過去のアーカイブ都市の“グリーンワークスタイル”を探る

2. まちと結びつき、東京の農家に活気

大丸有が取り組む東京の「地産地消」と「食のビジョン」(三國清三氏、平野直彦氏、渡戸秀行氏、大竹道茂氏、小松俊昭氏)

2. まちと結びつき、東京の農家に活気

東京にはかつて多様な食材があった

江戸時代から昭和初期にかけて、東京は食材の宝庫だった。大消費地があったために、東京近郊の農家は昭和30年代まで特色ある多様な野菜を作った。日本料理で今でも使われる「江戸前」という言葉は、「江戸っ子の目の前にある魚を出す」という意味だ。生産の姿は風土に適したものだった。東京西部は火山灰が堆積してできた関東ローム層の厚い土に覆われている。植物が深く根を張ることができて水はけも良いため、野菜の栽培には最適の土地だ。
昔から栽培の続く「江戸東京野菜」は今でも20種ほど残る。千住葱(ねぎ)、滝野川牛蒡(ごぼう)、金町小蕪(こかぶ)、谷中生姜(しょうが)、東京独活(うど)、寺島茄子(なす)、駒込半白胡瓜(きゅうり)、品川長蕪(ながかぶ)、練馬大根(だいこん)、亀戸大根などだ いずれも自然の風味を残したクセのある味が特徴だ。

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代表的な江戸東京野菜
左:独特の形をした練馬大根、中上:奥多摩町産のワサビ、中下:あきるの市産の冬瓜(とうがん)、
右上:東久留米市産の小松菜、右下:伝統果物、柿の禅寺丸 いずれも東京農業祭で。

しかし江戸東京野菜は形が不揃いで栽培にも手間がかかり、病虫害に弱い。そして旬が定まって採れる季節が限られ、一株当たりの収穫量も少ない。現在の農業で使う種は種子メーカーが交配させて作ったものが大半だ。甘くて口当たりがよく、収穫量も多い。そのためにこうした伝統野菜の栽培は廃れ、改良種に置き換わってしまった。

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練馬区でファーム渡戸を経営する渡戸秀行さん

これに農業経営の厳しさも影響した。作り手が減ったのだ。農業の収入はそれほど多いものではない。また東京では地価の高さゆえに、相続税などのため泣く泣く土地を手放す例もあるという。1990年の耕地面積1万1,500ha、農家が約2万戸に対し、2008年には7,900ha、1万2,000戸に減少した。東京の食料自給率はカロリーベースで1%、生産額で5%にすぎない。
それでもこだわりを持って伝統野菜を守ろうとする人がいる。そうした意欲的な農家の一人である渡戸秀行さんを東京西部の練馬区に訪ねた。「まちの中にこういう場があると和むでしょう」と渡戸さんは話す。家が立ち並ぶ中に、秩序立って野菜の植えられた130aの空間が広がる。コンクリートに覆われた住宅街で見る野菜と土は、見る人をほっとさせる。

こだわりと努力が売れることで評価された

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ファーム渡戸の入り口

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住宅地の真ん中に広がる野菜畑

渡戸さんは江戸東京野菜を、だいこんやながかぶなど4種類作っている。練馬大根の生産量は昨年約1万3,000本程度だが、渡戸さんの畑は約5,000本程度と、おそらくもっとも多いという。
練馬大根は地中に深く伸びて、80cmから1mに達し、2kg以上になるものもある。収穫は大変だ。渡戸さんは農地を「食育の場」として提供することで、収穫の手間を少し省く。練馬区では区内小中学生の大根の収穫の体験授業や、地元の人を集めた「練馬大根ひっこ抜き大会」を行う。収穫した大根の一部は、練馬区内の約100の小中学校の給食に使われる。東京の農地が自然や食を学ぶ場になっている。
今年44歳になるJA職員だった渡戸さんの転機は1991年だった。政府はこの年、都市緑地法を改正し農業を続けない場合には、課税を宅地並みにした。「お金だけのことを考えたら農業は続けられない。けれども土地を守りたかった」。コンクリートで土を覆うと、二度と農地としては使えなくなる。そのために92年に家業を継いだ。
農業での収入は限られるため、渡戸さんは駐車場経営などほかの仕事から収入を得ている。苦労して作っても野菜は一束数百円だ。住宅に隣接するために、農薬も多くは散布できず、肥料による臭いも出せないため、工夫と手間が必要だ。それでも農業をするなら、社会に役立ち変わったことをしたいと、江戸東京野菜作りに挑戦している。「江戸時代から続くものを自分の時代に絶やしたくない」。こんな気持ちがあったという。
こだわり続けた渡戸さんの努力が、料理界による江戸東京野菜の再評価で、ようやく少しだけ実った。2010年夏の大丸有のシェフとの「お見合い」会にも参加した。「私たち農家の心意気を認めてもらい、うれしかった。売れるのは評価されたということです。そうなればこれまで以上にやりがいも感じるし、新しい挑戦もしたくなります」という。東京産食材のブームは、頑張る農家の支援につながっている。