イベント環境プロジェクト・レポート

【レポート】人口減少社会でも地域再生のチャンスを生み出すコミュニティのあり方とは

Green Tokyo研究会 有識者懇談会 第3回 2021年11月15日(月)開催

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2019年に設立された「Green Tokyo 研究会」では、これまで都市緑地の評価ツールやデータベースの活用、総合的な評価システムのプロトタイプ作成を目指して活動してきましたが、2021年度はより広い分野の考え方を取り入れるために有識者懇談会を実施しています。同年11月15日に開催した第3回目では、京都大学こころの未来研究センターの副センター長である広井良典教授をお招きしました。広井氏には『人口減少・成熟社会のデザイン―コミュニティ・都市・自然』をテーマに、コミュニティや公共政策、まちづくりなど幅広い視点から社会の今と未来、そしてグリーンインフラにかかる期待についてご講演いただきました。講演後に行われた質疑応答の様子と合わせて、当日の模様をご紹介します。

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人口減少によって時間軸から空間軸優位の社会へ

人口減少によって時間軸から空間軸優位の社会へ

image_event_211115.002.jpeg京都大学こころの未来研究センターの副センター長である広井良典教授

広井氏は、公共政策と科学哲学を専攻領域としながら、人間に関する研究と社会に関する構想を橋渡しするために、医療・福祉や社会保障、環境やまちづくり、地域再生、あるいは死生観や時間、コミュニティといったテーマについて研究や考察を行われています。そんな広井氏がまず取り上げたのは、日本に人口減少社会が到来することによって、社会にどのような変化が起こり、人々の志向をどう変えているのか等についてです。

image_event_211115.003.jpeg日本の総人口の長期的トレンド

1868年時点では約3330万人だった日本の人口は、明治維新による文明開化の動きに伴って増加の一途をたどり、1945年の第二次世界大戦時点では約7199万人、2008年には1億2808万人にまで達します。しかし2011年以降からは減少に転じ、2050年前後には1億人を割り、2100年にはピーク時の半分となる約5972万人にまで減ると推計されています。単純に人口が減るだけではなく、高齢者人口の増加と生産年齢人口の減少も生じるため、これからの数十年で日本は大きな危機を迎えると見られています。また近年、幸福度に関する調査が世界中で行われてランキング化されていますが、往々にして日本の順位は低くなっていて、例えば国連が毎年発表している「World Happiness Report」では、2021年は56位で先進諸国の中でも下位に位置しています。幸福度は物質的な豊かさだけではなく、コミュニティや人との関係性、あるいは自然環境なども大きく関わっていますが、日本では人口増加時代に生まれた東京一極集中の流れがコミュニティや人間関係の希薄化を生じさせてしまい、現在の幸福度に影響しているとも見られています。

ただし、人口減少に転じた時代に入って変化も生じています。顕著なものが若い世代のローカル志向です。例えば広井氏が日頃接する学生の中には「生まれ育った地元を世界一住みやすい町にしたい」「地元の産業を活性化させたい」「卒論のテーマに愛郷心を選びたい」「留学していたが地元や地域にUターン/Iターンして働きたい」といった志向が増えているそうです。また全国の自治体が開催する「ふるさと回帰フェア」という移住や地方暮らし、Uターンなどを検討する人を対象としたイベントにも20代や30代の若い世代の参加者が増えているといいます。このような時代の変化を、広井氏は「時間軸から空間軸の優位」との言葉を用いて、次のように説明します。

「人口増加の時代は世の中が一つの方向に向かうので、"こちらは進んでいるけどこちらは遅れている"というように時間軸が優位になります。一方、ある程度成熟した社会においては、高度成長期の延長線上には進まず、空間軸が優位になります。するとそれぞれの地域が持つ固有の価値や特徴、あるいは多様性といったものに関心が高まっていく構造変化が起こるのです」(広井氏、以下同)

コミュニティは人間の幸福度を左右する

image_event_211115.004.jpegコミュニティのあり方の変遷

では、社会の志向の変化はコミュニティに対してどのような影響を与えるのでしょうか。それを考えていくために広井氏は様々な視点や歴史的背景を踏まえながらコミュニティの概念について説明を行っていきました。

