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【レポート】新規事業を失敗しないためのマーケティング戦略

グローバルビジネス展開プログラム~Program2~2021年11月11日(木)開催

8,9

「グローバルビジネスに精通するスペシャリストの方々を講師に迎え、グローバルビジネスを展開するうえで必要なエッセンスについてお話いただく「グローバルビジネス展開プログラム」。11月11日(木)に開催された第2回の講師は、ソニーの新規事業におけるアメリカ拠点として2015年にシリコンバレーに設立された、Takeoff Pointの石川洋人氏(Takeoff Point 執行役社長)。新規事業の海外展開や、国内外のスタートアップに対するマーケティングを中心としたビジネス支援を行う石川氏に、新規事業で陥りがちなマーケティングの失敗や回避方法について、実際の具体例を用いながらお話いただきました。

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既存事業と新規事業のマーケティングは、全くの別物

既存事業と新規事業のマーケティングは、全くの別物

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来年44歳になる石川氏は、その半生にあたる22年間をアメリカで過ごし、常に日本とアメリカを行き来する生活を送ってきました。大学卒業後はアメリカの外資系投資銀行に就職し、M&Aの業務に従事したのち、2004年にソニーに転職、海外事業のマーケティング業務に携わってきました。2009年にはミシガン大学に留学しMBAを取得、2015年、ソニーが100%出資する新会社Takeoff Point(以下、テイクオフポイント)を立ち上げ、現在に至ります。

「最初に強調してお伝えしたいのは、既存事業と新規事業のマーケティングは全く違うということです。既存事業の世界では、"良いプロダクトさえあれば、勝手に売れる"というのが常識です。また、"競合よりも良いものであれば、もっと売れる"とも言えます。優れた機能や使い易さ、デザイン性など、商品の魅力を存分に訴求すれば売上を作っていくことができますし、日本と海外で同じ商品を展開する場合も、謳い文句や見せ方を現地に合わせた形に変えて訴求することで、売上を作ることができます。商品をローンチした後の微調整は必要ですが、基本的には、事業を拡大させていくことにフォーカスすればいいのです。一方、新規事業やスタートアップは、"どんなに良いプロダクトを作っても、それを効果的に販売する方法が考えられなければ、よいビジネスにはならない"とPayPalの創業者、ピーター・ティールが言うように、"良いプロダクトさえあれば、勝手に売れる"という定説が全く通じない世界です。まずは、このことを胸に留めていただきたいと思います」

次に、石川氏が掲げたのは「93%」というパーセンテージです。これは、世界屈指のスタートアップ養成機関と評されるアクセラレーター「Yコンビネーター」の創業者、ポール・グレアム氏が言った「スタートアップが失敗する確率」を表しています。グレアム氏によれば、40億円以上の企業価値をつけることが出来たYコンビネーター出身のスタートアップは7%しかなく、さらにYコンビネーターのアクセラレータープログラムに選ばれなかったスタートアップが全て失敗すると仮定し、その倍率を含めてスタートアップが成功する確率を計算すると、限りなくゼロに近くなるとされています。

「ソニーでも、2014年からスタートアップの創出と事業運営を支援する現『ソニー・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム』を展開しています。これまでビジネスアイデアは、数えきれないほど沢山ありましたが、その中で事業化の検証に至ったのは86件*。事業化が実現したのは、ほんの17件*です。これらは全て日本でローンチしましたが、その後、アメリカで事業を展開し、現在も存続できているのは1件*のみです。(*2021年9月末時点の実績)また、アメリカで大成功をおさめたスタートアップのUberやAirbnbなども、日本展開に当初はかなり苦戦しました。このことからも、どこかの国でうまくいったからといって、他の国でも必ずうまくいく保証はないということが見て取れるのではないかと思います」

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新規事業のマーケティングに潜む、「3つの罠」とは?

