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【レポート】TNFDは現行ビジネスをネイチャーポジティブなものに変えていくための指南書

企業向け生物多様性セミナー第2回 TNFD v1.0が公開!生物多様性と金融との関わり、そして企業の目指すべき姿  2023年12月12日(火)開催

日本自然保護協会が主催し、エコッツェリア協会が共催して取り組む「企業向け生物多様性セミナー」。生物多様性の劣化・損失は現在最も深刻な問題の一つともいわれ、国内外において関心が高まっているテーマです。12月12日に開催された第2回ではMS&ADインシュアランスグループホールディングスのサステナビリティ推進部TNFD専任SVPである原口真氏をお招きし、「生物多様性と金融との関わり、そして企業の目指すべき姿」と題してお話いただきました。テーマはTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に向けて企業が備えるべきポイントを解説するというもの。TNFDは企業や団体が自分たちの経済活動によって生物多様性に与える影響を評価し、情報開示する枠組みのことです。多くの企業にとって非常に関心の高い話題のようで、3×3Lab Future会場とオンラインのハイブリッド開催でしたがおよそ約470名もの申し込みがありました。今後の生物多様性と金融の動向、企業における生物多様性に対する情報開示やその基となる取り組みの重要性について学ぶ機会を提供しました。

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世界では自然なくして経済社会の繁栄はないという認識が広まっている

世界では自然なくして経済社会の繁栄はないという認識が広まっている

image_event_231212.002.jpegMS&AD インシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進部TNFD専任SVP 原口真氏

MS&ADインシュアランスグループホールディングス原口真氏はまず自社と自然との向き合い方について話し始めました。MS&ADインシュアランスグループホールディングスといえば大手損害保険会社ですが、同社も自然災害の増加によって10年以上保険金の支払いが右肩上がりで増え続けてきました。その一方で地方経済がなかなか回復しないと保険契約が増えていかないという現状が課題となっているそうです。地球の健康状態を表すプラネタリーバウンダリーは年々悪化し、2023年現在、9項目中6項目(気候変動、生物圏の一体性、土地利用の変化、淡水利用、生物地球化学的循環、新規化学物質)が安全圏を超過してしまい、非常に危機的な状況に陥っています。このような状況を鑑み、同社でも中期経営計画の重点課題はプラネタリーヘルスに設定、カーボンニュートラルとネイチャーポジティブの2つを掲げています。また2015年ごろからはグリーンレジリエンスという自然の恵みを活かし、生物の多様性を守りながら、自然災害の被害を和らげ、その魅力で地域も活性化するという、好循環を生み出す考え方を掲げています。原口氏は「我々の経済社会を持続可能なものにしていくための基盤になっているのが自然のレジリエンス(回復力)。その喪失を止めないことにはビジネスのレジリエンスもない。自然なくして経済社会の繁栄はないというのが今の世界的な共通認識になっている」と言いました。

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まず原口氏は私たちが20世紀型の企業経営から21世紀型の企業経営へと移行する必要があると説きました。20世紀型のビジネスでは自然環境への影響や依存について経営者たちはほとんど考えなくてよかった時代でした。もちろん公害などを出さないための環境基準はありましたが、自然資本と労働力を使っていかに高品質な財・サービスを安価に消費者に提供できるかということが企業の役割でした。しかし21世紀型のサステイナブル経営では、再生可能資源や都市鉱山などを活用し環境負荷をかけないように自然資本を利用し、事業を通じて脱炭素や生物多様性などにポジティブな影響を与える存在となることが求められます。もちろんそれは売り上げや利益が二の次ということではありません。企業としての成長とネイチャーポジティブを両立させていくことが重要です。そして「ネイチャーポジティブなビジネスに移行するためにはどこにお金を使ったら良いかという指南をしてくれている」(原口氏)ものがTNFDなのです。これまで植林や工場のビオトープなどCSR(企業の社会的責任)活動として環境への取り組みを進めている企業もありますが、TNFDはそのような活動とは一線を画します。TNFDは企業のビジネスモデルやサプライチェーンが自然環境にどのような影響を与えているかを評価するものです。原口氏の言葉を借りれば「TNFDの開示対象になるような企業のビジネスは、自然に対してネガティブな影響を与えているという前提で考えたほうが良い。最初は全員赤点です。まずはその赤点の状況をしっかりと開示するということが大切で、そのうえで自然資本を増やしていくというビジネスモデルに創り変えていくことが重要」なのです。

