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【レポート】「その時、そこに、誰がいるか」――人を起点にした地方創生の形

BFL地方創生セッション vol.8「山梨発ベンチャー創出」(2018年2月28日開催)

9,11,12

さまざまな有識者を招き、地方創生について考える「BFL地方創生セッション」。その第8回が、2月28日、3×3Lab Futureにて開催されました。

今回のテーマは「山梨発ベンチャー創出」。山梨県初の学生起業家としてバイオベンチャー企業「シナプテック株式会社」を設立し、現在はベンチャー起業家として活躍をするとともに、産学官民協働による地域づくりに取り組む戸田達昭氏を招き、「山梨における創業への取り組み」「地方で創業し、地方を盛り上げるためのポイント」についてのプレゼンテーションが行われました。

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アウトプットは共有し、アウトカムは共有せず

アウトプットは共有し、アウトカムは共有せず

シナプテック株式会社代表取締役の戸田達昭氏

戸田氏の活動のフィールドである山梨県は人口約82万人。ジュエリーやネクタイなどファッションアイテムの製造、桃やぶどうといった果物、豊かな自然などの特徴と魅力を持っています。その一方で少子高齢化と人口減少という、どの地方にもある逃れられない課題も抱えています。

こうした状況にある山梨県で、戸田氏は産官学民協働による地域づくりに取り組んでいます。例えば甲府市では山梨大学と甲府駅北口の商店街と連携し、商店街に咲き誇るハナミズキから酵母を抽出してオリジナルのパンを開発。地域の名物を活用して利益をあげられる構造を作り上げています。また高齢化率の高まりや孤独死の増加、移住者と地元の人々との間で交流機会がないなどの課題があった北杜市では、オリジナルのお弁当とコミュニティカフェをつくり、地域の人が集まりコミュニケーションできる場所を用意し、課題の解消に努めました。

このように地域と連携して事を成す際には、「アウトプット(何をするか)を共有し、アウトカム(実行したことによって得られる成果)は共有しないことが大切」と、戸田氏は話します。

「北杜市の例で言うと、アウトプットはお弁当作りですが、お弁当を開発するスーパーにとってのアウトカムは"売上をあげる"ことであり、地域にとっては"住民が地域に出てくるきっかけを作る"というものです。"何を"一緒にやるかは共有すべきですが、"なぜ"という目的は人によって違うので、アウトカムは共有しなくていいのです。この設計を間違えてしまうと失敗してしまうでしょう」(戸田氏)

フレームワークをローカライズし、いかに生態系を作るか

先にあげた事例のように、ベンチャーが地域と共にコトに臨む際には、次の3つもポイントになると解説しています。

(1)ヨソモノ・ワカモノ・バカモノとの協働
(2)コンソーシアム同士の連携
(3)地域外との連携、価値の交換

この中で特に言及されたのが(1)の「バカモノ」についてです。優秀な人ほどバカモノになり切れないことが往々にしてありますが、戸田氏の場合、あえてピエロを演じてギャップを感じさせることで、自分の話を聞いてもらいやすくする工夫をしたそうです。

「僕の場合、クールなイメージを持たれるようなプロフィール写真などを使用していますが、実際に一緒に何かをする際にはゴリゴリと現場にも足を運びます。そうするとギャップが生まれる。その地域の人たちは僕のことなんて知りませんから、こうしたギャップを見せることで、話を聞いていただけるようにするのです」(戸田氏)

「バカモノは利益を度外視するという特徴もあります。"利益度外視"というと聞こえは悪いかもしれませんが、つまりは長期スパンで物事を考えています。地方創生というものは短期決戦に向かないので、じっくりとその地域に浸かり、短期的な利益に追われずにいることが重要です」(同)

そして、とりわけ重要と言えるのが「その時に、そこに、誰がいるのか」です。どのような時代の流れの中で、どのような人がコトを起こすのか。つまり地方創生や地域活性化は属人的なところからスタートするというのです。とはいえ、個々の人間による志(will)だけではうまくいきません。属人的だからこそ仕組み(system)を用意し、志とセットで扱うことが欠かせません。

