シリーズコラム

【コラム】"人材の偏在"を打破して被災地復興、地方新興を

インタビュー:山本啓一朗氏(日本電気株式会社 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 東京2020推進室、兼 CSR・社会貢献室 エキスパート)

少子高齢化、人口減少など、社会全体の退縮感が強まるなか、地域・地方の活性化はとりわけ重要な課題となっている。さまざまな地域の振興策が実施されているものの、なかなか有効な手立てはないように見受けられる。今回は、NECから復興庁へ出向し、被災地の復興をとおして地域課題の解決に向けた取り組みを行い、またプロボノとして地域支援を行っている山本啓一朗氏に、地域・地方が抱える課題と解決の方向性について話を聞いた。

企業からの出向者で復興庁を引っ張る

-そもそも、復興庁へ出向されたきっかけは何だったのでしょうか?

東日本大震災が起こったとき、最初は何もできなかったんです。会社では経営企画部というところに所属していたので、グループ全体の被災状況の把握や復旧の手立て、お客様に安心して頂くための事業継続に関する説明対応など会社のことばかりで手一杯でした。

ただ、発災当日に職場で、ワンセグで見た被災地の映像がずっと頭にこびりついていて、夜な夜な愛娘を寝かしつけた後にTwitterを見ていたんです。そうしたら、さまざまな震災関連の情報がタイムライン上に流れてくる中で、ちょっとした知り合いで支援に動いている人がいたんですね。彼は、被災自治体の町ごと集団移転するという構想を打ち立て、それを実現するための受け皿として研修施設を自前で持っているような大企業を探していたんです。その様子がタイムライン上で語られていたんですが、『いろんな企業に行って話をするけれども、「なかなか理解してもらえない...」』と、そんなつぶやきがあった。彼はとても熱い想いをもっていて、とてつもない行動力を持った尊敬できる人物なんですが、大企業に対し、ストレートに想いをぶつけすぎていた。私からすると、企業のロジック(思考回路)がわかっていない、無謀な体当たりのように見えたんですね。

そのとき、ふと気づいたんです。彼や彼らの想いを知っていて、それと同時に企業のロジックも理解している人はどれくらいいるんだろうか、と。さらに、私のように、大企業の経営企画(部門)等に所属していて、トップマネジメントに直接にやり取りできる人はいるのだろうか、と。

そう思ったら、何故か、急に自分がやらなければいけないような気持ちになって「相談に乗れることがあったら言って」とメールを打ったのがきっかけでした。その夜、彼と会って「それでは企業は動けないよ」などと話していたら、「じゃあ、山本くんやるよね」と言われて、とっさに「うん」って返事しちゃったんですね。その結果、彼らと一緒に1ヵ月後には『プロジェクト結コンソーシアム』という一般社団法人の立ち上げることになってしまったというわけです。

プロジェクト結のサイト

-では、最初にプロジェクト結を立ち上げたというわけですね

そうです。2011年5月に立ち上げて、企業の人材を被災地に送り込むというスキームをつくって活動を始めました。そのとき、一緒に活動するきっかけとなった"企業を巻き込む"ことをメインに担当することになったのですが、ただの一個人"山本啓一朗"では何も出来ない。企業のドアを開けることも難しいので、NECの肩書を使いたかったんですね。

それで、思い切って副社長のところに行って、「東日本大震災を機に新たな動きが出始めていて、この動きはビジネスにも影響を及ぼしかねません。これまで企業が付き合ってこなかったNPOやNGOなど非営利団体がパートナーになる時代が来るかもしれません。プロジェクト結の活動を通じて政府の動向や民間企業の動きも見えてきます。これは通常のアカウント活動では分からない視点からの情報です。プロボノで活動しますので、"NECの山本啓一朗"と名乗ることを認めて頂けませんか」と相談しました。そうしたら、「分かった。報告だけはきちんとしろよ」と認めてくれたんです。しかも、NECとして賛助会員企業に名を連ねることも快諾してくれました。

それからは、会社で経営企画の仕事をしながら、プロジェクト結で様々な企業や省庁から集まったプロボノや学生の皆と活動をしていたんですが、12月(12/9)になって復興庁設置法が成立したときに、社内で一民間企業としてNECとして何が出来るのか、議論をし、政府や経団連と対話を重ねた結果、NECとして復興庁へ人材派遣することになり、自分が復興庁(宮城復興局)に出向ということになったというわけです。

-復興庁での被災地支援について、どのような活動をされていたのでしょう?

