8,9,11
地方での期間限定型ワーケーションを通じて、働き方改革と地方創生の同時実現を目指す「逆参勤交代」構想。2018年、2019年と全国でフィールドワークを重ね、取り組みの理解度浸透と実践者を増やしてきた本構想ですが、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響でフィールドワークは実施できませんでした。順調に進めてきた普及・振興が一旦ストップしてしまったものの、同年はオンラインによる座学を通じて改めて逆参勤交代のあり方や働き方の変化、そして地域との関わり方を深堀りしていきました。そして2021年秋、国内における感染状況が落ち着きを見せてきたため、2年ぶりにフィールドワークを解禁することとなりました。
復活の逆参勤交代の第一弾は10月に長野県小諸市で実施。さらに翌月の11月26日〜28日には、豊富な産業・観光資源を持ち、「海の京都」と呼ばれる京都府京丹後市で第二弾を開催しました。逆参勤交代初上陸となった関西の地で、参加者たちは何を見て、どんな気づきを得たのでしょうか。働き方の転換点を迎えた時代の中で、逆参勤交代が社会に提供する価値を改めて考えるフィールドワークとなりました。
※後編はこちら
<1日目>
網野駅→丹後地域公民館(松本重太郎ギャラリー)→大成古墳群・立岩→丹後ちりめん織元工場見学
丹後ちりめんを製造する田勇機業にて
京丹後市は、2004年に旧峰山町・大宮町・網野町・丹後町・弥栄町・久美浜町が合併して誕生した市です。人口は約5万3000人(2021年11月末時点)で、他地域同様に少子高齢化と人口減少を課題として抱えています。その反面、ユネスコ世界ジオパークに認定された美しい海岸線を始めとした豊かな自然環境、カニやフルーツ、野菜などの魅力的な食と地酒、日本遺産にも認定された300年続く丹後ちりめん、約6000基もの古墳群にみられる古代丹後王国、人口あたりの100歳以上の割合が全国平均3倍の「健康長寿のまち」など、自然、産業、歴史あらゆる面で豊富な資源を有しています。また、京都市内とも距離があるため独特の文化圏にあることも特徴のひとつです。
これまで逆参勤交代で訪れた地域の中でもトップクラスの豊富な資源を持つ京丹後ですが、「観光地の定番」や「京都を代表する地域」とまでは言えません。他地域から見て馴染みが薄い最大の要因は「東京から一番遠いまち」と呼ばれるほど、首都圏から距離的・時間的コストが掛かる点にあります。東京駅と京都駅であれば新幹線で約2時間強で行き来できるので、物理的にも心理的にもさほどのハードルは感じませんが、東京から公共交通機関を使って京丹後市に行くには京都駅からさらに特急列車を2本乗り継ぐ必要があり、最終的には5時間前後もの時間を要します。都市部との距離があることは、観光客の誘致に不利になるだけではなく、企業や行政が他地域の組織とコラボレーションをしようとしても協働相手を見つけにくいといった課題にもつながってしまうのです。
今回の受講生のほとんどは東京近郊を拠点に活動しているため、実際に約5時間掛けて集合場所の京丹後鉄道の網野駅に到着。京丹後市が抱える重要課題を体感しながらの逆参勤交代スタートとなりました。
写真左:京都―丹後間をつなぐ特急列車「丹後の海」
写真右:集合場所となった網野駅。『吾妻鏡』などで知られる静御前の生誕地、浦島太郎伝説が伝わる地としても知られています
一行はまず丹後地域公民館を訪れ、京丹後市役所商工振興課 課長の島貫博志氏と同主任の日下部曉氏による全体オリエンテーションと、参加者同士の自己紹介を実施します。今回の参加者は、講師の松田智生氏を筆頭に、スタッフ含めて総勢11名、うち8名が受講生です。特筆すべきは2名の大学生が参加している点でしょう。それぞれ8月に開催された「丸の内サマーカレッジ2021」をきっかけにフィールドワークに参加したそうです。「学生たちが参加すると、彼らと接する大人たちも学びの機会が増える」と松田氏も歓迎していました。
写真左上:京丹後市役所 商工観光部 商工振興課 課長の島貫博志氏
写真右上:京丹後市役所 商工観光部 商工振興課 主任の日下部曉氏
写真左下:三菱総合研究所プラチナ社会センター 主席研究員・丸の内プラチナ大学副学長で、逆参勤交代の提唱者である松田智生氏
写真右下:エコッツェリア協会の田口真司
