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【レポート】政策分析セミナー「新成長戦略の評価と今後の課題」

2014年7月5日(土)14:00-16:00 (政策分析ネットワーク主催)

新成長戦略を読み解く「解説」

7月5日、3×3Laboで「政策分析ネットワーク」、ヤフー株式会社共催によるパネルディスカッション「新成長戦略の評価と今後」が開催されました。6月末に公表された安部内閣の新成長戦略の内容を吟味し、今後の課題を検討するというもので、パネラーには慶応大学教授の竹中平蔵氏、東京大学教授の伊藤元重氏(現政策分析ネットワーク代表)、日本経済新聞論説委員の関口和一氏の3名を迎え、ヤフー株式会社執行役員社長室長、別所直哉氏がモデレーターを務めました。当日は会場に200名を越す来場者がつめかけ、ヤフーではストリーミングによるライブ中継も行われています。

今回は、新成長戦略として結実する前段階のキーパーソンである竹中氏と伊藤氏が同席するというまたとない機会。政治家、官僚に対して厳しい意見を述べる「評価」の場であるとともに、新成長戦略成立の背景や、メディアには流れないその政治的意図などが語られる「解説」の場ともなりました。
また、もっともシビアな観点から戦略を評価するプレス側のキーパーソンも同席していたことから、新成長戦略に対するメディアからの種々の反論に対して疑義が提示されるなど、非常に多様な意見が活発に交わされました。

本パネルディスカッションは、7月22日からヤフーのサイト内で動画がアーカイブとして公開されているため(Yahoo! JAPAN政策企画 熟論 日本の課題)、詳しくはそちらをご覧いただくとし、 ここではそのダイジェストとして、パネルディスカッションのポイントを整理しておきたいと思います。

岩盤規制への挑戦を骨抜きにしないために

内閣府で6月に発表した「日本再興戦略」の概要(内閣府のサイトより)

まず確認しておきたいのは、今回の新成長戦略の改訂版で掲げられた次の一文です。

「この1年間の変化を一過性のものに終わらせず、経済の好循環を引き続き回転させていくためには、日本人や日本企業が本来有している潜在力を覚醒し、日本経済全体としての生産性を向上させ、『稼ぐ力(=収益力)』を強化していくことが不可欠である。......(中略)......最大のポイントは、企業経営者や国民の一人一人が自信を取り戻し、未来を信じ、イノベーションに挑戦する具体的な行動をおこせるかどうかにかかっている。岩盤規制に穴を空け、どんなに企業や個人が活動しやすい環境を整えても、経営者が『稼ぐ力』の向上を目指して、大胆な事業再編や新規事業に挑戦しなければ、いつまでも新陳代謝が進まず、単なるコスト抑制を超えた、日本経済の真の生産性の向上にはつながらないのである」(内閣府『「日本再興戦略」の改訂について』より)

戦略では、
(1)日本の「稼ぐ力」を取り戻す
(2)担い手を生み出す
(3)新たな成長エンジンと地域の支え手となる産業の育成
を3本柱に、10項目の「挑戦」が掲げられています。そして、その挑戦への起爆剤になるのが、「岩盤規制」と呼ばれる根強い規制の数々に踏み込んだ規制緩和ということです。

しかし、冒頭、モデレーターの別所氏から指摘があったように、今回の新成長戦略が「農業、医療、雇用などの岩盤規制に踏み込んだと一定の評価を受けつつも、結局かすりキズをつけるだけで終わり、骨抜きにされるのではないかという懸念も」あります。

手始めの評価として、パネリストそれぞれからも「海外からの評価が非常に高い」(竹中氏)、「ディマンドサイドの即効性の高い施策」(伊藤氏)、「発射台が整い、あとはロケットを飛ばすだけ」(関口氏)と、一定程度評価するコメントが出る一方で、「岩盤規制に対しどんなドリルを、どんな角度で、どれくらい力強く当てるのか。これからの議論が非常に重要である」(関口氏)という今後に向けた議論の必要性が強く訴えられました。

そして、特に岩盤規制として根強い「法人税」「コーポレートガバナンス」「雇用」「農業」「医療」の5つを議題として、今後の議論のポイントを探りました。

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岩盤規制にどう穴を開けるのか

「法人税」――明確なメッセージ性を

当日の別所氏のプレゼンテーションから

法人税率の引き下げが目指すもののひとつは、伊藤氏が指摘するように民間投資を喚起することです。海外の投資家からも注視されており、国内への投資喚起だけでなく、国内企業の流出防止、外国籍企業の国内参入も促すものとして期待されています。

この引き下げについて、戦略では「数年以内に20%台」と示されていますが、「果たして何年以内に何パーセントにするべきなのか」が争点になるでしょう。竹中氏は「成長戦略的には1年で20%が理想だが、それは難しい。強いリーダーシップを持って法人税率引き下げにたどり着いたが、それはいわば"同床異夢"であり、その率、時期については、これからさまざまな関係者でバトルが繰り広げられる」と指摘。関口氏は「国内企業の流出を食い止めるという意味では最低でもドイツなみの29%台。海外からの誘致を求めるなら、アジア諸国との比較で25%以下にする必要がある」と具体的で厳しい意見が出されました。

