シリーズコラム

【さんさん対談】世の中を変える夢を叶えたい人に届けたい道具~シナリオ・プランニング~

SBI 高内章氏 × エコッツェリア協会 田口真司氏

シナリオ・プラニングとは、予測できない未来に向けて、柔軟に思考し戦略立案するためのツールである。スタンフォード大学を中心に開発され、1970年代にロイヤル・ダッチ・シェルが採用、大きな成果を上げて広く知られるようになった。成熟した先進資本主義諸国の成長が鈍化し方向性を失うなか、アジアを中心とした新興経済が台頭し、一方で技術革新が日増しに速度を速め、従来のビジネスモデルを破壊する勢いを持って登場する新しい競合が突然現れる。大きな構造変化を自覚した市場のプレーヤーたちが、こぞってシナリオプロジェクトを採用し始めた背景は、ざっとこんなところだろうか。世界中の先進企業や非営利組織に遅れることなく、ここ日本でも21世紀に入りこれまで、多くのシナリオ・プランニングが行われてきた。

70年代、そのシナリオ・プランニング開発に深くかかわったのが、米国の有力シンクタンクSRIインターナショナル(旧スタンフォード研究所)。そのSRIからスピン・オフしたビジネスコンサルティング・ファームSBI(Strategic Business Insights)で、自身多くのシナリオプロジェクトを手掛けてきた第一人者が、本日の対談のお相手、高内章氏だ。

高内氏は、同社がSRIインターナショナルの100%子会社として傘下にあった1999年にIntelligence Evangelistとして入社。それ以来、不確実性と対峙して企画を立案しなければならない先端企業の企画マン達と共に過ごされてきた。2015年、大手町・丸の内・有楽町エリアの企業人を対象にエコッツェリア協会でもシナリオ・プラニングのトライアルプログラムを実施して頂いている。今回のさんさん対談では、高内氏にとってシナリオ・プラニングとは何で、そのツールを使って何を目指そうとしているのか、エコッツェリア協会プロデューサーの田口真司が話を聞いた。

歯科材料から地球環境へ

田口 今日はシナリオ・プラニングはもちろんですけど、高内さんご自身のことも伺おうと思っています。まず、そもそも高内さんがSBIでシナリオ・プラニングを手掛けるようになった経緯というのを教えてください。

高内 もともと僕は鐘紡の中央研究所にいたんです。大学では高分子化学を専攻していたので。

田口 へえ、化学だったんですか。

高内 ええ。それで最初6年くらいやっていたのは歯科材料の研究で、義歯や、コンポジット・レジンという樹脂とセラミックを合わせた歯冠の修復剤なんかを作っていました。ただ、自分たちの試作品を持って歯科技工士や歯科医師を回って話を聞いているうちに、鐘紡が歯科業界で成功するためには、ただ優れた材料を提供する商売ではいけないなと思い出したんですよ。

もう30年も前ですけど、21世紀に入れば日本の人口は減って、今までのように材料を売っているだけの商売では、じり貧になる。何とかして材料売りから抜け出さないといけないってね。そこに出てきたのが審美歯科という考え方だったんです。その頃研究所は大阪にあったんですけど、まだインターネットもない中、歯科専門誌や女性誌をデスクに積み上げて調べていると、本当に来そうな予感がしてきた。でね、女性誌の特集記事の中に六本木に審美歯科専門医院という新しいジャンルを切り開こうとしているところがあるのを見つけちゃったんですよ。で、出張旅費使って、二回で6万円もする施術を受けてみたら、これがキレイになるだけじゃなくて、なんだかすごく気持ちいいわけ(笑)。ああ、これだって思いましたね。こんな時、田口さんなら鐘紡に何をやらせたいです?