自己紹介を終えると早速地域のキーパーソンとの交流を行います。登壇したのは、外国人旅行者への通訳ガイドや観光コンテンツ創りなどを手掛ける一般社団法人Tangonianの代表理事である長瀬啓二氏。長瀬氏からは、行政と連携して取り組んでいる京丹後地域のワーケーション・テレワーク事業について紹介がありました。一般的に地方都市がワーケーションやテレワーク事業を推進するのは、都市部の企業や個人を呼び込んで関係人口・定住人口の増加や雇用創出、産業イノベーションなどを目指すからです。その目的は京丹後市においても同様ですが、京丹後市が一味違うのは「ワーケーション」の再定義を重要視していった点です。
一般社団法人Tangonian代表理事の長瀬啓二氏
「ワーケーションの解釈や定義は色々ありますが、このテーマを話す際には『普段とは違う場所に行って仕事をするだけがワーケーションなのでしょうか?』と投げかけるようにしています。一般的に『ワーク』は『仕事をする』を意味しますが、そもそもの語源には『研究する』『働きかける』『心を動かす』『努力して進む』『計画を考え出す』『加工する』『耕す』など、幅広い意味を包含しています。ですから、私たちがワークと言う時にはお金を稼ぐ仕事だけを指すのではなく、"やりたい"から始まるライフワークや"つくりたい"から生まれるアートワーク、"仲間と出会いなおす"チームワークなど、色々なワークを意味していますし、それぞれが作用してワークを広げていくようなワーケーションづくりをしたいと考えています」(長瀬氏)
長瀬氏は、単にハードの整備や観光資源をPRするだけではなく、京丹後ならではのワーケーションのあり方を探すために、東京の制作会社インフォバーン、丹後の地域商社である丹後王国ブルワリーとともにプロジェクトチーム「丹後リビングラボ」を立ち上げます。丹後リビングラボは、ワーケーションプログラム作りや企業向け研修、京丹後市内のコワーキングスペースのネットワーク化といったワーケーション/テレワークに関するものだけではなく、コンソーシアムの構築・運営、モニターツアーの企画・実施、都市部企業のニーズ調査、ビジネスマッチング・コーディネートなど、まちづくりや域内のコミュニケーション活性化にも取り組んでいます。
「プロジェクトチームには、海洋プラスチックごみをアップサイクルしてアート作品をつくる方やコーヒーアートをするデザイナーの方などもいて、彼らと一緒に企業向けのツアーを考えたりもしています。また、これまで京丹後市内のコワーキング施設の情報はほとんど開示されていなかったので、誰もが利用しやすいようにネットワーク化していきたいとも考えています。こうした活動を通してより豊かな働き方や暮らし方ができるまちづくりを目指し、町と未来をつなげるお手伝いをしていきたいと思っています」(同)
プレゼンテーションを終えて質疑応答に移ると、待ってましたとばかりに受講生たちは次々と質問を投げかけていきます。その中で印象的だったのが、これからの旅の目的の考え方についてです。長瀬氏は「事前のアプローチ」の重要性を訴えました。
「コロナ禍で旅が制限された一方で、オンラインツアーが盛り上がりを見せ、実際に移動しなくてもある程度現地を把握できるようになりました。その分これからは旅の目的が明確化していくだろうと思っていますし、受け入れ側としても旅前の段階から旅行者とコミュニケーションを取って『あの人に会いたい』と感じてもらい、来る動機づけをする必要があるだろうと考えています」(長瀬氏)
そのためには一方通行的な情報発信だけではなく、オンラインを活用したプログラムの開発が重要になるとも話しました。
写真左:最初のキーパーソンとのディスカッションとあって、質疑応答も盛り上がりを見せました
写真右:プレゼンとディスカッション終了後、公民館内に併設されている「松本重太郎ギャラリー」を見学。松本重太郎は「西の松本、東の渋沢(渋沢栄一)」とも呼ばれる、関西を代表する実業家です
最初のキーパーソンとの会合を終えた一同は、京丹後市から鳥取市までの120kmにわたる山陰海岸ジオパークの中に位置する大成古墳群へと立ち寄ります。京丹後市がある丹後エリアでは約6000基もの古墳が発見されていることから、4〜5世紀に古代丹後王国と呼ばれる一大国家を築いていたとする考えがあります。13基の古墳が存在するこの大成古墳群は、日本海を一望できる絶景や、高さ20mもある一枚岩「立岩」の存在なども相まって市内の人気スポットのひとつになっています。
