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【レポート】金融が仕掛ける、観光・移動で一歩踏み出した地域活性化

BFL地方創生セッションvol.5 「金融から始まる地域連携」2017年11月30日(木)開催

金融の力で地域を活性化しようとする取り組みは、地方銀行のみならずいよいよメガバンクでも行われるようになりました。しかし、実体のある活動を支援し加速させていくいくのは、どこも苦労しているのが現状です。NTTデータがプロデュースするBeSTA FinTech Labと3×3Lab Futureの合同セッションでは、金融、フィンテックを通して、いかに地方活性化、地方創生を実現するかをさまざまな角度から考えてきました。第5回はずばり「金融」をテーマに地方活性化を考えます。

テーマは「金融から始まる地域連携」。長野県の八十二銀行は、県北にある山ノ内町の温泉郷の活性化に積極的に携わっており、地域のやる気のある若者たちを巻き込んで「株式会社WAKUWAKUやまのうち」の取組みを進めています。今回は、WAKUWAKUやまのうちの活動のキーマン3人が登場し、金融から始まる地方創生の最先端を語ります。

登壇者は、WAKUWAKUやまのうち監査役で、八十二銀行の本部で観光・地域活性化を担当する中尾大介氏、WAKUWAKUやまのうちの代表取締役の岡嘉紀氏、同取締役で飲食事業部長、レストランHAKKO経営者兼シェフの君島登茂樹氏の3名。講演の後は、長野県庁のキーマンの一人である倉根明徳氏、WAKUWAKUやまのうちと提携し、旅行商品を使って地方を応援するWILLER株式会社の宿谷勝士氏も加わってのパネルディスカッションも行いました。

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なぜ金融が地域活性化するのか

なぜ金融が地域活性化するのか

八十二銀行・中尾氏

まず中尾氏が山ノ内町の概要と、八十二銀行が本取り組みを始めた経緯などを紹介しました。

山ノ内町は長野県北部に位置し、志賀高原、北志賀高原、9つの温泉からなる湯田中渋温泉郷を持つ県内有数の観光地として知られる町です。近年では冬になると温泉に入る「スノーモンキー」(地獄谷野猿公園)が外国人観光客の間で人気となり、ニュースとなることも少なくありません。人口は約1万3000人、旅館などの老舗の施設も多くありますが、人口減に伴う担い手不足や後継者不在による事業継承の問題も表面化。観光資源が豊富で、スキー、温泉、旅館等さまざまな事業者がいますが、「なかなかまとまった動きができていなかった」と中尾氏は説明しています。

スノーモンキーで外国人観光客は増えたものの、観光客数は1990年頃に迎えたピークに比べ、半数程度に落ち込んでいます。
「県全体でも減少しているがそれを上回るスピードで減少してきた。団体旅行から個人旅行へシフトしてきいることに十分対応できていないことも原因のひとつ」(中尾氏) 後継者不足とともに働き手の不足も顕著で、満足なオペレーションができない状況も生まれています。十分な設備投資も出来ず、運営・メンテナンスも不十分になるという悪循環が生まれていました。

中尾氏によると、長野県の宿泊施設数は全国1位ですが、稼働率は35%で全国最下位。温泉地の数は北海道に次ぐ2位を誇りますが、人気ランキングでは、15位以内にひとつも入らないという状況です。我々が考えている以上に、「選ばれていない」実態があります。

八十二銀行がこの山ノ内町の活性化に乗り出したのは「地域の元気がなくなれば、ゆくゆくは金融もビジネスの機会がなくなってしまう」という危機意識からだったそうです。
「個別の事業者とは話をしてきたが、では地域を面でとらえたらどうなのか。ちゃんと地域に入って一緒に考えようということから始まった」(中尾氏)

「観光」を軸に置いたのは、長野県に観光地が多く、観光立県を謳っていること。また、観光産業は裾野が広く、産業としての成長性にも期待できるためだとしています。そして、その資源が豊富な町として山ノ内町が選ばれることになりました。

金融が観光活性化に関わるうえでの「目指す姿」として中尾氏が説明したのは、「あくまで主役は地域の人材」であり、地域金融機関は積極的な黒子になり、「地域とともに創っていく」役割を果たすということ。「賑わいのきっかけづくり」、「リスクマネー供給による創業支援」、「経営人材育成による新陳代謝促進」の3点を掲げて取り組みが始まりました。

