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【国内】ソーシャルビジネスとしてのジビエを読み解く3つのキーワード

「人」「マイナス×マイナス」「シェア」が成功の方程式

「ジビエバーガー」が秘める可能性

今、あちこちで話題になっている「信州鹿肉ジビエバーガー」が、いよいよ11月1日からJR東日本のファストフードチェーンBecker'sで販売が開始されます。パティは濃厚で野趣たっぷりのシカ肉。Becker'sで人気の粗挽で仕上げられたジビエバーガーは、フレンチの高級品だったジビエを、味や風味はそのままに、お手軽な価格で提供してくれるというものです。ジビエファンならずとも、一度は食べてみたいと思いますよね。

このジビエバーガー、有害鳥獣駆除で捕獲されたニホンシカの肉を使っているため、鳥獣被害対策の最後の妙手として販売前から多くのメディア取り上げられました。年間200億円を超えるといわれる鳥獣被害は、農家の営農意欲をも損なうなど近年深刻化し、なんら有効な対策が立てられずにいましたが、シカ肉の消費が拡大すれば、有害鳥獣駆除もスムーズに進み、被害を抑えることができると考えられています。

しかし、ジビエの可能性はそればかりではありません。地域活性化、営農活性化、新しいバリューの創出などを求め、多くの企業・団体を巻き込んだソーシャルビジネスとして成長しつつあります。今回は、ジビエに見るソーシャルビジネスを、3つの項目で読み解いていきたいと思います。

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仕組みよりも人?

志ある人物の出会いこそが「ソーシャル」の基本

JEFB 商品開発部長 佐野正人さん

「この人だから、一緒にやりたいと思ったんです」

そう話すのは、ジェイアール東日本フードビジネス(JEFB)の商品開発部長、佐野正人さん。"この人"とは、信州ジビエの仕掛け人、藤木徳彦シェフ(オーベルジュ・エスポワール オーナーシェフ、ジビエ振興協議会理事長)のことです。

2人の出会いは2011年にさかのぼります。藤木シェフは2004年ころからジビエの普及に努めていましたが、2010年のJR東日本の信州ディスティネーションキャンペーンをきっかけに佐野さんと出会い、JR東日本とともにジビエを使った地域活性化に取り組んでいきます。

オーベルジュ・エスポワール 藤木シェフ。ジビエがきっかけでオーベルジュ・エスポワール 藤木シェフ。ジビエがきっかけで"地産地消の仕事人"認定、"地域活性化伝道師"としても活躍している。藤木シェフがジビエに取り組んでいるのは、ひとえにレストランのある蓼科の農家をはじめ、全国の食害に悩まされ、営農意欲を失いつつある農家さんのためです。「10年後も農家を続けて、お店においしい野菜を提供してほしい」。最初はレストランの名物料理として始めたジビエでしたが、今では農家さんのためにジビエの普及活動に取り組んでいます。藤木シェフはことあるごとにこう言います。

「ジビエのゴールはどこでしょうか。シカ肉をおいしく食べてもらうことだけではありません。食害に苦しめられる人を助けるところがゴールなのではないでしょうか」

佐野さんもまた、非常に熱い人でした。人事畑を経てから外食の事業部に8年。「まず利益を出すよりも、外食を通してお客さまに喜んでもらう。その姿勢がなければ」。かつてJEFBは、駅構内施設展開の舵取りで悩まされたことがあったそうですが、熱い思いを持った佐野さんの陣頭指揮で事業が好転しています。その後、佐野さんは商品開発部へと移り、新たなバリューのある商品開発に着手します。