復興庁(宮城復興局)の被災者支援班に所属していました。復興庁は、復興交付金制度や復興特区法の活用が主な業務ですが、そういったルールが決まっていること以外の様々な物事が被災者支援班の業務でした。そのいずれもが復興庁単独でやれることではなくて、厚労省や農水省、経産省、あるいは宮城県、市町村、それからNPOの間に入って調整したり、うまく連携をとって復興を前に進めていくような活動を行っていました。

-復興庁で苦労したことはありますか?

脈々と受け継がれてきた既存のルールから、なかなか抜け出せないこと、が一番苦労したことですね。国の機関として守るべきルールとして、まず「国(復興庁)がやるべきこと」、次に「公平性の担保」の2つが挙げられます。税金を使っているわけですから、どうしても公平なもの、全員に行き渡るものでなければならない。それから自治体でもなく、厚労省や経産省でもなく復興庁がやらなければならない理由を説明できなければならないことですね。

私が政策立案した地域復興マッチング事業『結の場(ゆいのば)』もその2つのルールをクリアすることにとても苦労しました。

阪神神戸大震災や新潟県中越地震の際には存在しなかった中小企業組合等共同施設等災害復旧事業『グループ補助金』という政策があります。これは、グループ化された中小企業群に対し、工場などハード設備の復旧において直接的に補助金を助成する取組みで、税金を活用して私企業の復旧を直接的に支援するという画期的な施策です。この『グループ補助金』を活用して数多くの工場が再建されましたが、当時、経営に行き詰っている企業が散見されました。特に、宮城県沿岸部の基幹産業である水産加工業は、震災の影響で販路を失ってしまっており、工場を再建しても新たな販路を見出しづらい状況でした。既存の施策として、専門家アドバイザー制度などはありますが、それを活用する人材自体が枯渇しているのが被災企業の実態でした。また、被災自治体もその時点でそこまでリソースを割ける状況ではなく、直感的に復興庁の出番だと考えました。

「結の場」のマッチングのひとつ、企業マルシェでの一コマ。左端中段が山本さん

ただ、前述した2つの守るべきルール、「復興庁がやるべきこと」「公平性が担保されていること」をクリアすることが簡単ではありませんでした。

「本来であれば、経産省でやるべきことではないのか」「一部の企業に偏った支援策にならないか」など、最初に構想を語った時は正に一蹴されました。ただ、運がよかったのは、宮城県復興局の局長、次長がすごく理解を示してくださり、私たち民間の発想やパワーをうまく活用できるよう任せてくれたこと。また、三菱地所、JR東日本、ローソンとった多様な業界の企業の出向者が10人も居たことが幸いでした。当時、宮城復興局全体でも50人ほどで、官僚の面々も各省庁からの寄せ集め状態でした。その中で、約2割を占める民間企業組が、なぜかやんちゃで声の大きいメンバーばかりでして(笑)、前向きな空気が良い感じで醸成されていったんですね。今思うと、それも局長や次長の意図したところだったんだと思います。民間企業の面々と若手官僚とで毎日のように喧々諤々と対話を重ね、それを局長や次長へぶつけ、新たな宿題について更に対話を重ねて、地域振興マッチング事業『結の場』という新たなの地域産業支援の取り組みが創られたわけです。

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被災地に必要なのは、お金でなく人材

被災地に必要なのは、お金でなく人材

-『結の場』とはどのような活動なのでしょうか?

『結の場』というのは、被災地の企業が抱えるいろいろな経営課題の解決を図るために、大企業等が技術、情報・ノウハウ、販路などの経営資源を提供していく取り組みです。地域経済を何とかしなければということで補助金を活用して、工場をつくったりしてもうまく行かなくて倒産するところも出てきた。そういうときにコンサルタントやアドバイザーの派遣のような施策はあるんですが、現場はアドバイスをもらっても、それを活かす術が無いんです。一緒に考えてくれる、同じ方向にむかって共に動いてくれる人がほしいんですね。リソースがない、人材不足というのが問題の根本なんです。