ここまでに紹介してきたように、
・アウトプットを共有し、アウトカムは共有しない
・ヨソモノ・ワカモノ・バカモノとの協働
・コンソーシアム同士の連携
・地域外との連携、価値の交換
・その時に、そこに、誰がいるのかを意識する
・志と仕組みをセットで考える
という6点が地方における創業のフレームワークであると、戸田氏は話します。ただし、このフレームワークがそのまますべての地域に通用するわけではありません。

「"山梨ではこのようにしたから、皆さんの地域でもこうすれば大丈夫"とは言えません。このフレームワークをその地方ごとにローカライズし、地域のリソースに当てはめていくことで、その地域なりの絵が見えてくるはずです。そして、これらを考慮した上で"生態系(エコシステム)をいかにして作るか"を考えていくことになります」(同)

「ベンチャーが核となり、コンソーシアム(連合)を組んでアウトカムを出し、それを様々なところにつなげていくことで、結果的に地方創生、地域活性化が実現できる」と戸田氏

山梨県においてエコシステムを構築した2つの事例

続いて、上述したフレームワークを用いて実際にエコシステムを作り上げている事例が2つ紹介されました。

1つ目が、山梨県をベースに起業家や実業家の活動を支援することを目指して設立した一般社団法人「Mt.Fujiイノベーションエンジン」の取り組みです。

戸田氏を始め、企業や創業、経営に強いメンターたちが多数在籍し、ビジネス相談やインキュベーションの提供、セミナー・講演の実施などを行い、山梨にエコシステムを構築しています。中でもアイコン的な取り組みが企業や創業、協業を目指す人を対象にしたキャンプ式のビジネスコンテスト「Mt.Fujiイノベーションキャンプ」です。大企業とともに事業を作り上げる協創部門と、創業希望者や創業したてのベンチャー起業、新規事業を作り出したい中小企業向けの始動部門に分かれ、事業や創業のアイディアを練るというこのキャンプ。過去4年間の開催で91組がプレゼンテーションにエントリーし、そのうち46%が起業や新規事業を作り上げ、また参加者の生存率は100%を維持しているといいます。これらの成果は、イノベーションキャンプが持つ次の5つのポリシーに起因しています。

高い成果を誇っている「Mt.Fujiイノベーションキャンプ」。生存率の高さについて、戸田氏は「地方のベンチャーは目的型のビジネスではなく、"食っていくために"起業するのがほとんど。だからこそ、しぶといという特徴がある」とも話しました

(1)一発モノのイベントではなく、誰目線で企画を行うのかをしっかり考える
(2)「協創」型で、協働により、価値を創造することが大切
(3)プレイヤーに垣根なし。山梨よりも必然性が高いところがあればシフトすべき
(4)各種プレイヤーを配備し、エコシステムを整え、既存の支援メニューや機会を整理してしっかりと接続する
(5)「誰とやるか」でストーリーは変わる。「支援」ではなく一緒に稼ぐスタンスで進めるために、インキュベーションマネージャー・メンターの質を重視する

ここまで高い志と本気度を持って臨むビジネスコンテストはなかなかありません。逆の視点でいうと、「ベンチャーと関わっていく皆さまは、"助けてあげましょう"という支援ではなく、"ともに行くぞ!"という思いを持っていないと協業するのは難しいと思います。全力で関わり、ベンチャーとともに何ができるか、どこに接続するとより良いものになるかを考えていくことが、まさにオープンイノベーションだと思います」と、戸田氏は語りました。

もう1つは、山梨県にヴィジョナリーパワーという電力会社を創設し、得た収益を起業・創業支援や文化振興、公共福祉などに投資して県内の活性化を促すという事例です。

「山梨県には電力会社がないので、年間800億円ほどが電気代として県外に流出しています。そこで県内に電力会社をつくり、エネルギーを地産地消するという考えのもと、この会社を設立しました。現在の地方創生は国がお金をばらまいていますが、その方法ではばらまくお金が尽きたら終わってしまう。だからこそ、持続可能なエコシステムを構築する必要があると考えました」(同)

