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【レポート】富山発のイノベーション 工芸をフックに経済と文化をシームレスにつなぎ、真の地方創生へ

「とやま文化de地方創生」2017年11月6日(月)開催

北陸三県(富山、石川、福井)と文化庁が連携し、北陸の工芸の魅力を世界に発信するイベント「国際北陸工芸サミット」が、2017年富山県(今回の開催主体)で開催されています。

このサミットのテーマは、「THIS IS工芸─伝える。創る。─」。シンポジウムや展覧会(2018年1月8日まで富山県で開催)など多彩なプログラムを通じて、世界の工芸を取り巻く状況や新しい動向を学ぶとともに、「日本の工芸」を世界へと伝えます。そして北陸から工芸の未来の可能性を創出し、「新しい工芸ムーブメント」を発信することを目指しています。

未来観光戦略会議とエコッツェリア協会は、国際北陸工芸サミットが開かれるのを契機に、5月に「文化でまちづくり」をテーマとしたイベントを3×3Lab Futureで開催しました。続くイベント第2弾として企画したのが、今回の「とやま文化de地方創生」フォーラムです。歴史文化財や伝統工芸を数多く有する「ものづくり文化」を背景に、数々の革新的な取り組みを行う富山県の挑戦を軸に、地方創生のあり方を検討する契機として構想されたものです。

当フォーラムのゲストには、富山県知事の石井隆一氏、元文化庁長官の青柳正規氏、富山のものづくりを代表する企業、YKK株式会社 代表取締役会長CEOの吉田忠裕氏、そして日本総合研究所調査部主席研究員の藻谷浩介氏など、豪華な顔ぶれがずらりと並びます。

会場は、約100人の参加者で埋まり、期待度の高さがうかがい知れました。

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東京から富山に移り住む人が、増えている

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冒頭では、未来観光戦略会議 主催実行委員長の松原吉隆氏より挨拶がありました。
「地方の人口は減少する一方で、首都圏に人が集中しつつあります。こうした状況ではいずれ国が立ちいかなくなるという事実に対して、危機感を持ち、イノベーションを起こして前向きに解決していく必要があります。イノベーションとは、物事の新しい切り口や活用法を創出することです。富山県ではそのために、伝統文化を伝えることを"人が集まる仕掛け"として取り組み、実際に1か月で1万人以上が富山県を訪れている。また、開業3年以下の企業が37.6%もあり、新しいことに取り組む気風もあります。そうした富山県の可能性を、今回のフォーラムを通じ知ってもらえればと思います」

熱い挨拶のあとゲスト講演がスタート。最初は、富山県知事の石井氏が壇上に登場しました。

「富山県は、自然豊かで美しく、食べ物もおいしい、というところまではある程度知られているように思います。しかしそれ以外にも魅力はあり、例えば文化面では、美術館と博物館は37と、全国トップクラスの数ですし、文化ホールの数は全国で1位です」
「私が知事活動の柱のひとつとしてきたのも、文化の育成と発信です。文化活動への市民参加、質の高い文化の創造と世界への発信、そして文化と他分野の連携を掲げ、ここまで歩んできました。富山県が育んだ文化は、日本の歴史の中でもひときわ目を引くものです。例えば、親鸞が5年間、富山県に流刑になっていた時期がありますが、その際富山湾に沈む夕日を見たときに落日浄土のイメージができたのではないかとの説もあります。松尾芭蕉の『奥の細道』にも登場しますし、芸術家の棟方志功も、終戦直後に疎開した富山県で芸術家として成長したと言われています」

そうして昔から"文化の生まれる地"としてあり続けてきた歴史は現代にも引き継がれ、県を挙げて文化活動のサポートを行っているとのことです。
「例えば、ロシアの芸術家たちを日本に招いて交流する『日露文化フォーラム』を開催するなど、国際的な舞台芸術活動への支援を行ってきました。2019年には、世界の舞台芸術作品が集う演劇祭『シアター・オリンピックス』の開催も決まっています。こうした取り組みは、地方の県としては珍しいものだと思います」

