シリーズコラム

【コラム】農福連携を突破口に社会課題の解決を

福祉は地域が有する“活用すべき”社会資源

(左)林正剛さん、(右)濱田健司さん

障害者の経済的自立という福祉の課題と、高齢化・後継者不足という農業の課題を掛け合わせて解決を試みる「農福連携」。動き出してまもないこの取り組みの可能性に期待が寄せられる一方で、克服すべき課題も少なくない。2014年は「農福連携元年」と言われる中、この問題に二人三脚で取り組んでいる、特定非営利活動法人日本セルプセンターの林正剛さん、一般社団法人JA共済総合研究所の濱田健司さんに、農福連携の課題や今後の取り組みなどを聞いた。

持っている資源を活用して農業に飛び込んでいく

-そもそも「農福連携」に取り組むきっかけはどのようなことだったのでしょう?

林:私はもともと滋賀で障がい者の就労を支援する中間支援団体の職員で、現在は日本セルプセンターに出向しています。東京に来たきっかけは東北の被災地支援。当センターは被災地支援委託事業を行政から受けていて、その事業の担当として声がかかったわけです。それで、東北支援関連のイベントが都内で開かれたときに、たまたまJA共済総研の濱田さんが立ち寄られて、障がい者就労と農業のマッチングについてのお話をうかがったのが、農福連携との出会いです。

日本セルプセンターのホームページその後、濱田さんから当センターのオフィスでも話を聞きましたが、そのときは障がい者が農業に就くという視点がなく、メリットはわかるけれども、農業は儲からないよねと。もちろん、以前から農業が障がい者の情緒的な安定にも役立つし、作業としても合う人がいることは理解していましたが、障がい者の収入の向上を目的とする日本セルプセンターが、わざわざ儲からないと思っている農業に取り組む必要があるのか疑問を持っていました。でも、いろいろ話をしてみて、面白いなと興味を持ちました。

濱田:農林水産省では2012年に農福連携に関して予算化し制度設計を開始していましたが、何か施策を打つにしても福祉分野に通じている手足を持っていない。セルプセンターには全国に26のブランチがあり、全国社会就労センター協議会を合わせると、都道府県すべてを網羅していますので、セルプセンターと連携すれば農福連携が進むと考えました。

農水省では昨年度、農福連携の事例や実態を調べるため、農村振興局都市農村交流課で調査に必要な予算をとった。その調査研究事業を日本セルプセンターが受け、セルプセンターと全国社会就労センター協議会登録の全障がい者施設を対象に、アンケート調査などを実施し、JA共済総研が集計・分析を行い、調査報告書としてまとめました。

-「農福連携」を推進するにあたっての課題はどのようなことでしょう?

林:地方では障がい者が農業に就く動きは広がりつつありますが、障がい者施設で行われている農業は、作業の下請け程度という形態が多いのが事実で、そういった作業で収入を上げていくのはなかなか難しい状況です。わたしたちが目指す先にあるのは障がい者が農業の担い手となることですが、しっかりとした生業にするには程遠い現状です。農福連携を進めていくためには、担い手を目指す視点も大事ですが、まずは障がい者施設にいまある資源をもって、いま出来ることから農業に飛び込んでいくことが必要ではないかと思います。

福祉サイドからは、もう少し入口で「農」に親しむことをやらなければ農福連携は進まないでしょう。担い手として農業の雇用を目指しつつ、施設や障がい者の自立を促すことを「農」との関係性の中でつくれないかという思いから、農福連携にかかわり始めたというわけです

濱田:農福といっても従来の意味とは変わってきています。「農」は単なる農業ではなく加工や販売が入ってきます。林業や水産業や場合によっては再生エネルギーも入ってきますね。福祉は障がい者のほか生活困窮者やニートなどの人々も対象です。それから高齢者も入ってきます。障がい者手帳を持っている人が744万人、高齢者の要介護認定者で580万人、これにニートなどの人々を入れますと、おそらく1,800万人を超えるすごい数になると思います。日本の人口の約15%。さらに高齢化が進めば、国民の5人に1人がなんらかの障がいや貧困等の問題を抱えるかもしれません。そういうところもターゲットになるわけです。

