今年で7年目を迎える「CSV経営サロン」(2011~14年は「環境経営サロン」、15年から現呼称)。"環境でこそ儲ける"をキーワードに、環境問題をビジネスとして解決していく方法を模索するところから始まり、現在では環境を主軸に置きながら、幅広く社会問題解決をビジネス化するための知見を集めてきました。
2017年度第1回の開催では、"道場主"とも呼ばれる主宰者の小林光氏(エコッツェリア協会理事、慶應義塾大学大学院特任教授)が「今年は7年目、ラッキーセブン」、「さらに具体的な成果、活動を出していければ」と期待を語ります。これまで網羅的なテーマでしたが、今年は成果に期待するため、テーマをある程度絞り込んで開催していくことになります。
その第1回のテーマは「オリンピック・パラリンピック(以降オリパラ)」と「持続可能性」。ロンドン大会以降、オリパラでもレガシーと並んでサステナビリティ=持続可能性が重要なキーワードとなっている今、来る2020年東京大会で、我々は何をすべきなのか、そしてどうビジネス化していくことができるのか。「今日来た皆さんはお得」と小林氏が紹介したこの日のゲストは、小池百合子氏を東京都知事選に担ぎ出した当事者であり、環境問題の専門家である2人の女性。Value Frontierの代表取締役の梅原由美子氏、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のクリーン・エネルギーファイナンス部主任研究員、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特任教授の吉高まり氏のお二人です。
会は昨年と同様、ゲストスピーカー(リソースパーソン)のお話の後、テーブルごとにグループワークを行い、ディスカッションという流れで行います。
本日のゲスト2人は、「サスティナブル・ビジネス・ウィメン」(小池百合子氏が環境大臣だった2004年に「環境ビジネス・ウィメン」として結成)のメンバーで、小池都知事との関係も深く、東京オリパラの環境問題で都知事のサポートをしています。先ごろは環境省の委託を受けてリオ五輪の環境配慮、持続可能性の側面の調査も実施。この日はリオを中心にオリパラにおける持続可能性の位置付けを解説するとともに、東京オリパラの取り組みの、現状の紹介がありました。
「ロンドン大会は、初めて包括的に持続可能性に取り組んだ夏の大会。リオはこれを受けて、一生懸命持続可能性の計画をし、取り組んできた」(梅原氏)
そのリオでは、まず2013年に持続可能性の運営計画を作成、すべてのオリパラの活動の上位計画に位置付けました。具体的に取り組んだ点について細かな解説がありましたが、項目で挙げると
・ISO 20121の取得
・ガバナンスの配慮
・カーボンフットプリント
・サステナブル調達
・サステナブル・フード・イニシアチブ
などがあります。
ISO 20121は、ロンドン大会時に策定されたイベントマネジメントの規格。ロンドン大会に続いてリオでも取得し、環境負荷の低い、サステナブルな大会運営に努めています。ガバナンスの配慮とは、サステナブルを担当する部署が、財務局直下の計画部内にあり、持続可能性を反映させるために上位計画に沿って予算の振り分けやアドバイスをする権限を持っていました。これに対し東京は大会運営局の一部署に過ぎず、「そのような権限がないのが現状」(梅原氏)。
カーボンフットプリントは、ロンドン大会から大会全体をライフサイクルで考えるようになっており、リオもそれを継承。全体でCO2排出量を450万トンと見積もり、それをベースに対策。
そしてもうひとつ「リオで、本当にがんばったなあと思う」と梅原氏が紹介したのがサステナブル調達です。
「オリンピックをきっかけに、サステナブルな調達の商習慣を定着化、浸透させるため、世界のトップが集まって計画し、基準を策定した」(梅原氏)
ISO9001(品質マネジメントシステム)、ISO14001(環境マネジメントシステム)などの高い水準の認証取得を一般要求事項として求める一方で、地元調達を大切にし、なかなか取得できない事業者には専用のポータルサイトを作り、認証審査を行うといったことも。こちらの認証審査では、落ちた事業者にレベルの底上げをさせる仕組みも盛り込むなど、画一的でない対応をしています。
また、サステナブル調達と並行して、NGOなど20以上の団体が、「リオ・サステナブル・フード・イニシアチブ」を設立、ブラジルの食産業の改善に取り組みました。「いろいろなことが達成され」ましたが、特に素晴らしいと梅原氏が言うのがMSC認証。
「選手村の75%でMSC認証の食材が使われ、今もリオ市内のマクドナルドで出されるフィレオフィッシュはMSC認証を取ったものになっている。リオはお金がないと言われながらもここまでやった。東京もお金がないないと言っているが、リオよりはよほどあるはず」(梅原氏)
