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心地よさと創造性を両立させるオフィスの「知的照明」(三木光範氏)

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1. 明かりで自分の好きな環境を作る 〜働く人が「選ぶ自由」を獲得

[[知的照明]]をご存じだろうか。働く人が「明るさ」と「色」を自由に調節する新しい照明だ。均一の明るさで白色の光に統一されていたオフィス空間の姿が、このアイデアで大きく変わる。そして、使用エネルギーも抑えられ、「低炭素化」につながる。「好きな環境を作り出し心地よく仕事ができれば、創造性のある仕事に結びつくでしょう」。発明者の同志社大学工学部の三木光範教授はこのシステムへの期待を述べた。「グリーンワークスタイル」に結びつく、未来の照明を紹介してみよう。

1. 明かりで自分の好きな環境を作る 〜働く人が「選ぶ自由」を獲得

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新丸ビルにある「エコッツエリア」で「知的照明」を体験できる。働く人それぞれが持つパソコンを操作すると、明るさや、色の白色度を好きなように変えられる。

知的照明はオフィスの常識に「コペルニクス的転換」をもたらすものです。一人ひとりが好きな明るさや色を選択しても、人工知能による自動調整によって、みんなの希望が最大限叶えられるのです。そして全体でみればエネルギーの節約もできるのです。自由な選択は、快適な仕事環境を作り出し、仕事をはかどらせるはずです。

これまでオフィスでは明るさを750ルクス* に一定にするべきとされてきました。これが働く人に適した照明とされたのです。ところが知的照明を取り入れた部屋では、働く人は曜日や時間によって照度を変えて仕事をするようになりました。しかも750ルクス以下に設定する人が多かったのです。

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色でも好みは分かれました。これまで5000ケルビン(白色度を示す単位)が、オフィスに最適とされました。これはかなり白い色で、刺激が強いのです。知的照明の体験者には3000ケルビンの赤みの混じった暖かさを感じる色、4000ケルビンという中濃度の色を好む人もいました。人の色の好みは千差万別でした。これまでのオフィスは明るすぎ、そして白すぎで、過剰な刺激を働く人に与えていたとも言えます。

* 写真右上: 照度計のデータと連動するパソコン上の照明制御
* 写真右下: 温度計、ぺリメーター用温度検出器、知的証明システム照度センサ

* 「ルクス」: 照度の単位。太陽光の下では晴れで3万から10万ルクスの明るさがある。JIS基準ではオフィスの照度は750ルクスと定められている。ケルビンは色温度とも呼ばれる色を表す単位。5000ケルビンは白色で、3000ケルビンは赤みがかった暖色となる。外光では、曇りでは1万、晴れで5000ケルビン程度とされる。

利用者は自由に照明を調節して、自分の好みを探していく。同じ人であっても時間や体調、仕事内容など、状況に応じて選ぶ明るさや色は変わる。導入した現場では実際にどのように使っているのか、みてみよう。

利用者は時間によって照明を変えます。傾向として、朝は高照度・高色温度で、白が強い色合いにします。昼はそれよりも白色度を下げ、夜は低照度、暖色にする人が多いのです。照度と色を一日中同じにしている人はほとんどいません。利用者の選択は、生理的な要求に従ったものでしょう。朝は目覚めが必要ですから刺激を強くし、疲れるにつれて刺激を緩めるのです。現時点での実験結果では、多くの人が照度750ルクスを下回る設定を選択するために、通常の照明よりも3割程度、エネルギーの使用が減っています。

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知的照明の考えは、冷暖房などの空調にも応用できます。働く人の席の近くに空気の吹き出し口を設けて自分の回りの温度を変え、人工知能により他の部分に影響を与えないようにするのです。これまでのオフィスは部屋全体を一律の温度にしようと試みていましたが、部屋の一部が冷えすぎたり、暑すぎたりということが頻繁に起こります。新しい空調は、温度の変化の調整で難しい面があってまだ研究の途中です。それでもエネルギー使用を3割以上減らすことは可能と考えています。

