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【レポート】多様な視点から見えてくる、グローバル社会の行方

東大先端研研究者×ECOZZERIA 未来共創プログラム vol.3 2023年 8月 25 日(金)開催

4,16

各分野をリードする東大先端研の研究者たちと、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアで社会課題の解決に取り組むエコッツェリア協会のコラボ企画「東大先端研研究者×ECOZZERIA 未来共創プログラム」は、これからの社会に必要なテーマについて参加者とともに考え、ディスカッションを行う場です。第3回目となる今回のテーマは、「多様な視点からグローバル社会を見渡す」。基調講演では、ロシアの軍事・安全保障の研究者として知られる小泉悠氏(東大先端研講師)が、ロシア・ウクライナで起きている現状を多様な視点から解き明かしました。2人目のゲストに荻原直紀氏(ナレッジ・アソシエイツ・ジャパン代表、多摩大大学院教授)をお招きし、世界銀行の元上級知識経営担当官として培ったグローバルな視点も交え、国際社会の多様なものの見方の重要性についてお話しいただきました。

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基調講演「ロシア・ウクライナ 戦争と日本の安全保障」

基調講演「ロシア・ウクライナ 戦争と日本の安全保障」
小泉 悠氏(東京大学先端科学技術研究センター講師)

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冒頭、小泉氏は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻の経緯を示した地図を掲げ、次のように話しました。

「この1年半の間に、両国が1000kmの戦線を挟んで戦う巨大戦争に発展しています。イギリスのシンクタンク、国際戦略研究所が毎年発表している『ミリタリー・バランス』の数値に基づき概算すると、今年初頭の時点で、ウクライナ軍の地上戦力は当初の2.5倍の約55万人、ロシア軍の兵力は1.5倍の約65万人に膨らんでいることが分かります。もちろん、これらすべての人々が戦線に立っているわけではありませんが、少なくとも、それぞれが50万人規模の兵力を投入し、休むことなく激しい戦闘を行っています。20世紀に起きた2度の世界大戦を除けば、朝鮮戦争以来の巨大国家戦争といえます」

国連の人権高等弁務官事務所によると、今回の侵攻で民間人9,117人が死亡したことが分かっています(2023年6月時点)。しかし、これはあくまで身元を確認できた方の数であり、ロシア軍の占領地域などに、身元不明のご遺体がどれだけ埋もれているのかについては、まだ集計されていないと小泉氏は話します。

「少なくとも万単位の民間人が犠牲になっており、軍人を含めて10万人を超える死者が出ていると想定されます。戦争研究では、死者数を比較するだけでなく10万人当たりの死者数というスケールを用いるのですが、この戦争が終結した時の10万人当たりの死者数は、おそらく第一次・第二次大戦に相当する数にのぼると思います」

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「私が学生だった2007年当時の国際関係論では、国家が何十万人もの国民を戦場に赴かせながら国益を追求するような戦争は、21世紀にはできないという議論がデフォルトでした。これからも戦争は起きないとはいえないけれど、世界の中心となるファクターは軍事力ではなく、経済やテクノロジーによるイノベーション、環境や人権などではないかと。また、国際政治そのものについては、国というものは当然残り続けるものの、EUのようなスープラナショナル(国際機関)やNGO、富裕な個人など、国家ではない存在が台頭していくのではないかと言われていました。しかし、そのわずか15年後に、この巨大戦争が起きてしまった。いかに未来を予測することが難しいかを物語っていると思います」

ここで小泉氏が取り上げたのは、イギリスの戦略研究者ローレンス・フリードマンの著書「戦争の未来 人類はいつも『次の戦争』を予測する」(中央公論新社 2021年刊)。19世紀以来、アメリカやヨーロッパのエリートたちが、次の戦争をどのように予想していたのかを、文化的・科学的背景から書いた本です。

「フリードマンに言わせれば、戦争の将来予測は、ある程度予測できるテクノロジーの発展に基づいた、早く簡単に勝てる方法の予測に偏りがちであるということです。この本で紹介されている戦争の未来に関する予測は、ことごとく外れています。なぜ外れるかというと、先ほどお話したような国際情勢の予測の難しさが一因として挙げられます。例えば、私が生まれた1982年は、横浜市本牧が米軍からようやく返還された年です。その頃、ソ連はアンドロポフ政権が成立したばかりで、わずか10年後にまさかソ連がなくなるとも、冷戦が終わるとも、誰も思っていなかったでしょう。そこからまた10年経つと、ロシアはプーチンのロシアとなり、経済混乱を極めた10年前が嘘のように原油バブルで好景気に沸いていました。ウクライナに関して言うと、1回目のロシアによる侵攻の半年前、2013年秋の徴兵を最後に徴兵制を廃止しました。それがほんの10年で、ここまで来てしまったわけです」

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日本の安全保障やその他の長期的な戦略を考える際に、あまり決め打ちしない方が良いとも小泉氏は話します。