近代以前、人間社会を構成する要素として最も強かったのは「共(コミュニティ)」であり、農村のような伝統的共同体が社会のベースとして存在していました。近代社会に突入して市場化・産業化が進んでいくと、「私(個人、市場)」と「公(政府)」によって社会が構成されるようになります。この時代においては、市場経済の理論で企業がフル稼働し、そこから出てくる格差や環境に関する問題は政府が事後的に調整・規制する枠組みができて経済が発展しましたが、「共」の領域は両者の背景に退きました。この状態は長らく続きましたが、次第に私と公の二元論では十分に社会が機能しなくなっていったため、再び「共」、すなわちコミュニティに注目が集まるようになりました。ここで言うコミュニティはかつてのような伝統的共同体ではなく、市場と政府ともつながる要素を含んだ「新しいコミュニティ」と呼べるものです。また近年では、人々の安全や健康を高めるものとして「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」も注目キーワードとなり、ますますコミュニティが再評価される流れが生まれてきています。ただし広井氏は「日本社会においてコミュニティについて考える際には冷静になる必要があると思っています」と口にします。

「ミシガン大学が中心となって実施している世界価値観調査によると、日本はOECD加盟国の中でも『社会的孤立(ソーシャルアイソレーション)』が非常に高いと報告されています。同項目は、家族や集団を超えて人と人がつながっているかを表す指標なのですが、日本ではそれが非常に薄いのです。その要因は、この国が古い共同体が崩れてから新しいコミュニティを生成している途上にあるからだと、私は理解しています」

そもそもコミュニティには、良くも悪くも個人と個人がべったりとくっつく凝集性の強い「農村型コミュニティ」と、個人がある程度独立した上でつながる「都市型コミュニティ」の2つがあります。従来の日本社会は農村型コミュニティに傾斜しがちな面があり、高度成長期においても会社や核家族という共同体の中で農村型のコミュニティを作ってきた過去がありました。ただ、上述したように成熟した社会の中では古いコミュニティが機能しなくなっていったため、いかにして都市型コミュニティを築くかが課題になっていったのです。

「日本社会はウチとソトの明確な区別があり、空気への同調性や外部への潜在的排他性も秘めていて、集団が内側に向かって閉じる傾向があります。このような特徴を『稲作の遺伝子』と呼んでいますが、経済が成熟して会社や家族が流動化する中で農村型コミュニティが孕んでいた矛盾が顕在化してきているため、都市型コミュニティのような新たなコミュニティや、集団を超えたつながりの獲得が大きな課題になっているのです」

image_event_211115.005.jpeg農村型コミュニティと都市型コミュニティの概要

コミュニティの再構築は人々の幸福度を高めるためにも重要です。広井氏は「幸福の重層構造」の図を用いながら、次のようにコミュニティ×幸福の関係性について説明しました。

「人間の幸福をピラミッドのように考えると、下段に幸福の物質的基盤(生命/身体)があり、中段につながりとしての幸福(コミュニティ)が、上段に自己実現としての幸福(個人)があります。下に行くほど普遍性が、上に行くほど多様性や個別性があります。この考え方によく似ているのが有名な『マズローの欲求5段階説』です。マズローの図では一番下に個体としての生理的欲求と安全欲求があります。その上の愛情/帰属と尊厳、承認がコミュニティの次元です。最上段は先ほどと同様に個人にとっての幸せである自己実現があります。この図からもわかるように、コミュニティは人間の幸福にとって極めて大きな意味を持っているのです」

image_event_211115.006.jpeg 左:幸福の重層構造の図
右:マズローの欲求5段階説の図

日本のコミュニティを再構築していく上で見過ごせないのがハードの視点です。通常コミュニティはソフト的な文脈で語られがちな言葉です。しかし、「地域密着人口(地域との関わりが強い子どもと高齢者を足した人口の数)」が増加して地域の存在感が高まる一方で、自宅以外の居場所を作れない高齢者が増加すると考えると、地域密着人口が街中で快適に過ごせる空間を用意し、そこをコミュニティの醸成地とする必要があるのです。広井氏はそのヒントをヨーロッパに求めています。

