シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

人は太陽系に育てられた

長い間、人類にとっての宇宙そのものであった太陽系。人は太陽系になにを託し、なにを受け取ってきたのでしょうか。最近リリースされた太陽系図について紹介します。

天文学の主戦場:太陽系

東京も梅雨に入りました。今日も空はどんより、たまにしとしと。夏前の通過儀式とはいえ、じっとりした空気は重く、からっとした夏の陽気が待ち遠しいものです。でも、安定して悪い天気ということは、裏を返せば、気圧配置が安定しているということ。梅雨の晴れ間に見える星空は、大気の乱れも少なく、ちらちらしない安定した星像を楽しむチャンスでもあります。今年の6月の空には、ちょうど土星がいます。ぜひ天体望遠鏡で覗いて、環の存在をその目で確かめてみて下さい。

今からおよそ400年前、この土星の環を人類ではじめて目にした人がいました。イタリアの天文学者、ガリレオ・ガリレイです。小さな手作りの望遠鏡で土星を観察したガリレオは、なにかが土星の両脇についているのを発見したのです。ガリレオの望遠鏡ではそれが環である事まではわかりませんでしたが、ガリレオの驚きはいかばかりだったでしょうか。ガリレオは他にも木星をめぐる月の存在など、天文学史に残る重要な発見を次々と成し遂げました。これらの発見が、それまで世界を支配していた地球中心説(天動説)から、太陽中心説(地動説)へと大きく舵を切るきっかけになったことは、皆さんもご存じのことでしょう。

ガリレオの時代以外にも、私たちは夜空を眺め、観察することで、私たちを取り巻く世界がいったいどんな構造をしているのか、そしてそこにどんな力が働いているのか、その秘密を探ろうとしてきました。長らくその舞台となってきたのは、太陽系です。天文学が銀河系を認識し、その外に広がる銀河宇宙を認識したのはわずか100年ほど前のこと。5000年にもおよぶ天文学の長い長い歴史のほとんどは、太陽系の理解に費やされてきたと言っても過言ではないのです。

太陽系が宇宙の全てだった時代

みなさんが小学校の時に習った太陽系の姿は、太陽を中心に「すいきんちかもくどってんかい」の8つの惑星が巡っている姿でしょう。この見慣れた図も、よくよく考えてみると不思議な画です。私たちは誰も外から太陽系を眺めたことがないのに、さも当然のごとくこのような太陽系の姿を描いているのです。この姿は、いったいどういう紆余曲折を経てに浮かび上がってきたものなのでしょうか。

太陽系が宇宙の全てだった時代、私たちの祖先はこの世界の構造がどうなっているのかを語るべく、さまざまな努力をしてきました。自分の信ずる美を宇宙に投影した者、論理的に宇宙のあるべき姿を語った者、実際の星空の観察から宇宙の姿を考察した者。やり方はさまざまでしたが、私たちを取り巻くこの世界がなにものであるのかを知りたいという切実さは、みな共通していたと言えるでしょう。

それらの営みは、現代の科学の視点から言えば「非科学的」なものがほとんどです。しかし、それらはさまざまに形を変えて、私たちの日常の中に染み込んでいるのです。例えば1週間という区切りとその曜日は、肉眼で見える5惑星に月と太陽に関連づけられています。毎朝テレビで流れる星占いのルーツは、惑星の配置と人間の運命の関係についての高度な理論体系にあります。これらはほんの一例に過ぎません。

こういった太陽系をめぐる物語を1枚のポスターにまとめた太陽系図が、今春リリースされました。これまでの歴史の中で、人は太陽系になにを託し、なにを受け取ってきたのでしょうか。世界を理解したいという人々の切実な願いがどんな果実を生み出してきたのか、ぜひ眺めてみていただければと思います。

※本コラムは、「本郷宇宙塾」5月の講演を参考に執筆しました。

高梨 直紘
高梨 直紘(たかなし なおひろ)

1979年広島県広島市生まれ。
東京大学理学部天文学科卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了 (理学博士)、国立天文台広報普及員、ハワイ観測所研究員を経て現在に至る。
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムを担当。専門分野はIa型超新星を用いた距離測定と天文学コミュニケーション論。

天文学普及プロジェクト「天プラ」代表
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム

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