パネリスト3者に共通していた意見は、「強いメッセージ性を持って断行する必要がある」という点です。「2%ずつ段階的に下げるのではなく初年度にガンと下げる」(竹中氏)などしなければ、海外からの投機筋にはビビッドに反映されにくいというのです。ITに強い関口氏はアイルランドが10%にまで下げ、先端技術企業を誘致した例を挙げ「ズルズルとやるのは駄目」と指摘しました。

一方で、法人税率引き下げに対してよくある反論として「代替財源はどうするのか」という議論があります。これに対して、伊藤氏からは「成長のインパクトを求める意味で強いメッセージ性が必要である」ということと、「代替財源の議論は消費税なども含めた広い議論の中でする必要がある」と発言がありました。「もし社会保障の財源も含めて議論していたら、これほど短期で決まることは決してあり得なかった。あえてターゲットを実効税率に絞ったことで、ここまで早く進めることができたのではないか」(伊藤氏)。

岩盤規制の難しさはプレイヤーの多さに起因する面もあります。絞りこんでターゲティングすることで、そこに鋭く穴を穿つ。そして、それを内外に明確にアピールする。それが法人税率の引き下げのポイントといえそうです。

「コーポレートガバナンス」――グローバルスタンダードで代謝賦活

コーポレートガバナンスは、戦略では「稼ぐ力」を取り戻すための施策に位置づけられています。具体的には「国際的にも通用するコーポレートガバナンスコードを策定し、運用する」ことが定義されていますが、一般人にはなじみのないもので、関口氏が指摘するように「コンプライアンスと混同している人が多い」と思われます。竹中氏によると、経・財界からの反発がもっとも強いのもこの部分で、このコーポレートガバナンスを理解することで、新成長戦略が必ずしも一般に報じられるような大企業優遇のものでないことが分かるでしょう。

背景にあるのは膠着化し「収益性の低い"悪い企業"が居座り、"良い企業"が参入できない」という新陳代謝の悪い現況です。「日本は欧米に比べ開業率も廃業率も悪い。極端に言えば"兄貴分"が社長になり、"弟分"が取締役になり、経営状態が悪くなっても社長が辞めさせられない、廃業することもできない。悪い意味で居心地が良い、このような環境を廃し、もっと緊張感を持って経営しなければ企業は強くならない」と竹中氏は指摘します。

そのために必要なのは、例えばアメリカで見られるような「内部の利益と関係のない、独立した社外取締役」の存在です。欧州では一部取締役の半数以上を社外取締役にすることが義務付けられています。日本でも60%以上の企業で社外取締役を任用していますが、人数の規定はなく、義務でもありません。「2年後の会社法の改正に向けて、努力義務からさらに義務化へと進めていくべき」と竹中氏。「稼ぐ力」を取り戻すために経営陣も厳しく現状打破に臨む必要があるということでしょう。

「株式の相互持ち合いの禁止」も重要な要素です。企業同士が株式を持ち合い、相互不干渉を約する慣習は健全なコーポレートガバナンスを著しく損ないます。株式の相互持ち合い禁止は、ドイツが経済を盛り返すことに成功した要因のひとつとも言われているそう。「海外投資家たちも、コーポレートガバナンスを法人税と同じくらい重要視している」と竹中氏。「難しいといわれるところだが、世界中で今トライしているのがここ」と語り、日本経済再生の重要な手立てであるとしています。

また、もうひとつの切り口として「イノベーション」との関連が伊藤氏から指摘されています。「イノベーションには大きく分けて『改良型』と『破壊型』がある。前者は既存のモノの質を高めるイノベーションで、例えばより薄いテレビ、より燃費の良い車などが挙げられる。『破壊型』は既存のものを破壊して新たなモノを作るということで、本からKindleへ、walkmanからやデジタルへスライドするようなものを指す」。後者の「破壊型」のほうがよりイノベーティブで社会的インパクトも大きい。しかし、それを担うのは新陳代謝の激しいベンチャー企業の一群なのです。「日本企業の平均寿命は12年。アメリカの6年の倍。開業率が非常に低いために、ベンチャー企業が活性化しない状況がある」。

伊藤氏の言葉を借りれば、「失われた20年」の間に日本の企業は世界の動きから完全に取り残されてしまいました。世界で戦うためには、国際標準のコーポレートガバナンスを施行し、新陳代謝を高めていくしかないということなのです。

「雇用」「農業」――誰も指摘しない「現実」との乖離

実る田の横にある手付かずの休耕田。全国にはこのような風景がいたるところに広がっている(写真はイメージです)[む/PIXTA(ピクスタ)]

共通の、きわめて根深い構造的な問題を抱えているのが「雇用」と「農業」です。それは「今ある現実に即していない」面が非常に多いということ。

雇用を巡っては外国人労働者の受け入れ等の問題もありますが、今回は主にホワイトカラーエグゼンプション、「労働の多様化」についての議論となりました。竹中氏は言います。「時間で計る労働はもちろん重要だが、一方でプロジェクトやレポートなどの具体的な成果で購われる労働も増えている。知識産業が広まるほどこの傾向は強くなるのだから、これを認めようではないかということ」。