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TCFDやISO14000との相違点や注意するべきこととは

次に原口氏はTNFDがどのような経緯で考案されたのかを振り返りました。始まりはCBD COP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)でした。アントニオ・グテーレス国連事務総長は以下のように演説しています。
「私たちは自然と戦争をしているのです...プラネットB(地球に代わる惑星)は存在しないのです...自然のために立ち上がりましょう。生物多様性のために立ち上がりましょう...自然との和平協定を採択・実行することで...より持続的な世界を、私たちの子どもたちへと引き継ぎましょう」
そして、このCOP15で採択されたのがターゲット15です。そこでは2030年までに生物多様性に関わる技術、それから生物多様性への依存とインパクトを企業や金融機関が開示できるような制度的な措置を取ることが宣言されました。この宣言を実行するときに世界の共通言語として考案されたのがTNFDです。日本政府もネイチャーポジティブに関しては積極的に動いており、2023年のG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合において、ネイチャーポジティブ経済に関する知識の共有やネットワーク構築の場として「G7ネイチャーポジティブ経済アライアンス」を設立しました。その際に政府と企業、NGOが共通言語としてTNFDを用いてきました。

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これまで企業はTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示を求められてきました。TNFDも「基本はTCFDの11提言をなるだけ活用」(原口氏)してはいるものの、ビジネスと自然が密接にかかわっており、優先すべき場所を自分たちで特定しなければならないというのはTCFDには見られない特徴といえます。またガバナンスに関してもTCFDにはなかった先住民や地域住民、影響を受けるようなステークホルダーへの配慮などについて人権方針やエンゲージメント活動の説明が設けられています。このようないくつかの点で相違はあるものの、TCFDと同じくリスクを評価して、それを新たなビジネスチャンスや機会として捉えるという構造が変わったわけではありません。自分たちのビジネスが生態系や資源に依存し、排水や排気ガス、廃棄物などで自然資本に与える影響をリスク評価し、そのリスクを回避できるようなビジネスモデルへと転換していくのです。「今のままネイチャーネガティブなビジネスをやっていくと、売り上げの変化や市場での予測が見えてくる。それをどのようにしてネイチャーポジティブに移行していくのかということを投資家に開示するということが期待されている」(原口氏)わけです。

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原口氏はTNFDとISO14000との違いについても説明しました。ISO14000とは、自社のビジネスが大気汚染やCO2排出など環境問題に対して自主的に改善を促していくような環境マネジメント規格です。企業の工場などが周囲の環境に与える影響をより低減していくように環境目標を設定してPDCAサイクルを回してきました。ところがTNFDでは「変化の外部要因」という要素が加わってくるためISO14000とは「全然違う」と原口氏は言いました。例えばビジネスにおける水資源の使用を考えてみると、ISO14000では世界中の事業所で「毎年1%ずつ節水します」というような目標設定をして達成できたか否かを判断してきました。しかしTNFDではその地域が水ストレスの高い場所なのかということまで含めて考えなければなりません。原口氏は例としてカリフォルニアやインドのように水ストレスの高い場所で節水をするのと、日本のように水ストレスが低い場所で節水するのでは全く意味が異なると話しました。「目標設定は一律にやる必要はなく、リスクが高いところや自然に対してダメージが大きそうな地域からリスク評価と転換をやってくださいというのがTNFDのアプローチ」(原口氏)なのです。

他にもいくつかの注意点を原口氏は指摘しました。TNFDでは影響要因(インパクトドライバー)を5つの主要影響要因、「気候変動」「陸地、淡水、海洋利用の変化」「資源使用」「汚染」「侵略的外来種」に分けて、さらにはそれらの要因におけるマイナス評価とプラス評価に区別することが必要です。このマイナス評価とプラス評価を各企業の判断でオフセット(相殺)をしてはいけないということも注意点のひとつです。また自分たちのビジネスとは関係ないところで社会貢献活動のような形で植林等を実施してもTNFDではほとんど評価の対象にはなりません。自分たちのビジネスモデルやバリューチェーンの中で生態学的に注意が必要な地域や、依存度やリスクの高い場所を優先地域(プライオリティロケーション)として開示をする必要があるのです。上記は「結構誤解されることが多いポイント」(原口氏)であり、気を付けてほしいということでした。