この他にも市民の意識改革のためにさまざまな活動をしており、非常に高く評価されています。「オリパラをきっかけに経済発展もするが、持続可能性にも取り組みつつ、市民の社会意識を高め、若者を育てようと。同時に小さな生産者、サプライヤーも育成しようという、多角的な取り組みをしたのがリオ大会だった」と梅原氏は話しており、リオの成果を高く評価しています。
続いて吉高氏が、環境省の委託事業で行ったリオの環境配慮調査の結果を中心に、現地の状況をレポートしました。調査は競技場の現地調査、関係者へのインタビューなどを行っています。
インタビューは「ISO20121、サステナブル調達、LEED(Green Building Councilが認証する建築物の環境性能評価システム)にフォーカス」して行い、「運営に関わったNGO」(WWF、コンサベーションインタナショナル)、サステナブル調達のマニュアルの元を作成した団体「CEBDS」(Conselho Empresarial Brasileiro para o Desenvolvimento Sustentavel)、Green Building Council、国内の環境産業を育成する公的機関である「ROGC」などに及んでいます。
現地調査では、会場となったマラカナン地区、バーラ地区を中心に視察。「これが最新の状況だと思う」と現地の写真とともに現状を紹介。多くの競技場を挙げましたが、問題になっているのが「カリオカアリーナ」、「アクアティックスタジアム」と「フューチャーアリーナ」です。
カリオカアリーナは3つの巨大な競技場からなる施設で、レスリング、バスケ、柔道、フェンシング等の競技で使用されましたが、今は「人っ子ひとりいない」状況です。
「普段使われておらず、敷地自体は開放されているが、施設が使えないので誰もおらず、ガラーンとしている」(吉高氏)
一部の施設がブラジル政府スポーツ省の管轄下にあり、子どもたちが使えるように開放されていますが、基本的にリオ市の所有施設。実はリオ五輪閉会後、横領罪で市長以下市行政のトップがすべて逮捕され、最近まで行政が完全にストップしていたため、市の管理下にあるものの活用も止まっているのが現状です。
それはアクアティックスタジアムとフューチャーアリーナも同様で、いわゆる「遊牧建築」として、利用後は解体され、前者は2つの水泳場に、後者は4つの小学校に活用されることが予め決められていたものの、いずれも市の管理下のため進められていません。前者に至っては、移転先となる公園自体が建設途上で"荒れ放題"になっています。 「組織委や国政府のプログラムは進んでいるが、リオ市が関わっているものすべてが止まっている。横領のために財政が苦しくなっており、仮設トランスフォームは後回しになるなど市の計画は進んでいない」(吉高氏)
もちろんうまく利用されている例もあります。ラゴア競技場(コパカバーナ)は、もともと商業地にあったために、公園化され、経済の中心地として利活用が進んでいます。また、「レガシー」として太陽光パネル付きのパラソルや分別ゴミシステムなどが継続的に利用されており、環境負荷低減に役立っています。
そして市民が「一番のレガシー」と認めるのが交通に関するもの。そのひとつが「BRT」(バス・ラピッド・トランジット。バス専用車線・道路を用意するバス高速輸送システム)で「コパカバーナとバーラ地区を結ぶものとして、利用者が非常に多く、これのおかげで西部への開発がさらに進んでいる」と吉高氏。
コパカバーナ~バーラ間は自転車ロードも整備され、これに伴い、標識やサインも充実。 「地元の人でもここがどこなのか、どちらへ行けばどこへ行くのか、よく分かっていないことが多いが、標識やサインが充実したことで、よく分かるようになった。地元の人々が口をそろえて一番のレガシーだと仰っている」(同)
また、この後のグループワークに大きな示唆を与えることになる、環境産業育成団体「FIRJAN」へのインタビュー内容も紹介しました。
それは、公式スポンサーでなくとも、FIRJANがフロントとなって、環境負荷を減らす製品提供や協力をした企業の名前を出しても良い体制を整えたこと。例えば、ゴルフスタジアムで使われたソーラーパネル付きパラソルにはスマホの充電器がつけられていましたが、その協力企業が名前を出せるようになっています。「FIRJANが組織委と交渉し、国内の環境産業育成のために理解してもらったことで、成立した体制」(吉高氏)なのです。オリパラの公式スポンサーについては是々非々が問われることが多いのですが、このような企業参加が認められるならば、持続可能性を巡る活動の幅が広がることは間違いありません。
