シリーズコラム

【コラム】インドの子どもたちに学ぶ楽しさを伝える

インタビュー:原田 尚さん(株式会社リコー)

いま、多くの企業がCSV、CSRを掲げた新しいビジネススキームの開発に取り組んでいる。一方で、組織によらない個性を持った人材が自社内の逆風の中にあっても果敢に活動し、ビジネスを起こしている例も見受けられるようになってきた。今回は(株)リコー社内で、NGOのセーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)と協働でインドのBOP向け教育サービス事業を立ち上げた原田さんに、お話をうかがった。

『自ら行動し、自ら創り出す』リコーの行動指針を実践

-BOP(Base of the Pyramid)と呼ばれる貧困層は世界人口の6割を超す、約40億人のボリュームゾーンで、ここを取り込んでいこうというのがBOPビジネスですが、御社のBOPプロジェクトは少し違いますね。SCJとの協業やインドに渡っての調査などを実現するのは簡単ではないと思いますが

一般的に企業の組織の中でこのような動きをするのは難しいのかもしれません。まず当社には『リコーウェイ』という理念が掲げられていて、その中の行動指針には「自ら行動し自ら創り出し、相手の立場に立って考え行動し、社会の発展と個人の幸福の一致をはかり、地球・社会の持続的発展に貢献する」ことがリコーの使命だと謳っているわけです。また、経営トップも「企業活動を通じて経済価値を創出すると同時に、社会が抱える問題の解決にも積極的に貢献しなければならず、その取り組みこそがイノベーションを生み、さらなる価値の創出につながる」という趣旨のことを述べていて、リコーが目指す方向とこのプロジェクトは非常にマッチしていると感じていました。
また私が入社するときに、当時の社長が「当社は労働組合がない。雇う側、雇われる側という関係ではなく、社員全員で経営している会社だから、今日から経営者のつもりで働いてくれ」と話しをされたのをそれ以来二十数年間、真に受けていて行動しています。そういう面白い会社に入って、会社もそれを求めているのだから、自分自身で新しい事業を創っていくことは当たり前のこととして、ただそれを実践しようとしてきただけなのです。

-これまで原田さんは社内で社会課題の解決へ向けて、何か取り組んできたのでしょうか?

今回のプロジェクトをはじめるまで、そういった活動をしたことはありませんでした。今までは商品開発や顧客ニーズの探索活動などの業務に携わってきました。その後、プロジェクターやテレビ会議システムなどコミュニケーションツールを使ったソリューション企画の業務に就くことになったのですが、その分野における事業戦略の要素としてあがったのが「新興国市場」と「教育市場」でした。市場の成長性、商品とのマッチング、販売リソース、チャネル等で絞り込んでいくと、エリアとしては中国・インドが、ターゲット分野としては教育現場がフォーカスされたわけです。リコーは複写機や印刷機を事業の中心に据えていますので、教育市場というと学校にコピー機やプリンタを販売することをイメージするのですが、今回は教育現場への価値提供を目指そうとなりました。つまり、教室の中で使えるプロジェクターや電子黒板(IWB)を開発して、子どもたちの学習能力向上に貢献できるのではと思ったわけです。それで一度、インドに行ってみようと思い立ったのが、インド教育支援プロジェクトをはじめるきっかけでした。はじめは社会課題の解決なんて思ってもいませんでした。

-事業戦略として、インドの教育市場が選ばれたわけですね

そうなのですが、当時インドは成長性の高い新興国のひとつとして漠然と捉えていただけでした。教育市場も知見がなかったので、まず社内にマルチメディア・エデュケーションという名前でワーキンググループを立ち上げ、国内外含めて教育市場へのアプローチの検討を重ねました。そして地域としてのインドとの掛け合わせで最大化できるのではと言った単純な論理です。
ここで通常ならビジネスの仮説を立て、いろんな部署とネゴしてから、その仮説を検証するためにインドに行くという流れになるのでが、私はそのような仮説検証型のアプローチがあまり好きではなく、どちらかと言えばインスピレーションで動くタイプなんです。でも、それは"あてずっぽう"というのではなく、これまでの経験に基づいた損得勘定なしの判断力だと思っています。