林:農福連携の前に福祉との連携とはどういうことかというとき、障がい者施設が有する資源を有効に活用していくことを考える必要があります。施設はたいてい市町村に1つはある。そこでは、その施設を利用する障がい者がいて、その障がい者が社会的、経済的な自立を図るための就労支援事業として、パン・菓子製造をはじめとするさまざまな食品加工や木工品、縫製品などの事業が実施され、生産のための設備が導入されています。施設、設備、技術そういう資源が地域にはあるはずなのに、それが福祉サイドだけのものになってしまっています。本来は社会資源。地域のみんなが活かせる社会資源のはずなのに、枠から出て行かないんです。地域の人もその資源に気づいていないのが実情です。ですから、まずは福祉サイドから出て行って、地域の人に自分たちの活動を知ってもらうことが福祉との連携の始まりだと思います。

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福祉にとっての農業のメリット

福祉にとって農業は収入や雇用以外にも大きなメリットがある

-「福」の力を活用するというアプローチとは、具体的にどんなことでしょうか?

「福」の力の活用イメージ(セルぷセンター特設サイト「「農」と福祉の連携ねっと」より)林:たとえば、採れすぎた野菜やわけあり果物をどうするかという農家の課題に対して、障がい者施設には食品加工の技術や設備がある。従来では、それぞれが出会うことがなかったのをマッチングすることによって付加価値が生まれます。おみやげや地産地消の商品、B級グルメの食材にできれば地域も活性化するでしょう。そして障がい者が農業の担い手となり農家に雇用されたり、作業収入が上がったりしていけばさらに良し!ですね。単に農家が下請に出すということでなく、近江商人の「三方良し」のように、互いの強みを活かして利益を地域に還元していけないか。それが農福連携の目指すところです。

濱田:福祉サイドで農業に取り組んでいるのは33.5%で、既に3分の1が取り組んでいます。さらに、今後取り組みたいとするのが12.7%、やめてしまったのが6%です。このように、かなりの障がい者施設が農業をやっていたり、やろうとしているわけです。福祉サイドが農業に取り組むことの意義は、単に収入を上げる、雇用を生むだけでなく、教育効果があり、リハビリにも、レクリエーションにもなるところです。さらには施設で食べる食材にもなりますね。始めから就労や雇用を求めると難しいけれども、農業をやること自体、福祉サイドに意味があることなんです。

農家サイドから障がい者の方を雇用しようとなったときに、多くの農家が赤字かギリギリのところでやっている中で、たとえパートとしても恒常的に雇うのは大変です。しかし一方で農繁期などは人手が足りませんから、障がい者施設にお願いできるのであればありがたいはず。主たる担い手になるかは別にしてパートの代わりにはなるでしょう。障がい者の方には障がい者年金がありますので、月に5〜10万円のパート賃金があれば、地方ではある程度の生活ができます。

-お話をうかがっていると、農と福にはすごく親和性があるように感じますが

濱田:一番の問題は意識の壁です。人口の1割が障がいを持つはずなのに、周りにいないし、障がい者との接点がない。あるいは、身近にいてもどう受け入れていいかわからない。障がい者と聞いた瞬間に壁ができてしまうんです。「本当に農作業ができるんだろうか」「周りに迷惑をかけないか」と不安になって受け入れない。でも、実際に障がい者の方が働いているところを見学したり、研修で受け入れてもらえば、かなりの方が受け入れようとしてくれます。彼らの純真な姿や、時間はかかるけれどもていねいな仕事ぶり、障がい者とのコミュニケーションから、何かが得られる。もちろん大変なこともありますが、それ以上のよさを農家自身が感じてくるわけです。

農福商工連携、さらには社会課題の解決へ

-今後、どのようなことに取り組んでいこうとお考えでしょうか?

濱田:先ほど、林さんが話されたマッチングというところですね。農と福が出会う場をつくっていきたい。それから現場の方に動いてもらうときに相談に乗る窓口が必要です。鳥取県では農業改良普及センターとセルプセンターの関係団体である鳥取県障害者就労事業振興センターが一緒に取り組んだ事例があります。普及センターは農家を回って求人や仕事を見つけてくる。振興センターは障がい者施設を回って仕事を紹介すると。このように意識啓発、マッチング、コーディネートまでできる組織体制を整備していければと考えています。それはNPO法人かもしれないし、他の組織かもしれないけれども、これらの機能をどこの誰がやるのかまで落とし込んで予算をつければ回っていくでしょう。

