シリーズコラム

【コラム】市場のステンドグラス化とこれからの働き方

インタビュー:石川雅紀さん(神戸大学大学院経済学研究科教授)

大量生産の時代から多品種少量生産へと市場構造は変化をしてきている。これまで一部の人の特別なものと理解されてきていた「オタク市場」は、インターネットやロジスティクスなどICTの発達に伴って進化を遂げ、分散型の社会を成立させつつあるように見える。このような状況を「市場のステンドグラス化」と捉える、神戸大学大学院経済学研究科の石川雅紀教授に、そういった社会での企業のあり方や、オフィスワーカーの働き方はどう変わっていくのかうかがった。

価値観が際立つ小さな市場がいくつも成立する社会

-市場のステンドグラス化とは、どういうことでしょう?

ステンドグラスはさまざまな色の小さなガラスを結合して絵や模様を表現したものですが、それぞれのガラスはグラデーションがなく、輪郭がはっきりしています。いま、日常的に提供されている商品やサービスの多くはコモディティですが、私たちの消費行動の中には、自分だけのこだわりによるものがありますね。オタクに代表されるような、ある特定の人にとっては価値があるようなものが市場として成立してきています。このような状況をステンドグラスの小さなガラス片に擬えて、市場のステンドグラス化と呼んでいるわけです。

-いま経済社会はそういう状況になりつつあるのでしょうか?

たとえば、音楽ではビートルズの時代のヒット曲といえば、世界中でものすごい勢いで売れていました。親は知らなくても友だちはみな知っていた。でも、いまはまったく違うでしょう。同じ世代でも知らない。ヒットのスケールが小さくなっていて、みんなが同じ音楽を聴き、同じ本を読む時代が終わったのではないでしょうか。それはステンドグラス化してきているからです。AKB、SKE、NMBなど、どう区別していのかと思いますが、できているわけですよね。

ステンドグラス市場が成立するインフラとしてSNSなど、ICTによるネットワーク技術が大きな役割を果たしています。
日本には1学年で200〜300万人いるとすれば、前後5年で1,000万人くらい。その中の10人に1人が買えばミリオンセラーになるわけですが、そのために全員にリーチしようとすると、マスメディアに頼るしかありません。差よりも共通部分が大きい場合にはそれが効く。メディアでプロモーションをやって盛り上がりをうまくつくれば、それが可能でした。しかし、もとから5万人しかいない市場だったとしたら、そんな効率の悪いことはできないですよね。5万人を相手に全国メディアは買わないでしょう。それがSNSであればピンポイントでリーチできる。ステンドグラスのある色を入力すれば、みな反応する。マスメディアしかなかった頃にはビジネスにならなかったものが、成立するようになってきたわけです。

-価値観の多様化とどう違うのですか?

価値観の多様化と一括りにしてしまうのはピントこないですね。ステンドグラスの中だけで生きている人はいません。疲れるし、面倒でしょう。ステンドグラスの中はハレの世界ですから、心理的にはコストが高い。自分はほかとは違うと、仲間と盛り上がっているのは日常ではない。そういうものにお金と時間を使えるようになっているということですね。

ICTの発達によって、需要は小さくても供給側は差別化したものを効率的に供給できるようになってきています。また、こだわりの中にもアフォーダブルなこだわりもあります。つまり、いくつもあるこだわりの中で手頃なところに所属して安心する、楽しむことができるようになっています。従来の大量生産方式では不可能であったことが、ICTなど技術の進歩によって多品種少量生産が効率よくできるようになり、ロジスティクスもそれに対応できるようになってきて、直販のコストが下がってきているという状況がありますね。

ステンドグラスへの対応にはスケールメリットが効かない

市場のステンドグラス化が進んでいる。※写真はイメージです

-ステンドグラス化が進むのはどういう分野でしょうか?