一方、大手企業を始めとするたくさんの企業が復興支援のために被災地域に入っていました。その企業の皆さんから話を聞いてみてわかったのは、現地とうまく会話ができていないことと、自分たちのことを過小評価していることです。何をやればいいのか分からないと言うんですね。しかし、例えば、石巻や気仙沼、南三陸などの水産加工業の皆さんからすれば、大手の企業はすごい仕組みやノウハウを当たり前に持っている。各企業の得意技(本業、主たる事業)を組み合わるのはもちろんの事、大企業であれば当たり前に備わっている機能、企画や宣伝、人事、財務、経理、法務などのノウハウを上手く活用すれば、被災地域企業と大手企業とがチームになった活動が展開できるのではないかと。

『結の場』は、大手企業を経営サポーターとした被災地域企業を中心としたコミュニティを形成するエコシステムを創るための仕組みなんです。

-お金ではなく、人材が問題というわけですね

そうです。お金を出す施策は数多くありますが、それだけだと事業再建という成果にはなかなか結びつきにくい。一番の問題は、経営リソースの欠如であり、その中でも一番の課題は人材不足、やはり人の問題だと思います。

『結の場』のマッチング事例は50件ほどありますが、いずれも各企業が保有する人材を活用した経営リソースの提供です。一方、直接的な人材の派遣となるとハードルが高い。『結の場』は2012年春ごろに着想し、第1回目を2012年11月に石巻で開催したのですが、それと並行して、被災自治体へ民間企業の人材を派遣する施策の企画検討も進めていました。当時、復興庁や県庁には民間企業からい人材が派遣されていましたが、被災(基礎)自治体には居らず、地場産業や地域経済の活性化のために必要性を感じていました。

そこで、まずは先行事例を創ろうということになり、大手企業を中心に30社ほど訪問しました。訪問先は、経営企画部門やCSR部門です。その後、人事部門との面談に漕ぎ着けたのは2割程度ですね。やはり人事面でのリスクが一番のネックだったようです。人を出して、何かが起きたら会社の責任になるというリスクが一番の理由でしょう。ですから、2013年4月時点で、私が企画した復興庁から被災自治体への人材派遣は、3社(石巻市にコクヨファーニチャー(株)、東松島市にアサヒビール㈱、NEC)のみでした。それでもいまは『WORK FOR 東北』というプロジェクトにつながって、企業人材や個人を被災地の自治体や民間団体に派遣する取り組みが拡がってきています。

WORK FOR東北

-被災地に限らず、地方には人材が不足していると感じていますか?

やはり人材は中央に集まっていますよね。子どもたちや若者から見て魅力ある仕事というと、多くは都市部にあるということはありますが、現状は人材が偏在化していると言えると思います。誤解を恐れずに強い表現をすれば、大企業が地方の優秀な人材を搾取し、消費している。これが、"人材の偏在化"の大きな要因になっていると感じています。

逆に言うと、その優秀な人たちが、自らが所属する企業のことだけでなく、別のことにも積極的に関われるようにすればいいんです。プロボノでなくても、CSVの一環として、人材の流動化を進めて企業とNPOと人材交流を図るとか、多様なキャリアパスの形成のために自治体への派遣を人事制度に組み込んだり、もっと企業の垣根を超えて他のセクターとの人材交流の仕掛けができないかと考えているところです。

企業には、時々の事業環境の影響や組織体制など、何らかの理由であるタイミングで上手くいかない人材が出てくる可能性があります。それは、その人材に問題があるのではなく、そのタイミングでたまたまその企業内で活躍する術を失っているだけです。そういった企業で上手くいかない人が、NPOですごく生き生きと活躍することも少なくありません。そこで得られるものは多いし、それを企業に持ち帰れば新しい価値を生み出せるかもしれません。企業にとってむしろチャンス(機会)と捉えることが出来れば、多様な価値観や異文化を受け入れることはイノベーションにつながるのではないでしょうか。

身近な大人を助けることで、子どもの学びと遊びを支援

プロジェクト結が運営する保育園「結の家」

-プロジェクト結について聞かせてください

プロジェクト結は、被災地のコミュニティ復興と子どもの学びと遊びをサポートすることを目的にしていて、宮城県石巻市を中心に保育園や学童保育の運営、小中学校の業務サポート、放課後の場づくりなどを主に行っています。

