シリーズコラム

【コラム】「水辺の都市の復権」から見えてくる複合的なまちづくりの重要性

インタビュー:陣内秀信さん(法政大学デザイン工学部 教授)

水都とは、運河や水路、河川などが都市の形成や発展に大きな役割を果たしている都市。都市の多くは水辺に生まれ発展してきたが、近代化とともに都市から水辺が切り離されてしまった。しかしいま、機能性・効率性を突き詰めた都市づくりから転じて、改めて水辺の魅力を生かしたまちづくりが志向されるようになってきている。水辺の都市(水都)の復権を目指して、世界中の水都を研究している法政大学デザイン工学部の陣内秀信教授に、サステナブルな東京には水辺空間をどのように再構築すべきなのか、お話をうかがった。

水辺空間の機能転換でサステナブルな都市をつくる

-水都東京とサステナブルなまちづくりとはどう関係するのでしょう?

日本には水辺に個性的なまちがたくさんあり、前近代、近世には水辺には多様な機能があり、バランスがとれていました。生活水として生活を支えていたのはもちろん、漁業や染め物という工業もあった。まちの真ん中に荷揚場、倉庫、取引所などの物流機能があることで活気が生まれ、盛り場、名勝など遊びの文化も水辺で育まれてきました。

1964年の東京オリンピックに向けた開発で東京の水運は著しく損なわれ、かつての多様な利用法は失われた

ところが、時を経るごとに物流機能は外へ外へと出ていってしまった。東京では明治になって日本橋から深川や大川端に移り、昭和の初期くらいまではそのあたりに財閥の倉庫が並んでいましたが、そこから芝浦や品川の埋立地に移り、1960年頃からさらに外側の晴海や豊洲などのコンテナ埠頭に移ってしまいました。
そしていま、東京では人口減少社会を見据えて、サステナブルな都市づくりの必要性が叫ばれる中で、物流拠点であった水辺のエリアをどう変えていくかが大きなテーマになっているというわけです。

しかし、実態は民間の不動産市場に委ねてしまっているのが現状です。そうなると短期的に投資回収ができる再開発、つまりほとんどが高層マンションになってしまう。単調なまちからは新しい産業や経済活動が生まれてきません。
欧米の都市はこの機能転換を見事にやっている。世界的な優良企業が水辺に立地したり、ギャラリーやシアターなどの文化施設ができたりと、非常に多様で複合的な機能をもち、情報文化の発信拠点となると同時に、観光地としても多くの人びとを惹きつける水都がどんどん生まれています。
2020年に東京オリンピックが開催されますが、スポーツ施設だけでなく、その後のことを考えて、複合的にうまくやっていかなければ、サステナブルな東京は望めないでしょう。

都市機能の多様性・複合性は、
人間の多様性・複合性

-水都東京には、多様性・複合性がカギになりそうですね

そのとおりです。そもそも都市がサステナブルであるためには、都市空間そのものが複合的でなければなりません。この考えは、アメリカのジェイン・ジェイコブズが1961年に「アメリカ大都市の死と生」という著書で主張したものですが、もともと長い歴史を背負い込んでいるまちはみな複合的なんです。それが近代都市計画の単調なゾーニングで機能を分化し、スーパーブロックという大規模開発によって効率性を重視した結果、人びとの目が行き届かなくなり、犯罪の多発、治安悪化という弊害が起きてきたことへの批判ですね。彼女が子育てをしてきたマンハッタンの中心部には古いビルがたくさん残っていて、そこには多様な機能が入っていた。建築設計やデザイン、編集などですね。そういうところはおしなべて生産性が低いんですが、反面クリエイティブで活気がある。ところが、経済の論理、機能優先で高層ビルに置き換えてしまうと、大企業ばかりの画一的なまちになり、時代の変化に対応できなくなってしまう。サステナブルでなくなってしまうんです。

湾岸の高層マンションエリアはいずれダイバーシティを欠き「オールドタウン」化する運命にある(写真はイメージです)[barman / PIXTA(ピクスタ)]

ですから、都市の中でもともと多様な機能をもっていた水辺を、改めて複合的な要素としてとり込んで再構築していくことが、東京を将来にわたって魅力的で活力のある都市にしていくために求められている。これが水都東京を目指す理由です。水辺には人を集めるマジカルな魅力があるわけですから、多様な機能をもたせれば、まちづくりに欠かせないコンテンツとなります。

-多様性・複合性とは具体的にどのようなことでしょうか?

