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【大丸有】新しい食体験からオープンイノベーションへ

――日清医療食品「nu dish Mousse Deli & Café」の2カ月

nu dishのランチプレート(日清医療食品提供)

さまざまな可能性が見え始めた「nu dish」

超高齢化社会の到来や「それぞれの食」という考え方は、マーケットに大きな変化をももたらす可能性があります。

病院食、介護食では、嚥下障害や誤嚥性肺炎を防ぐために噛む、飲み込むといった食べ物を提供することがありますが、日清医療食品の「ムース食」もそのひとつ。そんな病院食におけるムース食を、一般向けの外食で提供し始めたのが、昨年12月にオープンしたデリ・カフェの「nu dish Mousse Deli & Café(ニュー・ディッシュ・ムース・デリ・アンド・カフェ)」(以下nu dish)です。

お店は銀座ではありますが、本社は丸の内に籍を置く日清医療食品は、エコッツェリア協会が主催する「CSRイノベーションワーキング(現CSV経営サロン)」等に参加するなど、丸の内でも積極的に活動をしています。nu dishは介護食・病院食のイメージアップにも役立たっているほか、同社のインナーブランディングに効果を上げ、他企業とアライアンスを組むプラットフォームとしての機能も果たしているそうです。オープンから2カ月経ったnu dishを訪ねてみました。

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ムース食とは

ムース食とは

このnu dishは、日清医療食品が医療・福祉施設で提供するムース食をメニューに組み込んで提供しています。店舗運営は今をときめくトランジットジェネラルオフィス。監修シェフは「日本一予約が取れない」と言われるレストランOGINOの荻野伸也シェフが務めています。「nu」は、日清医療食品の「n」であり、ユニバーサル・USERの「u」であり、栄養素=nutritionの「nu」と「new」dish(新しい一皿)とも掛けてあるそうです。

まず、日清医療食品の「ムース食」を理解する必要があるでしょう。ムース食は、嚥下(飲み下す)力や噛む力が弱い人のためのもので、まったく噛めず嚥下に障害のある人のための「ミキサー食」「流動食」の前段階に相当します。従来、食材を細かく刻んだ「きざみ食」で対応されてきましたが、ムース食は、安全・衛生面だけでなく、なによりもそのおいしさのために、それに代わるものとして注目を集めつつあります。(参考:ムース食

ムース食は、技術的には食材を一旦非常に微細な粒状にし、成形し直して提供するものです。同社のムース食には「加工品タイプ」と「素材タイプ」の2種類があり、前者では、ハンバーグ、魚料理、野菜のムースなどがあります。ハンバーグや魚料理などは、オリジナル形状を再現しており、料理の大切な要素である「見た目」でも遜色がありません。素材タイプは、例えば単一野菜素材のムースなどで、野菜同様カットして付け合せなどに使うことができるというもの。野菜の形を再現する「形状再生」したものもあるそうです。ミキサー食、きざみ食に比べ、食の楽しさを損なわないのが一番のメリットと言えるかもしれません。

どちらもムースで成形された食品(日清医療食品提供)

nu dishで提供されるメニューに、これらのムース食が使われています。ランチプレート(11時30分~15時。1200円)は、ライスかパイのいずれかに、サイドディッシュ2種、メインディッシュ2種を選ぶスタイルで、パイのフィリングや肉料理のソースや付け合せなどにムース食を利用しています。素材の味を楽しむとともに、これまでにない新しい食感を楽しむことができます。荻野シェフによれば、食材本来の形状・形質にとらわれないため、料理の幅が広がるそうです。

洒落たインテリアも相まって女性に大変な人気です。ディナーでは、ワインなどのアルコールを楽しむことができます。「病院食」といえば不健康(?)なネガティブなイメージがありますが、nu dishのムース食は健康な人が健康とおいしさのために食べる。そんなポジティブなイメージが定着しつつあるようです。

加速するインナーブランディング

ランチのテイクアウトボックス1000円 (日清医療食品提供)

そんなnu dishは、日清医療食品にとってどんな意味があるのでしょうか。nu dishを手がけている日清医療食品営業本部開発部(取材時)の阿部仁氏は「ブランドを醸成する場」と、「アライアンスを促進するプラットフォーム」としての価値があると指摘しています。

ここで言う「ブランドの醸成」は対外的なものと内的なもの、両方を含みます。対外的には、一般消費者に知られることのなかった「日清医療食品」の名を知ってもらうという意味があります。病院食・介護食という社会の縁の下を支えている企業は、一般の認知度が極めて低いもの。企業価値を高めるうえでも一般への認知度アップは非常に重要な要素のひとつです。

また、いずれ到来する病院食・介護食の大きな変化に備えるという側面もあると話しています。「病院食、介護食は、今は医療保険、介護保険の適用範囲内で、しかも365日3食必ずあるもので、一見"とりっぱぐれ"のない業界のように見える。現在はさまざまな規制があり、ある種の参入障壁があるが、いずれ消費者が自由に選ぶ時代が来るかもしれない。そんな時代のために日清医療食品の食事を知っておいてもらう必要もある」と阿部氏。まったなしの高齢化社会への一歩進んだ布石といえます。

また、内的なブランディング=インナーブランディングにおいても非常に効果を上げています。実は、今の売上の半分は、社員やその家族の来店によるものだという。「社長以下重役が接客で使うということもあるが、それ以上に全国から社員、従業員が来店し、楽しんでいく。社員は来店時に"一杯は無料"というサービスをしているためもあるが、社員の誇り、モチベーションアップにつながっている。こんな店を作るくらいなら社員に還元しろ!という意見が出ることも予想したが、そんな声は今のところまったくない」(阿部氏)。

