東日本大震災の発生を受けて、都市で暮らし働く者は地震や津波などの災害への備えの大切さを再認識した。余震が各地で起こり、遠くない未来に東海・東南海・南海の3地震が発生するという予測があるなか、地震に強い建物づくりは新たな段階に入りつつある。オフィスワーカーや都市生活者の命を地震から守る、ゼネコンやハウスメーカーによる最新の耐震、制振、免震技術をレポートする。
* 「制震」と「制振」:現在でも2つの表記が並存している。日本建築学会では正式に「制振」を用いているが、企業は「耐震」「免震」との対比のしやすさから「制震」を使用するところが多い。ただし最近では、地「震」を制するのではなく、「振」動を制するという意味から「制振」の使用が増えており、本レポートでも「制振」を使用している。なお一部商品名など固有名詞では「制震」使用している。
世界有数の地震国である日本において、地震への備えは何よりも重要だ。特にたくさんの人が暮らし、オフィスワーカーが働く都市部に建つ高層ビルや高さ60mを超える超高層ビルにおいては、地震のエネルギーを抑える制振や、揺れを伝えないようにする免震などの技術を採用することは当たり前のものとなっている。免震構造の普及啓発や耐震技術の発展などを目指す(社)日本免震構造協会が2011年6月に公表した「第12回日本免震構造協会賞」で、技術賞(奨励賞)を受賞して注目を浴びたのが、大林組の超高層ビル向け制振構造システム「デュアル・フレーム・システム」だ。
超高層ビルの外周部分を住戸棟で取り囲み、コアとなる吹き抜け部分にRC造の立体駐車場を建築する。その名のとおり二重構造となった建物を油圧式のオイルダンパーで連結することにより、大がかりな免震装置を使うことなく一般の制振構造に比べ柱、梁が負担する地震のエネルギーを約3分の1に低減することができる。高い制振効果を実現したのが、地震による揺れが生む固有の周期だけでなく、住居棟と立体駐車場の質量差と変形差に着目した構造システムだ。
2つの建物を制振装置でつなぐという発想はきわめてシンプルでわかりやすいものだが、意外にも超高層ビルの制振システムとして採用され,高い制振効果を発揮したのは初めてであるという。設計を担当した同社大阪本店建築事業部・構造設計部部長の西村勝尚さんは、このアイデアが生まれたきっかけについて「いうなれば『コロンブスの卵』です」と語る。
「超高層ビルの耐震性能については免震こそが安全で、制振構造のさらなる向上は難しいという考え方がありました。しかし、免震装置の設置には大がかりな工事が必要で環境負荷が高くなりコストもかかりますし、そもそも超高層ビルには一定の免震効果があります。免震よりも少ないコストで性能の高い制振システムができないかと考えていたときに思いついたのが、剛性の違う2つの構造体をダンパーでつないで地震により生じる大きな変形差を利用し、エネルギーを吸収する仕組みでした」(西村さん)。
ここまでくれば、あとはやってみるだけ。外側に住居棟を建て、日の当たらないコア部分にはマンションに欠かせない立体駐車場を設けることに。駐車場を鉄骨造ではなくコンクリート造とし2つの構造体の質量差を小さくしたことで、ビル全体にかかる揺れの70%を制振装置で吸収することに成功した。
デュアル・フレーム・システムには、柱や梁が少なくて済むため間取りの自由度が大きいという良さがある。また、超高層ビルにつきものの強風にも強く、立体駐車場の騒音や振動が遮断されるなど快適性の面でも多くのメリットがある。2011年8月現在で2件竣工していて、東日本大震災のときにもほとんど揺れを感じなかったという。こうした性能の高さが認められ、大阪市、川崎市をはじめ工事中の物件が5件、設計中の物件が3件あるという。大林組は技術研究所新本館の「スーパーアクティブ制振構造」で、同協会賞の作品賞も受けている。
ビルなどの建物を地震から守るための技術についておさらいしておこう。地震が起こると、強い揺れによって地面の上に建つ建物に大きなエネルギーが加わる。こうした状況でも壊れないようにビルを設計し、丈夫な建材を使って建てる技術が耐震だ。
ある建物が地震にどれだけ強いかを調べる「ビルの耐震診断」のように、制振や免震を含めて耐震と呼ぶ場合もある。一方、制振は、建物の内部に揺れを抑える装置や部材を組み込むことで、地震のエネルギーを吸収する技術のこと。東日本大震災でも影響のあった超高層ビルの長周期振動や、強風対策としても有効で、さまざまな制振装置が開発されている。
清水建設では地震によるビルの損壊を軽減するために、建物の構造に応じたさまざまな制振装置を用意している。たとえば、鉄骨造の建物に強度をもたせるために「たすき掛け」の要領で設置する鋼材をブレースというが、同社の「チャンネル拘束型ブレースダンパー(CSダンパー)」は、通常のブレースのように設置するだけで地震時の建物損傷を軽減することができる。価格が安いため、オフィスビルなどで採用されている。また、RC造の高層マンション向けには、上下階の梁の間にある間柱を制振部材とすることで開口や通路を確保しやすくする「間柱・せん断パネルダンパー」が有効だ。さらに、一般的なオイルダンパーと新開発の回転慣性質量ダンパーを組み合わせた「ハイブリッド型制震ユニット」もある。
清水建設が力を入れているのがビルの耐震診断。とくに東日本大震災の発生後に引き合いが急増し、耐震診断の依頼件数は4~6月期で前年度に比べて4割も増えた。「耐震診断をすると耐震性不足という結論になる場合が多く、『関東大震災がまた起きても大丈夫なように建ててもらったはずなのに耐震性が足りないのか』と驚く方もいます。それでも、地震の被害とその分析についての情報が浸透しているためか、ほとんどのお客さまが冷静に結果を受け止められます」(同社広報部)。同社では顧客のニーズに合った制振・免震技術を提案して、案件受注に結びつけていく考えだ。