精緻なデータを追い求めるより、ネイチャーポジティブに向けた戦略やストーリーを

原口氏の講演の後、日本自然保護協会の国際担当でありIUCN(国際自然保護連合)日本委員会事務局長を務める道家哲平氏も加わって、トークセッションが行われました。

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道家氏:TNFDの細かな情報はウェブサイトにQ&Aがあり、充実していると聞いています。また、TNFDフォーラムに入るとTNFDのさまざまな情報が手に入ると聞きました。
原口氏:TNFDが世界各地に協議会を設け、TNFDの内容や活用に関心がある方々を集めてTNFDフォーラムを立ち上げています。これは勉強会のようなもので誰でも入れます。このフォーラムに入ったからと言って開示をしなければならなくなるわけでもないです。TNFDフォーラムに入るとウェビナーなどのお知らせを受け取ることもできるので、TNFDに関心ある方はぜひ入ってください。
道家氏:前回のこの生物多様性セミナーでも、TNFDは"開示することが目的の開示"ではなく、企業として自然とどう関わっていくかを再定義するつもりで開示してほしいという意見がありました。
原口氏:投資家が見たいのはストーリーやナラティブ。数値だけではないです。同業他社の数値と比べるのではなく、自社のリスクを認識してどのように事業構造をネイチャーポジティブに変えていくのかという、戦略やストーリーがある方が投資をしたくなる。あまりデータの精度にこだわりすぎると全体像を見失うと思います。サステナビリティ部門やIR部門だけではなく、事業部門の人をきちんと巻き込んでプライオリティロケーションや自然との接点、インパクト、依存について徹底的にブレストすることが大切。それを通じて社内のリテラシーを上げていくとともに、地域の外部要因を特定していくことが重要です。そのためには、まずは社内に仲間を増やしてください。その仲間で議論を進めることで一層プライオリティロケーションの解像度が上がっていきます。その方がTCFDのようにコンサルタント頼みで精緻な分析をするよりも良いと思います。

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道家氏:TNFDは大企業だけではなく、中小企業やその地域に根差した企業ほどメリットや価値があるという話も聞きました。
原口氏:TNFDでは自分たちの原材料を調達してくれるサプライヤーなどの協力が不可欠です。彼らがネイチャーポジティブなものを生み出して供給してもらわないと自社だけではTNFDの十分な開示はできません。そのため、中小企業や地元に根差した企業がネイチャーポジティブなデータの裏付けを用意した方が取引先として選ばれる可能性が高くなると思います。
道家氏:TNFDは、TCFDとも明らかに異なる点として地域がキーワードだと思います。生物多様性においては、各自治体が策定するよう努力義務が課せられている「生物多様性地域戦略」という制度があるのですが、現状、市町村レベルでは策定が全く進んでおらず今後の課題です。一つの企業だけで地域を見るのは難しく、自治体が一つの核となってやっていくことが大事かと思いますが、その課題感についてはどう思われますか。
原口氏:各地域で自然をどこまで回復するというような目標設定がないと企業単体で目標設定は難しいです。理想は自治体が地域の目標を設定してくれれば、その地域にある工場はネイチャーポジティブを実現するための目標にできます。データも自治体と民間が一緒になってモニタリングをすれば、コスト負担は小さくて済みます。そのような仕組みをいち早く設けた自治体が今後は企業から選ばれやすくなると思います。

セッションの最後には会場からの質問が取り上げられ、「湿地や鳥類の保全に取り組む団体への支援は、TNFD開示での企業のリスク管理として認められるか」という質問に、原口氏は「その湿地に関して自社の事業やサプライチェーンが依存をしていたり、インパクトを与えたりしているのかという関係性を見いだせればいいが、会社のビジネスモデルとは全く関係ない社会貢献だとTNFDで開示する情報としては使えない」と答えました。この質問に表れているように、これまでのCSR活動や地域貢献活動とTNFDで開示する情報の境目を判断する難しさを、企業が抱えているようでした。

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TNFD開示は、担当部署だけで実行するものではなく企業の経営陣や各部署が協力して取り組むことが必要です。生物多様性という文脈において「赤点」を取っている現行ビジネスモデルをネイチャーポジティブなビジネスモデルへと転換していくためには、企業経営やビジネスの方針を全体的に変えていくことが求められるからです。そのように考えればTNFDにおいて企業の本気度が試されているとも言えます。このような状況を反映してか、会場で原口氏の講演を聞く参加者の表情は真剣そのものでした。TNFDを通じて、事業を続ければ続けるほど、また大きくなればなるほど地球の生態系が回復できるようなビジネスモデルを持った企業が増えていくことが求められているのです。

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