多様性・複合性にはさまざまな条件があり、建物の規模もその一つです。大きな建物と中・小規模なものが混在しているのがいいですね。2階建てのしもたや、町屋のような建物、路地も残ってほしい。日本橋の再開発ではCOREDO(コレド)室町2、3に老舗が入ったりして話題になっていますが、三井不動産はその裏手の路地のある空間も大切にしようと言い始めていますね。
スケールが多様になれば機能も多様になります。小さい物件はテナント料が安いので、昔ながらの飲み屋などが残りやすい。機能やアクティビティの多様性・複合性、それは人間の多様性・複合性につながっています。

再開発が進む日本橋。大通りの裏には小さな個店が残され、建物や店舗の多様性が残されている

たとえば、谷中が魅力的なのは複合的だからです。単なる下町ではなく、芸大や音大もあって山の手的なところもある。ハイカラでモダン。寺もある。寺には職人さんが出入りするでしょう。大学教授も落語家も住んでいます。外国人も惹きつける。あの多様性がいいんですよね。郊外にある大規模なニュータウンはその反対です。そしていま生まれつつあるベイエリアの高層マンション群も同じ。サステナビリティがなくて、将来は高齢化して困るのではないでしょうか。

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全体のビジョンを描いて動かす主体が必要

全体のビジョンを描いて動かす主体が必要

-水都東京の実現に向けて、どのような課題がありますか?

先ほども話したとおり、東京には大きなビジョンを描く主体がいないことが問題です。ニューヨーク、ハンブルク、ダブリンなど、どのまちでも大きな夢を抱いて面白いことをやっています。プランナーが構想を立て戦略的にターゲットとなるエリアを選定して、公共・民間・第三セクターなどが一緒になって資金を出してプロジェクトを推進しています。 公共側が全体を俯瞰しながら推し進めるということがないと、どうしても民間がデベロッパーとしてやれるところからやることになり、そこには公共性や平等性など市民の価値観が入る余地が少なくなってしまいます。ですから、東京では丸の内や大手町、日本橋、六本木、渋谷といった既に価値のあるエリアにさらに付加価値をつける再開発ばかりが目立つわけです。欧米では衰退したエリアを再生しようというアプローチで、まったく逆なんですね。

ニューヨークでは水運が市民の足としてすっかり定着している(写真提供:陣内教授)

-大手町では4月に日本橋川に沿って「大手町川端緑道」が整備され、水辺の魅力をまちづくりに生かそうという取り組みも始まっています

そうですね。少しずつではありますが、そういう動きも見え始めました。日本橋川といえば、東京都が京都・鴨川の川床のような「かわてらす」を社会実験として今年からスタートさせ、河川敷地を利用して飲食店がオープンしましたね。これは大阪の「北浜テラス」を参考にしたものですが、日本橋川がやりやすいのは周囲に反対するマンションの住民がいないことも大きいと思います。今年1月に隅田公園の一角に河川敷地を利用したオープンカフェができましたが、周辺のマンション住民の反対ですごく苦労したようですね。

【左】2013年秋にオープンした隅田公園のオープンカフェ、タリーズ隅田公園店。今年夏には、試験的に近くの船着場から出船する観光船でカキ氷の販売を開始するという(8月3日予定)。今後もさらに地域に密着しながら、環境問題にも取り組んでいくという。(写真提供:タリーズコーヒージャパン)【右】2014年3月に、東京都の社会実証実験「川テラス」として採用された日本橋の「豊年萬福」。川に張り出したデッキが、いわゆる「川床」のように機能している。(写真提供:ジェイグループホールディングス

