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大丸有エコポント「エコ結び」が結ぶ、ひと・まち・環境(小林重敬氏)

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1.新しい関係性を結ぶツールとして ―― 社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の発想か

2009年10月から、大丸有地区では、Suica、PASMOを利用したエコポイント[[エコ結び]]をスタートさせた。これは、大丸有地区で食事をしたり買い物をするだけで、まちのエコ基金に支払額の一部が拠出され、さらに自分にもポイントを貯めることができ、そのポイントで環境活動に貢献したり、エコ製品と交換できるというもの。環境活動に興味はあるけれど、これまでなかなか第一歩が踏み出せなかった人にとって、気軽にエコ活動に取り組めるツールとして、大いに注目を集めている。

はたしてエコ結びは、私たちに、そしてまちに何をもたらすのだろうか――誕生の経緯と意義、今後の展開について、実行委員長を務める小林重敬氏に話を伺った。

1.新しい関係性を結ぶツールとして
―― 社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の発想から

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小林: その発想の源流は、大丸有の[[エリアマネジメント]]活動にあります。エリアマネジメントというのは、「一定の広がりをもった特定エリアについて、継続的な視点で都市づくりから地域管理までを一環して行う活動」のこと。その活動の最大の目標は、地域の価値を高めることにあります。

大丸有地区では全国にさきがけて、1980年代からエリアマネジメント活動に取り組んできましたが、当時はまだ、まちづくりといえば、道路や公園をつくるといった社会資本整備が中心で、いわゆるハードによる街づくりが主流でした。そうしたなか、1988年に発足した「[[大丸有地区再開発計画推進協議会]]」から、専門家5人に対して、「大丸有地区」の長期的まちづくりの方針づくりが依頼さたのです。私はそのうちの一人として、これからはハードでまちを「つくる」だけでなく、ソフトによってまちを「育てる」という視点が必要だと説きました。そして、「社会関係資本=ソーシャルキャピタル」という新しい概念を提唱し、このまちに関わっている多くの方々が、社会動向に合わせて関係性を結び、ともに活動を始めることが、エリアマネジメント活動のベースにならなければならないという、新たな方向性を示したのです。

しかし、エリアに関わる人が一緒に活動をするうえでネックとなっていたのが、ステークホルダー同士の対立関係でした。これまで、民間主導によりマーケット中心の開発が行われてきましたが、こうした動きに対して、市場だけでまちづくりをしてもいいのか、もっとコミュニティに根ざしたまちづくりをすべきではないかといった意見があり、この二つの動きがつねに対立構造にあったのです。そこで、いかにしてこれらを同じ方向に向け、新たな社会関係を結びつけるかが課題となっていました。

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そうしたなか、共通の問題として浮上したのが、「環境」でした。持続可能性や環境問題への取り組みが、違う方向を向いていた二つの動きを結びつけ、協働できるツールになり得るのではないか――そうしたことから、持続可能性やエコに関わる活動が、エリアマネジメント活動の大きな柱となっていったのです。

小林: 日本最大の拠点駅である東京駅を擁し、日本の中枢として機能してきた大丸有には、「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」があるのではないでしょうか。この言葉はご存知のように、「高い地位にある人は、それなりの社会的責任を負う」という意味ですが、20年ほど前から私たちはこの言葉をキーワードにまちづくりを進めてきました。そして今、まさに大きな社会問題として環境問題を抱え、サステナブルな社会を築くことが求められるなかで、エコ活動に貢献することが大丸有地区の社会的な使命だと思うのです。

その活動の一つが、今回始まった大丸有エコポイント「エコ結び」であり、環境先進地区のさきがけである大丸有から、新たなしくみを発信することに、大きな意義があると考えています。

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2.エコ結びでできること、つなぐもの ――ポイントを貯めて使って、結ばれて

2.エコ結びでできること、つなぐもの
――ポイントを貯めて使って、結ばれて

news091222_01_01.jpg いまや、多くの人がエコを意識しているとはいえ、無理に時間をつくって活動したところで長くは続かないし、自発的にアクションを起こすためには、なんらかのインセンティブが必要だろう。そうした意味で、[[エコ結び]]は、都市における日常生活のなかで自然にエコアクションを起すことができる、ユニークなツールといえる。エコ結び、という名前は、エコ活動を通じて、人と店舗、人とまち、人と人を結ぶことを目指して命名されたという。