写真右: 知的照明システムの明かり

○知的照明の仕組み

知的照明とは照明装置が自分で照度を調整する仕組みだ。今回は丸の内の新丸ビル「エコッツエリア」にあるものを体験した。働く人はパソコンで自分の席の照度と色を変えられる。部屋は、普通のオフィスよりも暗く感じる。
照明器具は2つの情報を受け取り、自律的に照度を調整する。1つ目は働く人が選んだ明るさだ。2つ目は、働く人の前や、部屋の各所に置かれた照度計からの情報だ。それらの情報はネットワークを経由してすべての照明器具に送られる。それにより他の場所の明るさは一定にしながら、選択された明るさに近づけるように、複数の照明器具が明るさを自律的に調整する。また利用者が少ない場合に消費電力を抑えるプログラムも組み込んだ。

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2. 考えるコンピュータと照明の融合 ー日本発の「オフィス市場」誕生へ

2. 考えるコンピュータと照明の融合 ー日本発の「オフィス市場」誕生へ

三木教授はコンピュータによる人工知能の研究者だ。好みの照明をするべきという考えはあったが、オフィス全体を変えるという発想はこれまでなかった。

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人工知能はさまざまな分野に応用が可能です。これはコンピュータが自律的に判断をして人間がかかわらなくても済むシステムです。これを日常生活の道具に応用できないかと考えて、10年ほど前から照明への応用の研究を始めました。これまでのスイッチは「ON・付く」と「OFF・付かない」というハードウェアの起動を命令するだけの役割でした。ここに人工知能を使い、自律的に調整することを考えたのです。

オフィスづくりの関係者に[[知的照明]]のアイデアを話すと、多くの人が賛同してくれました。個別の照明や空調を取り入れたいと考えていたのに、方法が見つからなかったそうです。イノベーション(技術革新)は、異分野の発想と既存の技術の融合から生まれることが多いのです。知的照明は人工知能という新技術と、オフィス作りが結びつくことで誕生ました。2006年12月に企業コンソーシアムを作りました。家電、コンピュータ、建設、ディベロッパー、オフィス器具メーカーなど、他分野の40社が加盟しています。多分野の人が知恵を持ち寄って革新を行う「オープンイノベーション」が実現しました。

知的照明は、三木教授発明による日本オリジナルの商品だ。三木教授らの新しい知恵と企業の力が合わさることで、日本発の新しいオフィス産業が生まれるかもしれない。

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これまでのオフィスづくりでは照明、空調、内装、ビル建設という、それぞれの会社が他の分野に口出ししない雰囲気がありました。また技術開発は自社で行うことが主流でした。今は時代の変化が速く、自社開発は、スピードの面でも、資金の面でも追いつけない可能性があります。大学の知恵を有効に活かしながら協力して共通の研究を深め、その上に各社が独自商品を作る。こうした開発方法は今後、オフィスに関連する会社の間でも増えるでしょう。

私は知的照明を共通のインフラにしたいのです。この技術は、政府の支援を受けたこともあって海外には出していません。日本発で新しいオフィス関連産業が生まれるかもしれません。これまでのオフィス製品、特に照明は大量生産の製品が多かったのです。高品質で価格も安いのですが、その半面、規格品ばかりで選択の余地が少なかったのです。コンソーシアムには大企業ばかりでなく中小企業も参加しています。LED照明スタンドや光るパーティション、あるいは床からの冷房風を胸元に送る新しい家具などを提案してくれます。働く人が好みに応じて商品を選択するオフィスになれば、働く人の意欲向上だけでなく、商品の需要が多様になって、新しいアイデアを持つ企業が参入できます。

●オフィスの常識を覆した知的照明の実証実験

三木教授は、2009年から三菱地所と、2010年から森ビルなど六本木で、知的照明の実証実験を行っている。コクヨのエコライブオフィス(東京・品川区)、新丸ビルの「エコッツエリア」などでも使われている。
三菱地所本社(東京・大手町)で2部署の約40人で09年4月から1年間行われた実験は、10年夏までに成果をまとめる予定だ。さらに2010年1月からは、三菱地所所有の東京ビルに入居している三菱電機 研究部門のオフィス(40人)で実験を行っている。三菱電機はLED照明の商品開発を進めている。

○ビルオーナー 三菱地所

「日本経済を牽引する国際ビジネスセンター『大丸有地区』では、世界から選ばれる街となるための重要課題として『[[環境共生型都市]]』への進化を目指し、最先端の環境技術を積極的に取り入れています。オフィスには生産性を向上する『快適な執務環境』が求められますが、『環境負荷の低減』を優先すると、とかく『我慢する省エネ』に向かいがちです。本来は『より快適にすることが、より環境に優しい』という仕組み創りが理想ですが、その一例が今回実証実験を進めている『知的照明システム』です。個人が快適と感じる必要充分な光環境をこまめに設定することで電力消費を半減しています。このような生産性向上と環境配慮を我慢なく両立させるシステムが早く製品化して普及し、環境共生型都市の常識として定着することに期待しています。」
(三菱地所株式会社 都市計画事業室 副室長 西本龍生氏)