「現在からリニアに未来を予測するのは、ひとつのベースラインではありますが、このベースラインからの上振れと下振れのシナリオの幅は、我々が考えている以上に相当大きいと思いますし、それとは別に、横振れみたいなものもおそらくあります。上振れや下振れは、戦争のキャラクター(戦い方の様相)の違いですが、それとは全く違う戦争のネイチャー(戦争の性質)の変化が起こることも考慮しなくてはならない。つまり、三次元の予測が必要になると思います。考えるべきファクターがあまりにも多すぎて簡単には予測できませんが、軍人たちは、予測のしようがないなら人材やアセットなど基盤的な能力を増やすしかないと考えます。つまり、軍人に任せておくと軍隊の規模や任務は果てしなく拡大していくので、これはこれで問題ではありますが、基盤的な能力を持っておくということも、やはり排除できないと思います」
小泉氏によると、ロシア軍は二千数百両の戦車部隊を失いながらも、1日6万発の榴弾砲を撃ち続けています。

「日本の陸上自衛隊の戦車部隊をほぼ丸ごと失い、弾薬庫が数日で空になるような砲撃を、ロシア軍は1年半もの間続けています。言い換えれば、ロシアのローテクな生産力が、結果的に効いているということです。何でも先端的であれば良いとか、未来予測はこうだと決め打ちでいくと、とんでもない足のすくわれ方をするのではないかと思います」

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続いて、小泉氏はウクライナ侵攻前にプーチンが公表した論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」(2021年7月12日)を取り上げました。この論文の中で、プーチンは独立国家としてのウクライナの存在を否定し、ウクライナの国境の正当性に公然と疑問を投げかけナショナリズムと西側への不満・屈辱感を赤裸々に述べています。

「ウクライナがロシアの一部であるという主張はロシア側の勝手な思い込みに過ぎませんし、自己中心的な話です。しかし、プーチンのみならずロシア人全体の中に諦めきれない思いがあるのだと思います。1991年12月にソ連が崩壊し、世界最大の2200万平方kmの国土面積を有していたソ連は約500万平方kmの土地を失いました。これは、過去3世紀でロシアが縮んだ初めての事件です。中でも一番諦めきれない思いがあるのは、西の方に広がるウクライナとベラルーシ、カザフスタンの北部エリアでしょう。日本のように、海を隔てた分かりやすい国境があるのではなく、人為的な国境が引かれているに過ぎない大陸内では、この国境はおかしいのではないか、そこに言葉が通じる人がいるだろう、同じロシア正教徒がいるじゃないか、といった考えが生まれてくるのだと思います」

法的に定められた国境線とは別に、ロシアの言語、文化、宗教などで括られる別の境界があるとして、「ルースキー・ミール」(ロシア世界)に触れたうえで、小泉氏はこう締めくくりました。

「ロシアだけでなく、中国や北朝鮮についても同じことが言えると思います。現地の人々の思考形態のようなことまで考えないと、結果的に相手の行動様式を大きく見誤ることになるのではないかということです。ロシアの思想や民衆の研究はいかにも19世紀的な話ではありますが、既存の秩序が崩れている今こそ相手の思考を頭の中でエミュレートできるようにする営みが、非常にアクチュアリティ(現実性)を持っているのだと思います」

プレゼンテーション「多様な視点(perspective)の重要性」
荻原 直紀氏(ナレッジ・アソシエイツ・ジャパン 代表取締役) 

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続いて、荻原氏が登壇し「多様な視点(perspective)の重要性」について話しました。

「小泉先生は、プーチン氏を含めロシア人がどんな視点でものを見ているのかを話してくださいました。30分前と今とでは、皆さんのロシア人の視点に対する理解度が大きく違っているのではないでしょうか。ロシア人の視点を知ることで、多かれ少なかれこれまでとは違う新しいものの見方ができるようになったと思います。実は、日本人はこの"視点"や"ものの見方"を意識することが、伝統的にあまり得意ではないといえます。なぜかというと、日本の文化は同質性の高い村文化だからです。ハイコンテキスト文化とも言えますが、皆が同じレンズを通してものを見ているので、どんなレンズかを普段意識する必要がないのです。これは村の中に住んでいる時は便利なのですが、グローバルに出て何かをしようとすると、自分や他者がどんな視点でものを見ているのかをある程度理解できないと、コラボレーションがうまくいかないということが起きます」

昨今大流行の多様性(ダイバーシティ)という言葉は、経営の文脈では性別(ジェンダー)や年齢、人種や国籍を指して使われることが多いのですが、荻原氏が専門とするナレッジの世界で重要な多様性は、"ものの見方の多様性"「認知多様性(コグニティブ・ダイバーシティ)」だといいます。

「性別や人種、年齢の違う人が集まれば、ものの見方が多様になる可能性は高まりますが、決してそうとも言い切れないこともあります。例えば、私が勤めていた世界銀行は、自らを究極のダイバーシティ&インクルージョン組織と表現しています。実際、100カ国以上からスタッフが集まり、女性のマネージャー比率は5割です。しかし、これほど機構改革しづらい組織は他にないと思いながらずっと苦労していました。性別や人種の多様性は高いのですが、スタッフの99%は、世界の一流大学の博士号や修士号を持つエコノミストです。顔の形や肌の色が違っても、実はものの見方は非常に似ているというのが私の印象でした。優秀な方ばかりなのですが、皆がエコノミスト的な視点でものを見るので、それほど多様な議論をしているとは限りません」