必要なのは「ヒト・ヒト・ヒト」

山ノ内町の観光資源のひとつ、スノーモンキー(地獄谷野猿公園)※山ノ内町観光連盟のサイトより

八十二銀行の取り組みは2013年に調査から始まり、2014年には地元事業者たちと合同会社を設立、同年10月にはREVIC(地域経済活性化支援機構)と八十二銀行が提携するなど、周辺環境は整ってきたものの、「これ」という活動へと繋がらない日々が続きました。中尾氏は「まちづくりを始めるには何よりも『リアルな担い手』がいなければいけないことに気付いた」と当時を振り返ります。

ブレークスルーとなったのは、地元で事業を始めようとしていたワカモノとの出会いでした。地元ホテル経営者の次男・西澤良樹氏が海外修行を終え、宿泊業で独立しようと2014年に帰国。中尾氏が偶然その西澤氏に出会ったことで、プロジェクトが一気に具体化していきました。

2015年3月には、REVICと八十二銀行が中心となり、観光業へ投融資を目的とした「ALL信州観光活性化ファンド」を設立。同ファンドの投融資を受ける形で、WAKUWAKUやまのうちは同年8月に株式会社化し、山ノ内町活性化の活動がいよいよ本格的に動き出します。

中尾氏は地域活性化のキーとなるのは「本気のやる気と覚悟のある人材、だと思う」と言っています。
「金融は主体者にはなれない。あくまでも地元で覚悟を持ってやる人が主役でなければ、物事は進まないし意味がない。ここでいう覚悟とは何か。分かりやすく言えば将来借金を背負う覚悟のこと。よく『ヒト・モノ・カネ』と重要だと言われるが、最近では『ヒト・ヒト・ヒト』と言い換えている。」(中尾氏)

また、「あくまでも私見として、自戒を込めて」と付言したのが「地域活性化で銀行員に足りてないスキル」です。BFLに集まる金融関係者なら耳をそばだててしまうテーマでしょう。中尾氏は「取引のない人とのコミュニケーションスキル」、「プレゼンテーションスキル」、「仕事を創り出すスキル」、「リスクマネジメントスキル」、「仕事を楽しむスキル」の5点を挙げています。
「もともと銀行員は決められたルールの中で、決められた商品を、取引前提で売ることしかしてこなかった。銀行員は情報を持っているなんて言われるが、地域活性化に役に立つ情報や人脈を持つ人材も少ない。地域にリアルに入り込み、思考や意識を変えていく必要があるだろう」(中尾氏)

まちづくり、ひとづくり、情報発信を一体で

WAKUWAKUやまのうち・岡氏

その後、岡氏から山ノ内町での活動についての詳細のレポートがありました。現在、目抜き通りに5店舗を展開しており、うち3店舗がWAKUWAKUやまのうちの直営、2店舗がサブリースとなっています。ALL信州観光活性化ファンドからの融資は、新たに立ち上げた中間会社「WAKUWAKU地域不動産マネジメント」で受け、物件も同社が所有あるいは賃貸管理。その物件をリノベーションしたのち、WAKUWAKUやまのうちにや外部事業者に賃貸する形で事業を展開しています。

「個々では融資を受けられない、小さな物件ややる気のある若者をまとめて支援できる体制を整えた」と岡氏。直営店舗はビアバー・レストランの「HAKKO(はっこう)」、カフェ&スペース「CHAMISE(ちゃみせ)」、低価格帯の宿泊施設「AIBIYA(あいびや)」。サブリースで出しているのはホステル「ZEN」、内湯旅館「加命の湯」の2軒。前者は奥さんの地元近くで子育てをしたいと海外より信州へ移住した若手経営者が運営する。後者は地元老舗旅館に勤める若手社員夫婦が手がけています。これらは、2013年からの調査で町に欠けていると言われてきた機能を実装するためのものでもあります。

こうした活動を、岡氏は「まちづくり、ひとづくり、情報発信を一体で行っている」と説明。まちづくりでは、WAKUWAKUやまのうちがフロントとなって地元と積極的に交流し、新規事業を始めるときのハレーション緩和に努めます。人づくりでは、やる気のある若者を集め、ファンドの期限をめどに自立するための経営ノウハウを伝えていきます。

