を、サーファー限定で売る。猫好き、動物保護に関心がある人を対象に、対馬でツシマヤマネコを保護するためにつくっている棚田のツシマヤマネコ米を、動物園のヤマネコの横で売る。
生産者と消費者っていうタグだけじゃない、もう1つの何か。消費地サイドからどれだけ生産者側のところに近づいて行くことができるのか。3・11以降、いろいろなことが切り替わるチャンスになっていると、いろんな取り組みをやっているところです。
質疑応答とディスカッション
質問者:A
農家ライブでは具体的にどんなことをやっているのですか。
古田氏
その日の食材を持ってきた農家さんに写真を見せてもらいリアルな話を聞き、その後そこで食べると、何倍も美味しくなる。農家さんも「自分たちにとって当たり前な、こんな話が喜ばれるんだ」と発見したり、5キロの米袋より3合入りのちっちゃい袋が一番売れたと、売り方に気付いたりするんです。
他にも在日外国人向けに餅つきのワークショップをやったり、稲わらを籾摺り、脱穀しておにぎりをつくるところまでやったりもしていて、里山をそのまま持ってくることが、六本木では最先端のコンテンツになっています。

楠本氏
そういう価値共感の場がなかったから分断されていたんです。だから、つくればいい。僕は、本屋さんと隣のカフェに農家さんを呼んで音楽ライブをやって、うちのシェフがそこでキッチンイベントをやる企画をしています。お客様側と提供者側じゃなく、仲間っていう感覚がすごく重要だと思うんです。サービスエリア事業では、生産者と生活者が出会う究極の場所としてファーマーズマーケットに変えていこうということも進めています。
藤田氏
長野県の原さんのリンゴの追っかけがいたり、九州の西昆の明太子のファンクラブができたり、生産者と消費者が一律の関係ではなくなってきているのを感じます。フェアトレードで、パレスチナからオリーブオイルを買っているのですが、イスラエルのガザ地区が攻撃されると心を痛め、カンパする。コーヒーを飲むなら東チモールのコーヒーを買い支え、南アフリカのルイボスティーを買うことでエイズの子どもたちを支援する。
物語のある商品が組織の強みにもなっているし、消費者が消費を通して自分の居場所を見つけ、いきいきとする。これが次の時代の地域づくりのヒントになり、ブランディングにもつながっていくと思います。
竹村氏
一方で、食の劣化や健康被害、あるいは味覚そのものの劣化も、世界的な問題として心配されています。
藤田氏
大地を守る会が生き延びてきたのは、完全無農薬だとか環境問題に発言をしているからという観念的な理由よりは、美味しかったからだと思うんです。
毎日畑に行って水や肥料、日当たりを調整する、手をかけざるを得ない農業をした結果の野菜や果物が美味しかった。食べ続けてくれたのは本物のもつ商品力です。
楠本氏
エル・ブジの有名シェフ、フェラン・アドリアは熱烈なる日本食ファンですが、ユズは素晴らしいと彼がいった瞬間、ヨーロッパのレストランシーンは一気にユズをリスペクトし始めました。それまで、ヨーロッパにはレモンがある、ユズなんてといわれて終わっていたんですよ。
日本の食の素晴らしさを、どういうコンテクストで誰にどう伝え、そこからどう伝わるかをデザインするべきです。物語がどういうふうに動くかが、すごく大事な時代になっているんです。
それから、食の叡智をどれだけストックするかも大切です。同じ宇宙でも、コモンは規則とか規律を表し、ユニバースって多様性と森羅万象なんだそうです。日本の森羅万象の中で育まれるクリエイティビティが日本の食の中には凝縮されていて、その最たるものが「旨味」だと思います。食の大学院みたいな、世界から集まってくるシンクタンクを日本につくるべきだと思います。
古田氏
地産地消じゃなく地産継承という言葉を最近使っているのですが、ヨーロッパでミシュランの星をとるお店は全部ローカルです。日本は、生産者はローカルにいても、それを使う人たちがみんな東京に出てきてしまう。地方の限りある条件の中で地域性や旬を生かすことは、食材に限らず、器やデザインなど、いろいろなアーティストたちが関わってこれから可能性が広がる分野ではないかと思うんです。
さまざまな局面に光を当てる
質問者:B
低所得者の人たちや世界レベルでの人口増大による食糧難を考えると、効率よく大量に食糧生産する観点も求められてくるのでは。
藤田氏
原則は、それぞれの国が自給すべきだと思うんです。日本にはまだまだ田んぼや畑も余っているのに、それを使わないで海外から安い農産物を入れています。世界の10億人が飢えていて、さらに人口が増えていくわけですから、農地がある国はきちんと農業をする努力をすべきだ、それは世界に対する責任だと思いますね。
あとは、どういう生き方をするのかということに関わってくるとは思うのですが、日本の農家の人たちが生きていけるだけの価格は保証してあげることが前提です。
食が生活文化として守られるためのプラットフォームを
竹村氏
スローフードの本場にある「食の大学」では、扇の要に食という概念を置き、医学、生理学、文学、哲学、介護学、医学、社会学などに絡めて広げています。
ここ丸の内が、スローフーフードの拠点、イーティング・デザイン・ミュージアムになっていけば、市民農園的な部分も含め、われわれがどういう生産過程にコミットしていくかのデザインや、パレスチナのオリーブオイルのように食を通じて世界とどう関わっていくのかというデザインも可能です。
楠本氏
外食産業が、食を中心とした生活文化産業の1つのユニットに変化していくためのプラットフォーム、あるいはシンクタンクというコミュニティプレイスが絶対に必要だろうと思います。
イギリスのチェルシーに、カフェとデリとレストランに加え、自家製アロマオイルを使ったスパもやっているデイルズフォードという農家さんの店があるのですが、そういった日本版の生活文化産業の場があればいいですね。
藤田氏
古田さんや楠本さんのような若者が、農業をある種のデザインやブランドにして都市の人たちとつながっていけば、農業も開かれ、新しい力を得られるのではないでしょうか。
古田氏
ブータン国王の姿勢からコンセプトを受け取り、みんなが行きたいと思うようになったように、日本が輸出すべきものは、そういったソーシャル・ヒューマンシステム・デザインだと私も思います。
竹村氏
日露戦争で勝ち、日本が軍事力で世界に認められた直後に、岡倉天心が英語で『茶の本』を出して世界に向けて呼び掛けました。間違えてくれるな。日本はアート・オブ・ライフの国であると。
日本は強いぞみたいな、そんな小さな差別化じゃなく、「世界にプラネタリーなカルチャーをつくっていくために贈与できるOSがこれだけあるから、地球のためにお役に立ちます」と、丸の内が21世紀のアート・オブ・ライフをプロデュースする拠点になっていくことは、重要なミッションです。
2012年に向けたひとつの宿題として、言挙げして終わりたいと思います。
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