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【レポート】マイファームがめざす自産自消ができる社会

いい会社の経営理念塾 第3クール「つらぬく経営」 第4回 (11月18日)

「NPO法人 いい会社をふやしましょう」の理事・新井和宏氏がファシリテーターを務めるいい会社の理念経営塾第3クール『つらぬく経営』。11月18日(水)に開催された第4回のゲストは、株式会社マイファーム 代表取締役社長・西辻一真氏です。

同社は、「自産自消ができる社会を創り出す」ことを理念に掲げ、2007年に創業。増え続ける耕作放棄地を再生するという信念のもと、体験農園、農業大学校、小売店や農場経営など、多岐にわたる事業を展開しています。

冒頭、いい会社をふやしましょうの代表理事・江口耕三氏は、「西辻さんは一見ソフトで淡々としているように見えますが、これまでさまざまな苦難や試練を乗り越えてこられました。"つらぬく強さ"の秘訣をじっくりと伺いたい」と投げかけました。そして壇上に上がった西辻氏は、「この8年間で起こった良いこと、悪いことをシェアさせていただくことで、みなさんのよりよい人生の糧にしていただきたい」と呼びかけ、まずは自己紹介をしながら、マイファーム設立に至った経緯を紹介しました。

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"野菜づくりは楽しい"を体現したい

"野菜づくりは楽しい"を体現したい

西辻氏は、マイファームの設立に至った思いを次のように話します。
「なぜ僕がこの会社をつくったのかというと、世の中にない仕組みであり、誰かがやらないといけないことだと思ったから。なので、起業家マインドがすごくあるわけでもまったくないんです。見ての通り、バイタリティがなさそうだとか言われることもあるのですが、芯だけはしっかり持ってここまでやってきました」

続けて、「うちの会社がやりたいことは、自産自消できる社会をつくること。それだけです」と西辻氏。自産自消とはどういうことなのでしょうか。

「誰かと一緒に作業すると楽しいとか、自分で作った野菜を誰かとシェアして食べると、ものすごくおいしいとか、そういった"みんなで野菜づくりをすることで得られる気付き"を大切にできる社会のことを自産自消できる社会と呼んでいます。私たちが取り組んでいる事業はすべて、自産自消できる社会に帰結するようになっています」

なぜ"自産自消できる社会を作りたい"と思うに至ったのか。それは子どもの頃に家庭菜園で野菜づくりをした経験が大きく影響しているそうです。
「子どもながらに野菜づくりはすごく楽しかった。自分が作った野菜を親とシェアすることで、頑張ったね、とほめられるわけですし。僕の根底には"野菜づくりは楽しい"という感覚が流れています」

そして、高校一年生になると通学路に点在する作付けされていない農地が気になり始め、家族に"将来は野菜づくりをする人になる"と宣言。意外にも両親は"それはすばらしい!"と応援してくれたそうです。そして京都大学農学部に進学。小麦と大豆の研究を行っていましたが、いかに人の力を使わずに生産性を上げるかという基本の考え方に違和感を覚え始めます。

「大学の研究は、いずれ来るであろう食料危機に対する備えのためという考えがベースとなっています。僕は食料危機のための研究をしたいわけじゃないと思うようになって。それよりも、"野菜づくりは楽しい"という思いを体現して、いろんな人たちにそう思ってもらえるようなことがしたいと思ったんです」

とはいえ、大学卒業後すぐには起業せず、まずは社会のルールを学ぼうと、大手企業に入社。一年で退職し、25才という若さでマイファームを設立しました。

大きな一勝を掴むため、"0勝0敗"をつらぬく

「僕は33才にしては珍しいくらい、しんどい経験をたくさんしてきました」という西辻氏。 「みなさんに問いかけたいのは、今日までの人生の中で"何勝何敗でやってきたのか"ということ。僕は0勝0敗でいきたい。大きな一勝を掴むためには、数々の失敗を失敗と捉えないこと。今は修業期間であって、僕はまだ負けてないと思っていますし、自分は失敗していないと思うしかない。そうやってここまで来ているんじゃないかなと思っています」

試練の始まりは東日本大震災でした。震災後、西辻氏は宮城県亘理町の復興事業に力を注ぐあまり、本業が疎かになり、社内の批判が噴出。2012年8月、代表取締役を解任されるという事態に陥ります。これについて、「人生で一番大きな出来事」と振り返ります。

