中村桂子(なかむら・けいこ)
1936年生まれ。東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。理学博士。国立予防衛生研究所を経て、三菱化学生命科学研究所入所。早稲田大学人間科学部教授、JT生命誌研究館副館長、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、大阪大学連携大学院教授などを経て、現職。最近の著書に、『生命誌の世界』(日本放送出版協会)、『「生きもの」感覚で生きる』(講談社)、『ゲノムが語る生命-新しい知の創出』(集英社新書)、『「子ども力」を信じて、伸ばす』(三笠書房)など、著書多数。
4. 価値観を変えるにはどうしたらいいか?
――ルネッサンスの人間復興に学ぶ
「価値観を変えるほど難しいことはない」――と多くの方はおっしゃいます。確かにそうです。でも歴史の中では、価値観は変わっていきます。その中で人間に注目して価値観を変えた前例に注目します。ルネッサンス・人間復興です。
人間復興で何が成されたかについてはさまざまな説がありますが、私が共感しているのは塩野七生さんの説です。塩野さんは、ルネッサンスを語る上で重要な人物としてアッシジの聖フランチェスコとフリードリヒ2世(神聖ローマ帝国皇帝)を挙げています。前者は鳥や草木など自然界のあらゆる生き物と心を通わすことができ、小鳥に向かって説教をしたという有名な逸話が残る人で、自然回帰、人間愛へとキリスト教を導いた方ですが、これまでラテン語で語られていた難しい説法を、すべて日常的に使うイタリア語に置き換えた人物でもあります。つまり、情報の共有を促した人物です。フリードリッヒ2世は、当時のキリスト教世界の概念に囚われることなく、権威であるローマ教会の命令に背き、イスラム圏と協調政策をとるなど、宗教を絶対視しない、すべてを宗教に任せないということを体現した人物でした。そして塩野さんは、このルネッサンスの人間復興により、以下の二つのことが大きく変ったと述べています。一つは、「なぜと問い、自分で考えるようになった」こと。もう一つは、「善・悪を自らの中に引き受ける」ようになったことです。
当時のヨーロッパ世界において神が悪いのではなく、教会の権威こそが問題であったように、現代も、科学・技術が悪いのではなく、それを権威づけて万能視してしまっていることが問題なのです。ルネッサンスは神との関係での人間復興でしたが、現代は生き物としての人間の回復です。そのためには、科学・技術万能の世界観から脱却して、科学・技術を相対化し、情報を共有する必要がある。そのようにして、自ら考え、善・悪を何かのせいにするのではなく自分で引き受けることができれば、価値観を変え、世界を変えることができるのではないでしょうか――。






















