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【レポート】ポスト平成時代の経営デザイン ~価値観の転換と構想力~ 後編

第1回アフター平成時代を切り拓くための経営マインドとは 2019年1月22日(火)開催

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日本デザイン振興会とエコッツェリア協会が共催する5回シリーズ・プログラム「アフター平成時代を切り拓くための経営マインドとは」の第1回ゲストは、多摩大学大学院教授の紺野登氏(知識イノベーション研究所代表・一般社団法人Japan Innovation Network代表理事・一般社団法人Future Center Alliance Japan代表理事)。

「ポスト平成時代の経営デザイン ~価値観の転換と構想力~」と題したプレゼンテーションの前半では、グローバルな視点から見た日本の停滞した現状と、それを打破するために必要な「構想力」の重要性を紐解くために、イノベーションの真意とこれからのイノベーション経営についての解説が行われました。

プレゼンテーションの後半、紺野氏は価値観の転換が求められる今必要とされる「構想力」の全貌を明かし、今後のイノベーションの大きな起点となる「倫理」というキーワードについても紹介しました。その後のパネルディスカッションとグループディスカッションでは、活発な意見交換が行われ、参加者は構想力に対する知見をさらに深めていきました。

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構想力とは、「存在しないものを存在させる力」

構想力とは、「存在しないものを存在させる力」

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2018年に紺野氏が、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏と共著した「構想力の方法論」(日経BP社)の中でも語っているように、構想とは、人や組織、社会におけるビッグピクチャー(問題の全体像)を描き、ビッグクエスチョン(よい問い)を立て、構想の核ともなる新たなビューポイント(視点)を持ち、社会のあらゆる問題に立ち向かっていくこと。

そして、構想力とは、現実には存在しないもの、または現実の存在とは違ったものを心に思い浮かべる「想像力」、単なる好き嫌いや思い、自分のやりたいことではなく、それらを含んで、私たちの存在としての内面世界から生まれる「主観力」、そして、ただ実行するのではなく、自らの知識に基づいて外界に働きかけ、変革を起こしていく「実践力」の3つを合わせた力のことを表しています。単なるイマジネーションではないのです。

「イノベーションとは、大きな目的のために今の現実を眺め、これら3つの力を駆使して目的と現実とのギャップを埋めていく活動に他ならない。そして、構想力とは、まだ存在していないものを存在させる力、人間が元々持っている力のこと。あらゆる世界や歴史は、この構想力を駆使することで創造されてきた」

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知識社会の到来にあたって、「イノベーションは、ものづくりや技術革新を重んじるサプライ・サイド・ロジック(製品供給論理)から、顧客や社会を起点とするディマンド・サイド・ロジック(顧客起点の需要創造論理)へと変化している」と紺野氏は話します。ソーシャルイノベーション、リバース・イノベーション、グラスルーツ・イノベーション、破壊的イノベーションあるいは、自社だけでなく、社会を中心としてさまざまな企業や他のプレイヤーとのコラボレーションによってイノベーションを生み出すオープン・イノベーション。「これからの時代、すべてのイノベーションは社会起点になっていく」と述べ、昨今、市民科学の構想力として、世界的にもオープンサイエンス推進が検討されているように、「社会の力をどのように使うかということが、今後は非常に大事になってくる」と強調しました。

デザイナーの日常に埋め込まれた「デザイン思考」とは

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アントレプレナーたちは、時代や社会の変化を察知し、洞察や発見を繰り返し、さまざまな試行錯誤を重ねながら、新奇性のある観点・知識を創造しようとしています。それらの観点や知識に活用できる技術や方法、知識を見出し、イノベーションを起こしていく中で、組織能力が必要になってくるわけですが、そこに取り入れるべきひとつの考え方として、「デザイナーの構想力としてのデザイン思考」を紺野氏は提案しました。

紺野氏は、"いかにしてデザイナーの思考過程に学ぶか"について解き明かした「デザイン・マネジメント-経営のためのデザイン資源による創造的企業創造への序章」(大手町ブックス)を1992年に刊行したのち、今日までデザイン思考の重要性を提唱してきました。「アメリカ西海岸に拠点を置くIDEOをはじめ、世界では約30年前から、デザイン思考を取り入れる動きが始まっていた。ようやく最近、日本でも話題になっているが、それでは遅すぎる」と警鐘を鳴らす一方、「日本で広く普及させるためには、確固たるロジックがなければならないとも言える」と付け加えました。