「ただおいしい、コストパフォーマンスが良い、だけじゃなくて、ストーリー、付加価値のある食べ物を提供したい。そこで出会ったのが藤木シェフのジビエだったんです」

最初は2011年11月、上野と東京の2地点、レストランやカフェなどの業態3店舗で「ジビエカレー」などの提供を試験的に開始。「あまり反響が良くて、お客さまが何か間違えているんじゃないかと思ったくらいだった」と佐野さんが言うほどの人気を見せ、翌2012年10月から再びジビエカレーなどを展開。今度は都内に拡大して6店舗で実施。この2回のトライアルで手ごたえを得て、とうとう今年、Becker'sでの「信州鹿肉ジビエバーガー」に踏み切ったのでした。

ちなみに、今回のジビエバーガーは、それ以前のジビエカレーとは異なり、「ジビエらしさ」を前面に出しています。藤木シェフは当初、「ジビエのクセを抑えたほうが広く受け入れられるのでは」という姿勢でしたが、佐野さんとの協議でこのスタイルにしたのだそう。佐野さん曰く「ジビエが広く受け入れられるためには、どこかで一度、ジビエのクセを知ってもらう必要がある」と大胆です。

いきなりクセのあるシカ肉で成算はあるんですか?と尋ねると、「結果なんて、やってみなきゃわかりません。『イノベートする』というのはそういうことでしょう?」とニヤリ。

熱い思いを持った人物が出会うことで、有機的に、劇的にイベントが発生していきます。ソーシャルビジネスの起点のひとつは間違いなく、こうした人との出会いです。逆に言えば、熱い思いを失うことなく人との出会いを求めれば、いずれ新しいビジネスの扉が開かれることを、ジビエバーガーは教えてくれています。

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"困った"を変えるには...?

"マイナス×マイナス=プラス"

まるこ福祉会の食肉加工施設「きらり」でパティを作る人々。シカ肉20kgで400個のパティが作られる。右のバットからブロックのシカ肉、ミンチ(ラードを加えている)、タネ(肉+塩、コショウ、卵、つなぎの片栗粉、ハチミツ)、パティ。

ソーシャルビジネスとは、簡単に言えば社会課題の解決をビジネス化するものです。

「社会課題というのは、つまり"困っている"こと。言ってみれば"マイナス"ですよね。このマイナスとマイナスを掛け合わせれば、"プラス"になって、みんなが喜ぶ形になるんじゃないですか」

そう話すのは、長野県上田市の「まるこ福祉会」の柳澤正敏理事長。まるこ福祉会は障害者就労支援施設を運営する社会福祉法人で、利用者は約50名。多角的な運営でさまざまな職を提供してきましたが、市町村合併に伴う予算削減、リーマンショック以降の景気低迷で、新たな職の創出に困難を感じていたところでした。そこで聞きつけたのがジビエの食肉加工だったのです。

「今、県が一番困っている鳥獣被害の問題を、仕事がなくてすごく困っている私たちが解決できたら、すごいインパクトを与えるじゃないですか。2012年の11月に、藤木シェフの説明会を聞きに行って、その場で立候補して食肉加工施設を始めることに決めました」

その後、スーパーだった施設を食肉加工施設に転用。2013年4月から準備を始め、9月にはパティの生産体制を整え、10月から本格生産を開始。ジビエ処理に必要な厳しい衛生管理体制も整え、当座は8000食/月のペースで生産していくそうです。

「軌道に乗れば、障害者の雇用だけでなく、支援員として地域の皆さんの雇用にもつながります。来年の狩猟シーズン(2014年11月)までには、野生鳥獣の処理施設認可も取得し、この地域のジビエ産業の拠点を目指したい」

今、情報を聞きつけた長野県内の飲食店から、ジビエをお店で使いたいという問い合わせが日に日に増えているそうです。本格生産への道はまだ半ばですが、ゆくゆくはジビエをこの地方の特産品として確立したい――ジビエを中心に夢は大きく広がっていきます。

マイナス×マイナスをプラスにしたケースはもうひとつあります。それはJR東日本のシカの衝突事故でした。北海道では有名ですが、長野県でも飛び出すシカの事故でダイヤが遅延するなどの問題が積み重なっていました。

