シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

十字と新月の間で -文化の衝突と交流を夜空に辿る

夏の綺羅星の片隅に置かれた一つのささやかな星座から、時に衝突を重ねながら影響を交換して来た文化の流れの複雑さに思いを馳せてみよう。

11 settembre 1683

2014年春、さえずり館にほど近い有楽町スバル座で、一本の映画が公開されていた。邦題は『神聖ローマ、運命の日』。今から3世紀も前のこの季節にヨーロッパキリスト教世界が迎えた危機に取題した歴史劇だった。

13世紀に興ったテュルク系遊牧民族の国家オスマン帝国は、15世紀から16世紀にかけて最盛期を迎え、キリスト教諸国を脅かしていた。難攻不落のコンスタンティノポリスを陥れ東ローマ帝国を滅亡させた後も度々ヨーロッパに侵攻し、"黄金のリンゴ"と称えられた神聖ローマ帝国の首都ウィーンをも掌中に収めんと押し寄せた。当時は頑強な城壁で囲まれていた城塞都市ウィーン市だが、二度にわたりオスマン帝国の重包囲を受け危機に瀕した。1683年の夏には10万を超えるオスマン軍が来襲したが、神聖ローマ皇帝が首都から脱出するほどの劣勢の中、ハプスブルク側は堅牢な城壁に籠ってよく耐えた。2か月にわたり続いたウィーン包囲戦が、到着した援軍の活躍によってキリスト教側の勝利で決着したのは、同年9月のことであった。
その戦勝の立役者として歴史に名を刻んだのが、救援軍を率いたポーランド王だった。

星座に刻まれた栄誉

夏の夜空の空高く掛かる北十字から天の川の流れを南に辿っていくと、わし座、いて座に挟まれて小さな星座《たて座》がある。この星座が創設された17世紀当時の名は《Scutum Sobiescianum》即ち「ソビエスキーのたて(楯)座」。星座に名を刻まれた人物、ヤン3世ソビエスキーこそ、第二次ウィーン包囲の勝利を導いたポーランド王その人である。敵情偵察から効果的な攻撃を指揮した老練なソビエスキーに率いられ、名高い有翼重騎兵「フサリア」の突撃がオスマン帝国の大軍を潰走せしめる雄姿は、紹介した映画のクライマックスで勇壮に描かれている。

たて座は、全天でも5番目に面積の小さな星座だ。恒星も4等星数個を中心として、決して目立つような星座ではない。だが、たて座からいて座にかけての領域を暗い夜空で双眼鏡にて見渡せば、M11をはじめ散開星団が次々と現れる。天の川が特に明るく際立って見え"Star Cloud"とも呼ばれる美しい一角を切り取って天空に王の栄誉を刻み込んだのは、ポーランドの天文学者ヘヴェリウスであった。

欧州を染めたトルコ趣味

長らくオスマン帝国の圧迫を受けて来たヨーロッパにとって、この戦闘での勝利は軍事的なバランスの変化を象徴するものとなった。その後これらの帝国の間の歴史は20世紀の第一次世界大戦まで続いていくのだが、このようなイスラーム世界とキリスト教世界との間では、衝突の陰で多様な文化的影響も及ぼし合っている。

例えば、今私達が日頃食べている"クロワッサン"が"croissant(三日月)"の形をしているのは、オスマン帝国が掲げた"新月旗"―現在でもトルコをはじめイスラーム諸国の国旗にこの意匠は多い―が元となって戦勝記念に生み出されたという通説もあるし、コーヒーもオスマン帝国からヨーロッパに伝わり、特にウィーン包囲から撤退したトルコ陣営に残された多量の豆が普及に一役買ったという逸話もある。18世紀頃に掛けて、文化における"トルコ風"は大流行し、女性の服装が異国情緒をあしらったものになったり、モーツァルトやベートーヴェンが『トルコ行進曲』と渾名される楽曲(の一部)を書いたりするなど、音楽への影響も大きい。

科学を支えたイスラーム世界

科学の世界ではどうだろうか。古代ギリシアの自然科学者達から近代まで西洋世界で一筋に伝えられてきたような印象を持たれているかも知れないが、実は西欧での科学の歴史は一度大きな断絶を経験している。キリスト教がヨーロッパを席巻する中で、グレコ・ローマンの異教的な文化は大きく排除され、貴重な図書館が破壊される等の痛手を負うこととなった。ヨーロッパが暗黒の中世を経験している間、地中海世界で編まれた多くの資料がアラビア語に翻訳され、イスラーム世界で保存されていた僥倖に感謝しなければならない。ルネサンス期に学問が復興出来たのは、そうした古代以来の蓄積が歴史を越えて再び取り戻されたことのみならず、イスラーム世界において進められた数学や天文学の最新研究が逆輸入されたことも大きい。

現在の星座は―たて座のような幾つか、あるいは南半球のものは近世以降の設定だが―多くがギリシア文化の元で確立しているが、恒星の名前にはイスラーム文化を留めるものが非常に多い。夏の大三角を見ても、デネブ(dhanab(尾))、アルタイル(at-tair(飛ぶ))、ベガ(waki(落ちる))と、全てがアラビア語に起源を発している。来年2015年は『光と光技術に関する国際年(The International Year of Light and Light-based Technologies)』であるが、これは今から1000年も前に近代に先駆ける『光学の書』を著したイスラーム科学者イブン・アル・ハイサムの業績のメモリアルイヤーとなっている。

21世紀に入って、国際関係の複雑さはなお多くの暗い影を世界に落としているが、人類の学問文化は単一の起源や地域圏で培われたものでは決してなく、交換と継承の賜物として続いていることを、星空を見上げながら考えてみるのはどうだろうか。

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

おすすめ情報