田口 やっぱり自宅でできるような何かですかね。

高内 そう思います? でも僕はクリニックを経営すべきだと思った。ただ材料を売るよりずっと儲かりそうだし、そこで得た知見や情報でまた新たな歯科材料を開発すべきだと。言ってみればアンテナショップだよね。それに、既に化粧品で確立されたブランドを活かして新しい領域を作り出していくチャンスじゃないですか。"デンタルビューティクリニック"とか、他の歯科材料メーカーには絶対にまねできない武器ですよ、ブランドって。でね、行く先々でその話をしていたら、やりたいという歯科医師も出てきて、彼が都内一等地に新しく作ろうとしていた歯科医院を審美歯科専門医院としてバックアップする企画案を作ったんですよ。

田口 今私が言った「自宅でできるような何か」というアイデアは、いかにも企業人っぽい、SWOT分析(Strengths 強み、Weaknesses 弱点、Opportunities 機会、Threats 脅威という4つの視点で事業戦略策定を行う分析法)によるオーソドックスな考え方だと思うんです。普通クリニック経営に行かないですよね。どうしてそんなアイデアが出て来るんでしょう。

高内 そうだなぁ、きっと他の研究員と違って、たくさんの人と話をする機会をもらっていたからだと思います。自分たちの材料を持って歯科医師や歯科技工士を何軒も回って話をするんです。そうすると最近の歯科のトレンドは、歯科医師のトレンドはこうだって話が出て来る。審美歯科に行き当った時は、本当に興奮しました。思い込んだら一直線。若かったんですね。もうこうれは、絶対審美歯科に投資すべきだと思った。で、意気揚々と企画書作って出したら、早速研究所所長に呼び出されまして、「こりゃ俺褒められちゃうかな」と思ったら、逆にすごく怒られて(笑)。「お前は研究員だろ、こんなちょろちょろしたことするな、納期守って研究することだけ考えろ」って言われちゃって。もうがっくり。それでその案はお蔵入りですよ。

まあ、しばらく自分なりに努力はしたんですけど、枠からはみ出ないようにして、後追い的な開発ばかりしている職場に慣れていく自分が嫌になって人事に異動を願い出たら、あっけなく研究所の調査部に転籍になったんですよ。ああ、嫌なものは嫌と言わないといけないんだって、そう思いましたよ(笑)。

田口 それはいつくらいの話だったんです?

高内 85年入社で6年目くらいだったので、91年とかその辺ですよ。

その頃って、ほら、リオの地球環境サミットの直前じゃないですか。一年くらいやっているうちに、研究所の所長が変わって、地球環境の調査をやることになったんですよ。そうしたら、高校の頃から抱いていた環境問題への想いがむらむらと復活してきたしまって。(笑)それを手がけているうちに次の火がついちゃった。

田口 鐘紡と地球環境。当時としては遠かったでしょうね。

高内 それがね、ちょっとぶっ飛んだアイディア持っている人がいたらしくて、本社に地球環境事業推進室というのができちゃったんですよ。地球環境問題をビジネスにつなげるって部署。CSRじゃなくて、CSV的な考え方ですよ。いま考えるとあの会社は、とっても先見性があったのかもしれない。僕を鐘紡に呼んでくれた大学の先輩が、その推進室に引っ張ってくれて、調査部と兼務になりまして、地球環境がどんなふうにやばいのか、私企業が果たすべき役割は何なのかなんてことを、ずっとレポートにして出し続けるようになりました。

ここでも社外の人たちと積極的に交わる機会をもらえたのは、本当にラッキーだった。大阪大学工学部の盛岡通先生という方が、企業の人たちを集めて地球環境を考える「地球環境フォーラム」というのを立ち上げられて、月例勉強会を始めたんです。そこに参加させてもらって、いろんなスペシャリストのお話を聞くことができました。京大の環境経済学の教授とか、国際的な活動をしている商社の環境問題担当者とか、環境NGOの方とか、毎回すごいゲストが登場して、ビジネスと地球環境の関係をリセットしようということをずっと考え続けるわけです。その頃、役員会で鐘紡地球環境憲章というのを作ろうということになって、その案文の草稿者のひとりになった。当時32、3歳だったかな。

地球環境への想いを裏切らない仕事をし続けたい

かつて日本も一大公害国家だった(写真はイメージです) ("pollution!" photo by Michelle Rivera [frickr]

田口 当時、ギラギラして推進室とか研究所でトップになってやるとか、そういうこと考えてました?

高内 いや、全然思ってなかった。何もない。

田口 小さい頃から運動で勝ちたいとかそういうのもない?

