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【レポート】海の生きものを知り、救うことは、人間自身を救うこと

イルカ・クジラから海の環境問題を考える 2020年10月7日(水)開催

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「生命の起源」とも言われる海。地球の70%を占め、私たち人間はもちろんのこと、地球上の生命すべてにとってなくてはならない場所です。しかし近年、海洋プラスチックごみ問題に代表されるように、海やそこで暮らす生きものたちに危機が訪れており、「2050年には海洋中に存在するプラスチックごみが魚の量を超える」という予測もなされています。

この懸念を現実のものにしないために、多くの国や組織、個人が海の豊かさを守る活動を始めていますが、その第一歩として大切なのが「海の生きものを知る」ことです。まだ解明されていないことも多い海の生きものたちを通じて海の重要さや、私たちにできることが何なのかを理解し、より具体的な活動へとつなげていくことが必要なのです。そこでエコッツェリア協会では、大丸有 SDGs ACT5(※)の活動の一環として、『イルカ・クジラから海の環境問題を考える』と題したオンライン講座を開催しました。

ゲストとして、イルカやクジラのストランディング(次節参照)の調査・研究の最先端にいる、国立科学博物館 動物研究部 田島木綿子研究主幹をお招きし、その活動紹介を通じて海の環境問題を考えていきました。

※大丸有 SDGs ACT5とは、大丸有地区を舞台に、SDGs 達成に向けた多様な活動を推進するプロジェクトです。三菱地所、農林中央金庫、日本経済新聞社及び日経BP等が実行委員会形式により進める本プロジェクトでは、「サステナブルフード」「気候変動と資源循環」「WELL-BEING」「ダイバーシティ」「コミュニケーション」の 5 つの ACT(テーマ)を設定。2020年5 月よりSDGs が掲げる 17 の目標達成に向けて約 5 か月間にわたってアクションを展開しています。

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21世紀は「物語」の時代

謎多きストランディングとは

image_event_201007.002.jpeg 左:国立科学博物館の田島木綿子氏
右:田島氏は、つくば市の国立科学博物館筑波研究地区にある自然史標本棟から中継で参加。普段はなかなか見られないクジラやイルカの骨格標本が並んでいました

海棲哺乳類学、比較解剖学、獣医病理学を専門とし、現在は国立科学博物館で研究者として働く田島氏は、まず海に棲む哺乳類の特徴を紹介していきました。

クジラとイルカが属する鯨目、アザラシやオットセイなどが属する鰭脚(ききゃく)目、ジュゴンやマナティが属する海牛目などに大別できる海の哺乳類。海の哺乳類、陸の哺乳類、そして我々ヒトは、まったく異なる外見をしていながらも、哺乳によって子供を育てる、肺呼吸、胎生、さらには、本来は乳を飲むための筋肉である表情筋を頭部に持ち合わせていることなど、幾つもの共通点が存在します。そのように、ある共通性を持って進化した生物のつながりを「系統」といいます。その反対に、環境に適応していく上で"結果的に"同じ見た目に進化することもあります。それを「収斂(しゅうれん)進化」といいますが、クジラやイルカが、魚やサメと異なる分類群でありながら、同じ流線型の体型を有しているのは、収斂進化の代表例です。

image_event_201007.003.jpeg陸の哺乳類と海の哺乳類の共通点

こうした特徴を持つ海の哺乳類ですが、時に「ストランディング(Stranding)」という現象を起こします。これはクジラやイルカなどが生死を問わず自ら海岸に打ち上がってしまう現象で、日本では報告されている限りでも年間300件ほど発生しています。その原因は、「磁気にまどわされているから」「天敵に追われたり、餌を深追いし過ぎたから」など諸説ありますが、すべては解明されていません。そこで田島氏ら多くの研究者は、ストランディング個体(自ら海岸に打ち上がった海棲哺乳類の個体)を調査・研究し、その謎の解明に挑んでいるのです。ただし、決して一筋縄ではいかないのが実情であると、田島氏は話します。