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デザイナーの日常行動の中には、「観察・発見(Observation)」、「アイデア(Ideation)」、「プロトタイピング(Prototyping)」、「ストーリーテリング(Story-telling)」という4つのプロセスによるデザイン思考が埋め込まれています。手法ではない、デザイナーの行動に日常化された構想力とも言い換えられるものです。

イノベーションを実践するのにあたって、どのようにこれらのプロセスを使ってアプローチすればいいのか、その実践のための方法論として、紺野氏が知識創造理論を世界に広めたナレッジ・マネジメントの権威・野中郁次郎氏と共に研究してきた「知識創造プロセス(SECIモデル)」を紹介しました。

観察とは顧客などの行動を分析することではなく、①顧客や市場の隠れたニーズを見つけ出し、ギャップに共感し、暗黙知を獲得すること(観察・発見)。次に、②隠れたニーズや意味を対話や概念化することによって、形式知化していく(アイデア)。そうやって発見した概念やコトを軸に、③これまでの形式知と結合させて新たな関係性を生み出す(プロトタイピング)。そして、顧客現場でプロトタイピングを試して具体化させ、④新たに得た知識を身体化させていく(ストーリーテリング)。

「つまり、これらは①暗黙知を獲得する共同化、②暗黙知を形式化する表出化、③新しく生まれた形式知とこれまでの形式知を連結する連結化、④それをさらに顧客現場で身体に戻していく内面化。デザイン思考とは、これらのプロセスを回していく知識創造プロセスのひとつのバリエーションであるという風に理解すると、非常に分かりやすく便利なツールになると思う」

世界ではデザイン思考が広がりを見せる一方、「果たして、科学的発見やイノベーションに求められるようなレベルで我々の構想力を発揮せしめているのか?単にマーケティング アイデアを得る定性的アプローチに過ぎないのではないか?」という声があることも事実です。

紺野氏によると、デザイン思考のルーツは、20世紀初頭に設立されたバウハウスの影響を受けた方法論で、「形態は機能に従う」、「シンプル・イズ・ベスト」という装飾を排した合理主義に基づいています。またデザイン思考とは、デザイナーの行動を模倣することで得られるものであり、シリコンバレーにおける人間とテクノロジーの対立を調整するためにも使われています。加えて、伝統的なデザイン教育では教えていなかった人間中心という教条も含まれています。

「つまり、デザイン思考とは、比較的最近出てきたデザインのバリエーションのひとつ。それゆえ、"デザイン思考が本当に時代を変えたのか?"と言うと、人間を観察するということは経験主義なのかといったさまざまな意見や議論が出てくる」

image_event0122_18.jpegPhoto by Dunne & Raby

デザイン思考に関係する概念のひとつとして、紺野氏は、未知領域を拡張する「クリティカル・デザイン」(別称スペキュラティブ・デザイン)についても紹介しました。デザイン思考が、ユーザビリティ重視で直接的に問題を解決するための合理的な手法であるのに対し、クリティカル・デザインは哲学的かつ社会的なインパクトを生み出す、社会的影響を重視したデザイン概念。アンソニー・ダン(元RCA/王立芸術大学院大学教授、デザインインタラクション学科長)とフィオナ・レイビーが提唱したもので、「クリティカル・デザインの分野は、政治や肉体、医療といった、かつてデザインが研究の対象領域とは考えなかった問題までも、対象になりうるのが一般的なデザインの解釈と大きく違うところである」としています。

「クリティカル・デザインとは、例えば、(上記の画像にあるように)もしも空気が吸えなくなってしまったらどうなるか、五感がすべてデジタルに置き換えられたらどうなるか、こういったことにチャレンジするデザイン。デザインの方法のひとつとして、今後大事になってくるだろう」と話しました。