高内 ない。ずっとビリだったもの。ただね、"分かってほしい病"ってのはあるかもしれない。自慢したいこともあるんだけど、「ほらほら見てみて、気付いてよ」、みたいな。自意識過剰ですよね(笑)。

田口 一般的にはめんどくさい人ってことですよね(笑)。なぜそれを聞いたかというと、地球環境を出発点にはしていても、当時の時代背景的にはまだまだ他社よりは優位に立ちたいとかそういう時代じゃないですか。

高内 それはそうですね。だから私なりに、先進的事例としてしっかりしたものを残したいと思って、案文に「良き企業市民として」という文章を書いたら、部長から過激すぎると却下された。「企業市民」という言葉は、当時欧米では普通に使われていたんですけど、日本では「企業に対峙する市民活動」のようなイメージが払しょくしきれていなくて、まだまだ受け入れられなかった。いろいろな方々から直接話を聞ける立場にあった私にとっては、ほんの数歩先の常識の先取りだったのですが、内向きな社内の常識が優勢な会議室では、とんでもない跳ね返りに見えたようです。案の定、出来上がった最終案は無難でおとなしいものになってましたけどね。それでも、社外に向けて行動目標を示したのは、繊維関係では一番早かったんじゃないかな。

田口 欧米がやってるからというわけじゃなく、高内さんの「魂」が感じたからやったんですよね。

高内 そんな、私なんて下っ端ですもん。関与させて頂いたというのが正しい。それでも、やっぱりチャンスだとは思いましたね。だって世界がそっちのほうへ動いていくじゃないですか。だったら先回りして、商品の体系とかブランドの価値を変えていったほうがいい。当時すでにResponsible Care(RC。化学製品の製造から廃棄の全過程で安全な取り扱いを推進する業界の自主管理活動)は普及していたんだけど、ISO14000シリーズは出来たばかりでしたからね。でも、地球環境の劣化のことを話題にし続けているうちに、世の中を少しでもいい方に向けていく気持ちに嘘をつく仕事はしたくないと強く思っていたなあ、確かに。

田口 なかなかそういうことは理解するのは難しいんでしょうね。

高内 そうかもしれませんね。でもその後も結構自由にやらせてもらって、LCA(Life Cycle Assessment。ライフサイクルアセスメント。商品の製造から流通、販売、使用、廃棄、再利用の各段階の環境負荷を改善する指標)に凝るようになりました。ちょうど、通産省(当時)主催で、LCAの世界大会が筑波で開催されたりして、賑やかだった。

そうこうしている間に、地球環境事業推進部に兼務を残したまま、研究企画に移籍になりました。だったら研究企画と地球環境で何ができるかやってみようと思って、研究企画に環境LCA的な考え方を導入することを提案し、化粧品から合繊や羊毛まで、7つの研究所の研究テーマのアセスメントをする調査をやったり、生分解性ポリマーを使った新規事業企画を立案するプロジェクトなんかを担当させてもらっていました。ほら、研究所のテーマを整理するだけの仕事なんて面白くないじゃないですか。やらなきゃならないって思いついたら、すぐに実行に移せる環境に置いてくれる上司に恵まれて、幅広い経験をさせてもらったことや、私企業にありながら、今でいえばCSV的な理想を掲げて仕事をさせてもらえた15年は、今の仕事に、しっかりつながっている。ご存知の通りあの会社はあの当時、既にいろいろと難しい経営課題に取り組み始めていましたし、企業とはいったい何のために存在しているのかとか、企業の社会的責任とか、自然と考えてしまう環境でした。素晴らしい出会いと経験を与えてくれた鐘紡には、今でも本当に感謝しています。

田口 その後にビジネスコンサルティングファームのSBIですか。

高内 そうですね。その後、事業化を進めていた活性炭の研究と技術営業の仕事をするように研究所に戻されたんだけど、研究企画時代に知り合ったSRIインターナショナル(旧スタンフォード研究所)の方に誘われて入社することになりました。「インテリジェンス・エバンジェリスト」を募集してると言われて入社したけど、なんのこっちゃですよね。営業じゃなくて、クライアントのリテインというか、お客さんとコミュニケーションして維持していくのが仕事だった。まあ、勝手に仕事作っていいよって、そう言われたように解釈しましたけどね(笑)。

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シナリオ・プラニングとの出会い

シナリオ・プラニングとの出会い

シナリオ・プランニングのイメージ("Future Fabulators - Scenario Planning" photo by Time's Up [frickr]