「津波による塩害で作物が作れなくなった農地をなんとか再生させたいと、使命感に燃えてしまったんです。こんな顔してますが、結構男気はありまして(笑)。微生物を使うことで農地の再生はうまくいったんですが、原発の影響などから体験農園の利用者が激減し、今度は自分の会社が立ち行かなくなってしまいました。そんな事態になっても、僕は社内のことを見てみぬふりをしてしまい、取締役会で外されてしまったんです」

その後の経営はうまくいくはずもなく、いよいよ破綻寸前になった2013年、残ったメンバーから声がかかり、西辻氏は代表取締役に復帰。必死の思いで悪化した経営状態を回復させて、今では黒字経営を維持しています。
「先ほど0勝0敗と言いましたが、まさに東北の人たちは、みんな負けたなんて思っていないはずなんです。僕もその気持ちを持ちたいなと思っています。トラブルはたくさんあるんですが、"まだ負けてない"と強く感じながら仕事をしています」

また、自らの反省を踏まえて会社が分裂した要因をこのように分析します。
「僕に一番足りなかったのは、社員みんなの意識を一つする力。"この方法が正しいと思う"という主張を社員それぞれが持っていたのに、話し合いの場を設けようとしなかった。そのため、結局わかり合うことなく、空中分解してしまいました」
これまでは自分が先頭に立ち、社員に背中を向けて突っ走ってきましたが、復帰後は社員と真正面から向き合い、一緒に前に進んでいくというスタンスに軌道修正。この経験を糧に成長していきたいという西辻氏の思いが現れています。

あえて耕作放棄地の再生にこだわる理由

現在マイファームでは4つの事業が行われています。1つ目が、全国約100カ所で展開中の「体験農園」。2つ目は、農業の楽しさを体感したことで、もっと農業の奥深い世界を知りたいという人たちの受け皿として設置された「アグリイノベーション大学校」。3つ目は、そこで学んだ人たちの就農先の一つとなる「直営農場」。そして、4つ目が、就農後の野菜の販売先として全国3都市で運営している「八百屋」です。
「野菜を食べてくれたり、この活動を知ってくれた人たちに、この循環に入りたいと思ってもらえるようなことをしていきたい。そうすれば、自産自消の社会に近づけるんじゃないかなと思っています」

マイファームの一番の特徴は、優良農地を利用するのではなく、耕作放棄地の再生に尽力していることにあります。
「起業をしようと思った時に、耕作放棄地という問題に出会ってしまったんです。何かに気付いた人間には、責任が生じると僕は思っています。その責任を果たすためには、耕作放棄地をなくさなければならないと思い込んでしまって。これがなければ、マイファームは全国の優良農地でしか体験農園を開いていなかったかもしれません。あえてこっちの方向に進んだのですが、耕作放棄地に救われたこともたくさんあります。お客様がどこの農園にしようかと悩まれたときに、耕作放棄地をなんとかしたいという思いに共感して、僕たちの農園を選んでくださる方もいらっしゃるんです。すごく助けられていると感じますね」

優良農地の方が土は肥沃で、立地も良いなど、好条件が揃っていることが多い。でも西辻氏があえて困難に立ち向かっているのには、もう一つの理由があります。
「耕作放棄地の活用には困難がつきまといますが、再生できたときの波及効果はものすごく高い。年々耕作放棄地が増えている現状にあって、こうした社会的な効果も見越して、僕たちは耕作放棄地の再生にこだわっています」

さらに農業の本質的な良さについて、こう話します。
「農業の良さは、自然の営みという絶対的な存在に人間が合わせなければならない産業であること。自然のスピードに合わせると、必ず待つ時間が生まれます。そのことは、スピードばかりが重視され、考える時間が少ない今の時代に、とても大切なことだと思うんです。待つ時間が生まれる農業に大きな可能性を感じているからこそ、農業のよさを最大限に引き出し、農業に関わる人を増やしていきたい。そんなことを思い描きながら、今経営をしています」

苦難を乗り越え、180度変化した経営スタイル

後半は、ファシリテーターの新井氏も登壇。会場も交えてのトークセッションのパートへと移りました。まず冒頭で、当日来場していたマイファームのスタッフの自己紹介があり、新井氏から「西辻さんのことをどう思うか?」という質問が。

その回答は、「どういう人なのか全貌が掴めない、底の知れない人だと思う」「第一印象は器の大きな人。でも知れば知るほど、本当は何を考えているのかわからない(笑)」などなど......。
これを受けて、西辻氏は、「あたっていると思います。どんどん成長していきたい欲が強いので、掴まれると成長が止まってしまうんじゃないかと思っているところがあるんです。掴みどころのなさをもっと突き詰めたいですね(笑)」と返答。こうしたやりとりからも、マイファームの成長の一端が見えてきます。

