シリーズコラム

【コラム】ヘルスケアビジネス、ビジネス化のフロントライン

インタビュー:三菱電機エンジニアリング 医療·福祉機器技術開発部チーフ・工学博士 水庫功さん

丸の内ヘルスケアラボにて、ストレングスエルゴとともに

「ヘルスケア」は、厚労省、経産省を軸に国を挙げての大きなムーブメントになりつつある。健康経営銘柄認定、神奈川県の掲げる「ME-BYO」など、自治体、企業もこぞってヘルスケアに参画。ヘルスケア産業は、薬、機器、介護など含め全体で20兆円にも上る市場規模があるという試算もある。

ヘルスケア領域が目指すのは「健康を長く保つ」ということだ。高齢化率が上昇し、慢性疾患も増加、医療費が国の財政を圧迫している。これまでの医療は急性期医療に代表されるように「病気を治す」ということに主眼が置かれていたが、これからは「病気にならない」「病気以前の健康状態を保つ」という発想が中心になってくる。日本の平均寿命は世界一ではあるが、アクティブに過ごす「健康寿命」で見るとそれほど長いわけではない。30歳から50歳にかけての健康意識の低さが生活習慣病の進行を許し、50歳以降に発症、70歳以降での要支援・介護状態を促進する。男性で平均9.8年、女性で13.0年の要支援・介護状態が現存する。

3×3Laboでは、こうした背景を受けて、「オフィスワーカーの健康」をテーマに、今年3月「丸の内ヘルスケアラボ」を3×3Labo内に開設。参画する企業が健康になるためのツールやソリューションを持ち寄り、オフィスと健康についての実証実験を行った。

その中心的役割を果たしたのが、三菱電機および三菱電機エンジニアリングだ。リハビリに使われる同社の運動療法器「ストレングスエルゴ」を、オフィスワーカーの健康意識の啓発、健康維持に利用するため、複数企業とコラボレーションしたソリューションを発案、ラボに設置し、ビジネス化しようと構想している。

今回、そのストレングスエルゴの開発者であり、医療・ヘルスケアにも造詣の深い水庫功氏に、今回の取り組みについて、また、これからのヘルスケアのあり方についてお話を伺った。

実証実験で見えてきた「ヘルスケア」の課題

3月上旬のヘルスケアラボの計測会の様子

-今回、三菱電機、シャープ、ドコモヘルスケアなどのメーカー数社に加え、関西医大とも組んだとお聞きしています。全体のフォーメーションはどのようになっているのでしょうか。

今回は、ストレングスエルゴによる脚力測定及び脚力年齢の自覚、平服のままで血圧・血管年齢などの測定ができるシャープの「健康コックピッド」を軸に、長期的なセンシングと分析を自然な形で行い、生活習慣病の進行度合いに応じてアドバイスを受けようという座組みになっています。とはいえ、これが初めての試みで、思いはそれぞれ違うところもありますし、やってみた結果をもとに、これから体制を固めていきたいと思っています。

今回の対象は健康意識の低い層です。普段運動していたりフィットネスに行っている人はもう十分健康(笑)。そうではない人をいかにして取り込むかなのです。今、生活習慣病にかかる医療費は全体で9.8兆円もあるそうですが、その原因の多くは暴飲暴食などの不摂生なうえ、高血圧や糖尿病などは症状がないまま進む「サイレント進行」なのが特徴なわけで、この取り組みを通して、生活習慣病を顕在化させ、意識させる、それが目的です。顕在化させるための環境を、オフィスの中にどう作るのか? それがこの取り組みのテーマなわけです。

-計測する、医療アドバイスをするという具体的なソリューションですが、実はその前段階の「健康意識の向上」が大きなテーマになっているということですね。

計測会では参加者がゲームを楽しむように脚力を測定した

2000年代初頭に取り組んだプロジェクトで、健康意識を持つ人は全体の2、3割しかないということを身に染みて感じたことがありました。そして、健康意識の向上には、実は「エリア」(地域活動)という考え方が重要だということも見えてきたのです。