田口 シナリオ・プランニングにはすぐ関わるようになったんですか。

高内 SBI(当時SRIコンサルティング)に移って2年目の2000年からです。シナリオ・プラニングのレクチャーを受けて面白いと思い始めていた矢先に、その時担当していた政府系のシンクタンクで、環境系のシナリオ・プラニングをやることになったんです。「2012年までに電力業界の炭酸ガス排出量を9%削減するために政府はどんな政策を打たねばならないか」がディシジョン・フォーカス(意思決定事項)でした。この時思いましたね。運がいいって。鐘紡の時にライフワークにしたいと思い始めていた「事業活動の外部不経済を内部化する方法を考える仕事」が、目の前に降ってきたと感じた。政府系の研究機関や、先端企業の環境担当者を集め、そのシンクタンクの人間にも入ってもらって取り組みました。

入社して2年目で、日本とアメリカを往復しながらシナリオ・プランニングの方法論を学び、家にも全然帰らずに取り組んだのを昨日のように思い出します。その時は、SBI側のスタッフが全員納得しなければ先に進まないというやり方を取ったから、みんなが腹落ちするまでやって、一歩進むごとに英訳して本社の助言を仰いで。SRIの東京スタッフの中にシェルでシナリオの経験を積んだ転職者がいたのもラッキーだった。本当に大変だったけど、楽しかった。

この出会いは、本当に衝撃的でした。鐘紡時代にこの方法を知っていたら、環境関連の仕事も、もっと広がりを持っていただろうなと思いました。惚れ込みましたね。それから、行く先々でシナリオを売り込みました。エバンジェリスト(伝道師)ですからね。(笑) で、2005年になって大きなプロジェクトを2本頂くことができたのを皮切りに、今まで15年くらいこの方法論と付き合ってきました。米国内でも、SRIや石油業界がシナリオの開発していた当時のことを知る数少ない生き残りの一人が私のグルです。しっかりと芯を持っているのに、プロジェクトのたびに改善を施す彼のやり口は、本当に尊敬に値しました。彼のおかげで、この15年、僕の仕事はシナリオと一緒に広がっていきたと言っても過言ではありません。

田口 ちょっとお伺いしたいのですが、シナリオ・プランニングで作られるシナリオと、アクアビットが行っているような未来予測とはどう違うんでしょうか。

高内 私も何度か田中さん(田中栄氏。未来予測著者、アクアビット代表取締役)とお目にかかってお話ししています。そうそう、弊社の居室の壁にも未来予測年表が貼ってあるんですけど、最初にお目にかかった時には、その前に二人で立って「これすごく役に立ってます」ってお話しさせて頂いたのを覚えています。なぜなら構造要素を議論するときに必要なコマがたくさん書かれている。「でも田中さん、これ信じてないでしょ、この年表」って聞いたら「思ってない。その通りになんてなるわけがない」「でもこうやって書いたものを見ると、モノを考えている人は議論を始める」っておっしゃるんです。だから、田中さんとは考えている方向性が同じなんだと確認した。

田中さんはシングルポイントフォーキャスト(一点に収束する単純な未来予測)を見せて議論する係で、僕は未来の構造要素を分解して異なった未来を描き出し、異なった未来に自分自身を置いてみて仮想体験して議論する道具を作る係なんじゃないかと思っています。

シナリオは「予測」でもないし「戦略」でもない

写真はイメージです("Renewable Energy" photo by Daniel Parks [frickr]

田口 シナリオ・プランニングの難しいところは、参加する側はいろいろな意志や気持ちがあって参加しているんだけど、シナリオ構築にその"願望"が入っちゃうとシナリオに意味がなくなっちゃうところだと思っています。そこをうまく切り分けるのが難しい。あるいは、もともとある戦略に対して、外的要因を入れて作るのがシナリオなのに、戦略自体をシナリオだと勘違いしている人が多かったりもするように思うんです。その辺をパシッと切り分けられる人があまりいないような気がするんですよね。

高内 分かります。繰り返しになりますが、シナリオは「予測」じゃありません。言ってみれば、限りなく広がる未来の可能性から、意思決定をできずに困っている話題に関係する未来を切り取って考察して、未来に対する認識を深める作業なんです。異なった構造を持つ三つの「起きるかもしれない嫌なことが、実際起きちゃった未来」を作って、「その中で自分はどのようにふるまえばよいのか?」ということを強制発想させるツールだと考えてください。戦略はここで初めて登場する。自分たちはそこに放り込まれる小舟のような存在で、うまく戦略を考えないと目的地にたどり着くことができない。今の戦略を実行し続けていて、幸せに暮らせるのなら、今のままで戦略を変更する必要なんてないでしょ。