この他、LEEDでは、オリパラを機に認証を取得した物件が多数建築されたこと、サステナブル調達では、国内の14000にものぼる業者にFSC認証を取得させた例なども語り、「ロンドンを見習って、徹底して取り組んだ。途上国のリオでここまで取り組んだことに、非常に感銘を受けた」と話し締めくくりました。
続いて、「じゃあ日本はどうなのか」という現状のレポートへ。再び梅原氏からのトークです。
梅原氏がこの件に関わるようになったきっかけは、東京オリパラの「持続可能性運営計画」第1版の精度が低かったこと。これは、組織委が中心となり作成、専門家の諮問会議である「街づくり・持続可能性委員会」へ今年1月に提出したものの、委員長を務める小宮山宏氏(前東大総長、現三菱総合研究所理事長)が内容の甘さを危惧していることに端を発しています。
「全般的なことは書かれているが、具体的に誰が何をどれくらいするのか、何も明記されていない。これはリオの計画書の第1版よりもレベルが低い」(梅原氏)
リオの第1版計画書では、すでにプロジェクトごとの役割分担が決まっていたこともあり、小宮山委員長が今後の進行を憂慮。環境省の委託調査もあり、梅原氏、吉高氏も協力していくことになりました。
そこで行ったのが、昨年12月のシンポジウム。「組織委の持続可能性運営計画の現状について、専門家から都知事の耳に入れるため」開催し、東京都として、どのようにアプローチすべきかのガイドラインを示しました。また、スポンサー企業に向けて今年2月に持続可能性な調達についてのセミナーを開催。200名以上の参加があり、大変な好評であったとか。また、梅原氏自身の個人的な興味であるCO2の削減、オフセットについても調査を重ね、組織委に提案もしています。
東京大会の持続可能性運営計画については、組織委、東京都ともに非常に進展が遅れているとのこと。しかし、「私としては、選手のみなさんにベストパフォーマンスを発揮してもらうために全体を考えることが、結果として住みやすい街、働きやすい街につながるのではないかと考えている」と梅原氏。そのためには、「いろいろなことを一つずつチェックし、課題を洗い出すことでは」と話します。例えばそれはベジタリアンに対応しているのか、ハラルには対応しているか、礼拝所はあるのか。トイレは大丈夫か、今東京にゴミ箱はなくなりつつあるが、それは大丈夫かというように、広くあまねくかつ具体的に考えること。
「そういうことを考えて企業活動やまちづくりに落とし込み、何がチャンスで何が機会損失になっているかを考える。そしてできることから始めることが、先進国が取り組むべきレガシーなのではないか」
梅原氏はそう話すとともに、その一歩を考える場所として、このサロンに期待したいと語りました。
ここで小林氏から東京都が招致にあたって掲げた「約束」について言及もありました。東京都はオリンピック招致の際に、環境問題に限っただけでも「カーボンフリー」「ゴミの出ない大会」「観光客は大量交通機関で輸送」「競技場はコンパクトに、緑でつなぐ」と"約束"をしているにも関わらず、小林氏は「あたかもなかったの如く忘れてしまおうとしている」と指摘。「本当にいいのかな。言ったことを守るのが日本人じゃなかったか。このままでは嘘つき日本人になっちゃうんじゃないかとすごく心配」と話しています。
続いて吉高氏からは、カーボン・オフセットについて「本当にできるのか」と危惧していること、進展具合の現状が語られました。
吉高氏は15年以上、気候変動についてのファイナンスのコンサルをやってきており、環境のプロ中のプロで、東京大会についても資源調達、サステナブル調達、低炭素等々、さまざまな課題にコミットしていますが、今回はカーボン・オフセットに話題を限定しています。
まず、持続可能性運営計画を「非常にザクッとしている」「細かな活動が何も書かれていない」と指摘。また、組織上、持続可能性部が、スポンサー企業等とほぼまったくコミュニケーションが取れていない現状も危惧しています(マーケティング部しか会話していない模様)。こうした現状にあって、組織委、環境省、経産省、内閣府ともに「様子見しているようだ」と見ています。
その理由として、扱う問題の定義が不十分であることを指摘。例えば、カーボン・オフセットは、CO2排出の直接・間接の区分を明確にしなければなりませんが、そこが現状不分明。また、オフセットする分について、誰がどの部分を担当するのかそのカテゴリー分けのところでも「モニョモニョモニョっとしているのが今の段階」と吉高氏。