○テナント 三菱電機

「『次世代低炭素型実証実験オフィス』の構築に際し次世代照明と期待されるLED照明器具の開発と、東京ビルにおける実オフィスでの実証実験にも参画させていただき、「知的照明システム」におけるLED照明の親和性や、見える化技術による執務者の省エネ行動に関する調査についても協力させていただいています。個人が希望する照明環境を設定することが同時に省エネにも寄与すると実感できれば、個人レベルでの省エネ貢献策が確立できると期待しています。 」
(三菱電機株式会社 営業本部 事業推進部 法人営業第一G 担当部長 加山勉氏)

実験ではエネルギー消費の削減が達成されたことに加えて、参加者からも「心地よい」「能率が高まった」など、良い評価が多かった。また平均的にみると、オフィスで適切な照度とされる750ルクスよりも低い照度で、利用者は照明を使った。職種によって選択の傾向の違いも見られた。理系の研究職が集まるフロアでは高照度・高色温度が好まれ、営業や企画を職種とする業種では、低照度・低色温度のものが選ばれたという。好みの照度と色温度はバラツキがあり、中間点に人が集まる「正規分布」の形にはならなかった。

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3. 医療、小売店など広がる応用 ー数年以内の商品化もめど

3. 医療、小売店など広がる応用 ー数年以内の商品化もめど

[[知的照明]]の普及には乗り越えなければならない課題もある。それは価格、そして効果の実証と、三木教授は指摘した。

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 知的照明は、数年以内にいくつかのメーカーで商品化される見込みです。基礎的特許は同志社大学が持っていますが、これを私は積極的に公開していこうと思います。知的照明を社会に広げるためです。

このシステムが一段と普及するには、価格の問題があります。量産効果があれば値段は下がるでしょうが、当初は割高になるでしょう。知的照明システムの発売初期段階では、普通の蛍光灯を利用した場合にはその数割増し、LED照明の場合は照明機器が高価なので価格の増加は1割程度になる可能性があります。

LEDという新しい照明は明るさをコントロールしやすいのですが、既存の蛍光灯の2?3割増しの値段です。価格差を乗り越えて消費者に購入してもらうために、知的照明を組み合わせたらどうかと私は提案しています。それに応えてLEDと知的照明の融合に取り組むメーカーがあります。

また普及のために、知的照明がどのように働く人の創造性向上に効果があるのか、客観的なデータを社会に示すべきかもしれません。しかし、単純なデータ化は難しいのです。私は人の好みにかかわることは、数値化することはできてもその平均値にあまり意味はないと思います。人の好みは人ごとに異なり、影響を与える要因やその関係性が複雑なためです。無理にデータを作るのではなく、知的照明を体験して納得してもらう形で普及が進めばよいと考えています。

色と明るさは、人の健康、勉強などの活動、日々の行動にも、影響を与えるさまざまな社員の健康にもかかわっている。知的照明のさまざまな応用に期待する。

report100419_03_03.jpgさまざまな企業で誰もが頑張って仕事をしています。ですが日本経済全体には元気がなくなっていますね。これは「いい仕事」、つまり誰にも真似できない独創的な仕事が少ないためではないでしょうか。努力が成果に結びついていないことが多いようです。創造性を発揮するために、自分の心地よい環境を作り出すべきでしょう。それには「継続性」が必要です。これまでの照明は明るすぎて働く人に刺激を与えましたが、健康や快適さにはつながらなかったかもしれません。

近年、社員の過労、うつ病に悩む企業が多いと聞きますが、照明は社員の健康の改善に一定の効果を持ち、社員の健康維持へのコスト削減に役立つでしょう。私は今後、知的照明の開発で生理学上の研究と連携したいと考えています。また人間は物事に飽きたり、慣れたりするものです。それを乗り越えるために、知的照明は役立ちます。先進事例では、机や壁の色を映像で変え、自然光を取り入れたりするユニークなオフィスが登場しています。こうした動きと知的照明は連携できるでしょう。ムード作りを大切にするレストランなどの商業施設では時間、天気と明るさなどの外的要因に合わせて、また学校や塾では科目ごとに、照明を変えれば良い結果が得られるでしょう。脳の働きは光の刺激の大きさにも大きな影響を受けることが分かってきており、また、照明に変化をつければ、飽きが生まれないためです。社会のさまざまな場面で、知的照明は応用できます。

