シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

月の舟、星の飛沫 ―2013年の伝統的七夕

古来より親しまれる星の祭りに、今年は流星群が華を添える。8月12日・13日「星に願う2日間」の見所にあふれた夜空を紹介しよう。

月の舟が、七夕の夜を渡る

例年よりも随分と早く梅雨が明けた。東京都心で7月7日の空が晴れ渡ったのは、2004年以来9年振りのことだと聞く。夏至から間もなく、遅くまで暮れなずむ薄暮が終わった東の空には、中天にこと座のベガ、まだ昇り切らぬ高さにわし座のアルタイルの輝きが見られた。この日に織女と牽牛の二星を見上げて、珍しく"七夕らしさ"を感じた人もあるのではないだろうか。けれども、"本来の"七夕の空と呼ぶには、その空には重要な存在が欠けていた。

七夕の伝承は東アジア地域に広がっていたようだが、中でも風習として最も定着したのは、吾が国のようだ。日本における伝統については、昨年こちらに寄稿した文に任せるが、奈良時代に渡来し、江戸時代には庶民の間で大流行した七夕は、その間ずっと《太陰太陽暦》、俗に呼ばれる"旧暦"の七月七日に催される節句だった。新月(朔)の日を各月の起点(月立ち=ついたち)として日を刻む太陰太陽暦では、日付と月の満ち欠けが凡そ一致していた。七日には、半ば程に満ちた月が夕空に浮かんでいたことになる。

太陽暦では月の朔望と日付には結びつきが無いため、2013年7月7日は新月の前日、夜空を見回しても月影はどこにも無かった。今年の旧暦七月七日に相当するとされる8月13日、この《伝統的七夕》の宵の空には、上限を翌日に控えた月齢6.5の月が南西に傾いている。緩やかな円弧を描くほぼ半分の月に重ねられたのは、小舟のイメージ。牽牛は、この月の舟で天の川を挟んで隔てられた織女の元まで渡るのだとも言う。

七夕の夜を渡っていく月は、22時を前に没してしまう。深夜には、月明かりの影響を受けない夜空が待っている。盆の休暇で都市部を離れて山間や臨海の地に憩う人は、是非この暗夜の下に出てみて欲しい。天頂高く七夕二星の間を流れ南の空へと下って行く、淡い天の川にその目を凝らしてみてはどうだろう。

久方の 天の川瀬に 舟浮けて 今夜か君が 我がり来まさむ
―山上憶良(萬葉集 巻八・秋雑歌)

月無き後に、飛星走る

夜空を渡る天の川を楽しめる程の空の下にいるなら、そのまま暫く暗闇に慣れた瞳で夜空を見上げていよう。時折、空に閃く小さな光に出会えるだろうか。例年8月中旬に活動が活発になる《ペルセウス座流星群》。今年は12日の深夜から13日の未明にかけて極大を迎えている。

彗星が軌道に残した塵の群れが地球に突入して来るために、毎年決まった時期にまとまった出現を示す流星群。中でも、ペルセウス座流星群は年間の"三大流星群"の一つに数えられる見応えある流星群だ。1時間当たり70個にも達する出現が期待される上、速度が速いために明るい火球の割合も多い。これは勿論、快晴で、天の川の微光まで見られる程空の暗い、理想的な条件下での期待値だけれども、幸い今年は流星の出現が活発になる夜半から未明にかけては月も既に無い最良の条件で楽しむことが出来る。

何処に出現するか予測の出来ない流星と数多く出会うには、照明の影響を受けない場所で、なるべく広くの空をゆっくりと眺めることに尽きる。5分や10分で諦めてしまうことなく、1時間、あるいはもっと、時間を忘れて夜空に向き合ってみるといい。

月をこそながめなれしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる
―建礼門院右京大夫(玉葉和歌集)

女神の会合 ―月によるスピカの食

今年の伝統的七夕よりは一日前のことになるが、8月12日の夕方にも、やはり月に注目したい。夕方の空で、月がおとめ座の1等星スピカを隠す《スピカ食》が起こる。地球から近いために、見る地域によっては月の位置が変化する。そのため秋田・岩手以北では月はスピカを隠さずに、すぐ側をかすめて通り過ぎていく。また、スピカが月の陰に入り込む"潜入"は、東京で日没直後、西日本では日没前の、まだ空が明るい時間帯に起きるので、スピカの姿を認めるのは肉眼では難しいが、共に女神の神話を持つ月とスピカとはこのように度々接近して、我々の目を楽しませてくれる。

星に願う2日間 ―でんきを消して

昔ながら星に親しんできた七夕の夜、地上の照明を消して夜空を見上げよう。「伝統的七夕ライトダウンキャンペーン」が静かに広がっている。今年のキャンペーンは8月12日と13日の両日。あなたも、ひととき電気の眩しさを忘れて過ごしてみてはどうだろう。
伝統的七夕ライトダウン2013キャンペーン

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

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