シリーズコラム

【コラム】都市と地域をむすぶまちづくり

ネットワークを活用した地域連携がまちを豊かにする

2003年より、大丸有に隣接する神田地区において、既存の都市空間を活用したまちづくりについて研究をしてきた饗庭氏。そこから発展して、茨城県五霞町に拠点をつくり、都市と農村の交流のあり方を模索している。さらに最近では、東京郊外・国立市谷保の空き屋となっていた民家を活用して、カフェ、工房、ガーデン、オフィス、シェアハウスを実現。「食」や「農」、「アート」などをキーワードに、都市と地方の新しい連携を探る饗庭氏に話を伺った。

神田で展開された都市建築ストックによる再生

路地や公開空地、屋上を活用したまちづくり

― 神田のまちづくりにかかわられるようになった経緯を教えてください。

当時所属していた首都大学東京建築学専攻が、文科省による21世紀COEプログラムにおいて、「巨大都市建築ストックの賦活・更新技術育成」(2003~07年)という総合的な研究に取り組んだのがきっかけです。これは、従来のようなスクラップ&ビルドではなく、今後の都市において主流になるだろう、リノベーションやコンバージョンなど、都市の既存のストックを活用するときの、建築の技術を開発した研究です。建物構造や環境設備の課題など、建物単体の技術が中心ですが、私の専門は都市計画とまちづくりですから、建物をスクラップ&ビルドしないで、どのようにまち全体の価値を上げることができるのか、神田地区をモデルケースにして、調査研究と実験的な実践活動を手がけました。

― なぜ、神田を選ばれたのですか?

神田地区には古い中小の都市建築ストック、いわゆる「ビル」が集積し、1980年以前の旧耐震基準の建物が多く、問題が顕在化しつつあるだろうと思ったのです。当時、お手伝いしていた「千代田まちづくりサポート」のつてをたどって須田町中部町会をご紹介いただき、そこに研究拠点をつくって色々なプロジェクトを行いました。とはいえ、いきなり「あなたのビルをスクラップ&ビルドしないで、まち全体の価値を上げましょう」と言ってもハードルが高い。そこで、二つの作戦を立てました。
まずは、「無償でビルの耐震診断をさせてほしい」と町会の方(多くはビルのオーナーさんなわけです)にお願いし、まちの安心・安全を見える化するところから始めました。皆さんから進んでご協力をいただくことができ、ネットワークを広げることができました。大学には建築構造の専門家が多くおり、古いビルの耐震改修に皆が興味を持っていましたから、大学がやりたいことと地域のニーズがうまくマッチしたわけです。
もう一つは、既存の空間や建物に実験的に少しだけ手を加えるだけでまちが変わる、ということを見ていただくことにしました。それを通じてスクラップ&ビルドをしなくても、まち全体の価値が上がる、ということを実感していただこうと考えたわけです。当時首都大学東京にいた、建築家の西田司さんが中心になって、学生と一緒にワークショップを3年間行うことにしました。
まず1年目に取り組んだのは、「路地」です。神田多町にある路地を1週間ほど使わせていただき、そこに簀子(すのこ)を敷き詰めたのです。簀子によって、路地が室内のようになり、くつろぎの場に変身しました。実際に近所の人たちが路地に集まり、宴会が開かれることもありました。また別の路地では、道路を封鎖してスクリーンを張り、映画鑑賞会をしたり、子どものワークショップを実施したりしました。
看板建築看板 翌年は「公開空地」で展開しました。ちよだプラットフォームスクウェアで実施した「足湯」、サラリーマンのための夜の青空学校「ばってんスクール」や、神田に多数残る看板建築の写真を看板にしたアート作品、「看板建築看板」の鑑賞スペースをつくりました。ちなみにこれらは、2003年から2010年まで、丸の内や日本橋、神田などのエリアで開催されたアート・デザイン・建築の複合イベント「CET(セントラルイースト東京)の期間に合わせて実施したものです。
そんな中、我々の活動を見ていた町会の副会長をされているYさんから声をかけられたのです。この方は、古くからご商売をされていた神田の商店を1980年頃にビルに建て替え、そこに住まって商売を続ける一方で、ビルオーナーとしてオフィスや飲食店の店子さんを抱えていらっしゃいました。典型的な神田のビルオーナーさんですね。Yさんからのオーダーは、安全・安心のためにビルの耐震診断をやってほしいということと、現在のビルを、自身の今後の生活に合せて地域に開放する空間として改修してほしい、ということでした。そこで、ビルの共用スペースである、玄関ホールや階段、屋上を改修することで、地域に開く空間にしたのです。
雑然としていた屋上は、空調機などを一ヵ所に集めて整理することでスペースを確保し、そこに板と砂利を敷き詰めるという簡単な工事をし、人が集まれる空間にしました。ここでは、ダンサーがパフォーマンスを行ったり、ワークショップが開かれるなど、イベントスペースとして活用されました。また、屋上の壁や階段フロアの壁には、アーティストの淺井裕介さんに絵を描いてもらうことで、雰囲気のある空間を演出しました。
3年目の実験では、屋上を使いました。改修したYさんのビルの屋上では隣接するビルにプロジェクターで映像を映し、映画鑑賞会を実施したほか、ちよだプラットフォームスクウェアの屋上では、インスタレーションアートとして、洗濯物をイメージさせる作品を展示しました。