「ほとんどのビジネスは、まず"誰に、何を、どう訴求するか?"等のビジネスの方向性を考え、事業計画を策定した上でビジネスをローンチします。しかし、スタートアップの場合、世の中にない商品やサービスを展開していくので、最初の方向性は分かりにくいのが現実です。そこで、テイクオフポイントでは順番を逆にして、最初は小さくてもいいのでビジネスをローンチできる状態を先に作り、仮説検証のサイクルを細かくスピーディーに回していく中で"誰に、何を訴求するか?"の方向性を確認していきます。そして、そのローンチの実行も、コストが高くなってでも第三者とさまざまなパートナーシップを組みながらスピーディーに進めていきます。仮説検証を重ねる中で方向性を変えなければならなくなった時、自前でリソースを抱え込んでやり始めてしまうと、軌道修正が難しくなくなってしまうからです。スタートアップは失敗することが前提なので、上手に失敗できる『Fail Fast, Fail Cheap』の体制を作って進めることがポイントです」

では、新規事業を失敗しないためのマーケティング戦略とは、具体的にどのようなものなのでしょうか? 石川氏は、さまざまな事例を交えながら、次の3つのポイントについて解説しました。

1. なぜ、新規事業・スタートアップは失敗するのか?
2. 既存事業にはない「マーケティングの罠」
3. 新規事業のマーケティング 〜ケーススタディ:FES Watch〜



1. なぜ、新規事業・スタートアップは失敗するのか?

Startup Genomeレポートによると、スタートアップの失敗要因の74%は、「マーケティング費用を費やしすぎてしまうこと」にあります。

「これをシリコンバレーでは、"Pre-mature Scaling"と言って、事業がスケールする前に顧客獲得にお金と時間を使いすぎてしまうことを意味しています。ここで言うマーケティング費用とは、プロモーション、オンラインマーケティングなどの販売促進費や、営業活動とその人件費などの営業管理費用です。特にハードウェアを扱うビジネスの場合は、先に在庫を作って店頭に置いているので、ソフトウェアのビジネスより多く先にお金が出ていくことになります。ゆえに、キャッシュがなくなり破綻する確率が高くなるわけですが、なぜセールス&マーケティングで失敗してしまうのか?というところが、今日のポイントです。まだ世の中に出ていない商品やサービスには、既存事業にはないマーケティングの罠が多く潜んでいるのです」

2. 既存事業にはないマーケティングの罠

「一概にマーケティングと言っても、オンラインとオフラインのマーケティング、業界ごとのマーケティングや、マーケティングリサーチ、マーケティングプロモーションなどの機能ごとのマーケティングなどもあり、定義するのは非常に難しいですが、私は『①誰に? ②何を訴求するか? ③どう訴求するか?』の3つのステップで捉えています。これらの3つはそれぞれが独立したステップではなく、ひとつのストーリーになっていることがポイントですが、実はステップ毎に罠が潜んでいます」

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① 「誰に?」の罠

「新しい商品やサービスが、誰に、どう受けるかということは、作り手の思いと一致しない場合がほとんどです」と石川氏は話し、元スキー選手だったソニーの音響エンジニアが開発した「NYSNO」の事例を取り上げました。当初この商品は、音楽を聞きながらスノースポーツを楽しみたいユーザーの為に開発された商品であり、ヘルメットに小さな端末を着用することで、端末からヘルメットに振動が与えられ、ヘルメットをスピーカー代わりにすることで、スマートフォンと連携させれば、イヤホンを付けなくても音楽が聞けたり、音声通話が出来たりする商品でした。さらに、同じNYSNOの端末同士であれば、スマートフォンを介さずに、離れた場所にいる仲間同士で2キロ以内まで自由に会話ができる機能も加えたパーソナルオーディオ機器でした。

「この商品は、音楽とスノースポーツが大好きな10代後半から20代の男女をターゲットカスタマーと想定し、商品に対するフィードバックをヒアリングしたところ、"こんな商品が欲しかった!"と全員から絶賛する声が挙がりました。しかし、そのターゲットカスタマーには、誰ひとり購入した人はおらず、実際の購入者の大半は、35歳から55歳のスキー上級者の男性であることが分かりました。購入者によると、家族でスキー場に行った時、子どもに話しかけるために大声を出さなければならなかった、あるいは、妻とはぐれた時に携帯の電波がつながらず、待ち合わせポイントで何時間も待ち続けなければならなかった、など"スキー場でのコミュニケーションの問題をNYSNOは解決してくれた"とのことでした。つまり、NYSNOが受け入れられた「誰に?」のターゲットカスタマーは、作り手の思いとは一致していなかったのです。新サービスや新商品というとほとんどの人が大絶賛してくれますが、その反応に惑わされてはならないということです。大切なのは、お客様の"声"に騙されず、お客様の"行動"に注目すること。そして、商品への共感ではなく、"課題の強さ"に注目することです」