だけど、世の中は変化し続けているので、都合の悪い状況は必ずと言っていいほど生じるんです。それに起きてほしくない嫌なことは、一つじゃない。だからその嫌なこと起きる前に、うまくやれる方法を考えておこうと言うこと。まあ、いくらやったって、未来は予測できないから、どのみちベストエフォートでしかないのだけど、やらないよりずっといいし、何よりこのプロセスに絡んだ人たちは、未来の危険やチャンスについて同じ言葉で語るようになる。後から戦略実行に加わる人にも、未来に起こる可能性のある嫌なことリストを、恐怖心を煽るストーリーで印象付けられるので、市場観察の視点を共有することに役立てることもできる。

田口 願望についてもうちょっと突っ込んで言うとすると、例えば経済的な成長を前提にした企業が多すぎますよね。だから願望が先に立ってシナリオが描けない。

高内 そうか、田口さんは、「"限りない経済成長"を信じたいという願望から抜け出せない人たちが描くシナリオは、未来の可能性の一部しか見ていない」とおっしゃりたい訳ですね?。そうですね。確かに20世紀を通じて信じられ続けてきた「経済成長」という概念は、とっても根強い通念です。だって、今生きている人たちは、皆経済は成長するものだ。また、そうしなければいけないと、毎日聞かされてきたんですからね。シナリオは、実はこうした通念を疑ってかかるツールだから「願望:経済成長」が疑われる根拠が少しでも見えるなら、ちゃんと議論の俎上に乗せることが約束になっています。

ハーマン・デイリーの三角形。「究極の手段」である自然資本と、「究極の目的」である幸福の間に、「中間の手段」「中間の目的」を挿入し絶対化してしまったところに近代、資本主義の呪縛がある。※図は取材時の会話をもとに作成資本主義は、より多くの資本を集約して、より大量にモノを作り出し、より大量に流通させる企業が勝つ仕組みとして生まれたんだと思うんですね。その発展の過程で、どんどん辺縁を作り出して、差異を生み出して拡大してきた。文字通り爆発的に成長してきたわけです。

ハーマン・デイリーの説明がわかりやすい。彼は、図のようなピラミッド状のダイアグラムを描いて、人間の経済活動の位置づけを示した。自然資本を加工して幸せの増進に役立つモノを生み出し続けてきたヒトは、いつしかその富を作り出す仕組みをいかに大きくふくらましていくかということに腐心し始めた。その結果、直近の100年では、この「中間の手段」と「中間の目的」が急速に拡大して、先進国では、肝心な幸せが萎んできちゃった。彼が問うているのは、「もはや経済の拡大と幸せの拡大が相関しないのに、なぜ経済を大きくすることばかりを考えるのか?」もっと言えば、「むしろ経済活動が、自然からの恵みを人の幸せにつなげることを阻害しているのではないか?」ということだと思うんです。

こういうことを言っているのは、彼だけじゃない。経済は成長しなければならないという通念に、真っ向から意義を唱える専門家が少なくない数現れたということ。私たちは経済成長が当たり前の世界に住んできたし、これからもそうなると信じている社会に住んでいる。だから、こうした異論が生じている状況そのものが、もうとてつもなく大きな不確実性だと捉えることができるのだと思うのです。

私は、「経済成長」がなくなるとか、悪だとか言っているのではありません。今ここでお客様とシナリオ・プランニングを手掛ける立場から言いたいのは、「成長」などという、誰もが疑いもなく受け入れている堅固な通念に異論を唱える専門家が複数出てきている重大な事実は、21世紀後半に向けた企業活動にとって大きな不確実要因なのだと言うことを言いたいんです。田口さんが言うように、願望を持つのはいい。確かに新興国経済はこれからしばらく成長を続けるでしょうし、その効果は先進国も享受するでしょう。ただ、成長の鈍化した先進国では、既に成長の先に求められる新しい秩序や価値観に関する議論が始まっていることを無視することはできません。

