シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

チョウから見える自然の変化-環境のバランスが失われて

森、草原、田畑、池、川。私たちが「自然」とひとまとめにして呼ぶなかにも、様々な環境が含まれています。そして、森ひとつをとっても、その表情は様々です。
森の表情とは、地形や標高ばかりでなく、そこに生息する生きもの、あるいは人の手入れなどによって、様々に描き出されます。

このように、様々な環境ごとに多様な顔ぶれの生きものが生活していることで、日本の生物多様性が成り立っています。したがって、生物多様性を守るためには、「様々な環境がバランスよくあること」が重要になってきます。

草原にすむチョウが大きく減少

私たちは、チョウをシンボルとして生物多様性を守る活動を進めており、現在全国で、絶滅の危機にあるチョウの保全に取り組んでいます。

日本には約240種のチョウがおり、種類によって生活する環境もさまざまですが、絶滅に近づいている種類のほとんどは、草原にすむチョウです。
写真のオオウラギンヒョウモンは、草原にすむチョウの近年の動向を表す代表的な例です。

このチョウは日本でもっとも減少した種類の一つで、1950年代頃までは、本州・四国・九州の広い範囲に生息していました。しかし、その後急速に減少し、現在では四国では絶滅、本州では山口県のみ、九州では5,6ヵ所程度でしか見ることができなくなってしまいました。

オオウラギンヒョウモンは、比較的規模の大きく、かつ草丈の低い草原を好み、幼虫はそうした草原に群生するスミレの葉を食べます。もともと、ごく普通なチョウではなかったものの、1930年代には東京の井の頭公園にも生息しているなど、都市近郊にも生息していました。

同じように、60%以上の生息地で姿を消してしまったチョウが日本に10種類以上いますが、これらはいずれも草原環境にすむチョウです。
一方、各地で保全活動が進められて話題にのぼるギフチョウやオオムラサキは、森林環境に生息しており、これほどまでには減少していません。

草原がなくなり、森林が増加

森林の発達しやすい日本の気候下では、天然の草原は本来それほど広いものではありませんでしたが、人が農耕や放牧のために山野を利用することによって、草原はむしろ広がり、維持されてきました。明治時代には国土面積の3割程度、江戸時代には、さらに多くの割合が草原であったと考えられています(小椋,2012)。

現在のように農業機械や化学肥料が普及する以前は、草は農地の肥料、あるいは利用していた牛馬の餌として、生活に必要不可欠な資源でした。江戸時代には、過度の利用によって森林が荒廃し、各地で草原の広がるはげ山となっていました。昔の絵図では、山にほとんど木がなく、数本の松の木が描かれた場面を見かけることがありますが、これは手を抜いたわけではなく、実情に近いものだったと考えられます。近年、生活の変化に伴って草の利用は著しく減少し、現在では草地の面積は国土の1%にも満たない状況にまで減少しました。これが、チョウに限らず、植物など草原の生きものが減少した原因です。ナデシコ、キキョウ、オミナエシなど秋の七草は、いずれも草地に見られる植物ですが、こうした植物が全国的に大きく減少していることもまた、よく話題となるところです。

自然のバランスに配慮した自然環境の保全

当協会では、残り少なくなった草原を草刈りなどによって維持したり、草原を復元したりすることで、チョウだけでなく、草原の生きものを守る活動を、地域の方々のご協力を得ながら行っています。

さて、こうした活動の中では、しばしば、「森林へと変化している環境を草原にすると、今度は森林にすむ生きものが少なくなってしまうのではないか」という議論が出ることがあります。区域を限定すると一概には否定できませんが、生物多様性の保全では、環境のバランスを考えることが重要です。雑木林は草原とは比較にならないほど面積が広いため、雑木林にすむ種類の減少の程度は、草原性のものと比較すると極めて小さいのです。

近年では環境保全活動の一環として「木を植えよう!」という活動がクローズアップされることがあり、地球温暖化対策という側面からも、いろいろ注目されています。時には、貴重な生きもののすみかである草原に植林がなされることもありました。しかし、日本の生物多様性を保全する上では、昆虫類全体を見渡しても、「木を植える」ことが必要な場面は極めて限定されます。

当協会が活動を行っている草原のチョウが生息するのは、大部分が里山であり、地域の生活とともに成り立ってきた環境です。そのため、保全の取り組みを進めるにあたっては、その場所の環境が歴史的にどのように変遷してきたのかを十分に調べ、今後のあり方を検討しながら、活動を進めています。

参考文献:「森と草原の歴史」著者:小椋純一 発行:古今書院(2012)

中村
中村 康弘(なかむら やすひろ)

1972年生まれ。NPO法人日本チョウ類保全協会・事務局長。チョウを守る活動を全国的に進めており、シーズン中は全国各地を回っています。 2012年4月には『フィールドガイド 日本のチョウ(誠文堂新光社) 』を出版。現在絶賛発売中。
フィールドガイド 日本のチョウ(誠文堂新光社)
日本チョウ類保全協会s

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