中村桂子(なかむら・けいこ)
1936年生まれ。東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。理学博士。国立予防衛生研究所を経て、三菱化学生命科学研究所入所。早稲田大学人間科学部教授、JT生命誌研究館副館長、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、大阪大学連携大学院教授などを経て、現職。最近の著書に、『生命誌の世界』(日本放送出版協会)、『「生きもの」感覚で生きる』(講談社)、『ゲノムが語る生命-新しい知の創出』(集英社新書)、『「子ども力」を信じて、伸ばす』(三笠書房)など、著書多数。
野城智也(やしろ・ともなり)
東京大学生産技術研究所教授、所長/「大丸有 環境ビジョン研究会」座長
1957年東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科建築科専攻博士課程修了(工学博士)。建設省建築研究所研究員、同住宅局住宅建設課係長、同建築研究所主任研究員、武蔵工業大学建築科助教授、東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学助教授、同生産技術研究所助教授等を経て、現在、東京大学生産技術研究所教授、同所長。
生命科学に時間と関係という概念を取り込むことで、生命の本質に迫り、人間とは何か、生命にとって環境とは何かを解き明かそうとする「生命誌」。中村桂子氏にこの視点から、まちにおける生物多様性を考える上での、現代人に求められる哲学を語ってもらった。
生命誌から地球環境問題を問い直す ―生命を基盤にしたまちと時代を築くために
中村桂子 JT生命誌研究館館長(新しいウィンドウが開きます)
一方で、大丸有地区は、「1000年続くまち」をスローガンに、従来の街づくりの発想を超えた視点から、「大丸有 環境ビジョン」を打ち出した。この環境ビジョンの研究会座長を務めた野城智也氏(東京大学生産技術研究所教授、所長)が、中村氏と「生命誌から見た都市の姿のあり方」をテーマに、科学技術のあり方や、1000年続くまちの哲学や価値観について、意見を交わした。
1.自然発生的なまちこそ住みやすい
――その土地の内在的な能力を生かすこと
野城: さきほどは大変興味深いご講演(新しいウィンドウが開きます)をいただきまして、誠にありがとうございました。地球環境問題に対して、私たちがいかにして取り組んでいったらいいか、大きな方向性を示していただくことができました。
さて、本日お集まりいただいているのは、まちづくりにご興味があったり、まちづくりの仕事に携わっていらっしゃる方たちで、その方たちへのメッセージとして、今後、どのように人工物やまちをつくっていったらいいのか、さらに議論を深めることができればと思います。ちなみに私自身は、人工物をつくっている最たる人間です。
最近、機械・生体系システムといって、さきほどお話に登場した循環性や組み合わせなど、生物がもつさまざまな特徴から学びとって、人工物をつくっていこうとしている方々がいらっしゃいますね。
中村: そのような研究が最近たくさん出てきましたね。体の機能を考えると、機械として動いているわけですから、機械が生体から学ぶことは大いにあると思います。車輪の開発も素晴らしいけれど、二足でバランスをとって歩行するという人間の動きを真似することもすごい。それは意味があることだと思うのですが、一方で、機械・生体系システムというときに、新しい構造や機能だけを学ぼうとしていらっしゃるのであれば、限界があると思うのです。生命システムは機械とは本質的に違うものだという視点に立って機能や構造を見ないと、進歩はない。価値観を変える必要があるのです。
野城: 確かに、まちづくりにおいても価値観そのものを変えることが問われています。たとえば、都市の近代化の過程で、地域ごとに工場やオフィス、住宅など、単機能のゾーンを配置してきましたが、最近、それではうまくいかないことがわかってきました。いろんなエレメントが重なっているところにさまざまな活動が発生して、まちの暮らしやすさに繋がっている。だから単純なゾーニングのまちではダメで、複雑で多様にすべきだと考えられるようになってきているのです。
中村: 多様であることはもちろん大事ですが、まちにとってさらに重要なのは、「生まれてくる」ということではないでしょうか。誰かが先頭に立って、まちはこうあるべきだといって築くのではなくて、かつての集落がそうであったように、自然発生的に生まれてくることが重要だと思うのです。先ほどの中で、「内発」と申しましたが、内発とは個人や個体にだけ宿るものではなく、土地や環境にも当てはまります。北海道には北海道の、沖縄には沖縄の、アジアはアジアの、その土地がもつ潜在的な能力が内在するからです。社会学者の鶴見和子さんは、それを「内発的発展」とおっしゃっていますが、生き物や土地や環境がもっている内在的な能力を100%生かしたときに初めて、住みやすいまちが生まれるのだと思います。
ちなみに、都市開発ではデベロップメント(development)とか、デベロッパー(developer)という言葉を使いますが、生物学ではdevelopmentは発生を意味します。発生とは、生物が卵から生まれること。鮭の卵からは鮭が、鳥の卵からは鳥が生まれるように、まちづくりにおいても、その土地固有の能力を生かす作業がデベロップメントといえます。ところが、日本ではそれを「開発」と訳してしまった。それがゆえに、どんな土地でも平らにしてひな壇にして、思い通りにするという悲劇が起こってしまったのでしょう。
野城: いまおっしゃったことはまさに、建築家がいてデザイナーがいて、開発者がいてというように、ある特定の個人、職能、集団の意志が都市をつくっていくという、近代化以降の都市づくりや開発のやり方に対するアンチテーゼですね。一方で、かつて自然発生的に生まれた村は、例えば、里山を背にして集落が築かれるなど、その土地の地勢や水系を考えたうえでもっとも合理的な暗黙のコードをもっていて、これを伝承的なしきたりとして体現したものでした。
中村: 建築家やデザイナーでなくても、自然を知っている人たちは、家をどう建てたらいいのか、集落をどう築いたらいいのか、自ずとわかっていたんですね。
野城: かつてはそうした暗黙のコードというものがあったわけですが、それを現代に生かそうということでしょうか。
中村: それをそのまま生かせとは申しません。これだけ人口が増えたのですから、現代の技術力や情報力を最大限に生かすべきだと思います。ただ、土地を利用する際に、本来の意味でのデベロップなんだという認識で取り組まれると、その土地なりの特徴が生かされ、住みやすく、訪れた人を魅了するまちを築くことができると思います。




