今、多くの企業が出しているヘルスケア商品は基本的に"その人"のみを対象にしていますよね。しかし、意識の低い人はそもそもそういうものを買わないし、買ったとしてもなかなか続かない。ヘルスケア産業がビジネスとして難しい理由のひとつが、本当に普及させたい大多数の不健康な人たちの意識が低い、ということなんです。つまり、サービスを提供する側がそのレベルまでいったん降りていかないと成立しないんです。

「エリア」はその降りていく方法のひとつです。地域のみんなでやる、オフィスのみんなでやる。オフィスにそういう工夫を仕掛けることで、健康を意識するようになります。一度健康を意識させたら、今度はその効果を感じさせる。効果を感じたらまた少しは健康に気を付けるようになる。その繰り返しをやってくしかないんですよね。


ストレングスエルゴは、もともとは片麻痺などからの回復を図るリハビリ用の運動療法器だ。自転車を漕ぐ動作を行うことで、麻痺していた片側の運動機能が回復する。医学的にもエビデンス(明確な証拠)があり、全国400か所を超える病院で利用されている。
このストレングスエルゴは、脚力年齢を判定することができる機能もあり、運動能力から健康寿命を、ある程度推測することもできる。丸の内ヘルスケアラボの計測会では、参加者がお互いに脚力年齢の若さを競い、ランキングするなど、ゲーム感覚で健康意識を高めるように仕掛けられていた。


-今回の実証実験は4月でひとまず終了となりましたが、どのような数字で効果測定をするのでしょう。

実証期間中にどれくらい健康になったか、ということではなく、健康意識の向上が本質的な問題ととらえていますので、参加者数、参加率による効果測定が理想ではないかと考えています。

例えば、このビル全体で2000人いるとしたら、何割の人が計測に来てくれたか? そして、その延べ人数はどれくらいだったのかというサメーション(総和)がこのビルの健康度になるのではないかと思います。

「おい、俺はこれくらいだったけど、お前はどうだった?」とみんなで健康になる地域性を、ビルごとで行えるようになれば、健康度は加速度的に向上していくのではないかと思いますね。

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「健康」を「ビジネス」にするためのステップアップとは

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ストレングスエルゴでの計測結果。脚力は移動能力でもあり、健康寿命と強い相関関係があると考えられている

-丸の内ヘルスケアラボは、そのためのモデルケースと言えるのでしょうか。

そうですね。産業構造の中心が一次産業から三次産業に移り、オフィスビルにとどまって座りっぱなしという状況が当たり前になってしまい、生活習慣病が増えてしまった。それをどうやって昔のように体を自然に動かすような状態に戻すのか、ということを、丸の内という極めてワーカホリックな街で試してみる、というのは非常に意義のあることだと思います。本来であれば、総務部やビル全体の管理者了承のもと、ビル全体をターゲットにするのが理想ですが、今回、3×3Laboで行ったことで、次のステップに向けての手ごたえを得ることができたと思います。

-他社と協業することについて問題はなかったのでしょうか。

問題がある・ない、というよりも、ヘルスケアサービスは、一社だけでできるものではない、と考えています。ひとつの企業ですべての指標をコントロールすることはできません。大切なのは、「All for One」の発想で、すべての企業がひとりひとりの健康のためにデータを提供することが大切です。そのために通信やデータの規格も標準化するなどの取り組みも必要だと思います。

