シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

雨は天からの恵み〜都会の水循環と雨水活用

今年は局地的な集中豪雨で夏の花火大会が中止になったり、全国で洪水や台風による大きな被害が出たりと、気象の変化を身近に感じることが増えているのではないでしょうか?今年の10月も、観測史上初となる真夏日を記録したかと思えば、後半には一転して、台風や豪雨が相次ぎ、月の降水量は500mmに迫る記録的なものになりました。

都会の雨はどこへ?

東京には1年間におよそ1,600mmの雨が降ります(過去5年間の平均)。この降水量に東京都の面積をかけて雨の「量」を計算すると、なんと1年間におよそ35億トン、東京に住む人が使う水道水の量を上回る計算になります。これほど多くの水の恵みを受け取っている東京ですが、降る雨のほとんどは活用されることなくそのまま下水道に流れ込んでいます。

東京都の下水道は、1時間あたり50mmまでの雨であれば、あふれさせることなく速やかに排水出来るように設計されたそうですが、下水道の本格的な整備が始まった1960年代にくらべ、東京のまちは建物やアスファルトに覆われる面積が大きく増え、雨が地面に浸み込みにくくなっています。雨の降り方にも変化が見られ、30年前と比べて1時間に50mm以上の雨が降る回数は年間で約1.5倍、100mm以上の雨が降る回数は約2倍にも増えました。これにより、下水道があふれて汚水がまちに流れ出したり、地下街への浸水、道路の冠水といった都市型洪水の被害が増加しています。

雨を活かす、すみだの「雨活」

東京東部の墨田区では、海抜が低く土壌が粘土質で雨が浸み込みにくいこともあって、1970年代にはたびたび都市型洪水の被害を受けました。その対策として始まったのが、雨を直接下水に流さず、いったん貯留してコントロールしながら流す「雨水活用」の取り組みです。

全国的にも大規模な雨水活用のさきがけとなったのが1984年竣工の両国国技館。地下に1,000トンのタンクを備え、大屋根に降った雨を貯めてから徐々に下水道に排水しています。墨田区ではその後建設された全ての公共施設に雨水タンクが設置され、民間の事業者にも雨水活用を取り入れるよう指導が行われています。もちろん2012年に開業したすみだの新名所、東京スカイツリータウン®も地下に合計2,635トンの雨水タンクを備えています。

すみだの雨水活用の特徴は、雨を貯めて洪水を防ぐだけではなく、貯めた雨を生活の中でさまざまに活かしている点です。墨田区役所を始めとした大規模施設では、トイレの流し水に雨水を活用しています。また区内には、「路地尊(ろじそん)」というコミュニティ単位での雨水活用設備が21か所あり、まちの一画に設置されたタンクから、住民が手押しポンプで自由に雨水をくみ出すことができます。日頃から打ち水や草花の水やりなどに活用する他、火災や地震による断水への防災対策にもなっています。個人住宅向けの小規模タンクも300以上設置され、街角の雨水タンクがおなじみの風景になっています。

遠くのダムより近くのミニダム(雨水タンク)

生活の中で雨を活用する際に、気になるのは雨水の汚れでしょう。でも実は雨水そのものは「天然の蒸留水」とも呼ばれ、有機物や細菌をほとんど含まないきれいな水です。実際に、水に含まれるミネラル分などを示す「硬度」を測ってみると、水道水の6〜7分の1程度ととても混じりけの少ない「超軟水」なのですが、その分大気の汚れの影響を受けやすく、空から落ちて来る間に空気中の塵を溶かし込んでしまいます。例えば排気ガスの影響が少ない高いビルの屋根から集めたり、空気中の塵が多く含まれる降り始めの雨を避けることで、貯まる雨水の水質はぐんとよくなります。つまり雨水の汚れは、私たちのライフスタイルを映す鏡のようなものなのです。

現在東京にくらす私たちは、遠くの水源地に建設されたダムから大規模な処理施設を経て、高圧ポンプで送り出された水を使っています。普段何気なく蛇口をひねって使う水ですが、同時にたくさんのエネルギーも消費していることになります。
けれども近い将来、頭上に豊かに降り注ぐ雨をその場で処理して活用することで、節水と同時に節電・省エネも実現出来る、そんな時代が来るのではないかと思います。

世界では安全な飲み水にアクセス出来ない人が10億人を超え、「21世紀は水戦争の時代」ともいわれます。誰の上にも平等に降る「雨水」のことをもっと深く知り、その恵みを活かすことが、都会の生活の中に豊かな水循環を取り戻すことにつながるのではないでしょうか。

笹川 みちる
笹川 みちる(ささがわ みちる)

NPO法人雨水市民の会理事。フリーランスの企画プランナーとして、参加型展示やイベント・ワークショップの企画制作に携わる。2008年より東京都墨田区にてすみだ環境ふれあい館(雨水資料室)運営業務に参加。雨水活用に関する教育普及活動に取り組んでいる。
NPO法人雨水市民の会
すみだ環境ふれあい館

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