― 大がかりな開発をしなくても、神田にインパクトを与えることができた、というわけですね。

定量的な効果はわかりません。通常リノベーションやコンバージョンというと、古い建物の市場的な価値、つまりは投資に見合う以上の家賃を回収することが重視されるわけですが、そういった「ストックの市場性」の向上だけでなく、私たちのプロジェクトでは「ストックの公共性」を向上させることができたという意味で、有意義だったと思います。しかもYさんにご協力いただいたことで、結果的にビル1棟を手掛けることができた。そのビルから派生して、有機的にネットワークが広がっていったことは、非常に興味深い経験でした。

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食とアートを使って田園と都市をつなぐ

食とアートを使って田園と都市をつなぐ

茨城県五霞で進行中の「ゴカマチイエ」プロジェクト

― その後、神田と茨城の五霞をつなぐ、「ゴカマチイエ」プロジェクトを立ち上げられましたね。その経緯を教えてください。

先の神田のビルオーナーであるYさんに、神田のプロジェクトをまとめた冊子『Re-City』をお届けに上がった際、五霞の家の建て替えプランを見せていただのがきっかけです。Yさんは神田に来て4代目で、曾祖父さんは茨城県・五霞の出身だという。代々伝わる家を、道路改修によって、一部建て替えなければならなくなったため、建て替えプランを検討されていたのです。ただし、Yさんご自身は基本的に神田にお住まいなので、五霞の家はほとんど空き屋になってしまうということでした。「僕だったら、じっくり時間をかけて改修を楽しむでしょうね」と申し上げたところ、Yさんから「じゃあ、この建物も学生さんたちと改修してくれないか」と言っていただいたのです。こうして2008年から、建築家の西田司さんと一緒に、「ゴカマチイエ」プロジェクトをスタートさせました。
まずは十数名の学生たちと、庭の一部を改修するところから始めました。それが、「ハンチク」=版築です。版築とは、型枠を使って土壁や建築の基礎部分を強固に築くための昔ながらの工法のこと。ただ土を盛っただけなのですが、築かれた土の壁は庭に居場所としての性格を与えるとともに、遊んだり寝転んだりして使える場となりました。次には庭の小屋、そして母屋の改修と展開しています。
このプロジェクトのミソは、あくまでも自分たちで設計して、自分たちの手でつくるところにあります。つまりプロセス重視。そのため、あえて手間と人手がかかる方法を選んでいます。というのも、学生たちに体を動かしながら、家を築く過程を体感してもらいたいと考えたからです。例えば、小屋の施工に関して、地元で協力していただける工務店を学生たち自身で探し、学生たちが手伝いながら小屋を建てました。東京から来た学生が、体験を通して地元とつながりを深め、漆喰塗りや屋根葺きなどのワークショップを開催することができました。
並行して、この場所の使途についても検討しています。本来なら、五霞に人を集めたいところですが、東京から来ていただくのも大変なので、まずは神田にあるYさんのビルの屋上を使って「神田ワークショップ」を開催しました。コミュニティデザイナーの山崎亮さん、みやじ豚で有名な宮治勇輔さん、プロジェクトデザイナーの古田秘馬さん、建築と農の連携を手掛けている建築家の峯田建さん、そして子どものワークショップを手掛けている星野諭さん、森林の再生を手掛けているトビムシの竹本吉輝さんに来ていただき、お話をしていただきました。東京は、人の関心を集める場としてやはり有効です。
今後の展開も探っています。その柱の一つが「食」です。もともとYさんの本業は4代続いた穀物問屋で、若い頃は奈良の「三輪そうめん」の代理店をされていた経験もあり、さらに、所有するビルでフレンチレストランも経営されていた。Yさんは実際に、食の話をされているとき、一番目が輝いているんですね。
そこで、2010年2月に行われた小屋の完成パーティでは、料理人の樋口陽子さんをお招きして、Y商店の豆や素麺を使った料理をふるまっていただきました。さらには、広い庭で料理をしてみんなでごはんが食べられるようにしようと、庭にかまどもつくった。Yさんのネットワークをいかして今後は週末レストランのようなものが展開できたらと考えています。
子どものワークショップ もう一つ進行中なのが、子どものワークショップです。五霞の家の隣に幼保一体の保育園があって、その縁ですでに2回ほど子ども向けのワークショップを開催しています。第1回目は、童話『3匹の子ぶた』を読み聞かせた後に子どもたちがつくった理想の家を地図上に並べてもらい、まちの模型をつくりました。第2回目以降は、『3匹の子ぶた』にあわせて藁と木とレンガ(土)を使ってそれぞれの家をつくってみようと考えており、第2回目はまずは藁の家づくりに挑戦しました。実際には、庭にある梅の木にビニールロープをかけて、空間づくりをするというものだったのですが、なかなか面白い試みでした。
この子どものワークショップをさらに広げて、五霞の家にアーティストに住んでもらい、そのアーティストたちに、子ども向けワークショップを必ず開いてもらう、という展開が出来ないか、という夢も描いています。現在、全国各地に同じような動きがありますから、そういったネットワークをうまく活用して、各地で制作・表現活動を続けるアーティストを巻き込む場所に活用できたらと考えています。
ちなみにこの五霞の住宅は、まちなかではなく、交通の便も悪いので周囲との連携がなかなか難しい場所にあります。従って、シェアハウスのようにただ住むだけ、というシナリオは念頭からなかった。だからこそこの空間がもつ、見えないネットワーク、家主であるYさんの個人のネットワークや背景をいかに掘り起こしつなぎ合わせていくか、を重要視しました。つまり、その人が築いてきたネットワークを使って、その人の資源を活性化させる、という手法で展開しているプロジェクト。本来の価値に、子どもやアーティストなどの新しい要素を組み込むことで、より多面的にネットワークを広げていき、その場所に新たな価値を創出することができるのではないかと考えています。