「人材育成では失敗も多い」と岡氏は話しています。やる気のある人を雇っても、途中で投げ出してしまう人もいないではない。岡氏は「やる気といっても、将来に人を残す、地域に事業を残す、という大きい目標をもって取り組んでくれる人でないと、なかなか根付いてくれない」と分析します。「結論としては、広い視野を持った経営者人材を育てるしかない、ということになる。まちづくり会社という組織をつくることを目的にするのではなく、あくまでも手段としての組織を運営していくという考え方が大切」と指摘しています。

情報発信については、3つのステップで進めています。ステップ1は「地域内外に知らせる」。まずは自分たちの活動を地元に理解してもらうことで、その後の活動が発展しやすくなります。ステップ2は成果を出しながら実績を作るフェイズ。旅館などのハードを整備した後、滞在コンテンツやツアーなどのソフトを揃えていく。その繰り返しで実績を作り、次のハード設備の投資を準備するという循環を作りたいとしています。ちなみにマーケティング的には、スノーモンキー×外国人観光客を起点に滞在環境に投資し、温泉や竜王高原山頂の「ソラテラス」も活かしながら「国内の女性客」にも波及させていくのが次のステップであるとしており、現在WILLERと提携した商品開発が実を結びつつあることも紹介しています。そしてステップ3が自立を目指すフェイズです。ここまでのパブリシティは、観光庁の予算も使っており、山ノ内町全体のプロモーションとして行っていましたが、今後はそれぞれで経営も自立していくことも求められています。

WAKUWAKUやまのうち/レストランHAKKO・君島氏この後、飲食事業部長の君島氏から、直営店3店舗の詳細の解説があった後、岡氏から改めて取り組みの成果と課題の提示がありました。

成果として語られたのは「新しい動きが増えてきたこと」。 「因果関係は分からないが、WAKUWAKUやまのうちがお店を出した後、周辺で新しいお店の出店が増えた。誰かが動きをリードすると、自ずと周囲に動きが出て、自立化の兆しが見え始めるのではないか」(岡氏)
また、WAKUWAKUやまのうちとしての売上も、短期的には変動はあるものの上昇基調です。
「どうしても夏は下がる傾向にあったが、今年の夏は施策が奏功してどうにか黒字化。ソーシャルベンチャーとしてどのような収支が望ましいのか検討しながら、今の3期目で黒字にしていきたい」(同)

課題としてまず挙げたのは「利払いがキツイ」こと。不動産調達の資金はファンドからの融資で賄っており、その金利は家賃に転嫁されてWAKUWAKUやまのうちが負担することになるので、その圧迫がきつくなっています。また、カフェの経営が低調であること、本格的な集客の次の一手に欠けていること、現在の人材に続く、次の「ひとづくり」にどう取り組むかも検討事項だとしています。これらの課題については、まさにこの日のセッションで何かヒントを見出したいとも話されました。

参画者の立ち位置こそ成功の分かれ目

WAKUWAKUやまのうちの3者からの講演につづいてパネルディスカッションを実施。長野県庁の倉根氏は「地域のしがらみのように、県庁内部にもしがらみがある。それを超えて行政が積極的に地域活性化できる道筋を探したい」と挨拶。また、WILLERの宿谷氏は同社が移動イノベーションで地域を元気にする事業を展開していることを紹介し、WAKUWAKUやまのうちとの協業では、「東京発1泊2日、往復高速バス代+長野電鉄のフリ乗車券、宿泊などが8,800円~」というプランを発売したことも併せて紹介しています。

ディスカッションでは、まず「しがらみ」についての議論がありました。地域内のしがらみは、東京から地方を応援するときになかなか見えず、それでいて高いハードルになるもの。これをどう超えるかは、興味深い点です。

これについて中尾氏は、「朝起きたらなくなっていないかなーと考えた時もあった」というくらい、切実で困難な問題であることを話しつつも、「同時に、歴史に根付いて地域を守ってきたものでもある。だからしがらみを超えるとか消すとか考えずに、まずは自分たちが活動してみせることが重要ではないか」と回答しています。また、倉根氏も「行政のしがらみ」が、同時に「地域の信頼」を生み出すベースになっているとの見解を示し、一方的にしがらみを壊すのではない、バランスをとることの重要性を指摘しています。