「日本やアメリカは良くも悪くも圧倒的に生産者が中心なので、自動車や道路ありきのまちづくりですが、ヨーロッパでは高齢者がごく自然にカフェや市場でゆっくりと過ごせるまちづくりになっています。例えばドイツ・エアランゲンや同ザールブリュッケンのような自動車を規制して歩いて楽しめる街。ドイツ・フランクフルトやスイス・チューリッヒのような歩行者空間と座れる場所を確保した街。高齢者もゆっくり楽しめるドイツ・シュトゥットガルトや同フーズムのような街などが多数あります。このようなまちづくりはコミュニティの醸成だけでなく、福祉や環境、経済の面でも好影響が期待できるのでSDGs的な意味もあります」

ただし現在の日本の地方都市に目を向けてみると、人口30〜40万規模の都市でもシャッター通りが増えている状況にあります。中には住民と自治体が連携してコミュニティ醸成につながるまちづくりを行っている地域もありますが、今後どれだけの地域が同様の取り組みを実施していけるかは非常に重要な課題となっています。そして同時に、現代は一極集中から少極集中への時代と移っている中で、今後さらなる少極集中が進むか、それともドイツのような多極集中に向かうかの分水嶺に立っているとも広井氏は話しました。

image_event_211115.007.jpeg歩行者中心のまちづくりが鍵になると広井氏。画像はドイツ・ザールブリュッケンの街中の様子

庭園都市に日本再生のチャンスがある

講演の終盤、広井氏は日本でのコミュニティ構築事例の一つとして、ご自身が関心を寄せて取り組んでいる「鎮守の森コミュニティ・プロジェクト」について紹介をしました。

現在日本には神社とお寺が各8万ヶ所前後ずつ存在しています。神社とお寺は単なる宗教施設ではなく、祭りが開かれたり、寺子屋として教育機能を持ったり、市が開かれて経済機能を持ったりと、地域のコミュニティの中心拠点としての意味を持っていました。この来歴に着目した広井氏は「これらのコミュニティの伝統文化を、現代の課題である再生可能エネルギーに結びつけてなにかできないか」と考え、「鎮守の森」の持つ意義を自然エネルギー拠点の整備などと結びつけていくプロジェクトを始めたといいます。

「鎮守の森を考える上で重要なのは、鳥居や社殿ではなくあくまでも自然観や生命観です。仏教が渡来する以前に日本にあった素朴な信仰や世界観とも言えます。こうした考えを現代風に言えば『生物多様性』となりますので、SDGsにも通じるものだと言えるでしょう」

取り組み自体は「ささやかなもの」と広井氏は言いますが、それでも京都の石清水八幡宮で太陽光発電による釣燈籠のライトアップ事業や、埼玉県秩父市で小水力発電を導入し、伝統文化と地域コミュニティに根ざしたエネルギーの地産地消に関する活動などを行っているそうです。その他にも、自然欠乏障害といわれる自然との繋がりが少ない現代人に自然と関わるきっかけを提供したり、鎮守の森における森林療法の試みを行ったりと、個人・コミュニティ・自然をつなぐためのプロジェクトを展開しているのです。

さらに広井氏は、20世紀の都市計画に多大な影響を与えた「ガーデン・シティ」論は、提唱者のエベネザー・ハワードが来日した際に桜や梅を愛でる日本人を見たことが関係していると紹介し、「庭園都市=自然と共生する都市」の形成が人口減少社会としての日本の再生のチャンスであると説明しました。

「江戸時代から明治時代にかけて日本の多くの都市は『庭園都市』としての性格を持ち、それに感銘を受ける外国人も多くいました。残念ながら現在の日本の都市はその性格を喪失してしまいましたが、再び庭園都市としての性格を取り戻せれば日本独自の都市像を描けますし、社会の再生のチャンスではないかと思っています」

ポストコロナ時代は包括的な意味での「分散型」社会へ

最後に、日立と京都大学が2016年に開設した日立京大ラボに取り組むAIを活用した、持続可能な日本の未来に向けた政策提言について紹介がなされました。これは2050年の日本が持続可能であるにはどんな物事が必要かAIを用いてシミュレーションするプロジェクトで、(1)人口、(2)財政・社会保障、(3)地域、(4)環境・資源の4つの持続可能性に注目しています。分析の結果、「日本社会の未来にとって「都市集中型」なのか「地方分散型」なのかがもっとも大きな分岐点となり、人口・地域の持続可能性や健康、幸福、格差等の観点からは地方分散型が望ましい」との結果が出たそうです。さらにポストコロナ社会のAIシミュレーションを実施したところ、女性の活躍や働き方の変化なども含め、より包括的な意味での「分散型」社会に移行すると、出生率や人口減少の改善、東京と地方がお互いに栄える都市・地方共存型シナリオにつながるとわかったと広井氏は説明しました。