-いくらリコーが面白い会社で、「自ら行動し自ら創り出す」行動指針があっても、普通なら、それほど簡単にインドに行けないですよね

もちろん、そうです。最初の出張では、国内の教育市場を含めた官庁等への営業の経験者や財務・事業戦略等に強いメンバー、基幹事業である複合機(MFP)の企画担当と4名プラスNGOでチームをつくってインドに乗り込みました。私の場合は、行ったこともない国の仮説なんて使い物にならないと思い、自分の目で見てからその後のことを考えることに決めていました。当時の上司は「リコーはグループ10万人、2兆円を売り上げている企業だから、そこの課長・次長クラスの人間がこの程度のことを即断できなければ会社はだめになる」と言う視点の高い人でしたので、ではお言葉に甘えて自分で決めて好きに行動しようとなったわけです。
ですが他のメンバーは、なかなか出張申請が通りませんでした。今までのやり方では、訪問の仮説を立てて検証項目を検討して、手続きを経て稟議を回し関連する部署の許可をもらってようやく現地に入ります。そしてその仮説が正しいか検証してPDCAのサイクルを回して...となるのですが、当たり前ですが、なかなか納得感のある仮説が立てられない。
もちろん、スタンダードなルールを守ることは大事ですけれども、それは成功事例をもとにつくられた"よりどころ"であって、イノベーションを起こそうとしたら、そのラインに乗ってばかりではうまく行かないのではないでしょうか。ルールには必ず例外がある。私は自分の職種は例外を通らないといけない仕事だと思っていて、確信犯的にこういうアクションをしているというわけです。

-SCJと一緒にインドに入ったそうですね

はい。SCJの人たちと一緒に入ってよかったのは、現地NGOの協力のもとリアルな学校現場、教室、それからスラム街など、通常の出張では立ち入れないようなところを訪問させてもらったことです。さらに、インド教育省のトップレベルの役人、大学の学長などの面会が難しい高官にも会うこともできました。

- ビジネスとしてSCJと協業したんですよね?

最初にその部分はしっかりと説明をして賛同してもらいました。「私たちはお金を寄付して、子どもたちのために使ってくださいということでなく、ビジネスをしに行きます」と。「リコーは子どもたちに教育の機会を与えるサービスや商品を持っている。これを継続的に供給して、どんどん良くしていくためには、それを支える資金が要る。その資金を調達するためのビジネスをしに行く。それでも組めるのであれば一緒に行きましょう」と話しました。SCJ側も、企業との連携のやり方としては新しいトライだったようですが、「資金援助が途切れたら支援活動が終わってしまうやり方でなく、継続的に回るエコシステムをつくる」というところに共感してもらえたと思います。

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共創することで価値を最大化する

共創することで価値を最大化する

-インド教育支援プログラムについて、ご説明いただけますか?

インドに入って最初の2週間で小・中・大学と36ヵ所の教育現場などを見させてもらって、一番の課題と感じたのは小学校の低学年、最初の導入部分の環境が良くないということ。日本では近年、ICTを活用した個別学習、協同学習など、新しい学び方について取り組みが始まっていますが、インドでは黒板の前に先生が立って、大勢の生徒に教えているという古くからあるスタイルでした。子どもが多すぎて教室から溢れていて、教室、教材、教員と何もかも足りない。
モノやインフラが足りないのは当たり前なのですが、ここで新しい気づきをセーブ・ザ・チルドレンと行動をともにしたことで得られました。子どもの視点で感じることの大切さを教わり、子どもたちに学ぶ楽しさを知ってもらいたい、それから学ぶことでこんなチャンスが生まれるんだということを、子どもたちだけでなく、教育機関や地域コミュニティにもわかってもらえることがもっと大切だと感じ、プロジェクトの方針を決定していきました。
そこで浮かんだ言葉が『クールジャパン・エデュケーション』です。本家とは何も関係なく勝手にメンバーで呼んでいるだけなのですが、その想いは①日本の数ある教育手法、ノウハウ、コンテンツ、技術をインドの子どもたちへ届け、学ぶ楽しさを伝えたい、②その技術・ノウハウを持っている企業と連携して、新興国でのビジネス参入の機会を創出したい、③現地の企業やローカルでのビジネス創出を行い、エコシステムを創っていきたい――の3つです。
プロジェクターを持って行ってデジタルコンテンツを見せると、子どもたちは釘付けになって先生も驚くのですが、その驚きや感動を維持するデジタルコンテンツを供給していくのは難しい。そこで思いついたのが、私が小学校のころに毎月家に届くのを楽しみにしていた、ピンホールカメラやリトマス試験紙などのリアルな科学実験教材です。このようなリアルな教材とデジタルコンテンツを組み合わせれば、興味をさらに引く面白い体験授業ができるかもと思ったわけです。教材をつくる企業はインドへ参入する機会が得られますし、ローカルで生産を進めればインドの中でビジネスが生まれます。デジタル教材もインドで制作し、電気も必要になりますから蓄電池や電池リサイクルのビジネスも立ち上がってくるかもしれません。