「テイクオフポイントでは、さまざまなスタートアップのマーケティングのお手伝いをさせていただいていますが、"こんな人たちに、こういった理由で売れるだろう"という創業者の「誰に?」の約5割は外れています。さらに残りの2割は、お客さんは合っているけれど、創業者の想定とは全く異なる理由で商品やサービスを購入しています。例えば、コーヒーが美味しいから買ってくれていると思っていたのに、実は、売っている場所が良くて値段が安いことが買ってくれている理由だったという具合です。経営の神様、ピーター・ドラッカーの言う『企業が売っていると考えているものを、顧客が買っていることは稀である』は、スタートアップの世界では、沢山起きているわけです」

② 「何を訴求するか?」の罠

「これに関しても、スタートアップならではの難しさがあります。商品がフィットするマーケットがちゃんと存在しているかを表す、プロダクトマーケットフィットという新規事業にしかない概念があります。これは、顧客の課題を解決できる商品があり、それを求めている市場がある状態を指します。プロダクトマーケットフィットが確立されているもであれば、この図の上層にある機能性、信頼性、使いやすさ、デザインを訴求すればよいですが、確立されていなければ、商品の魅力だけでなく、誰がお客さんで、なぜそれが必要かということをきちんと伝えていく必要があります。これが、メッセージングにおける既存事業と新規事業の違いになります」

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石川氏は、ソニーが開発したスマートロック「Qrio Lock(キュリオロック)」の事例を紹介しました。スマートロック本体をドアに両面テープで貼り付けるだけで、鍵の開け閉めをスマートフォンで操作出来るようになる商品です。

「アメリカでQrio Lockのクラウドファンディングを行った際、まだプロダクトマーケットフィットが確立できてない商品にも関わらず、商品の機能性と信頼性、簡単に取り付けられる使い易さ、どんな家のドアにもフィットする洗練されたデザインという、図の上層にあたる部分を訴求しました。そして、このスマートロックが、誰のために、なぜ必要かということを伝えずに、商品の魅力だけを謳ってしまった結果、目標としていた支援者と支援金を得ることが出来ませんでした」 「あくまでも概念ですが、既存事業では、すでにプロダクトマーケットフィットがあるので、商品の魅力を存分にアピールすることで、そのマーケットにいる人たちを自分たちに惹きつけるようなマーケティングをします。一方、プロダクトマーケットフィットが確立されていない新規事業の場合、 "誰に、何故必要か?"を顧客に自分たちから近づいていくように、きちんとメッセージとして伝えていかなければ、どれだけ商品の魅力だけを伝えても購入には至らないということです」

3.「どう訴求するか?」の罠

「スタートアップや新規事業が、投資家から必ず言われる言葉に"スケール"があります。投資家からは速やかな資金投資回収が求められる為、兎に角売上を上げられるようにと、スタートアップは販売効率を無視した販路の拡大や、利益より顧客獲得を優先した安売り販売を行い、砂漠に水を撒くような販促・広告投資などにお金を使いすぎてしまい、最終的には資金不足で潰れてしまうということが起きてきます。スケールは足し算ではなく、掛け算で考えることが大切です。つまり、商品が1個しか売れない店を10店舗作るよりも、1店舗で10個売れるようにした方が、マーケティングとしては機能しているということです。マーケティングの狙いは『セリング(売る行為)を不要にすることだ』『顧客を知り、理解し尽くして、製品やサービスが顧客にぴったり合うものになり、ひとりで売れるようにすることだ』とドラッガーが言うように、セリングとマーケティングの違いをきちんと理解し、何でもかんでも手を出すのではなく、やらないことを決めてマーケティング戦略を考えていく。これが、新規事業に求められるマーケティングの特徴です」