小林: エコッツェリアがオープンした2007年ころから勉強会を重ねるなかで、大丸有の就業者や来街者に対して、なんらかのインセンティブをもたらすようなエコプランとして、「[[大丸有エコポイント]]」制度が提案され、07年から社会実験的に稼動していました。今回は、これをさらに発展させ、JR東日本の全面的な協力のもと、交通系電子マネーのSuicaとPASMOを使った仕組みとしたことが最大の特徴といえます。

仕組みはいたって簡単。エコ結びに加入している店舗で食事や買い物をしたり、あるいは大丸有エリアで開催される環境イベントや[[丸の内朝大学]]に参加した際に、Suicaによる端末にタッチするだけ。食事や買い物の時に、エコ結びに登録したSuicaかPASMOで決済金額を支払えば、100円で1ポイントたまり、同時に加盟店からは、支払い代金の1%をエコ結び基金へ積み立てることができます。つまり、使った人に対して、そして加盟店から基金に対して、ダブルでポイントが発生するところがミソです。ユーザーも加盟店も、ともに環境活動に配慮した活動ができるわけですね。

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環境イベントへの参加時にタッチした場合は、決済金額がなくても、「参加したことで環境貢献」として、それぞれのイベントにあわせたポイントが貯まります。

基金に積み立てられた資金は、丸の内仲通りを彩る花や緑の設置や、地方での植樹、環境貢献のプロジェクトへの支援などに使われます。一方で、たまったポイントは、環境活動へ寄付するだけでなく、環境に配慮した商品と交換するなど、いくつかの選択肢から選ぶことができます。ユニークなのは、協力企業でストックされている不要なものを、ポイントの交換商品として提供してもらう試みです。企業には、事業活動や会社運営を通じて、使わなくなってしまったさまざまなものがストックされているケースが多く、それらを"おすそ分け"してもらおうというアイディアです。

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例えば住宅販売メーカーの場合は、モデルルームで展示した家具やインテリア小物などのストックがあるという。あるいは規格が合わなくなった文房具類、すでに終わってしまったキャンペーンのノベルティ、食品メーカーであれば、賞味期限はまだ残っているけれど販売しない食品、アパレルメーカーならセール販売終了した衣料品の提供なども考えられる。参加者はポイントで欲しいものを手に入れ、企業は不要なものを処分ができるとあれば、双方にとっても、環境にとってもメリットとなるだろう。

小林: これまでも、大丸有地区では、[[ヒートアイランド現象]]対策のために海側から皇居までの「[[風の道]]」を実現したり、エリア内の緑化などに力を入れるなど、ハードによる環境活動を推進してきました。今回のエコ結びの試みは、人の心を介在する「ソフトな環境活動」といえます。環境問題の解決には、このように、ハードとソフトの両輪をうまく調整ししながら動かしていくことが、非常に重要なのです。

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3.エリアマネジメントの財源ツールとして――エコ結び基金の可能性

3.エリアマネジメントの財源ツールとして
――エコ結び基金の可能性

news091222_03_01.jpg 現在、小林氏は、2002年に発足した「[[大丸有エリアマネジメント協会]]」の理事長も兼務しているが、こうした団体では通常、財源の確保が重要な問題になっているという。

小林: たまたまこの地域は協力企業が多く、喫緊の問題ではないのですが、それでも自立的な活動をしていくうえで、財源確保のためのツール開発は不可欠です。つまり、今回の[[エコ結び]]基金は、エリアマネジメント活動のための財源確保の一つのツールでもあるのです。

ちなみに、当組織の場合、参加企業からの支援に加え、管理団体に指定されている公開空地をオープンカフェやイベントなどに有料貸し出しをしたり、エリア内で働く意識の高い人を集めてアンケートに応じてもらうための組織をつくり、企業からの要請に応じて対応することで対価を得るなどして、財源を確保してきました。あるいは、仲通りを広告媒体として提供する事業も、社会実験を通じて、準備を進めています。これまで仲通りでは、整然としたまち並みづくりのため、各企業やテナントが広告看板などを出さないように、自主的にルールを決めてコントロールをしてきたのですが、そこを逆手にとって、街の風情にもマッチした、高付加価値な広告の場として提供するのです。つまり、仲通りを広告の場として提供すれば、通常よりも高い広告収入を得ることができるということ。すでに社会実験を終え、2010年4月から稼動します。

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一方、欧米では、BID(Business Improvement District)という仕組みがあり、エリア内に不動産をもつ人に対し、固定資産税に一定額を上乗せして課金し、この資金をその地区のBID活動を担うNPO団体に配分することでまちの価値を高める、という方法が採用されています。