写真左上:一帯には6世紀末から7世紀初めにかけてつくられた横穴式石室墳が13基点在
写真右上:大成古墳群からは日本海を一望でき、絶景スポットとしても人気があります
写真左下:写真左側の岩が「立岩」。この地で退治された鬼が封じ込められているという伝説も
写真右下:立岩をバックにこの逆参勤交代最初の集合写真を撮影
京丹後の自然と歴史を体感した後は、伝統産業である丹後ちりめんの工場見学へと向かいます。丹後ちりめんとは、緯糸と強撚糸で織られ、生地の表面に「シボ」と呼ばれる凹凸を生み出すこの地方特有の後染めの絹織物の総称です。1720年に峰山地域で機屋を営んでいた絹屋佐平治が京都・西陣から技術を持ち帰ってつくりだしたもので、以降この地域の経済と日本の和装文化を支え続けてきました。その丹後ちりめんが今どのような状況にあるのかを知るために一行が訪れたのは、長年に渡って丹後ちりめんを製造し続け、近年では海外にも織物を提供している田勇機業です。到着後、まずは同社の代表を務める田茂井勇人氏から丹後ちりめんの歴史や、近年の丹後ちりめんを取り巻く状況について解説していただきました。
写真左:田勇機業の田茂井勇人社長
写真右:丹後ちりめんに興味を持っていた受講生は多く、皆熱心に説明を聞いていました
そもそもこの地域における絹織物の生産は奈良時代から始まっています。国宝である正倉院に「丹後国竹野郡鳥取郷(現在の京丹後市弥栄町)」と記された絁(あしぎぬ)という絹織物が保存されている事実からも、遥か昔から丹後地域が日本の絹織物の先陣を切って来たことがわかります。明治時代になると、フランスで発明されたジャガード織機という複雑な紋織を自動的に織れる機械の導入が進み、さらなる発展を遂げていった丹後ちりめんの製造は、高度成長期頃に最盛期を迎えます。当時は年間約1000万反の生地が織られ、地域の機屋も1万軒ほどに到達。従業員の中には100万円以上もの月収を得ていた人も少なくなかったそうです。しかし、日本経済の成長率の低下に伴って丹後ちりめんの製造は徐々に下火になっていき、現在では年間生産量は20万反前後、機屋も620軒ほどにまで減少。担い手の高齢化や後継者不足にも悩まされる状況に陥っています。
それでも京丹後が日本最大の絹織物の産地である事実は未だ変わっておらず、国内シェアは約70%に上っています。また田勇機業を始めとした地域の織物関連企業も現状に手をこまねいているわけではなく、組合が一体となって新たなブランドの立ち上げや着物以外の新商品開発にチャレンジしたり、海外の高級ブランドに製品を提供したりと、長年続く伝統を守りながらも新しい可能性を模索し続けていると田茂井氏は話してくれました。
田茂井氏からの説明を終えると質疑応答へと移ります。京丹後地域、そして日本を代表する産業だけあって受講生たちの関心度も高く、ここでも次々と質問が投げかけられます。特に多かったのは、丹後ちりめんが持つ可能性についてです。ある受講生からは「絹の機能性や付加価値を最大限に活かして、自社で商品開発をしていくような戦略は考えられるのか」という質問がなされます。それに対して田茂井氏は次のように回答しました。
「絹の肌触りの良さを活かしたタオルやマスク、絹の生糸から抽出できる保湿成分シルクセリシンを配合した石鹸などは実際に自社で作り販売しています。また、絹には紫外線をカットする効果もあるので、日除けショールなども作っています。お客様の中には『敏感肌で何を使ってもダメだったけど、田勇機業の商品は大丈夫だったのでリピートしたい』と言ってくれる方もいます」(田茂井氏)
質疑応答の後は、田茂井氏の案内で実際に丹後ちりめんを製作する工場の見学も実施。生糸を巻き取るための糸繰機やジャガード織機など、数十年に渡って使用され続ける様々な機械を興味深そうに眺めながら、その間も田茂井氏に質問を投げかける受講生も多く、意識の高さをうかがわせました。
写真左:田勇機業では、製糸会社が加工した生糸を入荷して以降の工程を行っています
写真右:製織(機織り)の様子
写真左:着物以外の製品の開発に積極的に着手しているといいます
写真右:田茂井社長と共に記念撮影
こうして1日目のフィールドワークは終了。時節柄、地元キーパーソンや案内をしてくれた京丹後市役所の方々との懇親会は開催できませんでしたが、受講生一同で宿泊先の食堂で夕食をとりながら親睦を深めていきました。
