イベント地球大学・レポート

【地球大学レポート】新・口腔科学~StomatologyからEating Scienceへ

2014年7月29日開催

「食べる」を解剖学的に科学する

「食」を軸のテーマに据え、食べる"もの"ではなく、食べる"こと"のデザインを考える「Eating Desgin」をコンセプトに進めている2014年の地球大学。7月16日には、食から一歩枠を広げ、日本の農業にスポットを当てたセミナーを実施しています。それに続いて開催された今回は、「新・口腔科学~StomatologyからEating Scienceへ」と題し、「食べる行為」それ自体に焦点を当てたセミナーを開催しました。

ゲストスピーカーは福島県いわき市で「中山矯正歯科医院」を開業している中山孔壹氏。矯正歯科を専門とする歯科医師ですが、「臨床医として必要なことを求めているうちに」、歯科領域を飛び越えて統合医療、東洋医学、代替医療など幅広く精通するようになった知の泰斗のひとりです。3.11後は放射線の人体への影響の問題にも取り組んでいます(2014年3月10日の地球大学で講演)。

今回も内容は多岐に渡り、「食べること」にテーマを絞り込まれてはいるものの、さながらジェットコースターのようにあっちこっちに振り回されるトークでしたが、それは心地よい知的興奮を伴うものでもありました。

モデレーターを務めた竹村真一氏は冒頭、「"食"は"人を良くする"と書くが、昨今は食の安全性ばかりを取り上げ、その実食べる行為自体はないがしろにされているどころか脅かされている」とコメント。「食べる対象ではなく、主体側の問題を、口腔科学という解剖学、人間学的な観点から解説してくれるのが今日の中山先生」と紹介し、メーントークへと移りました。

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口はただの「口」じゃない

口はただの「口」じゃない

中山氏

医師の多くは自分の専門に特化し、異なる領域に手を伸ばすことはあまりしないものです。しかし中山氏は、誤解を恐れずにいえば"医療アカデミズムの周辺"にまでも意欲的に手を伸ばす珍しいタイプ。

「1本の歯から全身を診ようとしているうちに、やがて統合医療や、ホメオパシー、バッチフラワー、オステオパシー、アプライドキネオロジーなどの代替医療も手掛けるようになりました。ゲノム医療にも手を出し、エピジェネティクスにも取り組んでいます」

この日は、多岐に渡る事例、症例、医学的知見をスライドで見ながらのトークとなりましたが、大きく分けると、「頭蓋構造の意味論」「"食べる行為"の意味」「食と頭蓋の歴史的変化」「口腔から見る細菌」という4つのテーマから成っていたことが分かります

最初に「なぜ人は食べるのか」という根源的な問いを、動的平衡(R.シェーンハイマー)の実験を引いて、「食べて吸収されたエネルギーが細胞の間を流れていく、その物質移動の中にこそ生命がある」からこそ「食べ続けなければならない」と解説。
この生命が常に動的な平衡状態にあることを受けて、頭蓋構造の説明をしていきます。頭蓋は「小さな箱が積み重なった」ような形状で、圧力の高いところは厚みを増す。そして顎の動きと胸骨が連動するように接続しています。が、「西洋医学的には、頭蓋の各骨はある程度くっついているとされていますが、統合医療では動いていると考えられている。この動きによって脳から髄液が仙骨へと流れ、重要な生命活動を支えている」のだそう。

こうした頭蓋、顎の形状は、人類が二足歩行を始めたころに形成されてきました。「二足歩行によって顎が後退し、発話しやすくなった。また、上顎部が変化して鼻腔が拡張し、鼻呼吸ができるようにもなりました」。鼻呼吸には、鼻腔奥の裏側にある脳下垂体を冷却する役割があり、口呼吸をしていると脳が過熱して全身の健康バランスが崩れやすくなります。また、ドイツのラインホルト・フォル博士は、1本1本の歯と臓器に相関性があると指摘しているなど、「口腔」は単なる頭蓋の一部、単なる器官である以上の意味と価値があることが中山氏のトークでだんだん浮彫りになってきます。