-JICA(国際協力機構)のBOPビジネスを支援する枠組みである『協力準備調査(BOPビジネス連携促進)』に採択されていますね

はい。JICAへの申請ははじめてでしたので、提案書の作成含めて試行錯誤しながらでしたが採択していただきました。JICAは新興国へ日本企業が進出する機会をつくるためたくさんのプロジェクトを支援していますが、その中でビジネスとして成功するプロジェクトがなかなか出てこないというのが課題ということを聞きました。そこで、JICAにお願いしてインドでのプロジェクトを実施した企業を集めてもらい、ネットワーキング会を開催してもらいました。20社くらいが集まったのですが、そこで各社の製品やサービスを組み合わせたら面白いことができるんじゃないかと。そのときに意識したのが、リコーのため、◯◯社のため、あるいはインドでのビジネスを活性化するためということでなく、みんなで連携して日本のいいところを海外でも役立ててもらう。クールジャパンエデュケーションと呼んだのには、少なくとも日本レベルで連携をしていこうという想いを大切にしたいからなんです。そうなれば、競合などといった話は関係なくなり、多業種間の企業連携の話に自然となっていくわけです。

つまり「共創することで価値を最大化する」ことを目指そうと。日本の視点からは、国(JICA)とNGO(SCJ)、企業(リコー、コンテンツ会社、教育手法)の共創関係を構築して、インフラ、システム、コンテンツ開発を行い、インドの教育現場での本当の困り事を解決する価値を提供し、ビジネス創出を行っていくということになります。
一方、インドの現場視点では、政府教育機関、現地NGO、現地企業(コンテンツ制作、配給、ファシリティ、ファイナンス)、現地法人(マーケティング、セールス、ロジスティック)を使って、継続的にサービスを改良して提供できるエコシステムをつくっていきたいと考えています。

>>インドBOP向け教育サービス事業の準備調査を実施
>>インド教育支援プログラム

社内ではなく、社外に評価してもらう

-組織の中からイノベーションを起こすためにはどうすればいいか、お考えをお聞かせください

社外に評価してもらうというアプローチをとりました。JICAに応募した理由のひとつでもあります。採択されたことで国のお墨付きでプロジェクトをスタートさせることができました。またSCJの事業方針の重点プロジェクトにもなっています。そして、関連する企業との連携を深めていくことで、"社内の調整ごと"でなく、"日本企業として取り組むべき事業課題"へと昇華させていきました。

JICAにはさまざまなプロジェクトが持ち込まれているわけですが、その中から期待を込めて投資してくれたというのは強力なエビデンスになり、社内でも大きな変化が起きました。プロジェクトの資金についても、外部から活動資金をとってくるためには、本当の価値を表現し、理解、共感してもらわなければなりません。ベンチャーの経営者は常にそういった意識で行動していると思いますが、大企業ではこの辺りが社内整合やプロセス化に意識が行き過ぎているのかもしれません。外部からの期待を得た分、違った意味での責任の大きさを感じています。

これまでの活動をとおしてインド現地法人の社長に思いが通じ、強力な支持を得ることができました。そして、ここで私はバトンタッチすることとなりました。現在はオフィシャルなプロジェクトとして、主要メンバーとともに海外マーケティング部署に主管が移っています。プロジェクトチームから一つステップアップして、既存の強い組織のリソースを活用して動き出しますので、今後プロジェクトがどうなっていくのかとても楽しみで、これまで以上に驚くような出来事が起きてくるのではないかと大いに期待しています。

(はらだ・たかし)
株式会社リコー VC事業部Visual Communication 事業センター デジタルサイネージPT

VC事業部Visual Communication 事業センター デジタルサイネージPT 1990年リコー入社。ドキュメントソリューションソフトの開発、PMを経て2005年にシリコンバレーに赴任。現地にてエスノグラファを起用した潜在ニーズ発掘のための専門組織の立ち上げ、オンラインストレージサービスの事業立ち上げを経て2011年に帰国。現在は新規事業領域でのビジネス、サービス企画を担当。

株式会社リコー

リコー インド教育支援プログラム

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