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4. 新しい働き方への提案 ー快適さの追求が創造性につながる

4. 新しい働き方への提案 ー快適さの追求が創造性につながる

人間は生き物であるから、生理的なリズムに沿えば、楽に活動できるはずだ。[[知的照明]]は、新しい働き方のカギになるかもしれない。

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照明を上手に使い、心地よい働く環境を作ることを、私は提案します。午前中は、体の覚醒を行い、目覚めた後に集中するために、照度が高く白色の照明にして、短時間でできる集中力が必要な作業を行います。電話をかける、電子メールを打つなどの仕事です。夜は体が疲れているのでいたわることが必要です。そして落ち着いて物事を考えることに向きます。長期間の仕事の計画を練る企画書などを書くのに最適の時間でしょう。そのために低照度、また暖色の照明で、思索をする環境を作るのです。

会議で照明を利用することも考えられるでしょう。アイデア出しをする場合は低照度、低色温度にします。一方で連絡などてきぱきと済ませたい会議は高照度、高色温度にするのです。照明は、タイマーのように時間を知らせる方法としても使えるでしょう。例えば、前半のアイデア出しでは低照度に、議事をまとめる最後の10分間は高照度にする、などです。

知的照明を体験した人は、誰もが快適さを実感し、これまで自分の好みを反映していない環境で働いてきたことに気づいて驚きます。知らないうちに、自分の好みに合わない環境で、日本のオフィスワーカーは働いているのです。もっとわがままを言って、働く場で好みを取り入れ、仕事を楽しくしてはいかがでしょうか。

* 写真: 会議室の快適性追求に関する同志社大学の取組み
[上・中] 同志社大学 知的オフィス環境創造システム実験室(知的照明の実験等)
[下]  同志社大学 和風会議室(快適性の追求により創造性を促す)

個人の好みを考えず、一律に同じ商品を押し付けたのが、近代以降の経済の姿だったのかもしれない。三木教授は知的照明を新しい社会作りに結び付けたいと話す。

大手町、丸の内、有楽町地区で働く人は、「考えること」で成果を求められるホワイトカラーが大半でしょう。他の国や企業が真似できない創造的な発想をしなければなりません。それを生み出しやすくする方法の一つは、自分の働きやすい環境を作ることです。そのためにオフィスの均一環境を止め、自分好きな環境作りを始めてはいかがでしょうか。

「選べる」ことは、私たちの可能性を広げます。「自分の好きなように生きたい」というのは、人間に内在する本能です。選択肢がたくさんある社会は、暮らしやすく、自己実現をしやすいでしょう。

report100419_04_03.jpg私の理想とするのは、「みんなが好き勝手なことをしているのに、全体では調和の取れている社会」です。人工知能を使えば、そうしたことが可能になる場面はたくさんでてくるでしょう。知的照明は、自分に合った環境を作る方法の一つなのです。
皆さんも知的照明に関心を持っていただきたいです。そして自分の働き方を、明るさ、そして環境の面から見直してはいかがでしょうか。働きやすい環境を作ることが、「いい仕事」につながり、社会を豊かにしていくでしょう。

ISHII's EYE

今回の取材を終えて、編集記者からのヒトコト

経済学者ミルトン・フリードマンの著書『選択の自由』を読んだことがあります。これは70年代に書かれ、自由市場の有効性を主張する本です。そこでは「選択の自由は人間の自己実現や幸福につながる」という主張が繰り返されていました。知的照明は、人工知能を利用した最先端の技術です。その発明者である三木先生と、フリードマンの考えは共通しており、とても印象に残りました。「自由と快適さを求める人間の本性に基づいた技術の進化は人を幸福にしていく」。こうした技術革新のあるべき姿を見ることができました。知的照明は私たちの選択肢を広げ、快適な生活と意義深い仕事を作る新しい技術となるでしょう。読者の皆さんとともに、この発明を注目し、応援していきたいと思います。

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