ぎょうれつ本舗のイメージイラスト(林氏提供)それから、まだ農福連携が広く認知されていませんので、先進事例や面白い取り組みにスポットをあて、いわばヒーローをつくっていくことが必要だと思います。たとえば、林さんの地元の滋賀に社会福祉法人虹の会が運営する「ぎょうれつ本舗」というのがあります。障がい者たちが行っている移動販売なんですが、軽四輪を何台も連ねた移動商店街です。このような活動をメディアに紹介しながら、障がい者は社会の中で役割を果たせるんだと、農福連携はできるんだと、どんどんアピールしていこうと思います。

林:大きなプロジェクトやハードから導入するとハードルが高くなってうまくいきません。「ぎょうれつ本舗」は限界集落などの買い物難民にすごく喜ばれています。社会貢献している姿を地域の人に見てもらうことで障がい者にやりがいが生まれる。認められて褒められて、互いに感謝する関係になるのはハードルが高くはありません。そんなハードルの低いものを多様な関係の中につくっていくことが大事だと思います。

-農福連携で、ほかの社会課題も解決できそうですね

濱田:そのとおりです。農福連携によって地域が抱えるさまざまな問題が解決できます。福祉が入ることで、横串を刺すように、バラバラだったものがつながっていくんです。農福連携から農福商工連携も見えてきます。都市と農村もつながります。ある企業では、静岡に特例子会社の支店をつくり、そこから地域の農家に障がい者を派遣し、できた農作物を買い取る、そんな取り組みを行っています。これはまさに農福商工連携ですよね。これなら都市と農村を結びつけることができるでしょう。手始めに、農産物を企業が買い取って株主優待で配るようなことでもいいじゃないですか。雇用でなくても、障がい者にとっては働く場があることが重要なんです。

農産物をつくることだけが農業ではありません。農的な活動を通じて社会に役立つ、そしてその中から利益を得る。スウェーデンの農業ではそんな仕組みになっています。日本の農業もそういう発想を持って、いままでの概念を取り払えば、農福連携はもっともっとできるはずです。

林:農福連携は農業、福祉のあり方自体を押し広げていくもので、社会のあり方を変える力があります。福祉は人間同士の、農業は人間と自然との関係の話ですね。いままで効率だけを追い求めてきた社会は立ち行かなくなってきています。人間の社会は多様です。障がい者も一緒に生きていける社会でなければいけないでしょう。そういう社会に向けてブレークスルーの役割を果たすのが農福連携だと思います。

濱田健司(はまだ・けんじ)
東京農業大学大学院修了、元慶應義塾大学大学院特別研究教授等。現在、JA共済総合研究所主任研究員/農林水産省農林水産政策研究所客員研究員/「農」のある暮らしづくりアドバイザー。博士(農業経済学)。

障がい者の就農に関する調査研究とそれを広めるための意識啓発、助言、講演などの活動を行う。人間と自然の多様性、そして「農」の福祉力や自然農を含めた農福連携に注目し、地域や人間関係まで包括した共生・共創の『農生業』を提唱している。直近の主な著書 「三方よし、そして四方よし、五方よし」『コトノネ』第11号.2014,8/「「農」の福祉力を活かした障がい者就農への取り組み」『ダイバーシティの時代』2014,7  /「障がい者施設の移動商店街(移動販売)による買物支援」『共済総研レポート』No.133.2014,6/「スウェーデンにおける農を活用したグリーンケア」『共済総合研究』Vol.68,2014.3/「福祉農業のとりくみの広がりとその可能性」『農業と経済』第79巻10号,2013.11/「JAが高齢者生活・福祉支援に取り組む意義」『農業協同組合 経営実務』第68巻10号,2013.9

JA共済総合研究所

林正剛(はやし・まさたけ)
特定非営利活動法人日本セルプセンター コーディネーター。

地元滋賀の中小企業に入社後、OA機器販売会社に転職し営業職に就く。営業先であった滋賀県社会就労事業振興センターが「地域の中で誰もが当たり前のように働き、暮らし、しあわせを実感できる社会を目指す」活動に共感し、10年勤めた企業を退社、障害者就労支援の中間支援団体職員となる。平成23年には、厚生労働省の委託で被災地支援担当となり、滋賀のセンターから出向し現職。被災地支援のみならず障害者の働くことを軸としたさまざまな事業の企画運営に携わる。 (担当事業)・被災障害者就労支援施設復興支援事業(厚生労働省、岩手県、宮城県、福島県委託事業) ・農と福祉の連携プロジェクト事業(農林水産省事業)

特定非営利活動法人日本セルプセンター

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