<2日目>
コワーキング施設見学(久美浜町かぶと山虹の家)→酒蔵訪問→まちまち案内所→峰山旧城下町エリア散策→弥栄あしぎぬ温泉
京丹後のコミュニティスペースである「まちまち案内所」
2日目は、当初は山陰海岸国立公園に指定されているかぶと山のトレッキングから始まる予定でしたが、朝から降ったり止んだりの天候だったため取り止め、次に予定していたコワーキング施設・かぶと山虹の家の見学からスタートすることに。移動中には雨も止み晴れ間をのぞかせていましたが、目的地に着いたところで辺り一帯を暗雲が覆い始めたかと思うと、突然雹が降り出します。この移り変わりの激しい天候は丹後地方特有の「うらにし」と呼ばれるもので、この地域では晩秋頃に吹く湿気を伴った季節風の影響で「弁当忘れても傘忘れるな」という言い伝えがあるほど、1日の間に目まぐるしく天候が変わっていく時期があるのです。ただし、うらにしは京丹後の人々に恩恵も与えます。乾燥しやすい冬期に湿気を運んで来てくれる点は、乾燥が大敵な絹織物の生産にはうってつけで、この地域を国内の絹織物一大拠点に成長させた要因でもありますし、激しい天候の変化は荘厳な京丹後の自然をより美しく見せる効果もあります。「うらにしのような激しく変化する天候に鍛えられているから、京丹後は健康長寿のまちと言えるのかもしれない」と地元の方が冗談のネタにするほど、この気象は地域に根づいているものなのです。京丹後の洗礼とも、京丹後の真髄とも言えるうらにしを体感した受講生たちは、一風変わった名物に面食らいながらもどこか楽しげな雰囲気を見せていました。
雹から逃げ惑う受講生たち。この日は「うらにし」の影響で1日中目まぐるしく天気が移り変わっていきました
かぶと山虹の家は、もともとは生涯学習施設としてつくられた多目的ホールで、市のイベントや地元の小中学生のレクリエーションなどに使われています。しかし、現在市内にはコワーキングスペースが十分確保されておらず、ワーケーション等で訪れた人が仕事をできる環境が少ないため、この場所を企業のサテライトオフィスや共創空間として使用できる時間貸しシェアオフィスにすることが決定されています。実際にWi-Fiなどの必要機器の導入工事も進んでいて、2022年4月からは正式にコワーキングスペースとして運用開始予定となっています。日下部氏は同施設の利用イメージを次のように語りました。
「企業でも個人でも利用していただけますが、この周辺にはキャンプ施設や久美浜湾、ゴルフ場などもあるので、集中的に仕事をして、空いた時間にはキャンプや海でカヌーをしたり、ゴルフを楽しんでいただけたりもします。特にゴルフ場は利用者の年齢層が上がっている課題がありますので、この施設と連携して家族用プログラムの開発などもあるかもしれません。今後は市内の6つの町すべてにコワーキング施設を設置していきたいとも考えています」(日下部氏)
写真左:木造瓦葺きで造られたかぶと山虹の家。現在はキャンプ場の受付としても機能しています
写真右:施設内部の様子。視察時点では設備等はありませんでしたが、Wi-Fiの工事等は完了しており、2022年4月の運用開始に向けて準備を進めています
写真左上:久美浜駅内に併設されたカフェculoco。隣にはお土産売り場も
写真右上:国内のみならず海外からの人気も高い日本酒「玉川」などを製造する木下酒造
写真左下:店内では様々な日本酒の試飲も可能。受講生も購入していました
写真右下:観光客はもちろん、地元の方も利用する道の駅くみはまSANKAIKAN
その後一行は、京丹後鉄道久美浜駅に併設されたカフェculoco、創業180年近い歴史を持つ木下酒造、道の駅くみはまSANKAIKANなど京丹後の生活を支える店々の見学を経て、「まちまち案内所」へと向かいます。まちまち案内所は「カフェスペース」「みんなの本棚」「くつろぎスペース」「コワーキング&ミーティングスペース」「ものづくりスペース」の5つのスペースが1つに集まった完全民営の複合施設です。2021年10月にオープンしたばかりのこの施設をつくったのは、自身も移住者である坂田真慶氏。坂田氏は一般社団法人丹後暮らし探求舎/株式会社うらうらの代表として、持続可能な地域事業づくりや移住支援事業を展開すると共に、このまちまち案内所の運営やブランド・マーケティング支援、自社商品開発などを手掛けている人物です。そんな坂田氏がまちまち案内所を創設したのは「多世代の人たちが気兼ねなく集まれる場所をつくり、地域を知ってもらうと共に個人同士や企業同士がつながれる場をつくりたいと思ったから」ですが、実際の運用状況は「相当ゆるくて、何でもあり」なのだそうです。