そういう点でも、隅田川、大川端、ベイエリアなど水辺の工場や倉庫をコンバージョンするのがいいと思います。芝浦、品川ではそういう動きが少しありますが、隅田川や大川端は動いていません。水際に土地・建物を所有している会社がほとんど関心を示していない。欧米の都市の多くでは水辺の倉庫をコンバーションして利用するのに対して、日本ではすぐ解体してマンションに建て替えてしまいます。歴史的なものでなくても倉庫建築はコンバージョンするとかっこいい。レストランにしても天井が高くておしゃれになります。そういう可能性を知っている倉庫経営者が少ないですね。

もう一つの倉庫のメリットは船を着ける権利をもっていることです。規制緩和で船を着けられるようにすべきです。ヴェネツィアでは運河に面しているところは全部、自家用のゴンドラを着けつけられます。アムステルダムでもそう。東京もできるはずです。ヴェネツィアでは4つ星以上のホテルは水上タクシーを直接、着けられるようになっています。東京でも天王洲アイルのホテルには羽田空港から船で入れるようにすればいい。ボストンはそうなっています

出でよ!「クリエイティブ・ヤングピープル」

-水都東京を再構築するには、私たちにできることはありますか?

工業化時代が終わり、次に金融、ITがきてバブリーな時代をつくりましたが、東京にはその次がなかなか出てきません。「クリエイティブ・インダストリー」がキーワードになって15年が経ったいま、ヨーロッパでは芸術・文化およびクリエイティブ・インダストリーとまちづくりを一体化したクリエイティブ・シティがたくさん生まれています。文化的蓄積を背景に既存のものを生かしながら、新しい文化・コンテンツづくりが行われ、IT関連などの優良企業が立地しています。

日本は、アニメは世界一で、デザインや建築分野も力があるのに、みなバラバラです。東京がクリエイティブ・シティとして、魅力と活力ある都市になっていくためには、アーティストやデザイナー、建築家などのクリエイターと呼ばれる人たち、感受性が高くて構想力がある、そういう「クリエイティブ・ヤングピープル」が出てこないといけない。ヨーロッパでは、彼らがワークショップやパフォーマンスをしながら、まちの可能性を引き出す、問題を提起する、そして想いを共有するプランナーや建築家にビジョンを描いてもらい、市民を巻き込んで世論を形成して、住民投票をするんだそうです。それで行政を動かしていくんです。
そんなクリエイティブ・ヤングピープルは日本にはなかなか見当たりませんが、大阪にはいるんですよ。行政の中にもそういう人たちがいて、「水都大阪」という水辺の魅力によって都市を再生していこうというプロジェクトが進んでいます。

お茶の水渓谷

本当はね、都市の中に水が入っている状況や水辺の多様なあり方など、東京は世界一だと思うんですよ。神田川のお茶の水渓谷のような緑の渓谷は世界に類を見ないし、芝浦・品川あたりの広い運河が編み目のようになっているのも世界にはありません。そしてかつて江戸のまちが水都であったように文化的蓄積も申し分ない。ですから、大丸有エリアという、日本を引っ張るポジションにいる人たちには、クリエイティブ・ヤングピープルになって、水都復権に力を発揮してほしい。まずは自分が水辺の魅力を体感して、多様な人と交流し、友人や知り合いに働きかけて輪を広げ、できれば企業活動の中にもそういう要素をとり入れていくことができれば、水都東京に向けて歩みを進めることができるはずです。

陣内 秀信(じんない・ひでのぶ)
法政大学デザイン工学部建築学科教授。法政大学エコ地域デザイン研究所所長。工学博士。

1973年から75年までイタリア政府給費留学生としてヴェネツィア建築大学に留学。1976年ユネスコのロ−マ・センタ−を経て帰国。東京大学工学部助手・法政大学工学部助教授を経て1990年から現職。「水の都市」として東京を再評価する研究を推進し、世界の他の水の都市と比べながら、21世紀の水の都市として再生させるためのシナリオを考える研究を行っている。主な著書に
『シチリア―<南>の再発見』(淡交社)、『サルデーニャ―地中海の聖なる島』(共著、山川出版社)、『迷宮都市ヴェネツィアを歩く』(角川書店)、『南イタリア都市の居住空間』(編著:中央公論美術出版)などがある。地中海学会会長、都市史学会副会長。

法政大学デザイン工学部建築学科 陣内秀信研究室

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