シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

宇宙の非常識を、常識で理解する

宇宙の常識は、地球の非常識

梅雨に入り、曇りがちの日も増えてきました。
晴れた日の続いた5月に比べると、どうしても星空に出会える日は限られてしまいます。
しかし、もしも晴れた晩に出会えたら、ぜひ夜空を眺めてみましょう。
梅雨の幕間に春から夏へと変化する途中の星空を覗くことができるでしょう。東の空には、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブからなる有名な夏の大三角を見つけることができるはずです。

これらの星々までの距離は、ひとつひとつ異なります。例えばベガは25光年、アルタイルは17光年、デネブは1400光年の距離にあります。1光年とは光が1年間かけて進む距離を指しますから、ベガは25年前、アルタイルは17年前、デネブは1400年前にそれぞれの星を出た光を私たちは見ていることになります。夜空に輝く星のひとつひとつが、違う時代の姿を見せているのかと思うと、夜空はとても不思議に思えます。そう思いません?

私たちが常識であると思っていても、宇宙スケールで考えてみると怪しくなる。こんなことは宇宙の話では日常茶飯事です。その最たるものとして、速度について少し考えてみましょう。

宇宙論的固有距離の時間変化?

宇宙での大きな距離の扱いは、要注意です。よく「130億光年の距離にある銀河が云々」みたいな書き方を見かけますが、ちょっと考えてみて下さい。
130億光年の距離というのは、130億年かけて光が進む距離、という意味ですよね。しかし、その130億年の間にも宇宙は膨張しています。したがって、その銀河から放たれた光が私たちに届いた時には、もともとその銀河があった位置には銀河はいません。

宇宙膨張によって、その銀河は遙か彼方まで遠ざかっているはずです。結局、「130億光年の距離」というのはなんの距離を指していたのか、わからなくなってしまいます。

この混乱は、空間自体が伸び縮みすることによって起きています。私たちのふだんの生活の中では、空間が伸びたり縮んだりすることを意識することがありません。30cmの長さの定規を放置しておいたら、いつの間にか60cmに伸びていたなんてことは、日常的には起こりません。空間が固定されているという前提の下で、距離という概念が成り立っているのです。
しかし、宇宙は違います。
そもそも、空間が伸び縮みするのです。

この空間の伸び縮みに伴って増減する量を、宇宙論的固有距離と呼び、私たちが日常的に使う距離の概念と区別して扱うべきものです。空間の膨張に伴って銀河が遠ざかっているように見えるのは、銀河までの宇宙論的固有距離が増えているのです。

難しいのは、この宇宙論的固有距離の時間変化を、速度と呼んで良いのかどうかです。通常、空間の中での物体の運動を「速度」と呼びますが、宇宙論的固有距離は空間自身の伸び縮みに伴って変化する量ですから、そのような「速度」とは意味が違います。しかし、物理学を専門としない者の立場に立てば、日常的に使う言葉の中で、速度がもっとも近い概念であるのも間違いないことなのです。 小難しい話になってしまいましたが、つまるところ、宇宙は非常識なのです。その非常識さを常識の範囲内で理解しようと思っても、どうしても無理が出てきてしまいます。このギャップを乗り越えるためには、コミュニケーションを通じて新しい表現や概念を探っていかなければならないでしょう。小難しい話が、いつかわかりやすい話になれるように、みんなで表現方法を探っていければと思います。

※本コラムは、「本郷宇宙塾」5月の講演を参考に執筆しました。

高梨 直紘
高梨 直紘(たかなし なおひろ)

1979年広島県広島市生まれ。
東京大学理学部天文学科卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了 (理学博士)、国立天文台広報普及員、ハワイ観測所研究員を経て現在に至る。
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムを担当。専門分野はIa型超新星を用いた距離測定と天文学コミュニケーション論。

天文学普及プロジェクト「天プラ」代表
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム

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