社会の表舞台に出ることの少ない病院食・介護食を支えているスタッフにとって、華やかな舞台であるnu dishは自信と誇りの源になるようです。「これは日清医療食品のアンテナショップだが、そのアンテナは内にも外にも向いている」(同)。

新しい食体験がビジネスプラットフォームに

nu dishのサイト

アライアンスのプラットフォームという考え方も興味深いものがあります。オープンイノベーションに向けたプラットフォーム構築はさまざまな企業団体が取り組む喫緊の課題となっていますが、「食」をコンテンツ、アウトプットにしたプラットフォームはあまり例がないように思います。

「トヨタのWillのような展開が望ましい」と阿部氏は言います。トヨタのWillは発売当時、家電やインテリアなど、さまざまなファッションアイテムとのコンポーネントで販売する戦略でした。車を軸にしたライフスタイル、ファッションスタイルの提案だったのです。nu dishも、新しい食のスタイルを提案する"軸"になりうると考えられています。

ムース食を、一般的な外食に置くことで、食の新たな可能性が見えてきているそうです。例えば「新しい食体験」をキーワードに、多くの食品メーカーから協業の呼びかけがあるとのこと。また、高価格帯の食品販売市場もnu dishに熱い視線を送ります。高価格帯食品を支える高齢者層が、固いものを食べられなくなっているからです。そこから発展して、高齢者層とnu dishの場を掛けあわせ、「死を考える"デス・カフェ"をやってみたい」と阿部氏が発案し、広告代理店、大手メーカーなど数社が協業を検討しているそう。「ムース」から始まった新しい食の世界は、食の世界を越えて、大きなビジネスを生むところへと到達しようとしているのかもしれません。

「さまざまな化学反応が生まれている手応えがある。各社のリアクションを見ながら、次の活動を考えていきたい」と阿部氏は意欲を見せています。一般向けのイベントの開催なども視野に入れているとのことで、イノベーションのシーズを探したい企業は、今後nu dishの動きには注目していきたいところでしょう。

「もう一度火を付けたい」

こうした意欲的な取り組みができるのはなぜなのでしょう。また、なぜやろうとしたのでしょうか。阿部氏は、その理由を「もう一度火の付いた状態にしたかった」からだと話します。

同社の業績は増収を通づけており、非常に好調です。しかし「なんとも言いようのない閉塞感があった」と阿部氏は振り返ります。きっかけとなったのは、5年前に社内で組織された「33.0.一(サンサンゼロイチ)委員会」でした。「シェアを33%に」「解約をゼロに」「一流の企業に」という3つの目標を掲げ、その実現のための施策を考える委員会。そこでは「シェア33%の定義や、解約ゼロの内容の検討ばかりしていて、議論が噛み合わなかった」。そこで、「だったら"一流"を目指すところからはじめようと、一流の人たちとコラボするアンテナショップの構想を立ち上げた」のが3年前のこと。1年あまりの構想期間を経て社内稟議を通し、実現に至ったそうです。

社内には「売れるわけがない」「失敗する」とネガティブな意見もないではありませんでした。しかし、実現に至った背景には、20年前に恵比寿で開店した「治療食レストラン」(※注 1995~1997年。名称は当時のもの。現在は薬事法でこうした名称は使用できない)の取り組みがありました。現社長の安道氏がこれを評価しており、外食への再度の参入を後押ししたこともあります。

しかし、何よりも担当した阿部氏の熱意が最大の要因だったようです。「社内の閉塞感を打破したかった。爆発させて、崩れさせてもいいと思った(笑)。高齢化が進み、一見業績は順調に見えるが、いずれ物欲は飽和し市場も飽和する。nu dishがどうなるかわからなかったが、プラスでもマイナスでもいい、ゼロベースではなく、社内に刺激を与える起爆剤にしたかった」。

ジタバタする"地球人"が社会を回す

ディナーの様子(日清医療食品提供)

氏は社内では「宇宙人扱い」だそうですが、本人は「俺こそが地球人だ」と胸を張ります。「私ほど地球のことを考えて、社会のことを考えて、会社のことを考えている人はいない。私からすれば他の人のほうが宇宙人(笑)」。強力に新事業に取り組んだ意欲の源泉を尋ねると、「サッカーの本田じゃないですが、"自分は持っている"と信じること。念には質量があると思う。実現するはず!と思えばなんでも実現する!」と阿部氏は断言します。そう信じられるきっかけになった、投げた石が通りかかった犬のお尻の穴にすっぽりハマってしまったという小学生のときのエピソードは、社内で誰も信じないそうですが、「でも、本当のこと(笑)」とは本人の談。

オープンイノベーションやインナーブランディングなど、現代の企業が抱える課題へ取り組む人へのアドバイスを求めると、「そんなことは、私にも分からない。答えなんてないんじゃないか」。しかし、「見つけるのが楽しいのかもしれない。探すためにジタバタする。そのジタバタを楽しむことが、もしかしたら、うまくいくことの秘訣なのかも」。

nu dishは、企業のアンテナショップでありながら、社会課題解決のヒントがたくさん詰まっています。ぜひとも一度訪れて、食べてみたいものです。ムース食の中にそのヒントが隠されているかもしれないし、運が良ければ阿部氏に会って犬と石の話を詳しく聞くことができるかもしれません(笑)。


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