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都市の庭が人々をつなぐ「やぼろじ」プロジェクト

都市の庭が人々をつなぐ「やぼろじ」プロジェクト

地域に開かれた庭、住まい、オフィス、カフェ

― もう一つ、東京郊外・国立市谷保、甲州街道沿いにおいて、「やぼろじ」というプロジェクトも手がけていらっしゃいますね。

国立で活動をしている、東京都立大学出身の建築家の和久倫也さんから、「活動拠点としている小さな借家を改修したいので、力を貸してほしい」と頼まれたのがきっかけです。その過程で、借家のそばにあった大きな空き家に、偶然私の知り合いが住んでいたことが分かり、その空き家の地主さんにつないでもらうことができ、江戸時代から続く旧家の一角、320坪の敷地に建つ母屋と庭の再生プロジェクト「やぼろじ」につながりました。
2010年5月から、地主さん、地域住民、専門家、職人、学生、子どもたちと協働で、この場所の再生・活用計画の検討と、掃除や庭の草刈剪定、骨董整理などを始めました。議論の末、シェアハウスとシェアオフィス、カフェ、ガーデン等をつくることに決め、この場所を地域に開くため、ブロック塀を取り払い、誰でも使える地域に開放されたトイレをつくり、母屋や庭の改修を進めました。
オープニングイベントの阿波踊り 興味深かったのは、2011年5月に開催されたオープニングイベントでのこと。プロジェクトにかかわった人たちによる阿波踊りやロマ(ジプシー)の音楽が披露されたのですが、阿波踊りは、改修に携わった大工さんが高円寺の阿波踊りサークルに入っているという縁によるもの、ロマ音楽はこの再生にかかわった方たちによる演奏でした。歴史的に見るといずれも国立という土地性にはなんら関係がない芸能ですが、かかわる人のネットワークによって、全く新しい芸能がもたらされたのです。これこそが、雑多なものが集まる都市を象徴しているように思いました。雑多な力というのは、都市の再生には有効に働くのだと実感しました。

― ネットワークが、場に思いがけない要素をもたらしたということですね。それが都市らしさであるという。ところで、地主さんとは、どのような契約になっているのですか?