「昭和の人口増加時代は集団で一本の道を登る時代でした。平成でもそのやり方を継続しようとしましたが、時代の変化とのギャップが広がっていってしまいました。そして本格的な人口減少社会へと移行した令和では各人が自由度の高い形で人生をデザインしていきます。山頂に至れば視界は360度開けるわけで、それぞれが自らの創造性を伸ばして行けるようになり、それが社会の持続可能性や経済活性化にもつながっていくのです」

求められる「生産性」の概念の転換

image_event_211115.008.jpeg 質疑応答の様子。写真右はGreen Tokyo研究会会長、東京大学大学院工学系研究科 教授の横張真氏

広井氏の講演を終えたところで、Green Tokyo 研究会会員を交えた質疑応答とディスカッションへと移りました。その模様をQA形式で紹介します。

●「多極集中」に関する質疑応答
Q. 一極集中の対義語としてよく用いられるのは「地方分散」ですが、本日の講演では「多極集中」と表現されていたことが印象的でした。意図としては同じですが、単純に表現を変えているだけなのでしょうか?

A. 従来は一極集中と地方分散、あるいは多極分散との表現で議論されていましたが、この構図は人口増加時代の延長線上の表現だと思っています。現在のような人口減少社会において「多極分散」では低密度化し過ぎて立ち行かないんです。つまり、人口増加時代のパラダイムから抜け出したところに見えてくるものとして「多極集中」と表現しています。

具体的には、講演の中でも紹介したドイツのようなものをイメージしています。極の中には、当然100万規模の大都市圏もありますが、数十万、5万、1万、数千といった中〜小規模な都市もあるでしょう。戦略的な目標としては、10万人くらいの規模の社会インフラがある程度成立する規模でしょうか。それらが全体として重層的なネットワークとして機能していくものを考えています。なお、AIのシミュレーションで分散型社会が望まれていると紹介しましたが、より詳しく言うと、単純な分散ではなく集中の要素を取り入れた姿が最もパフォーマンスが良い結果も出ています。したがってその両者をどう組み合わせていくかが今後のポイントになるでしょう。

Q. 広井先生が考える「多極集中」とは、地方都市に生まれた人がずっとその街に住み続ける形なのか、それともIターンやUターンで地方都市に人が入ってくる形なのか、どちらでしょうか?

A. 現代はライフステージに応じて様々な形で色々な場所に移動が生じるものなので、私のイメージとしては後者に近いです。

これまで日本では地方から大都市圏への大量移動は過去3度ありました。一度目は高度成長期、続いてバブル期、そして近年です。ただし内訳を見てみると時代を経るごとにその数は少なくなっていますし、この10年ほどは高齢化の影響もあって東京圏から地方に流出する数も減っているのです。徐々に減っている日本人の移動が今後どうなっていくのかは見極めが必要だと思っています。

人口減少社会への対処法を考える際、気候変動と同様に適応策と改善策の両方が必要だと考えています。2021年の合計特殊出生率は1.34ですが、この数字は突然上昇しませんので、当面の間人口減少の進行は避けられません。この事実を踏まえた上で街や地域をどうデザインして適応していくかを考えなくてはなりません。一方で、実は結婚したカップルの出生率自体は過去と比較してそこまで下がっていないのですが、若い世代の雇用や生活が不安定なため、未婚率の増加が大きな要因となり、全体の出生率が減り続けているのです。したがって若年層への支援策を充実させるための改善策も手がけなくてはなりません。少し話が広がってしまいましたが、移動の問題を考えると同時に、人口減少自体への政策も検討していく必要があると言いたいのです。

●生産性に対する考えについて
Q.日本ではバブル崩壊以降、時間的にも精神的にも労働者の余裕がなくなり、働き詰めの状態が続いていると感じていますが、それでも「日本は生産性が低い」といった言説もあります。一方で、これ以上の生産性追求は幸福にはつながらない考えも広がってきています。広井先生はこうした状況についてどのようにお考えでしょうか?