田口 でも、なかなか旧来型の通念から脱却するのは難しいですね。例えば都市、特に東京は依然として旧態然とした通念にしがみついているとも言える。

高内 東京は、まだまだ人口増え続けていますからね。2016年も12万人増えたんでしょ?。東京に来れば何とかなる。東京は魅力的な街だからこれからも成長し続けるという考えが、通用しなくなるかもしれないという可能性は、とりあえず横に置いて、いつも成長し続ける東京しか考えない。一極集中している東京の巨大な高齢化の影響は、小さくないことは皆わかっている。だけど、東京は成長し続けるということを疑った瞬間に、世の中は真っ暗になると信じ込んでいる。シナリオ・プランニング的な立場では、それがもしスコープとした年限の内に起こり始める可能性が少しでもあるのなら、人々が望む真の幸せのために何ができるのか、言い換えれば、人を幸せにするイノベーションはどう起こさねばならないのかを考えることもしておかねばならないと考えます。

問題は社会全体が持つ慣性の影響なんだと思います。

例えばここでちょっと想像をたくましくして、高齢化して落ち着きを求める社会に、日常の安定は必要だけど、前の日よりもたくさんの消費をすることを望まない人がたくさんいるとして、どんなソリューションが喜ばれているだろうって。どんなことでもいいです。例えば、多くの価値交換が仲介者を排除し、安価で安全なP2Pでなされる、安定した市場に支えられた社会を思い浮かべてみると、ちょっとしっくりきませんか? 例えばの話ですけど。

つまらないかもしれないけど、世の中がもしそうなってしまったら、「いやいや消費は大事です。昨日より幸せになるために、もっとサービスを買いましょう」って言い続けいたらどう思われますかね?私は、いわゆるヒトモノカネのリソースを維持している大企業には、どんな社会になっても、そこにあるニーズに応えるチャンスがあると思うし、新しい価値を創造し続ける責任があると思っています。変わり方がわからなくても、変わらないと生き残れない。このように、市場はそんなリスクで溢れていますから、新しい環境で価値が提供できなければ、そのうち退場ですよ。

田口さんは、UberやAirbnbが一般の人でもサービスプロバイダーになれる仕組みを作り上げ、シェアリングエコノミーと呼ばれるようになったことを歓迎されていますよね。では、最近こうした動きがさらに加速し、既にブロックチェーンを使ったArcade Cityというサービスが立ち上がっているのはご存知ですか? 彼らは、今や大資本となったUberなどという企業に支配されないP2Pのシェアリングサービスを実現しました。サービスを提供する人たちは、もはや大きな資本を持った会社に帰属するのではなく、自らの労働を直接市場に投げ出し、移動という価値を求める人と繋がり、その対価を直接交渉して決定し、直接回収する術を持ったのです。

田口 え?もうそんなことが起きているんですか?

高内 こんな動きはまだまだ小さな変化の予兆でしかありません。でも、この変化の予兆は、需要と供給を小さな単位で結びつけ合うサービス産業の可能性を雄弁に語っています。中間業者の取り分を必要としないこうしたビジネスは、移動コストを下げながら(GDPに負の影響を及ぼしながら)顧客とサービス提供者双方の幸せを不連続に増大させる可能性がある。成長よりもっと普遍的な価値を考えた時、そこにはもしかすると社会的インパクトという新しい指標の萌芽が見えてくるような気がするのです。それがどんな形をしているか、今はわからないけど、そこには成長だけを前提にしている議論では見えてこない、本質的な価値提案の姿があるような気がしてならないのです。

エネルギー利用の流れにも、大きな変化が生じてますよね。クラッキング技術でシェールオイルやガスが採れて、世界一の化石燃料産出国に返り咲いたアメリカですが、実は化石エネルギーの輸入州であるカリフォルニアでは、自然エネルギーの利用を拡大し、2050年には使用するエネルギーの半分を再生可能エネルギーで賄おうとしています。色々な目論みがありそうなZEV法(ゼロエネルギービーグル法。2050年までにガソリン車の販売を禁止する法律)ではありますが、それでも、私は炭酸ガス排出量削減に向けたカリフォルニア州の意気込みを如実に表していると感じています。彼らはそれを今の経済秩序の中で淡々とこなしている。結果、今までの成長至上主義が見ないようにしてきた大きな外部不経済を自らの世代の責任として取り込むことが、大きな開発投資になっている。太陽エネルギーの直接、間接的利用を積極的に進める彼らは、ただ炭酸ガスの排出を抑えるだけじゃなくて、未来への約束を果たした者だけが享受できる、新しいエネルギー基盤を生み出そうとしているように見えます。