音楽市場ではステンドグラス化はすでに起こっています。昔ならインディーズは成立しませんでした。ゲームもそうでしょうね。考えてみれば、音楽やゲームをクリエイトしていく作業は生産性が低いものですが、そういうものがSNSやYouTubeなどのツールにのって、ブロックバスターにはならなくても、そこそこの収益を上げるものにはなってきていると思います。
有機野菜など生産者がわかっている野菜には一定のニーズはありますから、農業分野やフード分野がステンドグラス化する可能性もあります。それで市場が成り立てば、需要・供給の双方とも幸せでしょう。いまの大企業や農協が全部生き残るのがいいのかというと、それはわからないですよね。

-企業はどのように対応していけばいいのでしょうか?

大企業はステンドグラス市場をターゲットにせず、その土台のところ、プラットフォームやインフラ部分をやってスケールメリットを出していくのではないでしょうか。ステンドグラスを相手にするには工夫が必要ですから、コンテンツそのものでなく、スケールメリットを出せるところで勝負する。それができているのがアマゾンや楽天といった企業でしょう。

大企業の多くはステンドグラス1枚ずつの市場に対応できるようには、簡単には変われません。生産と研究開発のスケールメリットが出るところで勝負してきていますからね。ステンドグラス市場ではスケールメリットはメリットにならない。生産では過剰供給力でしかないし、研究開発のほうもたぶんダメだろうと思います。シーズを創り出すことはできるかもしれませんが、ニーズは少し違っていたらわからない。わかられたくない人たちを相手にするわけですから大変です。優秀な人を集めて研究すればできる類のものではありません。

ステンドグラス市場では、需要と供給の関係がこれまでとは違うのではないでしょうか。他人にとってはどうでもいいところを価値化するという話ですから、そのステンドグラスに半ば足を突っ込んでいる人が一番いいわけです。そうすると、スケールメリットは出せないんですが、そういうのをオーガナイズしていく方向というのはありそうですね。

-ステンドグラス化によって社会はバラバラにならないでしょうか?

世田谷の経堂にパクチーハウスという、世界で初めてのパクチー料理専門レストランがあります。日本人はパクチーが苦手な人が多いんですが、食べ慣れるとやみつきになるようで、いま人気で予約がとれない。これはステンドグラスマーケットですね。
パクチーハウスに集まる人がいて、その人たちはパクチーのステンドグラスに所属しているのですが、別のステンドグラスにも属しているわけです。
つまり、別なカードをもっていて、そこで出会って話をして、ビジネスも始まっている。ですから、ステンドグラス化するといっても、単に閉じてしまうだけでなくて、そこからつながり、広がることもある。そこに価値が生まれる。実際に、一人ではできなかったことが、出会って価値が生まれているんですね。

ステンドグラスは同一な人を集めているようで、多様な出会いもつくっている。そこから生まれるコミュニケーションで新しいビジネスが生まれています。ステンドグラス化しているからといって孤立しているわけじゃない。それを出会わせるビジネスもありうる。アナログにフェイス・トゥ・フェイスでやることにも価値がありますね。実際に会って話せば、しゃべり方、言葉遣い、仕草、態度、服装などの情報が相まって刺激されることは少なくありませんよね。

続きを読む
価値をつくり出すクリエイティブな仕事は分解できない

価値をつくり出すクリエイティブな仕事は分解できない

クリエイティブな仕事を細分化することはできない。※写真はイメージです。("database plan" photo by tec_estromberg[flickr]

-個人としての働き方はどう変わっていくのでしょう?

インフラを支えるような、コモングラウンドを支える公務員や大企業での働き方はそう変わらないかもしれません。ただ、これから新しく生まれてくるステンドグラス市場を目指す企業、ベンチャーで働く人はずいぶん違ってくるんだと思います。ステンドグラス化に対応するには、差がわからなければならなくて、それは中の人でなければ難しい。外の人からは違いがわからないことに加えて、技術革新によってより洗練されたオタクになっていくわけですから、中の人にしかできない。中の人がほしいと思うようなものを供給していくには、これまでのように時間を管理して、作業を標準化してスケールメリットを活用するようなやり方は通用しないでしょう。