A. かつての日本社会は集団で一つのゴールを目指していました。その中で生産性を上げて行こうとするとノルマ主義に陥ってしまい、結果的に経済にマイナスの影響を与えてしまいましたし、それが失われた何十年という言葉につながっている可能性もあります。例えば環境分野でも「労働生産性から環境効率性・資源生産性へ」といった議論がありますが、それと同じように生産性の概念の転換が必要だと考えています。例えば個人の創造性を伸ばしていく、自分の好きなことを追求していくといった意味にとらえていく方が結果的に生産性の向上やサステイナビリティにもつながっていくのではないでしょうか。その意味でも、講演の終盤でお話したように包括的な意味での分散型社会への移行が重要になると感じています。

●地域密着人口とその居場所について
Q. 講演の中で印象的だったのが今後地域密着人口が増えていくことと、その人々の居場所が中々ないというお話でした。定年退職後に行き場がなく、一人で公園のベンチで座っている、"パークアローン"とでも言うべき状態になるのは寂しさもありますから、地域で暮らす上で土着性を身につけるための工夫も必要なのではないかと感じました。例えばどのようなものが考えられるでしょうか?

A. まず「パークアローン」という表現はとてもおもしろい言葉だと思います。

ご質問に関しては、簡単に答えられるものではなく、日本全体で考えていくべきテーマだと思います。団塊の世代が定年退職を迎える以前から会社人間だった人がどうやって地域に馴染んでいくかは大きなテーマでした。いろいろな仕掛けや地域活動もとても大切ですが、やはり大切なのは「場」です。

例えば団地のような所では高齢者が集まって来て将棋を指すような場所がありますし、銭湯のような場所も人が集まって来ます。もちろんハードの整備だけで完結する問題ではありませんが、そういった日常生活の中でちょっと立ち寄ってコミュニケーションするような空間を作っていくのが大切だと思っています。

●未来のコミュニティの形について
Q. 今後デジタル分野が進化していくと、インターネット空間にアバターとして入っていくような社会ができてくる可能性もあると思っています。特にこの2年間は新型コロナウイルスの影響もあってコミュニケーションの形に変化が生じてきていますが、未来のコミュニティはどのようなものになっていくとお考えでしょうか?

A. 二つのベクトルが拮抗していくのではないかと考えています。一つはアバターと言いますか、情報化が進んで生命と融合して新しい局面に入っていくようなもので、ある種のシンギュラリティが起こると思っています。こちらは良くも悪くも近代社会の延長線上のようなものでしょう。これはこれで追求して行ってもいいのでしょうが、より根源的で中長期的に賑わっていくのはもっとリアルなものだと思います。身体性や場所、地域などを求める方向ですね。この二つをどう考えていくかが、これからの非常に重要なテーマになります。

●歩行者中心のまちづくりについて
Q. コミュニティを作っていく上で歩行者中心のまちづくりが重要になってくるお話がありましたが、事例で紹介いただいたのは、単に道路を封鎖したものなのか、それとも言葉通り歩行者が歩いて楽しむことを前提にデザインされたのか、どちらでしょうか?

A. 結論から言うと後者になります。ドイツでは60〜70年代に掛けてモータリゼーションが進み街が道路中心になっていったのですが、80年代頃にはそこからの脱却を目指す流れが生まれていきました。今回ご紹介した中でも、ザールブリュッケンやハノーファーなどはその頃に街を歩行者中心に作り変えていますし。国内では姫路市の事例などが該当しますし、2019年からは国土交通省も「ウォーカブル」という言葉を用いながら「居心地が良く歩きたくなる」空間づくりを推進するようになっています。結果的には歩行者中心にした方が経済面でもプラスが生じているようなので、今後のまちづくりのポイントになっていくのではないかと思います。

このように質疑応答も大いに盛り上がり、この日のセッションは終了の時刻を迎えました。

Green Tokyo研究会では今後も「ESG投資やグリーンインフラの評価」「SDGsと建築・都市」などのキーワードで有識者懇談会を開催していく予定となっています。

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