一般社団法人丹後暮らし探求舎/株式会社うらうら代表の坂田真慶氏。もともとは東京出身で、2017年から京丹後に移住してきたそうです
「カフェでもあるので飲み物やランチも提供していますが、それで儲けようとは思っていません。あくまでもここはキュレーションの場と位置づけているので、何なら近所のスーパーで買ったお弁当を持ち込んで食べてもらってもいいですし、バスの待ち時間をつぶすためだけに寄ってもらっても結構です。ふらっと入ってみて僕たちや他のお客さんと話をしてもらって何らかのアイデアが生まれ、そこから企画につながる場合もあるんです。それはお茶代よりもよっぽど価値がありますよね。それに僕らの仕事は地域の血液を回す作業と考えているのですが、地域の人や外から来た人と接していけば血液を巡らせやすくなりますし、どこに血栓があるのかも見極められるんです」(坂田氏)
現在は月1回ほどのペースで地域活動に興味のある人々がまちまち案内所に集まり、各々が興味のあること、やりたいことを雑談混じりで話し合い、徐々に企画の解像度を高めながら、地域経済に投資が発生する仕組みづくりをしている状況にあるそうです。
まちまち案内所に併設されている「京丹後市移住支援センター」も坂田氏らが管理・運営し、市から委託された移住支援事業を展開していますが、移住希望者に対してもフランクな姿勢で接しているそうです。
「僕自身京丹後に移住したのはたまたまなんです(笑)。それもあって何が何でも移住してもらいたいとは考えていません。移住した方が楽しい人は移住してくれたらいいですし、移住しなくても関わるだけの方がいい人にはそちらをおすすめしています。移住はその人の人生がかかっているものですから、受け入れ側が押し売りのようなことはせず、移住者自身が主体的になって考えていかないといけないと思っています。そもそも移住というものは、どうしても移住者よりも地域側の方の力が強くなってしまうものです。地域側の人々は何十年もその土地を守ってきているのでそれも当然なのですが、だからといって地域側の意見が強すぎると誰も入ってこれなくなってしまいます。だから僕は、地域を作って来た側こそ寛容であるべきだと思いますし、そうした方が結果的に移住者や関わる人が増えると考えています」(坂田氏)
「大切なのは、『丹後"で"暮らす』ではなく『丹後"と"暮らす』です。僕たち地域側がそうした線引きをした方が、外から来る人たちも関わりやすいだろうと思っています」(同)
写真左上:まちまち案内所は1階がカフェスペースで、2階がコワーキングスペースになっています。コワーキングスペースは現在整備中で、近々利用開始予定とのこと
写真右上:もともとは材木屋だった建物をリフォームしたため、広々としたスペースを有しています
写真左下:併設された京丹後市移住支援センター
写真右下:京丹後市移住支援センターの内部。気軽に入ってもらいたいという意向から、事務所らしさはなくリラックスできそうな空間になっています
まちまち案内所や坂田氏の取り組みを紹介し終えたところで、質疑応答の時間へと移ります。受講生たちは、自分たちと同じように東京から来た坂田氏が京丹後の人々とどのように関係性を築いているのかに強い興味を抱いているようで、例えば「地元の人たちと移住者の間でハレーションが起こることはあるか」という質問がありました。これに対して坂田氏は次のように述べました。
「ハレーションはほとんどありません。京丹後では20~30年に渡って移住者を受け入れ続けていますし、そうやって地域に入ってきた人たちの中には、仕事ではなく『好きだから』という理由で両者の間を勝手にコーディネートする人たちがいるんです(笑)。彼らが耕してきた結果、今ではいい意味でゆるい雰囲気ができています。自分たちはそこをヘルプしながら企画編集をしていますが、あくまでも主体性は地域に残したいと考えています。もちろんこちらも熱量を持っていないといいものはできませんが、だからといって『俺が俺が』となってしまうと主体性が崩れたり引かれたりしてしまうので、バランスを見極めながら活動しています」(坂田氏)
