中村桂子(なかむら・けいこ)
1936年生まれ。東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。理学博士。国立予防衛生研究所を経て、三菱化学生命科学研究所入所。早稲田大学人間科学部教授、JT生命誌研究館副館長、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、大阪大学連携大学院教授などを経て、現職。最近の著書に、『生命誌の世界』(日本放送出版協会)、『「生きもの」感覚で生きる』(講談社)、『ゲノムが語る生命-新しい知の創出』(集英社新書)、『「子ども力」を信じて、伸ばす』(三笠書房)など、著書多数。
5.機械論的自然観から生命論的自然観へ
――「自然は生まれるもの」である
では実際に、自然と人間と人工物による新しい世界を築くには、どうしたらよいか。これが、いま考えるべきことです。
17世紀以降、科学は機械論的世界観により成り立ってきました。その世界観を築いた代表的な人物といえば、ガリレオ、ベーコン、デカルト、ニュートンの4人です(伊東俊太郎著『近代科学の源流』)。現代科学の祖であるガリレオは、「自然は数学の言葉で書かれた書物である」と言っていますし、ベーコンは、「自然は操作可能であり、支配すべきものだ」と説きました。さらにデカルトは、「人間を含めて自然界のものは機械である」という機械論的自然観を提唱。ニュートンは、「自然界のすべてのものは粒子に還元できる」という粒子論的機械論を唱えたのです。そして現代の科学は、この機械論的世界観に立脚して、要素を還元していけば、すべてのしくみや謎を解明できるし、そのことから自然も支配できると考えて進んできました。
ところが、ニュートリノまで観測できるような時代になってみると、いくら要素を還元していっても人間や自然の本質はわからない、ということがわかってきました。もはや機械論的世界観では立ちゆかなくなってきたことは、誰もが認めるところです。
では次にくる世界観は何か。私はここで、「生命論的世界観」を唱えたいと思います。
生命論的世界観では、「自然は、生まれるものである」と捉えます。つまり、要素還元によって本質を見ること、数式で厳密に分析することだけでは捉えきれず、語り、描くことでしか説明できないような、複雑で曖昧な世界の理解の仕方を考え出し、その中での生き方を探っていくということです。
たとえば、宇宙は誕生したものです。アインシュタインは宇宙を不変と捉えていましたが、実際にはそうでないことがここ最近の研究で解明されつつあります。宇宙は137億年前に「無」から生まれ、インフレーション、ビックバンを経て、膨張を続けているわけで、まさに未知の状態から生まれてきたものです。しかも、宇宙の中で私たちが知っている物質はわずか4%ほどしかなく、暗黒物質と呼ばれる未知の物質が20%、残りの76%は暗黒エネルギーといわれています。この現象は、機械論的自然観では説明できません。
生物もそうです。地球上には数千万種類ともいわれる多種多様な生物が存在していますが、その祖先は38億年前に海で生まれ、進化してきたものです。その営みの中に人間も含まれている。まさに「含まれている」ということころがポイントなのです。機械論的自然観では、人間はその進化の営みの外から世界を眺め、自然をモデル化して見ていたわけですが、その世界に自らが含まれ、内から地球環境を見れば、どうすればいいか自ずと答えは出てくるはずです。
「現象学」を提唱した哲学者・フッサールは、「学問の危機は、学問が生に対する意義を喪失したところにある」と言っています。そして科学が扱う対象の世界を、「生活世界」(近代科学以降の科学的な世界観より以前からある、所与の客観的世界観)に求めた。哲学者の今道友信先生も、「人間的意識は時間的存在であるから、時間捨象の世界は人間機械化に至る」として、自然は材料になり、生命は機能になり、意識は反応になり、言語は記号になり、思考は工夫になるといった近代科学以降の世界観は、物事を矮小化するとして批判されています。こうした考えに、私は大いに共感いたします。
* 画像(下) 「生命誌絵巻」 協力:団まりな、画:橋本律子、提供:JT生命誌研究館






