原子力発電の核廃棄物も外部不経済ですが、私には、炭酸ガスよりも質が悪いように見えます。こんな話をすると、また長くなるので今日は立ち入りませんが、カリフォルニアが進もうとしている先に、今何もしないでいた場合に起きる様々なシナリオを描いて未来への想像力を働かせ、価値の先取りをしている賢者の発想を感じるんです。

ここでは、二つだけ事例を挙げてお話ししましたが、議論の俎上に上げて自分たちができることを考えることのできる未来の種は、まだいくらでもある。その全部をバラバラに話していても、訳がわからなくなるから願望にすがりたくなる。だからシナリオを使って体系的に未来を理解する努力をすることが大切なんだと思うのです。

荒れ狂う不確実性の先に霞む未来に、企業はどのようにして価値を届けるのか

田口 そういう動きに対する疑問は持ちつつも、やっぱりどうしても企業は直近の業績や短期的な成長という視点から考えちゃう。

高内 ほら、田口さんと一緒に「100年先の横浜を考える」イベントをやったじゃないですか。僕もあのイベントからは、とても大切なことを学んだ。みんな「100年」と言うと考えるんだなぁって。どの班の発言も、「現状のままでは、経済活動の無軌道な拡大が、人類の幸せを見失わせてしまう」論調で語られていた。幸福と経済活動が完全に相関しなくなる未来にしないために、次の100年のために自然環境をどうしたらいいんだ、エネルギーの確保をどうしたらいいんだ、構造の変化に対応どう対応すればいいのかとか、そういう課題が厳然とあるわけですけど、100年の話をするとみんな考える。

あれってとってもシナリオ的な、意識のストレッチだったと思います。今とは異なる未来の世界を使って強制発想する。そこに新しい価値の提案や、大きなイノベーションへの道筋の可能性が見えてくる。

でも、通念は根強いですから、何の準備もなく「資本主義が崩壊するかも」とか、「成長がなくなる社会を想像してみましょう」なんて言ったって、会議室に入れてもらえませんよ。当たり前じゃないですか。それが通念というモノですから。馬鹿じゃないの?ってね。 だから、断片的に生じている変化の予兆が、10年後20年後のどんな大きな構造変化に紐付いているのかを考えると同時に、不連続な変化が起きる合理的な理由を考え、結果的に今とは異なる構造の社会を描いて、「もしかしたら、本当にこんなこと起きてしまうかもしれない」と思わせる道具を持つ。

「いいんですよ、あなた方がそう思うなら、今まで通りの通念が生き続ける社会で商売をすることだけを考えていれば。例えばもしかしたら成長を追い続けるだけの社会が続くかもしれない。それは分からないですよ、不確実な世界ですから。」と言っておいて、「でも本当にDisruptiveなイノベーションを起こす人たちは、皆と違う未来観を持っている人たちだと思うんですよ」と付け加える。彼らの想像力に追いつこうと思ったら、いつまでも通念にかられている場合ではないじゃないでしょって。通念の呪縛を断ち切って、未来を素直に見つめることで、新しい価値提案の方法を考える。それがシナリオなんです。リソースを持った大企業たちの影響力は、すさまじいものがある。こうした企業たちが本気を出せば、もっともっと大きな価値提案を想起できる可能性が拓けてくると思いませんか?

田口 未来は、豊かな想像力と強い意思を持った人が変えていくと言うことですかね?