また、「6つの町が合併してできたからこそ面積が広いという点について課題は感じるか」という質問に対しては以下のように回答しました。
「行政レベルでは違うかもしれませんが、僕自身は広いからこその課題は感じていません。面積が広いからこそ余白が生まれ、チャンレンジする人が入って来やすいと思っています。逆に面積が狭いとコミュニティが閉じる傾向にあります。どれだけ仲が良くても距離が近すぎると、ちょっと仕事でしんどいことが起こると逃げられなくなってしまいますよね。その意味で、京丹後市の広さはバランスが取りやすく、互いに尊重し合える土壌になっていますし、だからこそ多様性のある人々が多くいると感じています」(同)
最後に坂田氏は、「教育投資を強めていきたい」と今後の展望を語りました。
「教育投資を実施し、10数年かけて定点観測していくと、今の子どもたちが成人する頃には教育に関するコミュニティができますし、地域のブランディングにもつながります。京丹後市は色々な資源がある町ですが、その反面、すべての人々を横串でつなぐものが教育しかないんです。だからこそ教育投資を強化していかなければならないと考えています。来年には教育投資に特化した財団を創設しようと準備しているので、それが将来この地域の共通言語になるといいなと思っています」(同)
このように、自分たちを「ゆるい」と自称しながらも的確に地域の状態を見極めて活動する坂田氏には、多くの受講生が強い刺激を受けたようでした。
写真左:受講生や松田氏も坂田氏の取り組みに大いに刺激を受けた様子で、活発な議論が展開されました
写真右:「SMART BEACH(仮称)」など、市のDX事業を担当している京丹後市役所商工振興課 係長の小山元孝氏
坂田氏のプレゼンテーションを終えると、日下部氏と、同じく京丹後市役所商工振興課 係長の小山元孝氏にバトンタッチして京丹後市役所の地方創生の取り組みについて紹介がなされました。京丹後市が2021年4月に策定した第二次総合計画の中では、SDGsやDX、テレワークなどの推進が重要テーマに掲げられています。この中で特に具体的な取り組みが進んでいるのがDXです。市では海水浴場の混雑に悩まされていたため、2021年より海水浴場の駐車場の混雑状況を可視化するWebサービスを導入。すると電話による問い合わせが大幅に減少すると共にWebサイトへのアクセスが大幅に増加する成果を得ます。この成功体験をベースに、2022年には「SMART BEACH(仮称)」と題して、海水浴場全域をカバーするWi-Fiの設置、ドローンを活用した安全対策、遊泳者に配布するリストバンドによる位置情報の確認と場内決済の導入、駐車場の自動予約化など、様々なデジタル施策を実施し、利用者の安全担保と儲かる海水浴場を目指していると言います。
またSDGsに関しては、食についての取り組みが紹介されました。京丹後市は魚介類や農産物の収穫が盛んなものの、流通エリアが限られているため生鮮食品として届けられる範囲が留まっていることが長年の課題となっていました。そこで、食品を缶詰やレトルト、瓶詰め等にするための大型機材を設置して、加工研修や加工支援、販売支援などを受けられる食品加工支援センター(仮称)を整備し、地域の一次産業従事者や加工業者の「稼ぐ力」を伸ばしていくことを目指しているのです。現在は企業版ふるさと納税で支援を募りながら準備を進めているそうです。
写真左上:共有交通アプリ「mobi」の利用体験をする受講生たち
写真右上:地域のシンボルのひとつである金刀比羅神社
写真左下:日本唯一と言われる狛猫。養蚕の大敵であるネズミ対策として昔から猫を大切にしていることから、このように狛猫が祀られているそうです
写真右下:境内には他にも猫の置物がたくさん置かれています。2016年からは「こまねこまつり」を開催するなど、猫を通じた町おこしにも取り組んでいるそうです
まちまち案内所でのプレゼンテーションとディスカッションを終えた後は、京丹後市で利用されている共有交通アプリ「mobi」の利用体験や、日本でも唯一といわれる"狛猫"が鎮座する金刀比羅神社の見学を経て、この日のフィールドワークは終了となりました。京丹後での逆参勤交代も折り返しに入り、ここまで受講生たちはこの地域をどのように見て、何を感じたのでしょうか。何名かに感想を伺ってみました。