「そもそも野生動物は基礎的な情報すらわかっていないことも多いんです。例えば、ストランディングによって死亡したクジラが何歳なのかもわかりませんし、何歳頃から子供を生むのか、オスがオスらしくなるのはいつ頃か、子供を育てるためのお乳の成分はどのようなものかなど、はっきりとわかっていないことがいくつもあります。そのため、ストランディング個体を回収して調査、研究を行い、資料や標本を集めて情報や知識の質を向上していくことが必要です。地道に土台づくりを継続していくことが重要です」(田島氏、以下同)

調査・研究を通じてストランディングに関してわかってきたこともあります。例えばストランディング個体の死因のひとつには、人間社会の影響があるということです。個体の身体に、船舶のプロペラによる裂傷痕が観察されたり、誤って刺し網漁に掛かってしまった形跡を見つけることもあります。また、人間の病気としても知られる動脈硬化症によって死亡している個体も経験します。その他にも、2019年9月に相模湾で発生した5頭のアカボウクジラの大量死など、海外で報告されている軍事演習によるソナーが原因でストランディングしてしまったことが疑われる事例も国内で発生しています。

「ストランディングの調査は、国立科学博物館だけではなく他の博物館や水族館、大学などとも連携しながら"なぜ"に迫っています。日本では50年ほど前からストランディングの調査はスタートしましたが、地道に標本や資料を集め、いろいろな組織とコラボレーションをしながら情報を蓄積し、今に至っています」

image_event_201007.004.jpegストランディングには、生存した状態で座礁する「ライブストランディング」と、死亡した状態で座礁する「デッドストランディング」があり、大量に流れ着く場合も単独で流れ着く場合もある

海棲哺乳類を知ることは、人間や地球を知ることにつながる

image_event_201007.005.jpegストランディング個体の胃からプラスチックごみが発見されることが増えていると田島氏

ストランディング調査・研究を進める中で、深刻な事実も浮き彫りになってきています。人間が排出したプラスチックごみが海に流出し、海洋プラスチックとなった結果、海棲哺乳類を始めとした海の生物たちに多大な影響を及ぼしていることです。死亡したストランディング個体を解剖すると、その胃からは多数のプラスチックごみが見つかり、田島氏はこれを「海の哺乳類からのメッセージ」と表現し、一刻も早い対策が必要だと訴えました。

「日本の場合、海外のストランディング個体のように胃袋いっぱいにプラスチックごみが溜まっている症例はそこまで多くありませんが、決して対岸の火事ではありません。それは日本の海岸の現状を見ても明らかです。海外で行われる国際的なスポーツ大会などで日本人が自ら進んで観客席を清掃する姿が称賛されることがありますが、自分の国の海岸にはごみを放置する人が少なくないようなのです。また、海に行き着くごみの7割は川から流れ着くといわれており、街中の側溝などにもごみが溜まっている光景をよく目にします。消費者である我々がそうしたごみを減らしていくために、普及啓蒙活動などを通して現状を知って頂き、一刻も早い対策を考えていかなければなりません」

放置されたプラスチックごみは、紫外線や波の作用によって段々と細かくなっていき、拾いづらくなる一方で生きものの体内に取り込まれやすくなってしまいます。こうした直径5mm以下のプラスチック片のことを「マイクロプラスチック」といい、近年では人体にも侵入していることがわかっています。さらに、海洋を漂うプラスチックごみには残留性有機汚染物質(POPs)が付着・濃縮することが最近報告され、プラスチックごみを摂取した生き物にPOPsが蓄積されると、免疫低下を起こし、様々な病気に罹りやすくなる頻度が増加します。今から50年後には「海洋中に存在するプラスチックごみが魚の量を超える」という予測を聞くと、様々な影響を及ぼす海洋プラスチックごみ問題は早急に対処していく必要がありますし、そのためには実情を把握することが重要であり、そのためにストランディング個体の研究が不可欠だと考えます。しかしながら、日本はストランディング研究が進んでいるとは言い難い状況にあります。

image_event_201007.006.jpeg海洋プラスチックごみは残留性有機汚染物質を吸着するため、海の生きものの命を脅かしている

「ヨーロッパは早くからストランディングの意義が認識されていて、体系的に情報や資料を収集するシステムが整えられてきました。アメリカはさらに進んでいて、1972年に海棲哺乳類保護法(海棲哺乳類の所持や輸出入を始め、傷つけることや捕殺することを禁止した法律)が制定されて以降、軍の協力も義務付けられおり、ストランディング個体の救護や死亡個体の調査研究が国内でシステム化されています。しかし、経済大国、先進国と謳っている日本では、ストランディングはもちろん、野生動物全般に対する取り組みが遅れている状況で、恒常的に対応する機関や国家予算は存在しないのが現状です」