今年になって、マイファームは新井氏が運用責任者を務める鎌倉投信の投資先に加わりました。その決め手について、新井氏はこのように話します。
「2011年の震災以降、西辻さんはたくさんの痛い目に合ってきたわけですが、これをいい経験として今につなげていると思ったので、今回投資をしました。これがないと安心できないんです。すべてがうまくいっている経営者は信じきれない。彼はすごくいろんなことを学んで、本当に成長したことがすごく伝わってきました。今では経営の仕方がガラッと変わってびっくりするほどです」

西辻さん一人の思いで、社員を引っ張っていく、いわば一人親方のような形から、社員一人ひとりが考え、みんなで一緒にめざすところに進もうという形へ。その経営スタイルは180度変化しました。
「前職の直属の上司から言われた『早く行きたいなら一人で行きなさい、遠くへ行きたいならみんなで行きなさい』というアフリカの有名な言葉が、すごく印象に残っています。今はまさにこの言葉を座右の銘にしたいと思えるくらいです」と西辻氏。

ようやく黒字化に成功し、鎌倉投信から資金を調達。いよいよ次のステージに進もうというところまで来ました。「この先、西辻さんが力を入れていきたいことは?」と新井氏は質問。それに対して、「まず一つ目は、2020年までに耕作放棄地をゼロにしたい。それは農水省が掲げている政策目標でもあります。農水省だけでは実現が難しいと思っているので、民間のレベルからもどんどん協力したいですし、やり遂げたいと思っています。二つ目は、体験農園、学校、直営農場、八百屋という、いわば耕作放棄地を再生するためのエコシステムを地方にも広く展開していきたい。その中から、例えば養蜂のような耕作放棄地を直接的に直す、畑以外の新しい手段を発見していきたいですね」と西辻氏は答えます。

日本の農業の素晴らしさを世界へ

当初は耕作放棄地の再生というキーワードが全面に出ていましたが、今ではよりよい循環を生むために、より多くの人に農業に関わってもらえるような環境をつくるというフェーズに移行。そのためのさまざまな施策に取り組んでいます。
「アグリイノベーション大学もプロになりたい人だけではなく、半農半Xや家庭菜園など、自分なりの関わり方ができることを目的としたコースを設置するなど、幅広い入口を用意しています。また世界に日本の農業の素晴らしさを伝えたいという一人の社員の思いから、テキストも英語版をつくりました」

新井氏は、「そんな話を聞くと、みんなが考えて経営できるようになり、一体感をもって動き出していることをすごく感じますね。震災で塩害被害にあった農地の再生に成功した土壌改良技術は、日本でなく世界に通用するものです。ぜひ世界に広げていってほしい」とエールを贈りました。

また自分自身の変化について、西辻氏はこんなことも話してくれました。
「以前は"自分が正しい"と思っていましたが、今は"自分は間違った判断をしてしまう"と思うようになりました。なので、いろんな人の話を聞いて、自分の思いをいかに軌道修正できるかどうかが大事なことだと思っています。自分一人で決めるより、みんなで決めると、それぞれの気持ちの持ち様や責任感が変わってきて、成功する確率がアップするんです」
これについて、「すごく共感する」という新井氏。社員みんなに関心を持ってもらうことで、一つひとつの決定が自分ごとになる。それは経営する上で非常に大きなことだそう。

紆余曲折を経て、成長の道筋を掴んだマイファーム。その経験から語られる本音の数々に、会場は終始熱気に満ちていました。そして質疑応答では、参加者からさまざまな質問が投げかけられました。
「社長に復帰されてから早期に黒字化されたが、ここまで飛躍できたポイントは?」という質問に対して、西辻氏は当時の苦しい状況を赤裸々に答える場面も。
「復帰する時、債務超過を解消するために個人で一億円以上を借金しました。そうやって貸してくださった方の恩に報いないといけないという武士のような気持ちが一つにあります。それと、みんなでやるということですね。その二つを持ち合わせたことが、成長のきっかけになりました」

新井氏は、「借金を背負ったということで、"本気でやる"という経営者の覚悟が見えました。それと、みんなの意見を聞く力を持てたことは大きい。本人だけでなく、役員や社員といった周りの人たちが、本気で彼を支えようとしているのが見えたときに、これは大丈夫だと思いました」と続けます。

「いつか地元・福井でマイファームのお客さんになりたい」という西辻氏。少年のような柔和な笑顔と内に秘めた強さと心意気のギャップは、参加者の心を捉えて離さなかったようです。


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