このため、現時点ではヘルスケアはビジネスになりにくいのも確かです。

別の角度から見ると、ヘルスケアが本当にビジネスになるかどうかの過渡期的な状況でもあります。9.8兆円の生活習慣病の医療費を、例えば1/3でも改善できれば3兆円浮くわけですが、それが本当にできるのかどうか?ということが問われている時期でもあります。それを明確にできれば行政も動きやすくなる、そういうタイミングで、各企業がエゴを出して競い合っても意味はない。これはヘルスケアの現場にかかわっている人なら全員が感じていることです。大きい企業の上層部ほどそういうところが分からないから、企業同士の連携がなかなか取れないというのが現状だと思います。意識変革と合理的判断こそ事業発展の本質ではないでしょうか。

-国、行政の動きが求められるところではないでしょうか。

この点、国の施策は遅れ気味という感は否めません。かつて厚生労働省の最大の課題は公衆衛生で、結核などの疫病対策が中心で、「ヘルスケア」という病気以前の環境作りを始めるのは遅く、生活習慣病対策を始めたのも1996年以降のことです。国、自治体、企業が一体となって、ヘルスケアのための環境を構築することが求められていると思います。それは何もITとか使う必要もないんですよね、本当は。企業で毎朝必ずラジオ体操をする、と決めるだけでも生活習慣病は必ず改善します。

-ヘルスケアをビジネス化するには少々時間がかかるということですね。

産業として成立するまでには20年はかかるのではないでしょうか。産業構造が変わって、生活習慣病が問題化するまで100年かかっています。まず、人々の意識を変えるだけでも少なくとも5年はかかるでしょう。文科省も巻き込んで、教育のレベルでも底上げをしていく必要もあるでしょうね。今の20代以下は、ラジオ体操を学校でやった経験がある人がどんどん減っています。また、厚労省を動かすにはエビデンスが必要なので、ひとつひとつ実証実験を重ねて、数字を出していくことも重要かなと思っています。一方で、今の40歳前後の現役世代に対しては、なんらかの現実的な処理も必要になっていくのだろうとは思います

-今後3×3Laboに期待することは。

3×3Laboでの2か月の実証実験で、ここに来ている人はストレスが少なく、心の健康状態が良いことが分かりました。また、健康についての知的好奇心を高く持ってくれる人が多かったことも特徴的だったと思います。心と体の健康を保ち、知的好奇心を満たしてくれる。しかも知的好奇心から集った空間で、自然な形で健康計測ができる。優れたテナント健康促進モデルケースとして、「丸の内を歩くと自分の健康を自然に理解できる。」こんなプレゼンテーションできると良いですね。今後、新しいソリューションを健康以外の知的手段による集客と併せて複数社で推進し、オフィスビル群の新しい価値として提案していきたいと考えています。その際に3×3Laboを一つの良い例として紹介できればと思います。

水庫功(みずくら・いさお)
三菱電機エンジニアリング 医療·福祉機器技術開発部チーフ・工学博士

1976年 慶大・工・管理修士卒、修論「高等生物胚分化の数学モデル」。
同年 三菱電機株式会社入社、エレベータを担当。96年に本社スタッフとして「高齢化社会における電機産業の果たす役割」を研究・企画。98年、科学的運動療法確立のため人の運動機能(下肢筋力)測定装置「ストレングスエルゴ」を開発し、人を運動で元気にする研究促進する。査読付き海外論文14、国内論文39(査読無400編)に研究・協力する。納入実績は、500施設(2014年3月末)に達する。 三菱電機の医療事業縮小に伴い、2006年三菱電機エンジニアリング株式会社に転籍し現在に至る。その間、2003年~2006年に、技術研究組合 医療福祉機器研究所春日井市分室長兼務し、日立製作所、松下電器産業、タニタ、オムロン、など12社を纏め、「家庭用健康測定機器の高度化と通信の標準化」を経済産業省支援のもと実施する。プロジェクトで集まったビックデータを解析し、2010年千葉大学より博士号取得する。他に「妊婦の遠隔医療装置」、「がん患者の緩和ケアー装置」、「ネットワーク血圧計」などを開発する。

三菱電機エンジニアリング
ストレングスエルゴ ※医療関係者向け

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