高内 田口さんらしいな。私も一人の社会人ですから「こんな社会になってほしい」という願望はありますよ。でも、世の中、そんなに都合よく動いてくれないことぐらい、55歳にもなれば少しは理解してますからね。田口さんといると、いつも勇気づけられる。(笑) でも「叶えたい未来の姿があるから、今、こうやって世の中と対峙するんだ」という意思をもって試行錯誤することは本当に大事だと思います。会社で言えば「ありたい姿を実現するためにとことん議論するという意思を持つこと」が、まさに理想的なシナリオ・プランニングのスタートポイントなんだと思うんですね。
どんなに大きな会社だって、人が作って動かしているんだって、鐘紡にいるときに信じることができました。なかなか動かない部署には、動かすことができない理由がある。でも、何か昨日と違う明日を創りたいと考えている人たちがいる部署には、動きがあるし、あんな若造でも聞く耳持つ人がいるってね。

あの頃のことを思い出すと、本当にいろんな人たちに助けられていたことも思い出します。多岐にわたる意見に触れて、色々な人に助けられたことで、自然と未来はもっとダイナミックで、いろいろな可能性に溢れているってことを学べたんだと思います。そんな素地があったから、シナリオの持つ力を素直に信じられたのかもしれない。
さっきも言いましたけど、あの頃シナリオという道具を持っていたら、もっといろいろやれることがあっただろうなって、本当にそう思います。

もう55でしょ。いつまでたってもわからないことだらけで困ってしまいますが、本当に世の中に恩返しをしなければならない歳ですよ。ね、だからこうして道具を持った今、大きな夢をかなえたいと奮闘していらっしゃる大企業の中の企画マン達と、その夢の叶えるお仕事を手伝わせて頂きたいと思うじゃないですか。これ、宣伝じゃないですよ、本気で世の中を変えたいと思っている人たちと一緒に居たいと言っているだけですから(笑)。

話があちこちしましたけど、そんな感じでどうですか。

田口 ありがとうございます。いや、もう少し高内さんご自身のことなんかもお聞きしたかったんですよね。シナリオ・プラニングもいいけど、ご自身のシナリオはどうなんですかって。

高内 ええ!? いや、それがダメで、ほんと"紺屋の白袴"なんですよ。シナリオは座して考えないといけないけど、人生を座して考えてる暇がない。だから僕の人生は万年デザインシンキングだよね、プロトタイピングやり続けているよね、まだ製品できないけど(笑)。

田口 でも人生そんなものかもしれませんね(笑)。今日はありがとうございました。

<※注>シナリオ・プランニングを開発初期に利用し、大きな成果を上げたのは、米石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェルだった。1971年、原油価格の長期予想が当たらないことに頭を悩ませていた同社がシナリオ・プラニングを実施。そのときのシナリオのひとつに中東危機と原油価格高騰があり、それは1973年の第四次中東戦争で現実のものとなったが、その可能性を踏まえていた同社は迅速な対応ができたという。シナリオ・プラニングの意義を物語る好例として現在もよく挙げられる。
シナリオ・プランニングは、社会に存在するさまざまな要因から起こりうる未来を考察し、企業の戦略を検討する「風洞実験」のようなものであると高内氏は説明している。まず、企業が持つ「ディシジョン・フォーカス」=決めなければならない戦略的目標(意思決定事項)を設定。その実現に関わる外的要因を可能な限り洗い出し、重要で不確実性の高い外的要因の構造要素や、その振れ幅を想定し、そこから、異なった構造を持った未来を想定していく。一般的には、二つの重要な不確実要因の両極を4つ描き出すのがシナリオ・プランニングだとされているが、SBIの手法では、その数十の構造要素を最低でも3つの不確実性の軸の構成要素としてまとめていく。そして、その3本の極の組み合わせである8つのシナリオの中から、自分たちに異なった嫌なことを強いてくる三つのシナリオを選び、その数十の構造要素でその違いを描き出していくのが特徴。詳しくは過去のトライアルを参照(第1回第2回第3回

高内章(たかうち・あきら)
米Strategic Business Insights社 Vice President/Intelligence Evangelist

1985年京都大学工学部卒。鐘紡に研究員として入社、その後本社で研究企画、地球環境事業推進、新事業開発などに従事。1999年に米国SRI Consulting社のBusiness Intelligence Center(現Strategic Business Insights Inc.)に移籍し、Intelligence Evangelistとして、さまざまな産業分野のクライアントと共に、年数十回に及ぶ変化の予兆を探るブレインストーミングを展開する他、シナリオ・プランニング、事業機会探索等のコンサルティング・プロジェクトに参画するなど、未来の不確実性に対峙しつつ事業開発に取り組む企画担当者をサポートするさまざまなプロジェクトを手がけている。

Strategic Business Insights (SBI)日本サイト

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