発災直後、東京から駆けつけた時は、学校が避難所になっていて、運動場は復旧対応の自衛隊の拠点になっていて、大人が見守らないと遊ぶことができない状態でした。そこで、子どもたちを元気づけるために一緒に遊んだりしていましたが、別れ際に「もう来ないんだよね」「永遠にバイバイ」と言われてしまった。毎日、多くの有名無名のボランティアがやって来ては、子ども達と遊んで、その日のうちに帰ってしまっていたんですよね。正直、その言葉は胸に突き刺さりました。僕たちがやっていることは、ただの自己満足なんではないか、と。それで、一度きりで終わらずに通い続けられるようにしよう、しかも、自己満足は自己満足でも"役に立つ自己満足"になるように、メンバーと侃侃諤諤の議論を重ねて気づいたんです。「僕らはしょせん遠くの他人なんだ」と。

子ども達が本当にかまって欲しいのは、僕たちではなく、お父さんやお母さん、学校の先生たちであって、よそ者ができることは地元の大人たちの負担軽減くらいだということ、メインプレイヤーは自分たちではないということに気づいたわけです。それで、お父さん、お母さん、先生たちのサポートをすることで、身近な大人達がギスギスしないで子どもたちに優しく接してもらえるような環境づくりから入っていきました。

いまでは、保育園を経営して、そこで地元のお母さん達を雇用したり、地域の異なる学校に勤める先生たちの情報交換や学びの場づくりを行ったりしています。石巻市には小学校・中学校を合わせて約60校ありますが、そのネットワークを形成し、石巻市教育委員会から認定された地域団体として、市内の各学校が相互に連携しあう業務サポート事業を展開したりもしています。

-今後、どのような活動をしていこうとお考えですか?

私の復興支援のきっかけはプロジェクト結であり、プロジェクト結を通じて子ども達に関わることから入りましたが、その後復興庁に出向してみて、自分の得意分野はやはり産業界や経済活動だなと感じたんですよね。プロジェクト結には引き続き関わっていきますけれども、復興庁在籍時に石巻の『石巻うまいもの発信協議会』や気仙沼の『サメの街 気仙沼構想推進協議会』の立ち上げにかかわった関係で、自分の専門領域やスキルの活かし方がなんとなく分かってきました。いまは、気仙沼の『サメの街 気仙沼構想推進協議会』にプロボノのプロジェクト・マネジャーとしてサメ食文化づくりの活動を行っていて、地域産業の支援により力を入れていきたいと思っています。

東京に戻り復帰したNECでは、2020年の東京オリンピック・パラリンピック関連の業務を担当していて、CSR部門で復興支援も兼務しています。NECは東京2020のゴールドパートナーにもなりました。復興の現場と自国開催オリンピックの現場、その両方に携われることは、ソーシャル・リーマンズ(※注)の一員として、とても恵まれていると思っています。文字通り、『2020年の東京オリンピックと復興の両立』を通じて、サステナブルに発展し続ける社会づくりに貢献したいと考えています。

一方で、発災から4年が経って自分の興味とリソースの配分は相当、変わってきているのを実感しています。例えば、プロジェクト結を通じて、石巻という東北の一地域の子ども達やそれを取り巻く環境を肌で感じたおかげで、遅まきながら、やっと自分が住む地域、板橋の子どもの環境に目が行くようになりました。子どもが通う小学校のPTA会長たちとも復興支援が縁で知り合うことができ、「おやじの会」の立ち上げに加えてもらったりしているんですよ。プロジェクト結を通じて学んだことを地元に還元できればいいなと思っています。奥さんからは「他人の子どものことばかりやって」と言われていたので、少しは自分の子どものことをやれるようになってきたというところです(笑)。

※注 「会社人を社会人に」をモットーに日経BPテクノロジーオンラインでゆるやかなコラムを不定期連載中「ソーシャル・リーマンズが行く!」

山本啓一朗(やまもと・けいいちろう)
日本電気株式会社 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 東京2020推進室、兼 CSR・社会貢献室 エキスパート

1999年に「創業100周年だった」という理由でNECに入社。メディア業界担当のシステム・エンジニア(SE)として映像関連システム開発のプロジェクト・マネジャー(PM)を経験した後、2009年から経営企画部で企業内の変革を目指して奮闘(道半ば)。また、「できること」を「やれるだけ」の想いで震災復興支援「プロジェクト結コンソーシアム」も展開中。復興庁(宮城)での2年間を経て、現在は、東京と宮城どちらでも奔走中。

プロジェクト結コンソーシアム

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