また、旧富山県立近代美術館を新築移転し、今年誕生した「富山県美術館」は、伝統工芸を海外に発信するプラットフォームとなると期待されています。
「この他にも、デザインの力を活用して地域、企業、商品の魅力を伝え、富山県を元気にするさまざまな取り組みを行っている『富山県総合デザインセンター』というところがあり、そこでは商品開発や人材育成、情報発信において県内企業を支援しています。デザインセンターと伝統工芸産業の連携により、産業観光をさらに推進していく方針です。本フォーラム冒頭で松原氏より地方の人口についてのお話がありましたが、富山県では、東京から移り住む人の数が増えており、昨年は565人が移住してきました。その理由は、産業が盛んで働き口がすぐ見つかるというのと、待機児童ゼロで住環境がいいことなどでしょう。これからの時代は、身体だけではなく心の健康も大切にしていくべき。そのためには、文化に触れることと、快適に暮らせる環境があることが必要であると私は考えています。それらを満たしている富山県には相応の魅力があると自負しています。その強みを前面に押し出し、将来的には、首都圏と北陸、関西をネットワーク化し、世界的な経済圏を作ることを目指していきたいです」

現役知事の力強い言葉に心を動かされた参加者が多くいたようで、講演後の拍手は、しばらく鳴りやみませんでした。

経済本位から脱却し、文化と生活を尊重すべき

続いて、富山県美術館副館長の桐山登士樹氏より、「国際北陸工芸サミット」についての簡単な紹介がありました。
「今回のサミットのメインのひとつは、50歳以下の工芸作品を評価する"アンダー50"というアワードです。工芸の世界ではまだまだ若手の50歳以下の才能を掘り起こしていきます。海外33カ国、国内から400点もの応募がありました。選考委員は、今後の世界のアートシーンを引っ張る人材にお願いしており、その中心人物が、後ほどご講演される青柳先生です。多彩な選考委員の方々と共に、工芸をどうしたら持続可能なものにできるかなど、大きなテーマでディスカッションを行っています。アワードの入選作品も含んだ展覧会は来年1月8日まで富山で開催していますので、皆さんの来場をお待ちしています」

話題提供をうけて、元文化庁長官の青柳氏の登場です。
「今回は、『文化立国と地方創生』というテーマで話していきます。日本は、戦後奇跡的な復興を遂げてきたけれど、21世紀になっても経済至上主義から脱却できておらず、現在も思考停止に陥っていると考えています。経済とは、あくまで人々の生活を豊かにする手段であって、人生の目的ではない。しかし日本では、手段が目的化してしまっている。"世界一貧しい大統領"といわれるホセ・ムヒカ氏が指摘した通り、人類の富の半分をたった100人で所有しているようなひずみのある世界を、今後も続けていくべきではないでしょう。必要なのは、経済本位から脱却し、文化と生活を尊重することです」

そう前提を語ったうえで、ご自身の研究の専門領域のひとつである日本画の例を交えながら、日本の美術と工芸について解説していきました。

「17世紀後半に印象派が出てきて以来、芸術の世界では創造性ばかりが重視されるようになっています。作品の質を尊重せず、他の人がやらないことをいかにやるかばかり求められるようになったあたりから、世界の現代美術はつまらなくなってしまった。しかし日本では、大和絵や日本画をしっかり継承し、質を重んじてきました。これは世界から見ると非常にユニークであり、高い質を追求する中でしか生まれぬ創造性があります。工芸に求められるのは、創造性、技術力、用の美(実用的であるゆえの美しさ)です。日本の工芸は、技術力、用の美といった"質"は最高峰で、保証されています。あとは創造性をどう大きくしていくかが課題だと感じます」
「少し私の専門領域の話をすると、尾形光琳の『燕子花図』は、そのモチーフとなった『伊勢物語』の第九段・八ツ橋を知らない人にとっては、一種のデザインのように見えるでしょう。そこに代表されるように、日本の美術と工芸、デザインと造形というのは、あまり境目がなく連続しているという特徴があります。現在の世界を見ると、あらゆる部分がシームレスになってきている。例えば、男性と女性をつなぐグループの存在が社会的に受け入れられつつあり、性が二対立ではなくなってきているのもシームレスな現象です。こうした潮流に合わせ、経済と文化も二対立ではなく、シームレスにつながってこの社会を発展させていかなければなりません。今は、地方が衰退しつつあり、いわば指先がしもやけになっているような状況です。そこに再びぬくもりを与えるためには、文化的な生活を見直し、経済、福祉、そして生活の質をシームレスな状態にしていく。それが今後目指すべき方向性ではないでしょうか」