労働基準法が制定されたのは昭和22年。その後1980年代に2回、2000年以降にも2回改訂が加えられていますがそれは「パッチワークのように対応したもの」(別所氏)に過ぎず、本質的に労働法制は、大きく変わりつつある産業構造に対応できていないのではないか。新成長戦略が問いかけているのはそういう問題なのです。

「労働を時間で計るのは、かつての"ものづくり日本"の形ならベストだったが、メーカー大企業でも8割がホワイトカラーになった今、運動会方式の労働形態で本当に国際的な競争力を持てるのか」と関口氏。労働形態だけでなく労働法制を決定する機構のあり方を含め、「今のままで本当にいいのか」。

農業は「攻めの農業」「強い農業」を目指すことが掲げられています。休耕地の拡大、後継者(担い手)不足を背景の課題としながらも、6次産業化を含め特色ある農業の開発と国際的な競争力の獲得が求められています。

農業における岩盤規制の議論では、伊藤氏からの指摘が非常に示唆的です。氏が深く関わったTPPの議論の中で、「経済活動としての農業の中心にいる人たちは"TPPこそチャンスだ"と話していた。ここで考えてほしいのは、岩盤規制がこうした現実の動きを止めてしまっているのではないかということ。20年前はこんな議論はなく『ウルグアイラウンドが......』なんて話しかなかったことを考えると、どんな政策に落ちるかは分からないながらも、現実の大きな動きを大事にしてほしい」。

農業を守る岩盤規制はいったい何を守っているのでしょうか。そして何を阻んでいるのでしょう。「日本の1/9の面積しかないオランダが世界2位の農業輸出国になっているのはなぜか。日本もそうなれる可能性があるはず。健全な競争の中でイノベーションを生み出す、その入り口に今立っているのではないか」(竹中氏)。こうした議論は、農業を巡る「現実」をもう一度見直す良い機会となるに違いありません。

「医療」――健全性の定義と議論が鍵に

レセプトの完全オンライン化への道は遠い(写真はイメージです)[Ushico/PIXTA(ピクスタ)]

医療分野における成長戦略では、かつてない超高齢化社会の到来を踏まえ、「健康産業の活性化と質の高いヘルスケアサービスの提供」が掲げられています。健康寿命の延長と医療費の削減を主なテーマにしながら、現実に落とし込まれる制度・施策は多岐にわたることになりますが、最大の眼目は混合診療の導入とICT化かもしれません。「既得権益」を持ち「強い政治力を持って規制改革を阻んできた人たち」との最大の争点がそこだからです。

この議論では「健全性」がひとつのキーワードになるようです。

「1979年の琉球大学を最後に、過去35年、この国では新しい医学部が作られなかった。医師の数はOECD加盟国の人口1000人当たり3~6人に対し、2人という少なさでありながら、医師数を増やしたくない思惑から新規参入が拒まれてきた。『新陳代謝』『稼ぐ力』を得るためには健全な競争力が必要だが、35年も新規参入がない業界が果たして健全と言えるだろうか」という竹中氏の指摘は至極もっともです。

もちろん伊藤氏が言うように「それでもGDPに占める医療費の割合が世界でも真ん中に収まっており、しかも世界有数の平均寿命を実現したのもまた、これまでの医療」であるのも事実。しかし、それを押してなお、「過剰診療、過剰投薬、重複診療など、不健全な医療が行われている」(関口氏)のも否定できないのもまた確かなこと。関口氏は、「『2010年までにレセプトの完全オンライン化』が掲げられたにも関わらず、『地域医療の崩壊を招かないよう』という一文が付け加えられたことによって完全に骨抜きにされた」と2006年のIT戦略会議の例を挙げています。医療を透明化し、健全な医療体制を築くためにICT化は確かに喫緊の課題ではあるのでしょう。

しかし、地域医療資源の枯渇や、医師の手技の格差などもあって、一元的にICT化や公平な競争の導入を進めるのが難しいことも分かります。ここで必要なのは果たしてどんな医療が「健全」なのかを熟議することではないでしょうか。伊藤氏が指摘するように「ここでの失敗は、これからの医療財政の破綻を意味する」。ぜひとも今、ここから、その議論をスタートしてみてほしいところです。

「自分の問題」として考える

パネルディスカッションを通して聞くと、一般に言われているような「政府が強権を発動」して新成長戦略を打ち出しているのではないことが分かります。多種多様なステークホルダーが乱立する中で、いろいろなものと戦いながらギリギリのバランスのうえに成り立っているのです。

そうした背景を知ったとき、新成長戦略、ひいては「政治」そのものが自分の問題になりはしないでしょうか。今回のパネルディスカッションが投げかけているのは、上からの評論ではなく「考えよう」という問いかけであるように思えます。「自分」は、複雑に織り成された「政治」に覆われているこの世界でどの位置にいるのでしょうか。そして、何を語るべきなのでしょう。ぜひとも映像を見て、考え、そして、それぞれが語っていただきたいと思います。


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