50歳以上のシニアを対象にした生涯学習の場である立教セカンドステージ大学に通う山田耕平さんは、京丹後でのフィールドワークを通して地方のポテンシャルを感じたと言います。
「前職を退職後、大学に通いながら次の事業のアイデアを練っているのですが、スポーツや健康に興味があるので、健康長寿のまちとして知られる京丹後からヒントを得たいと考えています。ここまで地域を巡ってみて、健康長寿にしても、丹後ちりめんにしても、実は日本一なものを数々持っているのは少し意外でしたが、京丹後に限らず『あまり知られていないけど、実は日本一』というものを持っている地方は意外と多いのではないかと思いました。そういったものがあればゼロからブランド構築しなくても済みますし、私たちのような外から来た人間の発想を加えていく余地があるのではないかとも感じています」(山田さん)
「もともと京都が好きで、中でも京丹後には一度来てみたかった」と話すのは神奈川大学に通う日光萌花さん。日光さんは、初日の長瀬氏のプレゼンテーションを印象的なものとして挙げました。
「大学で働き方に関する授業を受けていて、コロナ禍における転職やキャリアの変化、UターンやIターン、ワーケーションなどについて学んでいます。長瀬さんの話を聞いて、一口に『ワーク』と言っても色々な形があるんだと気づけましたし、私自身仕事のための仕事だけではなくて、色々な仕事のあり方を考えたいと思っていたので、とても面白くお話を聞けました」(日光さん)
日光さんは、"いわゆる京都"とは一味違った京都である京丹後を気に入りながらも、周囲の人を誘うにはハードルの高さを感じるとも言います。
「丹後ちりめんなど魅力的な資源はありますけど、これを紹介したら友だちが『じゃあ私も行ってみよう』となるかと言うと、ちょっとハードルが高いかなとも思います。どうやって良さを広報したらハードルを超えられるのかは京丹後に来てからずっと考えています」(同)
東京生まれ東京育ちの大学生である鵜久森創さん(専修大学)は、地域に根付く伝統や町が醸し出す雰囲気から東京との違いを感じ取ったそうです。
「東京はどんどんと新しいものが生まれていく街です。また、大学ではマーケティングを勉強しているのですが、これも常に新しい手法が出てくるものです。そうした環境に身を置いている立場からすると、古くからある伝統が脈々と受け継がれる京丹後のような地域をこの目で見られたのはとても新鮮でした。その反面、やはり東京から来るには距離的にも資金的にも大きなコストが掛かるのは課題だと感じています。だからといってそれは変えられるものではないので、課題を超えられるようなアピールの仕方を探したいと思っています」(鵜久森さん)
各々のコメントからも、受講生は皆大いに京丹後の魅力を感じ、同時に課題にも目を配らせている様子が伝わってきました。そして、それらを自分が持つ知見やスキルとどのように組み合わせるか思案しているようでもありました。では、受け入れ側はどのように感じているのか。日下部氏は「受講生の皆さんは遠くまで来てくれただけあって非常に高いモチベーションを感じます」と話した上で、次のような課題解決のヒントを得られればありがたいとも話しました。
「この町には魅力的なコンテンツはありますが、マネタイズに結びつけるのに苦労しています。そこで、逆参勤交代のような形で首都圏人材に来ていただきながら様々な体験をしてもらい、新しいトライができるのはいい機会だと思っています。また京丹後には色々なスキルや知見を持ったプレーヤーはいるのですが、できる人には色々なプロジェクトの話が入るので、実のところはリソースがパンパンなんです。そこを手伝ってもらうための関係づくりができるとありがたいとも思っています」(日下部氏)
この日の行程を終えた後、多くの受講生たちはあしぎぬ温泉に立ち寄り一日の疲労と汗を流し、夕食には一番の名物とも言える間人(たいざ)蟹を堪能。身体と舌でも魅力を発見しながら、京丹後の最後の夜を過ごしていきました。
写真左:地元の人にも愛される日帰り温泉施設「あしぎぬ温泉」で一日の疲れを癒やしました
写真右:夕食には念願の間人蟹が振る舞われ、一同は感動の面持ちで味わっていました
※レポート後編はこちら
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2025年3月5日(水)7:30~8:30