藤木シェフとJR東日本をつないだ久保田さん。藤木シェフとJR東日本をつないだ久保田さん

「シカに困った困ったと思っていましたら、困ったシカを利用しておいしくしてくれる人がいると聞きまして、それで藤木シェフと一緒に、ジビエを進めようということになったんです」

と話すのは、当時JR東日本長野支社長だった久保田穣さん(現・JTB常務取締役)。実は久保田さんこそが、JR東日本と藤木シェフをつないだ張本人。「"困った"を"おいしい"をテコにして"うれしい"に変えられるなんて、ジビエというのは本当にすごいものだと、そう思います」。

久保田さん、柳澤さんもまた、志を持った人物であり、その出会いがソーシャルビジネスにつながったことは言うまでもありませんが、にもまして「困った」というマイナスを掛け合わせることで、ビジネス化というプラスに転じさせたアイデアと手腕には脱帽するばかりです。

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3つの「R」?

「リソース・リスク・利益」のシェア

まるこ福祉会での打ち合わせで。右から2番目がまるこ福祉会理事長の柳澤さん。左手前は藤木シェフ。

ソーシャルビジネスの成功の秘訣のひとつに、「リソースのシェア」があると言われます。複数社が持つ技術やインフラなどの資源を共有し、一体的にビジネス化することが大切です。ジビエの場合は、JEFB、まるこ福祉会、藤木シェフとジビエ振興協議会の3者が、リソースだけでなく「リスク」と「利益」も共有していることに特徴があるといえそうです。

リソースは言うまでもありません。

藤木シェフとジビエ振興協議会が持つのは、ジビエをおいしく調理するレシピや技術です。本来なら、オリジナルとして秘しておくべきレシピをシェフは公開し、共有しています。また、ジビエを誰でも処理できる「スチームコンベクションオーブン」を使った調理法も提供しています。JEFBは、都内に展開している店舗を提供します。都内での展開は、そのままジビエのPRにもつながります。佐野さんも「ジビエバーガーを仕掛けるもうひとつの理由は、ここから発信し、次につなげること」と言っています(現に多くのメディアが取り上げています)。まるこ福祉会は豊富な労働力をリソースとして提供します。

共有されるリスクとは、端的には金銭的なリスクです。どこかひとつに集中して責任を負わせることなく、平等にリスクを負担します。その分、逆にそれぞれが切り詰められるところは切り詰めるという工夫もします。たとえば、まるこ福祉会で処理された肉は、オーベルジュエスポワールと取引のある食品会社の冷凍車に相乗りさせてもらって運賃を節約するなど、それぞれ細かいところで経費削減の涙ぐましい努力をしています。

そして利益。これはソーシャルビジネスの基本的な考え方にもつながります。それは、「ソーシャルビジネスにブロックバスターは要らない」ということ。大ヒット商品を生み出すのではなく、少しずつしっかりと顧客をつかむことが大切です。そして、その利益はステークホルダー全員でシェアすること。総額は少ないかもしれません。だからこそ、ソーシャルビジネスは「長く細く」、ロングテールで続ける必要があるのです。

ジビエバーガーは、地域活性化、鳥獣被害対策、新しい食文化の創造など、さまざまなファクターを孕んだソーシャルビジネス、CSVとして注目されています。都内にお住まいの方はぜひ、そんなことを考えながら、ジビエバーガーを食べてみてください。そこにはきっと、新しいビジネスのアイデアが詰まっているに違いありません。

長野県は鳥獣被害に悩まされている。写真は長野県泰阜村。駆除要請を受けてわな猟で捕獲したイノシシを処理するために運ぶ。捕獲した動物を運ぶのも重労働だ。高齢化が進み、年々猟師は減っている。今、長野県には推定10万5000頭のニホンシカが生息していると見られている。適正頭数は3万~3万5000頭だが、捕獲されているのは年間2万頭に過ぎない。食肉として利用されているのはそのさらに5%程度だという。


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