一つの仕事を分解して、それぞれの担当を決めて、その役割を果たすことで次のステップに移れるのであれば、スケールメリットも生かせるのでしょうが、たぶんそうはいかない。たとえば、これまでの大量生産方式の中での営業担当の仕事は自社製品を売ることでした。しかし、ステンドグラス市場ではそうではありません。お得意様が自社製品をなぜほしいと思っているのか、どこに価値を見出しているのかという情報をとってくることなんです。お客様が本当のところ何がほしいと思っているのかを引き出すことができれば、あとはなんとでもできる。しかし、それはスタブとして分解できない。営業の仕事を「ニーズを引き出しくる」と書き換えただけではできません。たとえば、開発スタッフとの会話から得たものをお客さまに話したら、「実はこれこれこうで...」と本音を聞けたりすることがありますよね。そういうこれまで、スタブとして分解できていない、外の人には切れないような付加価値が一番高いところをスタブとして切れたらビジネスとして成り立つでしょう。こう定義すればほかの会社にできないことが自社では外注化できるという話ですね。それは成立するし、付加価値の高いことです。それでもできない部分については、ミーティングやリアルに技を使ってクリエイティブにやっていくのでしょうね。ただ、ビジネス全体でみると、そういう領域は減っていくのだろうと思います。

分岐しながら相互に支えあう社会に

-20世紀までの集中型から分散型へ移行しているということでしょうか?

集中型か分散型のどちらかに集約されるということではないと思います。供給側の企業は2つに分かれていっているのではないかとみています。ステンドグラス化した小規模なオタク製品を供給する企業とプラットフォームを提供する巨大な企業とに。先ほども申し上げたとおり、オタクマーケットが成立するのはインターネットとアマゾン、楽天といったプラットフォーム、宅配便とったインフラがあるからで、そのインフラは巨大な企業が担っています。しかし、コンテンツはアマゾンではつくれない。年間数億円という小さなマーケットですから、やはり小規模な企業がつくっていくことになる。それを支えるためには、いままで以上に巨大かつ集中した効率的なICT、ロジスティクスなどのネットワークが必要となってくるわけで、どちらが勝つというものではなくて、分岐しながらも互いを必要としながら両方が支えあっている状態なんだろうと思います。 先ほど、音楽や農業分野についての話の中で、ステンドグラスでも市場が成り立てば、需要・供給とも幸せだろうと申し上げたのですが、ステンドグラスに変化した社会は、みなそれなりに機嫌よくすごせるのではないかという気がしています。

石川雅紀(いしかわ・まさのぶ)
神戸大学大学院経済研究科教授

1977年東京大学工学部卒業、84年同大学広角系大学院博士課程化学工学専攻単位修得退学、89年工学博士(東京大学工学部)。東京水産大学助教授を経て、2003年から現職。政府、自治体の審議会、委員会においてリサイクル、省エネルギー、温暖化ガス削減、容器包装などに関する専門家として活動するかたわら、NPO法人ごみじゃぱん代表理事を務め、「減装ショッピング」を推進する。「わからないけど決めなければならない問題」の解決のため、自主的アプローチ,コミュニケーションを活用した活動にも取り組んでいる。

おすすめ情報

注目のワード

人気記事MORE

  1. 1【丸の内プラチナ大学】開講のご案内〜第2期生募集中!〜
  2. 2BFL地方創生セッション vol.3 「レジリエントカンパニー」
  3. 3【大丸有】「大手町の森」に見る次世代都市緑化の可能性
  4. 4MBA白熱教室 vol.0 in 3×3 Lab Future 〜シェアリング・エコノミー時代の戦略的思考〜
  5. 5【レポート】会津若松の未来をIT、商工業、農業で深く徹底的に掘り下げる(会津若松・前編)
  6. 6【レポート】会津若松の未来は小さな一歩から(会津若松・後編)
  7. 7【CSV経営サロン】2017年度 第3回CSV経営サロン
  8. 8さんさんネットワーキングvol.18~小布施で本と栗と牛を養う親子の話
  9. 9BFL地方創生セッション vol.4 「地域に必要な情報発信、メディア機能」
  10. 10【VOICE】竹内純子さん

シリーズ

過去のアーカイブ(2013年5月以前)