
全5回の「いい会社の経営理念塾」の最終回が、12月3日に開催されました。
この日は、スペシャルゲストに北海道・洞爺湖畔の「佐々木ファーム」のみなさんを会場に迎えています。佐々木ファームは、「ありがとう農法」と呼ばれる農法で、滋味にあふれた、たくましくもおいしい野菜を生産することで知られている農場。そして、そのありがとう農法のきっかけとなったのは、ファームの村上貴仁氏、さゆみ氏夫妻の愛息・大地くんの死でした。どん底から立ち上がり、ありがとう農法にたどり着いた足跡は、ドキュメンタリー映画『大地の花咲き』にまとめられ、この夏、日本各地で上映され、話題を呼んでいます。
そのドキュメンタリー映画の上映会を前半に行い、後半には佐々木ファームの村上さゆみ氏、鎌倉投信の新井和宏氏、人と経済研究所の大久保寛司氏3氏による豪華トークショーを行いました。
ドキュメンタリー映画『大地の花咲き』は、涙なしには見ることのできない映画です。
映画の中で、村上夫妻はインタビューに答え、佐々木ファームのこれまでを振り返ります。その間をつなぐのは、佐々木ファームの「今」。ありがとう農法にあこがれて働く7人のスタッフが、種まきに、収穫ににと忙しく働く姿が映しだされます。
広々とした大地に広がる豊かな畑。スタッフの皆さんは、毎日元気に声を掛け合い、野菜にも「ありがとう」と声をかけ、毎日元気に働きます。厳しい冬であっても、そこには明るく、温かい人々の暮らしと、豊かな生命があふれています。
その一方で、夫妻のインタビューで次第に明らかにされていくのは佐々木ファームの暗い過去。
村上貴仁(タカ)氏は、脱サラして農場入りした人。出荷した後の野菜が、「工場で洗われて、漂白されて白く」なり、あまつさえ、余ってしまえば廃棄され、焼却処分されることに疑問を感じていたそう。「農業ってこんなものか。もっと誇り高いものじゃなかったのか――?」タカ氏は、佐々木ファームの農業のあり方に疑問を感じていくのです。
佐々木ファームの先代(村上さゆみ氏の父)は、アメリカで学び、北海道に大規模近代農業を定着させた「偉大な人」(さゆみ氏)。それだけに、タカ氏とは真っ向からぶつかり、タカ氏は日に日に追いつめられていきます。「ひどいときは、(タカ氏が)まばたきしなくなり、痙攣を起こして、思い出したようにわーっと叫んで外へ走り出す」ような奇行を起こすこともあったそうです。「お互いにこの世のすべての憎しみを費やした」とさゆみ氏は当時を振り返ります。
そんな軋轢で暗くなった佐々木ファームを、なんとか明るくしようと1人がんばっていたのが、当時4歳だった大地君でした。
「ケンカをしていると1人で割って入ったり、ぎくしゃくした空気のときには、笑顔を振りまいて、精一杯の愛情表現だったんだと思う」。そして、「いつも『大丈夫だよ、僕が家族を守るからね、かあちゃん。スーパーマンになるからね』って話していた」。
その大地君がある日突然眠るように亡くなり、佐々木ファームは、本当の暗闇に包まれました。「ずっと必要とされてないと思っていた。だから大地にも見捨てられたんだと思った」とタカ氏は当時を振り返る。「絶望で始まる1日は、大地が生きたくて生きられなかった1日だ」。あまりの辛さから、ろくに手入れもできなくなった畑。それは草に覆われて野菜さえ見えないほどになっていた。その畑を見てタカ氏は「農業ってすごいな、生命をコントロールしている。それがなければ、畑にはこんなにも生命が溢れている」とつぶやきます。
その時に友人から贈られた本にあったのが「ありがとう、と年齢×10万回言うと、奇跡が起きる。家族みんなが救われる」という言葉でした。そして、最初は半信半疑で唱え始めた「ありがとう」。そして、36万回唱えたときに、何も起きなかったことに一度は失望を覚えかけた、その瞬間、「家族がいることそれ自体が奇跡だ。すべてがここにあった」と気付いたのだそうです。そして、その年、ダメになっていく畑の中で、「ありがとう」と声をかけていた畝だけが、おいしく、長持ちする野菜に育ったのです。それが「ありがとう農法」の誕生です。
「雑草も虫もすべての生命とともに共存する農業がしたい」「今立っている大地が、息子そのものなんだ、大地と生きていくために、農業をやっていく」。そんな思いを胸の思いを語りながら、佐々木ファームで開催される感謝祭の様子で映画は幕を閉じるのです。
上映会の後のトークショーでは、村上さゆみ氏が、大地くんの死後に経験したいくつもの奇跡の体験談を交えながら、佐々木ファームの現在を語りました。
大地君が亡くなった直後から、医師も匙を投げるほどの腎臓疾患でネフローゼを起こしたさゆみ氏。いつ死んでもおかしくない状態の中で、「死なないよ」とささやく大地君の声が聞こえたような気がしたこと。幼稚園の友達には、大地君の姿が見えたことが度々あったこと。そして、命日の満月の夜から、突然水分の排出を繰り返し、ネフローゼが全快したこと。こんな奇跡を繰り返す中で、佐々木ファームはありがとう農法で元気を取り戻していったのです。
現在、佐々木ファームは就労希望者が後を絶たず、順番待ちになっているのだとか。この日は、4人のスタッフがさゆみ氏とともに上京しており、佐々木ファームに入ったきっかけや、日々の仕事で感じていることなどを語りました。
そして、その後は新井氏から「佐々木ファームのこれまでもドラマチックだったが、財務状況も非常にドラマチックだった」と、鎌倉投信との関わりの話も。
佐々木ファームのありがとう農法で生産する野菜は、味が良いうちに、他の野菜に比べて日持ちが格段に良いために市場では大人気ですが、収量は農薬を使った場合に比べて1/10程度。冬季の雪を利用する冷蔵シェルターを4700万円かけて建設するなど、財務的には相当に辛いはず。しかし、「あまり財務とか考えてこなかった」とさゆみ氏。
新井氏が佐々木ファームを訪れたのはその折だったそうですが、さゆみ氏が草取りをしていたために約束の時間に遅れたことを、新井氏は厳しく怒ったのだそうです。「"村上さん、幸せになりたいんじゃないの? そんなときに草取りしてていいの?"と2時間くらい怒られた」とさゆみ氏。日を改めて話し合った結果、財務上、鎌倉投信が支援できる状態でないため、新井氏が提案したのが佐々木ファームのサポーター制度の「ありがとう会員」でした。
これは、年会費を払って会員になると一定量の野菜が定期的に送られてくるシステムです。そして、大久保氏から「佐々木ファームの素晴らしさは、現地を訪れないと分からない。そのツアーを開催するが、参加資格は、ありがとう会員になること」と呼びかけがあり、この日の経営理念塾は終了となったのでした。
全5回で開催された「いい会社の経営理念塾」。企業業種はいろいろでしたが、その経営者の姿には、確かに共通している「何か」があったことは間違いありません。信念なのか、優しさなのか、使命感なのか......。その答えはこんな原稿の末筆に記すものではないでしょう。登壇した経営者の言葉から感じたことを、そのまま大切に持ち帰って、それぞれの企業、団体で活用してみてください。