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「変化の激しい時代を生きていくうえでは、組織も個人もものの見方の多様性(コグニティブ・ダイバーシティ)をいかに担保するかということが、とても大事だと思います」と荻原氏は話します。

「価値観は同一性が高く、ものの見方は多様性が高いのが良い組織の条件です。しかし、日本のほとんどの組織は真逆です。スキルセットが同一、価値観はバラバラという組織が圧倒的に多いのです。普段は別の方向を向いて働いていて、目指すゴールも違う。だけど、いざとなった時は、皆のスキルが似ていてやれることが同じなので、対応に幅が出ない。これは、組織として非常に脆いといえます。大事なポイントは、議論や対話の際に、各々が持ち込むツールボックスが多様であることです。自分や相手がどんなものの見方をしているのか。これを知るためには、文化や歴史、その人の生い立ちなど様々なことを知る必要があります。ものの見方に気づく力を鍛えるうえで大事なのは、越境体験です。組織の外でも海外でもいいので、とにかく外に出て、自分が普段やらないことをあえてやってみる。そうすると、自分や他者のものの見方や価値観に気づきやすくなると思います」

パネルディスカッション

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後半、小泉氏、荻原氏と、ファシリテーターの田口真司が登壇し、パネルディスカッションが行われました。

田口:普段、日本人は戦争について考える機会がないと思うのですが、ロシアによるウクライナ侵攻から私たちが学ぶべきことがあれば教えてください。

小泉氏:テクニカルな考え方だけでは将来予測が外れるというお話をしましたが、やはり将来の想定をきちんと作って、それに対してどう備えるのかということを数字で考える必要があると思います。
もう一つは、国としてどうなりたいかということだと思います。ただ単に大戦争を抑止さえできればいいのなら、ある意味、今の中国と北朝鮮の戦略は正解なわけですよね。強力な核兵器を持つロシアも、それによって確かに戦争を抑止できているわけです。なぜNATOがウクライナを直接助けに行けないかといえば、ロシアが核兵器を持っているからであり、核抑止は機能しているわけです。

では、日本もそうするべきかというと、そういう話にはならないと思います。そうなりたくないからこそ我々なりの価値観を守るために国防や安全保障に取り組んでいます。その一方、日本人が守りたい体制や生活様式とは何かというドクトリン(原則)的な話はあまりされてこなかった気がするので、ダイバーシティの中でも貫くべきドクトリンが、これから皆さんと考えていくテーマなのかなと思います。

荻原氏:経営の文脈では、企業や組織の存在意義=パーパスが問われています。まさに小泉先生が今お話された、どうなりたいのか、どうありたいのかということです。良くも悪くも、戦後日本は経済成長を続け、日本的経営は効率化一辺倒の波に乗りました。1942年生まれの私の父は高度成長期に企業に入社しましたが、会社の成長とともに、給与が毎年10%上がっていく時代には、企業はさほどパーパスを問われなかったのだと思います。それから何十年もの間、パーパスが問われない前提で会社を経営してきたので、パーパスの作り方がよく分からない、どうしようというところに来ているのが現状です。

小泉氏:冷戦時代の陸上自衛隊の至上命題は北海道でソ連軍を迎え撃つことでした。航空自衛隊の至上命題は上空でソ連の爆撃機を1基でも落とし、海上自衛隊の至上命題はソ連の潜水艦を1隻でも沈めることでした。このように、誰かから決められた枠の中に邁進していく時の日本人は凄まじいパフォーマンス力を発揮しますが、一から自分たちで戦略を練るとなるとすごく苦手だと思います。企業の経営戦略と軍事戦略の一番の違いは、企業の社長は自分で最上目的を決定できますが、軍隊はあくまでも国家の軍事力で政治目的に奉仕することが最優先である点ですね。

ドイツも、日本と同じ敗戦国ですが、自分たちはどうなりたいのかというビジョンをダイナミックに描いていた印象があります。国が分断されていたからこそ、自分たちで何とかしなければという意識が大きかったと思いますが、日本は国防に関する考え方が貧困だったこと以上に、政治、もしくは政治を選ぶ社会全体において国として目指すビジョンを明確に描けていなかった感じがします。

田口:私たちの施設では、課題を知ることをとても大事にしています。今日、お二人の話を聞いて様々な気づきがあったのではないでしょうか。ロシアによるウクライナ軍事侵攻については現在進行形の動きもありますので、また今日のメンバーで半年後、1年後にここで集まり、振り返りを含めてディスカッションを行えたら嬉しく思います。

東大先端研研究者×ECOZZERIA 未来共創プログラムは、これからの社会に必要なテーマについて、皆さまと一緒に考える機会を創出してまいります。今後の展開に乞うご期待ください。

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