「日本では、報告されているだけでも年間300件ほどのストランディングが発生しています。そのうち我々が対応できているのは50〜60件ほどで、おおよそ一週間に1件ほどのペースです。もちろん研究をする立場としてはすべてに対応したいとは思っていますが、現状でもなかなか忙しい毎日を送っており、そもそもいつ、どこで、どのような形でストランディングが起こるかわからないという特性を持っています。でも、年間300件という数字は決して少ない数字ではないため、それを見て見ぬ振りしていると、取り返しがつかなくなってしまうかもしれません」

ストランディングの研究を通して海棲哺乳類を知ることは、同じ哺乳類である我々ヒトを知ることにもつながります。我々自身を改めて知ることは、他の生物や、地球で起こっている様々な問題を理解する時に大きな助けとなります。だからこそ、ストランディングの謎にしっかり向き合うことが必要なのです。ただ、そのためには現場レベルでも多くの課題があります。田島氏が特に強調したのは、人手と資金の不足です。

「国立科学博物館ではある程度の予算は確保されていますが、それでも突発的に起こるストランディングに全て対応することはさすがに厳しい状況です。計画的に進めることができない分、人材育成も簡単ではなく、人手不足は慢性的に続いています。私自身、20年間ストランディングに携わってきてやっと一人前になれたかな?と思っていることころです。こうした問題は国立科学博物館だけではなく、日本全国で起こっており、地域によってより深刻な状況です。そのため、今回のような機会を通じて、多くの方にストランディング調査の意義を知っていただき、企業の方々とは何らかのコラボレーションができればとも思っています。そうしてつながっていくことが、人と他の生きものが一緒に生きていく道すじ作りにもなるはずです」

「本当の意味でのボランティア精神」が生きものを救う

では、ストランディングに興味のある企業や個人は、どのように協力をしていけばいいのでしょうか。田島氏は、「まずは普及啓蒙活動を通じて、今地球で何が起こっているのかを知ってもらい、興味を持ってもらうこと」を挙げた上で、具体的に次の6点を紹介しました。

(1)ストランディング個体の運搬用車両の提供
(2)標本や個体を容れる容器(フネ、ソリなど)の提供
(3)調査員、研究員を雇う資金の提供
(4)計測器具や作業着、解剖刀、ハサミ、メスなど調査道具の提供
(5)本当の意味でのボランティア精神に基づいた活動への参加・支援
(6)コラボ事業・コラボ企画・コラボ活動などの展開

このうち、「(5)本当の意味でのボランティア精神に基づいた活動参加・支援」については、次のように詳細を述べました。

「野生動物は誰のものでもないので、そこに理由や見返りを求めても返って来ることは難しいです。しかし日本は理由や見返り有りきの傾向が強く、資金繰りが難しい場合が有ります。一方で欧米の場合、ボランティアをすること自体がステータスになる文化が根づいているので、見返りのない野生動物に対する活動も支援を受けやすい状況にあります。実際、彼らに触れる、知るだけで目に見えないプライスレスな感動や経験など沢山の見返りは受けています。日本でも、欧米のような本当の意味でのボランティア精神が広がっていくことが必要ですし、これから生きものに携わっていきたいと考えている若い方々には、従来の風潮を変えていってもらいたいという期待も持っています」

こうして希望と期待を述べ、オンライン講座は終了の時間を迎えました。

この日、田島氏が述べたように、海棲哺乳類を始めとした海の生きものたちを知り、共に生きていくことは、ひいては人間自身を守ることにつながるものです。その認識を広めていくことが、支援者を増やす第一歩となっていくのでしょう。そのためにエコッツェリア協会でも、ストランディングの問題を始め、SDGsの取り組み活性化に向けたプロジェクトを継続的に実施していく予定です。今後の展開にもどうぞご期待ください。

image_event_201007.jpeg今回のオンライン講座は70名近くが受講。社会人だけではなく、大学生や高校生も参加し、質疑応答も活発に交わされました

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