草の根の力、デザイン思考、そして「倫理」

image_event0122_19.jpegPhoto by "General Magic" 原初的なスマホのアイデアが1990年に生まれる

「イノベーションとは、"草の根"の人間的活動である」――その具体例として、紺野氏が取り上げたのは、アップルの子会社として1990年に設立した「General Magic」。創業時メンバーには、Macを開発した代表的な開発者のひとりと言われるビル・アトキンソンやGoogle+のサークルを作り上げたアンディ・ハーツフェルド、Androidの創業者アンディ・ルービンをはじめ、のちのTwitterのCTO、Blackberry & Samsungのシニア・バイスプレジデントなど、名だたる人物が顔をそろえていました。昨年4月にアメリカで公開されたGeneral Magicのドキュメンタリー映画の予告編を紹介した後、紺野氏はこう話しました。

「彼らは、iPhoneやiPad、iPod、Apple Watchの素を作った。IDEOがデザインサービスを提供して生まれたのではなく、草の根の若者たちの面白いネットワークの中ですべてのイノベーションは生まれている。そのベースになっているのが、今で言うところのデザイン思考。彼らは、決して天才ではなく、草の根の力を引き出すような場を作ることから始めた。逆に言うと、その場がなければイノベーションは起きない。大企業でイノベーションを起こす場合も、単に手法を追うのではなく、草の根の力を活かすための場を作り、チャレンジをしていく必要がある。これまでと違う考え方や方法を、働き方や生き方と併せて考えていく努力をしないと、多分イノベーションは起きないだろう」

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紺野氏は、参加者への最後のメッセージとして、「新たな倫理」というキーワードを挙げました。今、新しいテクノロジーが次々と登場していますが、テクノロジー自体は目的を持っていないため、どのような倫理観で扱うかということが問われてくるのです。

「例えば、人工子宮。男性も子どもを産める時代が来るかもしれないが、男性が出産するって、どうなんだ?という倫理の話が必ず出てくる。地球上の食料が減少しているから、人工肉を作って食べようと考える人がいるかもしれないが、どこまで本物に近づくか、そこでも当然倫理の問題が生じる。草の根の力で、デザイン思考を実践することと同様に、テクノロジーと倫理の問題は、これからのイノベーションを考えるうえで非常に大事になってくる」

紺野氏いわく、昨年11月、FCAJ創立3周年を記念して開催されたシンポジウムでは、日本工学アカデミー(EAJ)上級副会長・小泉英明氏(日立製作所名誉フェロー)らを招き、技術のための賢慮としての倫理や社会のあり方を決める社会技術としての倫理、あるいはイノベーションの目的のための倫理など、さまざまな観点で倫理について語り合う場が設けられたそうです。「これからイノベーションのことを考える時、倫理がイノベーションの大きな起点になるかもとイメージしていただけたらと思う」と述べ、プレゼンテーションを結びました。

すべてのイノベーションは、目的の創出から始まる

image_event0122_21.jpeg(左)公益財団法人日本デザイン振興会 川口真沙美氏 (右)エコッツェリア協会 田口真司 

続くパネルディスカッションでは、エコッツェリア協会の田口と公益財団法人日本デザイン振興会の川口真沙美氏が、プレゼンテーションに対するコメントを述べ、紺野氏に質問を投げかけました。

「合理主義という言葉に集約されると思うが、いかに省略化して答えを引き出すか、我々の多くはそういった教育を受けてきた。そこに、デザインやアートの要素が入ってきて、なおかつビッグ・ピクチャーを描く、ひとつ上のレイヤーで考えるとなると、細かく分解して解いていく訓練だけでなく、広げていく教育の必要性も感じた」(田口)

「停滞した日本の状況を目の当たりにし、未来の社会を描くことに対して、暗澹たる気持ちになった。本来、自分の力で社会を動かしていくことを実践するべきだが、活躍している上の世代の人との関わり合いの中で動いているのが現状で、社会や未来の社会像について語る時、どうしても上の世代の人たちの標準になっているキーワードで話してしまう。それを超えていかないと、新しい社会像は見えてこないように思った」(川口氏)

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「日本型のイノベーションエコシステムについて、ヒントやコメントがあれば、ご教示願いたい」という田口の質問に対し、「今の日本に合うかどうかということより、おそらく次の形を日本が作るにはどうしたらいいか?と考える方がいいと思う。今の日本企業の中でうまくいくイノベーションの仕組みというより、少し先の日本企業でやらないといけないことを構想することが大事」と紺野氏は回答し、昨年11月29日~30日にオーストリアで開催された第10回「グローバル・ドラッカーフォーラム」に、一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)代表として、日本企業の参画に関わった際に発表した「2階建ての経営」について紹介しました。