富山には、文化の力に加え、そこで生きる人間の力がある

その後、今回のフォーラムの目玉のひとつである対談企画がスタート。富山県に本社機能の一部を移転し、技術の核拠点を置くYKK株式会社の吉田会長と、日本総合研究所の藻谷氏が議論を交わします。

藻谷氏(以下、藻):まずはYKKについて簡単にご紹介いただければと思います。
吉田氏(以下、吉):われわれは、機械や工業製品を作ることに特化したものづくり企業です。先代が興した会社から始まり、今では世界70カ国でオペレーションを行い、従業員の3分の2が海外にいるというところまできました。主力商品のひとつであるファスナーは世界で年間110億本生産しており、2割くらいのマーケットシェアでしょうか。

藻:御社のファスナーは日本の工芸品のようだと感じます。ファスナーを作る会社は中国だけで200社以上あるけれど、いかにも"安かろう悪かろう"なものが多い。しかしYKKのものは壊れません。やはり質が圧倒的に高いと感じます。
吉:ファスナーは1981年に開発を始めました。コンセプトはずっと変わっていませんが、素材や製法は常に変わり続けてきました。顧客である洋服メーカーの「他社と同じものではない、もっといいものがほしい」という要望にクリエイティブに向き合い、満たしていく必要があったからです。結果的に、工芸品のような特殊なデザインのものもたくさん作ってきましたね。
藻:近年は、"命を預かるファスナー"である、宇宙服のファスナーまでてがけられていますね。まさに質の極み、です。ファスナー以外では、会長が主導して事業化した"窓"を作る事業が有名かと思います。窓を作るのにも、やはり気密性が重要ですから、ファスナーづくりのノウハウが生きているんですね。先ほどのご説明にもあったとおり、世界を股にかけるグローバル企業であるわけですが、なぜ世界に工場を作られたのでしょう。
吉:進出する国々のニーズや文化に合わせて生産を行っているからです。例えばファスナーなら、先ほど申し上げたように、顧客のニーズがさまざまであり、それにいち早く応えるのがビジネスとして大切です。そのためには、やはり現地に工場があったほうがいい。
藻:そんな中で、富山県にある工場はどんな役割を担っているのでしょうか。
吉:ファスナーや建材を作る機械を開発し、世界に送るということです。いわば、うちの技術のコアを富山に置き、オペレーションしているといえます。
藻:社宅の跡地を使い、新たに「パッシブタウン」を建設されていますね。「地域の気候風土の特徴を生かす設計により、大幅な省エネルギーを達成すると同時に、自然的な心地よさを楽しむ生活を実現する」というコンセプトで集合住宅を作るという新たな試みは、すばらしいと思います。
吉:風の通り道を考えて設計し、床には地下の伏流水を通すなど、できる限りエネルギーを使わず、古来よりある知恵を活用して作っています。一般的な北陸地区の集合住宅に比べて、消費エネルギーを60%削減するのが目標です。入居者は社員だけに限定しておらず、一般の方でも入れるので、ご興味があればぜひ実物を見学してほしいですね。
藻:富山県はもともと、住文化のレベルが高く、家々には快適に暮らすための知恵がたくさんありました。最先端の技術と過去の知恵が融合した、富山県らしい「パッシブタウン」は、持続可能な社会にふさわしいロールモデルだと思います。今後もぜひ、その技術を広めていってほしいと願っています。

フォーラムの最後には、富山県知事の石井氏があらためて、富山県への思いを述べました。

「富山県は地方ではあるけれど、ものづくりがすごい。経営者の志が高く、情熱もすごい。それは"人間の力"だと思います。先人たちが、厳しい自然と対峙して知恵を絞り、困難を乗り越えてきたことで、文化と伝統が育まれ、今日まで連綿と続いてきました。青柳先生もおっしゃられていた通り、今後の世界においては、経済を飛躍させるためにも文化の力を伸ばしていくべきと考えます。富山県にある、文化の力と人間の力。それを生かして、今後も県政を運営していく所存です」

会場は本日でもっとも大きな拍手に包まれ、フォーラムは終了となりました。

その後は、交流会が行われ、講演者を含む参加者同士が、胸襟を開いて語り合いました。なお、交流会では、氷見うどんやとろろ昆布のおむすびなど富山の郷土料理と地酒がふるまわれ、参加者たちにとって最後まで"富山の魅力づくし"のイベントに。富山出身者や、富山に転勤中の人も参加しており、さながら「富山おもい」県人会のような会合となりました。


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