山梨の資源で山梨を潤すこの取り組みを「創業報県(創業を通じて県に報いる)」と、戸田氏は表現しました

「山梨県内でベンチャー企業が生まれても、そこに投資するのが県外や海外のファンドであれば、いかにそのベンチャーが成功したとしても、お金は県内ではなく外の地域に流れていくことになります。それは非常にもったいないことであり、だからこそ、我々は県内のお金は県内で育成するために、こうしたシステムを創りました。裏を返すと、県外や海外には積極的に投資し、外での成功が山梨に利益をもたらすことも目指しています」(同)

どうすれば地域の資産を内部に止め、育てることができるか。それを突き詰めるために、ヴィジョナリーパワーの取締役や株主は、山梨で400年以上続く起業の代表や地元の名士、大学の要職者、新進気鋭の経営者など、「ALL山梨」にこだわったといいます。そしてまた、このエコシステムは、山梨に限らず他の地域でも流用が可能なものであると戸田氏は話しました。

地域の盛り上げには教育への関与と制度の構築が必要に

ここまでに紹介した事例のように、地元の人々とともにその地域を盛り上げていくためには、学校教育と社会教育との連携も鍵であると戸田氏は説きます。それは「地方で創業し、地方創生や地域活性化を果たすためには、山梨のアイデンティティを育み、山梨を担う気概を持った若者を育成する必要があるから」です。戸田氏が特に注目しているのは高校生への教育です。

「小学生や中学生に向けて、地域の伝統産業や職場体験を実施しても、どうしても遠足の延長線にすぎないものになってしまいます。そこで、今後のキャリアパスや人生について考える高校生に対して、自分たちの地域をお題にディスカッションしてプレゼンテーションするというキャリア教育を実施しました。そうしたところ、あるクラスでは半分ほどの生徒が県内の国公立に進学をしたのです。かつては進学というと東京など県外が中心でしたが、キャリア教育を通して、自分の居場所が地域にあることを認識したのです」(戸田氏)

こうした教育への取り組みを実施するには、地元の知事部局や教育委員会と連携して地域と家庭と学校をつなぎ、従来の制度に手を入れなくてはなりません。ですが、「地方創生を本気で実現したいのならば、制度をしっかりと作っていく必要があると言えるでしょう」と、戸田氏は力説。

最後に戸田氏は、参加者に対して次のようにメッセージを送ってプレゼンテーションを締めくくりました。

「地方は可能性に満ち溢れているので、ないならば作ればいいと思っています。せっかく"ここ"にいるのなら、嘆かずに、全力で楽しむ方がいい。今は世界に挑める時代なので、皆さんと一緒に地方から世界を変えていきたいと思っています」(同)

戸田氏が提唱する「山梨モデル」の図。ここでは、若者に対する教育の重要性などが謳われている

人を起点にすることで、他地域とは一味違う地方創生を

講演が終了すると、参加者同士の意見交換を経て質疑応答が行われました。「バカモノのあり方とは」「ベンチャーは大企業とどう関わるべきか」といった質問が飛び交います。また、地方での事業・創業においては欠かせない行政との関わり方への質問については、戸田氏は次のように回答しました。

「行政は自分たちの市町村が良くなるアイディアを欲していますが、融通が利きづらく、タイミングを逸すると提案できなくなってしまうこともあります。そのため、行政は行政という生き物であり、民間とは違うリズムを持っていることを理解する必要があるでしょう。また行政は、首長が掲げる政策や指針と外れるアイディアには協力しづらいという事情もあるため、そこに対してはうまく寄り添っていくことが、行政と仲良くするポイントであると思います」

こうしてこの日のセッションは終了の時間を迎えました。地方創生というと、どうやって地域の資源をPRするかということに目が向きがちです。もちろんプロモーションは非常に大切なことではあるものの、一方で大局的な目で見ると、食や自然といったものはどの地方も似たり寄ったりという現実もあります。その中で「その時に、そこに、誰がいるのか」という考えを持ち、人を起点に活動して成果も挙げている戸田氏の話は、参加者にとって大きなヒントになったのではないでしょうか。


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