「日本のこれまでのイノベーションは、"哺乳類型"。産むだけでなく、つきっきりで育てなくてはならないため、必ずや既存事業の本業とコンフリクトしてしまう。一方、JINが提唱するのは、効率性と創造性の両方を同時に追求する"鳥の巣型"。2階建てバスの1階が本業とするなら、卵を産み育て、鳥の巣を形成するのが2階。この場合、走りながら、イノベーションを継続していくことが可能になる」

卵は産むがケアをしない、あるいは強い子だけを選び取る"カエル型"のイノベーションが特徴的なアメリカやインドをはじめ、「イノベーションを興すための会社経営の仕方は、日本だけでなく、実は世界共通の課題。官僚主義で新しいエコシステム作るのではなく、大企業の良さを維持しながら、どうやってイノベーションを起こすような仕組みを作っていくかということが、今後のテーマのひとつ」だと紺野氏は付け加えました。

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一方、川口氏からは、「今の日本をどう見ているのか?」という質問がありました。これに対して紺野氏は、「実は、日本には草の根的な力がまだまだある。どうやって引き出すかということを真剣に考えることが重要。むしろ、草の根の力を活かせる仕組みをどうやって作るかということだけに集中するべきだと思う」と回答。

「トップのリーダーシップは大事だが、ひとりの優秀なリーダーが組織や国を救うモデルは終わっているし、もはやリーダーが引っ張る時代ではない。目的によって、プロジェクトごとに、プロフェッショナルが草の根的に連携するのでもいいし、大きな組織でもそういった自由度を持つような、必ずしも強いリーダーが引っ張る組織ではないものを作っていけばいい。日本は、それができることを忘れてしまっている。オープン・イノベーションも、シリコンバレーだから生まれると思われている節があるが、最初にやり始めたのは日本。バーチャルエンタープライズも、元々、日本からインスパイアされたコンセプト。デザイン思考のエスノグラフィーも、日本は最初に取り入れた。そういったことをぜひ思い出してほしい。そして、構想力を活かしてほしい」

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その後、参加者は6つのグループに分かれてグループディスカッションを行い、感想や意見を発表し、全員で共有しました。「大企業にも草の根の人たちはいるものの、その人たちが力を発揮できる体制が整っていないと、多分埋もれてしまうことになる。体制づくり、草の根に対する理解など、大企業がもっと加速していかないと、社員も社会も幸福にならないのではないだろうか」など鋭い意見が飛び交いました。

参加者の中には、つい最近、大企業の新規事業の配属になったばかりの男性がいました。
「新規事業の経験者はいないし、経営陣も凝り固まった官僚体制の人しかいない。好きにやっていいよと言われたものの、どうしたらいいかと悩んでいたが、自分自身で行動を起こすことが大事という気づきを得た。まずは、今日の感想を部署で共有しようと思う」。この感想を受け、紺野氏は次のようにコメントしました。

「大小問わず、成功しているプロジェクトは、目的の体系がしっかりしている。当たり前のことだからこそ忘れてしまう人が多いが、イノベーションとは目的の創出によって始まる。
一体、何のためのプロジェクトなのかをトップに問いかけ直す。そうやっていくうちに、ティッピングポイントが来る。目的が合意されれば、草の根のチームが力を発揮できるような目的の体系ができる。ぜひ頑張っていただきたい」

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イベント終了後、紺野氏を囲んで懇親会が行われました。濃密な2時間のプログラムを体験した参加者は、満ち足りた表情で歓談を楽しみながら、彩り豊かな食事やお酒を味わいました。価値観の転換が求められる時代だからこそ、構想力に目を向けて欲しい――紺野氏のメッセージは、人から人へと伝わり、やがて日本を大きく変える原動力になるのかもしれません。「アフター平成時代を切り拓くための経営マインドとは」は、次回以降も各界のフロンティアを切り拓く多彩なゲストを招いて開催します。今後の展開にご期待ください。

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