「脳と感覚器のバランスを示した"ホムンクルス"の図で見ると、人間の感覚のほとんどが口と手に依存していることが分かります。また、かみ合わせが変わるだけで、首、胸への圧力が変わり、全身に影響が出てきます」

「食べる」は「生きる」

人類史上もっとも長く生きた女性、ジャンヌ=ルイーズ・カルマン。ピカソの「アルルの女」のモデルだったという説も(当日のプレゼン資料より)

では、「食べる行為」自体の意味や価値はどこにあるのでしょうか。中山氏は、ある医学部生の体験談を紹介して説明します。

「担当する患者さんが食道の疾患で、胃ろう(経口食餌ができない患者の胃に付ける小さな口)の手術を受けました。手術前は紳士的な方だったのに、手術が終わって食事ができなくなると、下痢が止まらなくなり、態度も粗暴になって、深夜徘徊までするようになってしまったそう。そこで一計を案じ、ドレーン(誘導管)を食道に置いて食事をさせたそうです。もちろん、食べたものは胃に入ることなく、そのまま外に出るだけですが、その日に下痢は止まり、情緒安定が見られ、結果、予測を超える健康回復を見せて無事退院しました」

つまり、食べるという行為には、栄養を摂取する以上の意味があり、そこに人間性が依拠しているとさえ言えるのです。「食べる行為が、生命に直結している」と中山氏は言います。史上最高齢の122歳と164日で亡くなったフランスのジャンヌ=ルイーズ・カルマンという女性は、最晩年まで食べるのが大好きで、健全な咀嚼を失うことがなかったそうです。

にもかかわらず、「最近の若い人は何を食べたらいいか分からなくなっている」と中山氏は指摘します。「体の記憶は食べる行為に根差しています。その積み重ねによって、体に必要なものが自然に分かるようになりますが、その体験が失われている。食べ物の記憶には感覚感情情緒が宿るもの。今こそ、子どもたちにそんな食の記憶を継承しなければならないのではないでしょうか」。

口腔科学のエピジェネティクス

プライス著『Nutrition and Physical Degeneration』(邦訳『食生活と身体の退化』)掲載の画像。上段が伝統的な食生活をしているサモア人、下段が近代食をするようになったサモア人(当日のプレゼン資料より)

続いて、食べることと頭蓋の発達の歴史的変化を見ていきます。中山氏によると、弥生時代の食事時間は51分、咀嚼回数は3990回でしたが、時代を下るごとにどちらも減少し、現代では11分で660回。「縄文人の糞石を見ると、当時は10万種の食用植物を食べていたことが分かる。それだけ生物多様性を享受していたのですが、同時に消化しにくいものをよく噛んで食べていたのでしょう」。

咀嚼回数が減少すると顎や歯の形状に変化が出てきます。1930年代にオーストラリアのアボリジニなどの調査を行った歯科医師ウェストン・プライスによると、近代食が入ったことで、わずか一代で歯列弓(歯列の描く曲線)が狭まり、歯並びも悪化した例が見られました。現代人も同様の傾向にあり、歯列弓とともに下顎が小さくなり、舌が咽喉下部に落ちやすくなっています。現代で問題になっている睡眠時無呼吸症候群(SAS)や顎の発達障害などはここに起因しているとさえ考えられています。
また、プライスはこうした現象を「退化」と見ましたが、中山氏は「遺伝的な形質はそう簡単には変わらない。環境が変わったことによって、遺伝子から伝達される発現系が変わった」のだと言います。遺伝子それ自体の変化変質の問題ではなく、遺伝子が連鎖反応のようにスイッチを入れて器官を形成していく、そのスイッチの問題である――この考え方を「エピジェネティクス」と言います。

「呼吸や食べるという行為は非常に重要で、人間の体の中では常に最優先されているはず。そのために一代でも簡単に変化してしまうのです」

口は病気の入り口でもある

L.ロイテリ菌など微生物による治療(健康食品)は「プロバイオティクス」と呼ばれる。プロバイオティクスの先駆的存在であるスウェーデンのバイオガイア社のサイト。日本法人もある。