甲州街道沿いの立地もあって、土地活用がしやすい場所なんですね。地主さんが定年を迎えられる日が近いこともあり、その時にこの場所の活用方法を柔軟にお考えいただけるように、5年間という短期での賃貸契約を結んでいます。つまり、その後の活用については契約期間満了後にご判断をいただくということで、いわば暫定利用に近いわけですね。そのかわり条件は非常によくて、固定資産税分のお支払いと、草取りなどの手入れをすればいいという条件でした。後は初期投資の改修にかかった費用を、シェアハウス(3世帯)やオフィス、カフェの賃料から捻出する、というしくみで実現しました。
住宅地と農地が入り混じった国立のような市街地は、日本の郊外都市の典型です。都市と農村を厳密に分けようというのが近代の都市計画ですが、歴史的な経緯があり日本では都市と農村が混在しているところがほとんどです。これがヨーロッパの都市との決定的な違いであり、近代都市計画の視点からは、日本の都市空間は失敗といえます。ところが今となっては、それこそが日本の都市のポテンシャルになっている。都市に住みながら農村の生活ができる――それは今後のまちづくりの一つの潮流になっていくのではないかと感じています。

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ネットワークを創出し、紡ぎ出す手法とは?

ネットワークを創出し、紡ぎ出す手法とは?

いかにして、ネットワークとリアルな場を創出するか

― 神田再生、「ゴカマチイエ」、「やぼろじ」と、饗庭先生がかかわられたプロジェクトをご紹介いただいたわけですが、そこでとくに印象に残ったのはどんなことですか?

神田で感じたのは、景気がよくなるとまたすぐに地主さんたちの気持ちがスクラップ&ビルドに戻ってしまうということでした。プロジェクトがスタートした2003年は、「2003年問題」と言われたように、東京に大規模なオフィスビルが多数竣工したことで、中小賃貸ビルの空室率の増加が懸念された年でした。従って、オーナーもリノベーションに積極的だったのですが、景気の回復とともに、ストックを生かそうという気運が下がってしまったように感じます。つまり、都心は景気の影響を大きく受けやすいので、パーマネントに活動するのは難しい。
一方で、国立の例は安定的なモデルといえます。谷保の地主さんのように、郊外には積極的な不動産開発をしなくてもいいという人がけっこういる。そして人口が減って空き地が増える中でも、その土地に住みたい人も多いし、使ってみたい人も多い。土地のポテンシャルはまだまだあります。そこでは、「やぼろじ」的アクションは非常に有効な試みではないでしょうか。やぼろじでガーデンパーティなどを催すと人がたくさん集まりますから、こうした空間は地域からも望まれているわけです。
かといって、五霞ほどの遠隔地になると、住みたい人は少なく、人通りも少ない。そのため見えないネットワークをうまく活用していかないと、その空間が幸せに使われなくなる恐れもある。ですから、食や子供たちとのアートといった、あまり顕在化していなかったネットワークを掘り起こしているのです。

― 見えないネットワークというのは、人脈だけでなく、歴史的な土地の記憶など、さまざまなものがあると思うのですが、都市と地域をより積極的に結ぶには、ほかにどんなものが有効でしょうか?

例えば、Yさんは神田の二つのビルのオーナーさんでもあります。その二つのビルと五霞の拠点をあわせた3つの不動産を、一体のものとして組み合わせて運営できないか検討しています。つまり、入居するテナントさんに対して、賃貸契約にプラスして、五霞を楽しむ権利をつけるということで、神田のビルを借りることと五霞を楽しむ権利を、一つのプロパティとして一体化してしまうのです。「別荘付きオフィス」は結構魅力的で、都心の不動産の付加価値になるのではないかと思います。

― 都市が地方の入り口になる、ということですね。

ええ。かつて、農村の人たちが稼ぐために都市に出るという、都市と農村の構図があったわけですよね。それを今度は、100年くらいの長い時間をかけて、都市から農村へという逆の流れをつくり出し、両者が共存していく方法を見出せたらと思っています。
例えば「東京R不動産」は新しい視点で風変わりな物件を取り上げてネットワーク化していますけれど、それにならって「ゼロ円不動産」のネットワークをつくることも面白いと思います。農村に限らずとくに地方には、値段がつかない、売るに売れない、貸すに貸せないという、お金にならない「ゼロ円不動産」がいくつも存在しているはず。しかしそういうものを欲するネットワークもあるし、五霞での取り組みは、実際にそうした物件を扱うヒントになるかもしれません。いくらゼロ円で住めたとしても、不便で寂しかったら、継続して人を呼び寄せることはできませんので、そこにいることが寂しくないように、都市とのネットワークを空間に仕込んでおくということなんです。

― Yさんの場合は、豊かなネットワークをおもちだったわけですが、ネットワークが乏しい人はどうすればいいのでしょうか?