(上)長野県庁・倉根氏。(下)WILLER・宿谷氏旅行客の動向については、宿谷氏が外国人旅行客では「FIT(Foreign Independent Tour。個人旅行と同義)」が増えていること、東京・大阪などの大都市部に長期宿泊しながら、日帰りで京都や東北の観光地、富士山などへ出かけているケースが増えていることを紹介。WAKUWAKUやまのうちでも、そうした個人の外国人旅行客を拾うためにさまざまな施策をしてはいるものの、「個人のニーズに応えられるほどの『深掘り』や、情報提供がまだできていない」状況であることに気付かされた、というエピソードなども語られました。

会場からの質問では、市民参加型のまちづくりで知られる小布施町の若者会議のスタイルを取り入れてはどうかという議論が行われるなど、まちづくりに向けて積極的な意見交換が行われました。

セッションの終わりに登壇者から一言ずつ。宿谷氏は「地域活性化は熱い思いを持つ人と」と要望を述べています。「こちらも路線をつくるとなると当然リスクを負うことになる。それはもう一緒にやりたいと思えるかどうか。熱い思いをもって、新しいコトを起こしたいと考える人と一緒にやりたい」。
倉根氏は行政との関係値についてアドバイスしています。「行政の方向性と合っていないために、行政が応援できなくなってしまうことがあって、それでは両者が不幸になる。行政がやりたいことと予め照らし合わせてもらうことが重要では」と倉根氏。過去に県内では、住民合意を経て再開発が決まったエリアで空き家を生かした地域活性化が始まり、行政が乗りづらいということがあったそうです。

岡氏、中尾氏からは「一言ではなく、お願い」。「都心部のみなさんのアイデアはぜひほしい。センスの良いアイデアはほしいが、ぜひ現場のリアルを一度見てほしい。支援というよりは一緒に商売をする、そんな視点で見てほしい」(岡、中尾氏)。

現地へ行くこと、アクションを起こすことの大切さ

その後、(1)感想のシェア、(2)WAKUWAKUやまのうちへのアイデアについて話し合うテーブルワークも行いました。ワールドカフェ方式で、3ラウンドを実施。傍で見ていても次第に熱を帯びていく様子が見て取れました。3ラウンドでは、(3)自分が関わるなら、どのような役割を担うのか、という問いも加えられ、自分ごととして考えるようリードもしています。

セッション終了後には、各テーブルからアイデアのシェアがあり、「地元でコンシェルジュを育成する」「(地獄谷の猿で)京都大学の霊長類研究所と連携する」「体験型ツアーの開発」など、さまざまな意見、アイデアが披露されました。そのうち、実に金融らしかったのが、「キャッシュレスの決済システムを、BFLをプラットフォームにして作り、山ノ内町に提供する」というものでした。地域のペインと、BFLのシーズをうまく組み合わせたアイデアと言えるでしょう。
このほか、長野県内で学ぶ大学生の姿も見られ、彼らが取り組む地域活性化の活動を紹介するなど、セッションは大いに盛り上がって幕となりました。

終了後、取材に答えて岡氏はワークショップでシェアされたアイデアに「いくつか参考になった、実現したいと思えるものがあった」と話しています。また、東京のこのような施設、コミュニティと関わることについての可能性も高く評価。
「山ノ内町に来てほしいのはもちろんだが、逆にこちらのスタッフや経営者人材が、ここに来て交わることで得るものはすごく大きいと感じた。東京のみなさんはITでもプロボノでもいくらでも絡む方法はあると思うが、ビジネスとしてどうなのかという厳しい目で見てほしいとも感じた」(岡氏)

司会の田口真司氏(エコッツェリア協会)が山ノ内町の取り組みを「一歩踏み出している点が素晴らしい」と評価しているように、これからの「地方創生」に必要なのは、プロデューサー的に議論している人材ではなく、アクションする人でしょう。BFLにはそのためのプラットフォームとフィールドが用意されています。

※BFL地方創生セッション  これまでの開催レポートはこちら  vol.1 (1) | vol.1 (2) | vol.3 | vol.4


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