マーケティングの目的は、「①誰に?」「②何を訴求するか?」を見出すことが第一であり、「③どう訴求するか?」はあくまでそれを伝える手段であるがゆえ、「手段の目的化は一番の失敗要因になる」と石川氏は話します。

「しかし、マーケティングにも限界があります。『4P=Price、Place、Promotion、Product』の中でも、特にProduct/商品については、新規事業と既存事業とでは大きな違いがあります。既存事業は、ローンチまでに商品を完璧な状態に仕上げ、売り切ることが前提ですが、新規事業の場合、最初に作った商品が最終形になることはほとんどありません。顧客に寄り添うために、フィードバックを得つつ、仮説検証を繰り返して商品を進化させていかなければならず、その進化には終わりがないのです。また、顧客ごとにプロダクトを作っていくので、日本の顧客にフィットしたものが必ずしもアメリカの顧客にフィットするとは言えません。よって、日本、アメリカ双方の顧客に向けて、全てをゼロから作って個別に展開出来るのが理想ですが、その時間と投資余力がないところが新規事業の難しさになります。つまり、顧客を惹きつける訴求で、完成した商品を売る既存事業のマーケティングに対し、新規事業のマーケティングは、顧客に近づく訴求で、売れるものを作っていくことであり、双方の狙いと役割は大きく違ってきます」

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3.新規事業のマーケティング 〜ケーススタディ:FES Watch〜

次に、新規事業のマーケティング事例として、好きな時に好きなデザインで楽しむ、柄が変わるソニーの腕時計「FES Watch」を紹介しました。この腕時計は、文字盤とベルトが一枚の電子ペーパーで出来ていて、服装やシーンに合わせて時計全体の柄を変えて楽しむことができます。

「当初FES Watchは、ファッションとデジタルの融合で"ファッションを自由にしよう"をコンセプトに開発されましたが、アメリカでは最終的には全く違う方向性で売れていきました。ファッションやデジタルが好きな人を想定していましたが、その人たちは購入しておらず、さらに実店舗で購入している人は衝動買いをしている人が9割以上であることが分かりました。つまり、偶然に買ってくれているだけで、マーケティング戦略がうまく機能していなかったのです。『誰に、何を訴求するか?』というところからやり直すべく、顧客へのアンケートや、ファッションの専門家へのヒアリングを行うなどして、仮説検証を繰り返した結果、デザインに興味のある人の購買意欲が高く、その中でも、ミニマリズムファッションに興味のある人との親和性が高いことが分かりました。そこで、顧客とのコミュニケーションをミニマリズムの概念に揃え、電子ペーパーという工業素材で作り、無駄なものをそぎ落としたシンプルなモノクロ時計であり、逆に柄が変わることを訴求しないようにメッセージを変えたところ、売上が上がっていった次第です」

石川氏は、最後に次のように述べて締めくくりました。

「繰り返しますが、新規事業のマーケティングは、『どう訴求するか?』を考える前に、『誰に、何を訴求するか?』が合っているかどうかを検証してから先に進むことが大切です。そして、マーケティングの3つの罠に陥らないためには、Build & Measure & Learnを繰り返し、3歩進んでは2歩下がってしまうような難しさがあっても、着実に一歩ずつ前に進めていくことです。日本で売れたからアメリカでも売れるだろうと進出して失敗するケースが非常に多いのですが、新規事業のマーケティングは、売りたいところよりも売れるところを探していくことがやはり大切です」

後半、参加者との質疑応答が行われました。「形あるモノと形のないサービスにおけるマーケティングの手法の違い」「スタートアップや新規事業で成功している人の共通項」「日本とアメリカの文化の違いが事業の成否に与える影響」など、さまざまなテーマについて、石川氏の経験に基づく知見が共有されました。

「グローバルビジネス展開プログラム」Program3では、岩倉信弘氏(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)特任准教授 /GRA&GREEN,INC.共同研究者、海外事業開発担当顧問)を講師に迎え、「グローバル企業との連携を見据えて」をテーマにお話いただきます。乞うご期待ください。

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