最後に口腔内の細菌叢と疾病の関係についての話題へ。歯周病が心血管障害、糖尿病などの全身疾患と強い相関性があることは広く知られていますが、近年、歯周病が発がんリスクそのものであることも分かってきたそうです。また、膵臓ガン患者の口腔内には、健康な人には見られない細菌が31種見られた反面、健康な人にあるべき細菌25種が存在しなくなっているということも発見されました。つまり、口腔内の細菌叢は健康の基本であり、バロメーターでもあるということです。
「そこで、最近では人が持つ常在菌のバランスを健全に保つ、戻すことで健康にしようとする、ファンクショナル・メディシンという治療薬が研究されるようになっています。スウェーデンのカロリンスカ大学では、抗菌物質を出す唯一の乳酸菌であるラクトバチルス・ロイテリ菌を使った薬の研究開発を行っています」

人間体内の常在菌は100兆個にもおよび、その重さは2kgにもなるそうです。「肝臓が1~1.5㎏くらいだから、常在菌は人間の最大の"器官"とも言えるかもしれません」。人間の常在菌の傾向は子どものうちに決まります。飢餓状態が長く続いた時代の影響で、人間は糖と脂を嗜好する傾向が強いのですが「そこに報酬系が結びついていて、ジャンクフードはそういう食べ物だから好まれる」と中山氏。しかし、そのままでは健全な細菌叢を形成できません。「出汁などのうまみ成分を記憶し、回路を強化するようにしなければなりません。それが食育です」。

また、「食べる」は、自分ひとりだけの問題ではないとも指摘しています。

「少なくとも2世代に渡って、自分が食べたものが子孫に影響することが分かっています。DNAは楽譜のようなもので、それ自体は変わりませんが、指揮者によって演奏や曲調が変わる。その指示が楽譜に書きこまれ世代を超えて伝わっていく。食べ方、生き方、考え方、すべてが次の世代を変えていくのです。私たちは、日々そのレベルで選択して生きているのだということを忘れずにいてほしい」

「食べる」から広がる地球大学

この後は会場を交えての質疑応答となりました。ラブテリ東京&ニューヨークの細川モモ氏も来場者として参加しており、竹村氏から水を向けられて「予防医学の観点からもデンタルには大変な興味を持っていた」と発言。「最近では、赤ちゃんの唾液の量と質を調べると感情が分かるなど、コミュニケーションのツールになる可能性も出てきている。口腔関係はまさに予防医学の最先端なのかと思う」。また、腸内環境についても研究を始めており「炭水化物ダイエットで、炭水化物の摂取が減ることで逆に腸内には肥満を促進する細菌叢が増加することも分かってきた。食は腸内の細菌の中身とも密接な関係にあるので、これからも研究を続けたい」。

このほか、統合医療や代替医療についての議論や、食器や道具、手で食べることについてなどの意見や質問が飛び交うなど、活発な議論が交わされました。「食」の議論はとかく"ふわっ"とした議論に終始しがちですが、医療の観点を持ち込むことで1本筋が通って引き締まり、参加者も多角的な視点を手に入れたようでした。竹村氏からもさまざまな意見が出され、最後には「手で食べるワークショップをやりたい」という発言もあり、今後さらなる活動の広がりを感じさせながら盛会のうちに終了となったのでした。

これまで、口腔科学(Stomatology)とは口腔外科を中心とする口腔全般の治療を行う歯科学領域でした。しかし、この日の講演の最後で、食べること全体を科学する「新・口腔科学」=Eating Scienceが中山氏から提唱されました。これから「食」を軸にした横断的・学際的な研究が始まるかもしれません。


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科学研究の最前線を交えながら、地球環境のさまざまな問題や解決策についてトータルに学び、21世紀の新たな地球観を提示するシンポジウムです。「食」を中心としたテーマで新たな社会デザインを目指します。

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