どんな人でもネットワークはゼロではないでしょうし、ここ最近、例えば地方から出てきた農家の息子娘たちのネットワークである「小せがれネットワーク」のような新しいつながりが生まれつつあります。あるいは、出身地や本籍地とか、自分のルーツからネットワークをつなげていくこともできると思います。もちろん、ネットワークを結びつけるキーマンが必要なことも確かで、人と人とがうまくマッチするかどうかを見極めることは重要ですね。
そういった意味では、ワークショップは一つの有効な手段でしょう。神田で五霞のワークショップを開いた時は、意外にも、人の話を聴いたり、議論したり、そんな場にかかわりたい人が多いことを実感しました。やはり、なんとなく人が集まれるような、ゆるやかな場がある、ということが重要なのかもしれません。
そういう場は、大丸有にあってもいいですね。もっとも、オフィスビルが林立する大丸有では、セキュリティなどクリアすべき問題が多々あるでしょう。しかし、オフィスビルだって24時間100%でフル稼働するなんてあり得ないので、稼働していない空間をシェアすることでいくらでも場所を捻出することはできる。飲食店にしても、例えば朝5時くらいからお茶を出すとか、深夜2時くらいに定食やとびきり美味しいシチューを出す場所にして、そこを人間関係の結節点にすれば何かが変わるのではないでしょうか。
都市の成長が終わり、不動産が余り始め、「ストック活用の時代」に入ったといわれて久しいですが、その具体的な方法論や実践はまだまだ未開拓の領域です。その問題については、民間の取り組みがすでに多くあり、建物を再生して新たな息吹を吹き込むような素晴らしい取り組みも多くあります。しかし、民間企業に任せてしまうと、不動産としてもう一度市場で流通できるような状態にするということが目的となり、多額の投資とリターンを求めざるをえなくなります。そうなると、市場が解決できる不動産は限られてきてしまいます。私は大学に籍を置いていますので、市場では解けないような問題を解いていこうと考えています。
本来不動産は多様な価値を持っていると思いますが、市場が不動産に求める価値はそれほど多くないので、市場に出る時には色々な価値を切り捨て、「価格」という一元的な価値を持たせることになります。そのほうが流通しやすいからですね。しかし、市場で流通させることを目指さなければ、不動産の持つ多様な価値を保持したまま、その不動産の可能性をのばすことが出来ます。
私が二つのプロジェクトで実践していることは、「価格」をなるべく顕在化させず、不動産の持つ多様な価値を多様なまま顕在化させ、その新しい使い手と使い方を掘り起こすということになります。私たちの試みが、問題意識をもつ人たちの一助になれば嬉しいですね。

― 本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

編集部から

今回の取材を通して、改めてネットワークと場について考えさせられた。ソーシャルネットワークでいくら友人を増やしても、リアルに活動し、顔を合せる場がなければ寂しい。職場やサークル活動以外に、ネットワークやリアルな場をつくり出すのは難しいと感じていたが、饗庭氏の取り組みのように、見えないネットワークを掘り起こし、路地や屋上、空き屋、庭など、都市の半公共的な空間を、ちょっとした知恵と工夫で読み変えることにより、リアルな活動の場として再生できるということを知り、驚きとともに共感しました。

饗庭伸(あいば・しん)

1971年、兵庫県生まれ。早稲田大学理工学研究科博士後期課程を経て、2003年に早稲田大学より博士(工学)授与。1994年、川崎市役所総合計画課題専門調査員、98~2000年、早稲田大学理工学部建築学科助手(佐藤滋研究室)、00~05年、東京都立大学工学研究科建築学専攻助手(高見沢邦郎研究室)、05~07年、首都大学東京都市環境学部 建築都市コース研究員(助教)、07年から現職。専門は、都市計画、まちづくり、NPO、ワークショップ、中心市街地活性化、防災・復興まちづくりなど。都市の計画とデザイン、そのための市民参加手法、市民自治の制度、NPO等について研究を行っている。


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