とくにアメリカではニューヨーク市だけでも40以上のBIDがあり、アメリカおよび、BIDの発祥国であるカナダを含めると1000を超えるBIDがあり、その多くが成功しています。日本でエリアマネジメント活動が盛んになってきている一方で、いずれも財源問題に突き当たっていることを考えると、BIDの仕組みに相当するような、日本的な財源確保の仕組みを考えていくことは、大丸有地区の責務でもあると思うのです。とくに、博多や名古屋、大阪、横浜など、大都市の駅前地域は、大丸有の動向をつねに注視していますし、今回のエコ結びにも大変興味をもっています。エコ結びが大丸有で成功すれば、将来的に全国に広がっていく可能性は高いのではないでしょうか。

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4.エコ結びへの参加がステイタスになる ――環境アクションのブランドへ

4.エコ結びへの参加がステイタスになる
――環境アクションのブランドへ

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2009年秋のスタートから現在まで、[[エコ結び]]の仮登録者は2000名、本登録も700名を超え、加盟店舗も、今年度末には200店舗にまで増やしていく予定だという。

小林: 企業のつくった枠組みに対して、そこで働く、いわゆる企業市民が賛同し、参画する、という意味では、エコ結びは、オフィス街におけるエコ活動の典型的な事例となっていくのではないでしょうか。

ただし、この活動には店舗の協力が不可欠です。Suicaなどのカードリーダーの設置にかかる費用やカード決済の手数料などを理由に、加盟をためらう店舗もあるのですが、電子マネーによる決済には多くの利点があります。たとえば、オフィス街のランチは非常に混みますが、会計の際にSuicaを利用してもらえば、小銭のやりとりの時間が省けるなどレジに列ができることもなくなり、会計もスムーズになります。来年2月からはオアゾ内にある大型書店「丸善」でエコ結びの導入が始まりますが、こちらのお店も会計に列ができることが多いので、非常に効果的ではないでしょうか。

今後は、企業サポーターを募り、エコ結びと企業の活動をゆるやかに連携させたり、年に3〜4回、エコ結びポイント還元イベントを開催、「丸の市」(仮称)を開き、企業の不要なものを提供していただくと同時に、企業の取り組みを紹介するなど、大丸有の企業と一体となって、エコ結びをツールにしてさまざまなしかけを展開していく予定だ。また、月刊誌「MUSUBI TIMES」を発行し、加盟する店舗やイベント情報などを載せていくという。

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小林: 近年、大丸有では、環境関係のイベントをやると予想以上に人が集まるんですね。これまでは、人集めに苦労していたのに、最近では集まりすぎて困るほどなんです(笑)。それだけ、企業における環境やCSRへの取り組みが盛んになってきているということだと思うのですが、このエコ結びをぜひ、そうした活動に活用していただければと思っています。法人で加入していただいてCSR活動の一環とするなど、使い途はいろいろあるのではないでしょうか。将来的には、積極的に活動していただいた企業や店舗を、アワードを設けて「褒める」ということもやっていきたいと考えています。

一方で、現状は登録がやや煩雑なので、もっと簡便に登録できるように改善していく必要がありますし、同時に、加盟店をもっと増やすことが大きな課題となっています。そのためには、エコ結びブランドをより高めていくことが必須でしょう。

そもそもこの大丸有は、環境対応だけでなく、環境意識が非常に高い地域なんですね。たとえば、同じ値段の同じ種類の商品なら、エコ活動に貢献すると銘打ったもののほうが売れるといった現象が起こっています。あるいは、現在、エリアマネジメント協会には、60数社の企業会員のほかに、個人の一般会員が140名以上在籍されているのですが、最近、若い女性を中心に、環境貢献活動をしたいといって登録される個人会員の方が増えているんですね。そう考えると、いずれはエコ結び加盟店であるということが、一つのステイタスとなる日もそう遠くないのではないでしょうか。今後の地方都市まで巻き込んだエコ結びの展開に、ご期待いただければと思います。

MADOKA's EYE 今回の取材を終えて、編集記者からのヒトコト

小林先生に、環境に対して個人的に取り組んでいらっしゃることは?とお聞きしてみたところ、「昔から、駅から数分のところに住んで、徒歩と公共交通機関のみで移動するのが、私のモットーです。自動車免許ももっていないんですよ」と、単純明快なお答えが返ってきました。なるほど、できるだけ自動車を使わず、効率よく移動するためには、それが一番の解決策ですね。「何か環境にいいことをしていますか?」という質問に対して、先生のように即答できるよう、私も今日からエコ結び、始めてみようと思いました。

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