面白いのは、カーボンフットプリントで大会運営に影響が大きいものから(A)直接排出量(運営に関わるエネルギー使用)、(B)共有責任排出量(会場建設等)、(C)関連排出量(観客輸送、宿泊、物品等)、(D)非間接排出量 の4つのグレードを策定したところ、Aは生グリーン電力や再生可能エネルギーを使おう、Bはグリーン証書を使おうというような点は、誰に訊いてもみな同じことを思い描いているのにも関わらず、何も進んでいないということ。Dのグレードのように大会運営への直接影響が少ないレイヤーについては、「クレジットの精度を下げて関われる人を増やそう」という考えも誰もが同じように持っていて、実は環境省も経産省も、そのコンセプトに沿った企画を提案しているにも関わらず「私の知る限り、提案されてそれっきり何も音沙汰がない」状況になっていると吉高氏。
そのように難の多い状況にあって、「壁を乗り越えるポイントのひとつは非公式スポンサーの取り扱い方では」と吉高氏は考えています。先程のリオの紹介では、FIRJANがフロントになって非公式スポンサーの関与が可能になった事例がありましたが、カーボンスポンサーで同様の取り組みをしようとしたものの失敗している例もあります。吉高氏は「このサロンでその突破口を見いだせるのではないか、ここでそのような話ができればうれしい」と期待を語ります。
その後グループ・ワークへ。小林氏から「2020年オリパラの意義、効果」「2020年以降の東京の姿、世界との関わり」「今心配なこと、すべきこと、できること」という3つの視点が提示されています。
各テーブルでのディスカッションの前に、まず小林氏からの代表質問で、梅原氏には「この3点についてどう思うか」と投げかけ。
梅原氏は、オリパラを環境に配慮した活動を始める契機にしてほしい、もっとさまざまな人が暮らしやすくなる街になってほしい、という回答ともに、3点目について「都知事がやると言っているから心配はしていない」ものの、「組織委、東京都任せにしてはいけないのでは」と発言。
「企業、市民、みんなができることをやることが、受け入れる都市の市民としての役割だと思うし、義務であり、責任じゃないだろうか」(梅原氏)
また、吉高氏には「いま日本は遅れているように見えるが、ロンドン、リオに比べて何点がつけられると思うか、また、点数を上げるために何をしたら良いか」という質問。
吉高氏は「確かに海外に行くと"日本は大丈夫か"とすごく心配される」という現状を紹介。それはオリパラに限らず、「技術はあるもののニーズに合わないことばかりしている」「お金はあるのに循環させてない」という全般的なスタイルについてだそうです。
「日本には寄付の概念もあまり浸透していないし、良いことに投資しても金銭的な損が出ることを良しとしないところがある。お金に関しては、あと2年強あるので、なんとか回すための手法を考えたい」(吉高氏)
そして各テーブルで15分のディスカッション。オリパラは身近なようでいて、その裏側については知られていることも少なく、初めて見聞きした内容も多かった様子。議論も「提案」というよりは「感想」を述べ合うことが多いようでした。
ディスカッション後のリソースパーソンとのセッションでは、そうした感想が中心で質問もわずか。ある参加者から「公式スポンサーになっているが、メリットが充分に活かせない、活用できないがどうしたらいいか」という質問。これについては、梅原・吉高両氏がIOCに"直訴"したエピソードが回答として語られました。
それによるとカーボン・オフセットのための予算捻出のために公的団体と民間企業が共同でファンドを組成してもいいか、公式スポンサー以外に名前を絶対に出せないのか(リオ大会では名前を出したようだが)、という内容を日本の組織委に訊いてもまったく埒が明かなかったので、IOCに直接手紙を出して聞いたところ「あなたの国の組織委が詳しいから聞いてくれ」と回答が来たのだとか。
また、小林氏が指摘した「約束」を果たせないと日本はどうなるのかという質問に吉高氏は「ペナルティはない」と回答。しかし、「負の遺産にはなるかもしれない」とも。今、持続可能性に則った運営のハードルが高くなりすぎ、次回以降のオリンピック開催に立候補する都市がいなくなりつつあります。
「もしかしたら、オリパラ自体、今後続けられるのかという問題もあるし、やるとしたらハードルを下げてコストも削減して新興国でということになるかもしれない。そうなると、東京が先進国で開催する最後の大会として、悪いほうの遺産として記憶されることになる可能性もある」(吉高氏)
さまざまな感想、意見、質問が出されましたが、オリパラは扱う領域が広く、議論はまだまだこれからといったところ。最後に小林氏も「今年のCSV経営サロンの大きなテーマとして、やはり2020年オリパラ以降の社会は見据えていきたい」と発言があり、今後もオリパラがCSV経営サロンが取り組むテーマのひとつとして扱われていくことになりそうです。
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エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。